「この世で一番の恐怖は年をとること」

In Red (イン レッド) 2010年 06月号 [雑誌] STORY (ストーリー) 2010年 11月号 [雑誌] Grazia (グラツィア) 2010年 12月号 [雑誌] 


宝島社のIn redは相変わらず「大人女子」「30代女子」を毎号連発し
STORYも当然のように「女子会が40代を救う!」と言っており、
いつもいつも大人の女を謳っているGraziaまでもが
「女友だちと、気取れるお店で女子会です。」などと言い出している昨今。


「大人女子」「30代女子」が大得意な宝島社から新創刊された雑誌、GLOWは
「ツヤッと輝く、40代女子力!」がキャッチコピーで

アラフォーって呼ばないで。私たちは、40代女子です。

というなんともキャッチー過ぎるスローガン?を掲げている。

GLOW (グロウ) 2010年 12月号 [雑誌]
創刊に伴う編集長のお言葉

40代女子という言葉にも、想いを込めました。「女子」と書いて「好き」と読む。ならば、「好きに生きれば、一生女子」。役割もしがらみも、それなりにあって当たり前の40代ですが、そんな状況でも、いえそんな状況だからこそ、好きに生きられる部分を大切にしていただきたいのです。「GLOW」はそんな大人の女性たちの毎日を楽しくする、おしゃれで役に立つ情報を発信していきます。

「女子」と書いて「好き」と読む。ならば、「好きに生きれば、一生女子」。…
ここまで来ると、すごいなこれは。
「大人の女性」であることを認識していながら、
それを敢えて「40代女子」と言ってしまうこの姿勢。
この雑誌でも当然「大人の女子会」が出てきて、
「PTK」(プチツヤ会)とか言ったりしている。
そうだ女性誌って「プチ〇〇」も好きだよね。なんにでもつけたがる。



流行語大賞にもノミネートされた「女子会」、
ここ最近は、たしかに女性誌の表紙にもばんばん登場してくる。
これ、言い出したのはいつ頃からだったっけ。
ずっと前から言ってるような気がするほど馴染んでる言葉。
昔は、ある程度の歳になったら女性は仕事を辞めて、
専業主婦になって、「ママ友」が交友の中心になることが多かったんだろうけど、
今は結婚して、子供産んでも、仕事を続けている人が前より多いので
「ママ友」だけじゃなく「今の職場の同僚」「パート仲間」「前の職場の同僚」などなど、
昔よりは30代、40代女性の交友対象が広がっていると思う。
そう考えると「女子会」ブームは、昔じゃ有り得なかったことで
女性の社会進出が浸透してきた今だからこその流行語、なのかなぁとか思う。



で、なんで、30代になっても40代になっても「女子」なのか。


「女子」という言葉をわざわざ使うところからは
「当然、自分の年齢は意識してはいるけど、いつまでも若くありたい」
「若く見て欲しい、若く扱って欲しい」という気持ちが感じられるわけで
その理由としては

・昔は若いだけでちやほやされたけど今はされないから。若い子が羨ましい
・「男女平等」の名の下に家庭も仕事も見るようになって、
 昔よりも女性の負担が多い社会に疲れた。
 真に「男女平等」で、
 むしろ女子の方が男子よりも優遇されていたかもしれない学生時代に戻りたい

みたいなのがすぐ思いつく。
30代40代が「女子」って言ってることに関する記事とかブログを読むと、
「いい歳して自分のこと女子とか言っちゃってる大人のぶりっこ」
みたいに捉えられて、婚活とかにつなげられることが多いような気がするんだけど
私はむしろ、後者の方が近いんじゃないかと思う。
ぶりっこ、とか男に媚びる姿勢、とかより、この世代の「疲れ」なんじゃないかと。


男女雇用機会均等法前後だったり、就職氷河期だったりで
女子学生が今ほど楽に、男子学生と平等に就職できなかった時代の女性達は
上の先輩世代を見てもお手本がいない(働き続けている女性が少ない)し、
女性でも取り敢えず就職するのが当たり前な下の世代よりも
長い間、男社会で辛酸舐めてきたんだろうから、
戻れる場所、楽だった場所というと、
「男子と平等に扱われていた」学生時代、つまり「女子」だった頃、なのかなあ、
とか思ったりする。考えすぎですか。



しかしまあ、
「いつまでも若くありたい」っていう、
社会がどーのこーのを無視した、前者寄りの欲求も当然あるわけではあって。
そんな中出たのが、
小悪魔ageha×Happie nuts×I Love mamaのこの増刊号。

お姉さんになった!! 小悪魔ageha×Happie nuts×I Love mama

お姉さんになった!! 小悪魔ageha×Happie nuts×I Love mama


ファッション誌の「お姉さん版」自体は、これに限らず沢山出ているので
特に珍しくもなんともないのですが
なにがすごいって、Amazonの内容紹介がすごい。

この世で一番の恐怖は年をとること。若いコが隣に立つことは、それだけで暴力。25歳を過ぎて、老いへの恐怖と戦いながら生きる女のコのために、アンチエイジング、老いへの抵抗を一冊にまとめた本です。25歳以上の女のコはみんな、自分と同じように恐怖におののき、日々凹んで不安で、見本を探し続けているんだと、少しでも読者の方に安心してもらえたら幸いです。


さすがインフォレスト、言い切った!
他の雑誌が「30代女子」とか「女子会」とか言って、
なんとなーく本質をぼかしている中で
敢えて単刀直入に
「この世で一番の恐怖は年をとること。」「老いへの抵抗」
とつっこむ、これがこの会社の雑誌の役割ですね。
agehaやnutsを読んでるようなギャルやキャバ嬢などの若い子達は
他の層よりもより一層、自分の若さの価値を自覚して、
それを売りにしている部分が大きいと思うので
他のジャンルの女性誌よりはたしかに「お姉さん誌」の需要がありそう、
と単純に納得してしまった。来年また第二号が出るよ。




この雑誌、中身ははっきり言ってそれほど面白くなかったんだけど
(けいこちゃんのその後が読めるってことくらいだよ)、
この雑誌を読んでふいに思い出したことがある。


昔、友人の紹介だかなんかでディル友として出会った、S嬢という人がいた。
彼女は一時期、ずっと鬱状態みたいになってたんだけど
その理由っていうのが、まさに
「歳をとるのが怖い」
っていうものだったのね。
彼女は高卒でキャバ始めて、何店舗目かでナンバー1取ってたんだけど
そのときたぶん24歳とか25歳とかで、
「どんどん新しく入ってくる10代の子の若さには勝てない、
 ナンバー1の座を明け渡すのも時間の問題だ」
って言って、いっつも嘆いてた。


で、ある時遂に
「私の価値は、この一分一秒の間にもどんどん失われていく!」
みたいなことを言って、出勤前の渋谷で泣き崩れたことがあって
当時中学生だったか高校生だったかの私も、
さすがにその言葉のインパクトにショックを受けて
「がーーーーん」
みたいな状態に、一瞬なったんだけど、
一緒にいたN氏が、そんな彼女を一言も慰めることなく
「S、お前が今そう思うのは、
 お前自身が自分の若さにしか価値を見出していないから、ただそれだけだ。
 若さという価値が失われていくのが怖いんだったら、
 自分の他の新しい価値を自分自身で生み出せ。
 そうしない限り、お前は今の店でも直に指名が取れなくなって、
 今と同じように稼げる場所もなくなって、
 キャバを辞めた後も一生苦しみ続けることになる」
と言い放ったので
10代で、「自分は若い」という認識があった私は頭を殴られた気分で
さらに「がーーーーーーーん」となった。
当然ながら、そう言われたS嬢も相当ショックを受けたようで、
その後号泣しただか席を立っただかは忘れたけど
私はその後しばらくの間、彼女が死んでしまうんじゃないかと思って本気で心配した、
という記憶がある。


今になって思えば、
当時ホストクラブの経営者になっていたN氏がS嬢にそう言ったのは
N氏自身も、雇われホスト時代に同じ悩みを抱えていたからで、
それを乗り越えた同業のN氏の言葉は、当時のS嬢に、私以上に響いたと思う。
その後割とすぐに、S嬢は渋谷のキャバを辞めて
銀座かなんかで働き始めるようになって、
今では六本木に自分のお店を持ってる。
あの頃あれだけ「歳取ったら死んだほうがマシ」みたいなこと言ってた人が、
10年経っても生きてて、ジャンルは違えど同じ接客業で働いてるんだから
人生どこでどうなるかわからんなーとよく思う。



若さというのは、
いつか必ずや失われるという前提があるからこそ美しくて尊ばれるのであって
それが本当にいつまでも失われなくなったら、それは不自然で不気味だし
そもそもの若さの価値自体が目減りしてしまう、という矛盾を内包してる。
必要なのは、何十年経っても「若く」あることじゃなくて
うまく歳をとること、年齢を重ねること、なんだろうな。




美輪明宏
「生年月日を捨てましょう。」
「そろそろ、「年齢」に縛られない世の中へ。」
と言っている宝島社の企業広告が広告賞を取ってから、もう7年経ったけれど、
未だに女性は年齢の呪縛から精神的に解放されていない気がする。
それどころか、宝島社の雑誌が一番わかりやすい形で年齢にこだわって、
それ故に成功しているように見える、という皮肉。
この広告コピーを書いた前田知巳の広告意図(毎年秀逸!)を最後に載せておきます。

考えれば考えるほど、昔ながらの年齢基準が設定されたまま様々な社会システムが続いていることによって、今の日本に無意味なズレやストレスを多々生んでいるのではないかと思うのです。あえて「年齢は呪縛である」と考えれば、学業や仕事以前に、その人の日々の生き方まで影響されることを考えればなおさらです。もちろんすべての年齢制度が無意味だとは言いません。しかし、人それぞれの精神や肉体の元気度や実力によって、その人本来の可能性を活かせるチャンス(個々からすれば自らの年齢に縛られない意識、環境からすれば人を年齢で縛らない意識、とも言えましょう)がもっと増えることで、ポジティブに生きるための人生の選択肢が増え、その結果この国が今抱えている歪みが多少なりともリセットされていくのではないでしょうか。