慶応義塾大学教授 土居丈朗
  
政府与党は、この度、社会保障税一体改革素案を取りまとめました。
その中で、やはり一番注目を集めているのが、消費税の増税ということだろうと思います。確かに消費税の増税によって社会保障を充実させることなんですけれども、どうも国民の間では、必ずしもその素案に含まれている社会保障給付の充実については、なかなか具体的なアイデアが見つかってないんじゃないかという風に言われるところもあります。

ただ、私が素案をよく読んでみますと、決して何も具体的な事を書いてないというわけではありませんで、医療提供体制の強化だとか、医療介護の連携強化とか、色々と具体策は盛り込まれているわけで、しかもそれにどれぐらいのお金がかかるかということも一応計算があります。
そういう意味では、なぜ消費税を上げるのかというのは、それだけ社会保障のための財源が必要だという金額を示した上で消費税の税率アップをお願いするということになっているという風に思います。

ただやはり、政府は、まだまだ説明不足の感は否めません。
もう少し国民に丁寧に説明をして、そういう社会保障についての理解を深めるべきだろうという風に思います。
自公政権は、かつて中期プログラムという形で社会保障財源を消費税で賄うということまでは決めたのですが、残念ながら、その税率の引き上げの幅や時期については、明言できませんでした。

今回の政府与党の素案は、それに1歩踏み出す形で、2014年の4月には8%、2015年10月には10%まで税率を上げるということに決めたという点では、1つ大きく評価できると思います。
ただ、消費税を引き上げるにあたって、低所得者の方々にご負担が重くのしかかるのではないかという懸念は当然あるわけです。

その点については、実は、この素案にもキチンと明記されていて、消費税の問題は必ずしも消費税だけで解決するわけではなくて、所得税のところで、いわゆる給付月税額控除という形で、低所得の方々には給付をさしあげる、ないしは、社会保険料を減免するなどの対策を講じるということが明記されております。
そういう意味では、消費税が増税されても、低所得者の方には必ずしも重い負担がのしかかるわけではなくて、所得税制の面から救いの手が差し伸べられるということがあるということは、重要な方針だろうという風に思います。

消費税の増税をめぐる懸念としては、今このデフレが続く中で、景気が悪い状態で増税をしたら、もっと酷くなるのではないかという意見があります。
確かに1997年に増税した時には、その時期は、ちょうど不況の時期に当たってしまいました。しかし経済学の研究によりますと、消費税の増税によって、1997年に家計の消費が減少したという、そういう現象は観察されないという経済学の研究があります。
あの時期、なぜ消費が減ったかといえば、駆け込み需要の反動で買い控えがあったということは、あるかもしれませんが、やはり一番大きいのは、大手金融機関が破たんした金融危機の影響で景気が悪くなったということによるもので、  消費税の増税とは必ずしも関係がないという風に思います。

更にデフレが続く中で消費税を増税すると、もっとデフレが酷くなるのではないかという意見があります。しかし、これは必ずしもそうでは、ありません。

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図をご覧いただきたいと思うのですが、日本は1990年代半ばから物価上昇率がマイナスになるというデフレの状況が続きました。
そこで1997年4月に消費税が3%から5%に引き上げられた時には、このグラフが示すように
1.5%近くの物価上昇が観察されました。

その後、消費税は据え置かれ、デフレがずっと続いてきたわけですけれども、この日本経済の物価上昇の推移を元にして、私が分析したところでは、この赤い折れ線グラフに示されるように、もし今後消費税が引き上げられるということが予告されたならば、それを織り込んで、できるだけ早めに買い物をしようとか、ないしは、物価が上昇するということが、その消費税の引き上げによって引き起こされるということを通じて、実はデフレが止まるということが意図されています。

そういう意味で言いますと、8%や10%に引き上げられる時には、その都度物価が上がるということを通じて、そのデフレが止められるという可能性があるという点は、多くの経済学者が指摘しているところであります。
歴史的な円高の中で消費税を増税するとなると、更に苦しめられる企業が出てくるのではないかという意見もあります。

しかし実は、消費税増税を含む緊縮的な財政政策は、むしろ円安要因になるということが経済学では知られています。
つまり、国内で民間の資金が、増税によって国に吸い上げられてしまうと、その分だけ資金がなくなってしまうということで、円に対する需要がそれだけ少なくなるということは、すなわち円安を誘発すると。

まあ、もちろん円安によって輸出が再び多くなるということを通じて、景気には、さほど大きなダメージには、ならないだろうということが予測されるわけでして、決して円高だから消費税を増税できないというわけではなくて、むしろ緊縮的な財政政策こそが円高を止める円安要因になる、そういうことだろうという風に思います。

また、消費税は景気にあまり変動を受けにくい税ということでも知られています。
もちろん消費税を増税する前に、公務員の人件費や国家・・国会議員の定数削減をするべきだという意見があるのは承知していますし、それは当然、行政の信頼回復のためには必要でしょう。しかし、欧米諸国を見ていただきますと、必ずしも消費税が経済成長を妨げるということには、なっていないということに気付かされるわけです。

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次のグラフをご覧いただきたいと思います。
我が国は2000年代の10年間にわたって、平均すると、実質経済成長率はマイナス0.5%でありました。
ヨーロッパ諸国は、ご承知のように、付加価値税という形で日本の消費税のようなものを課税していて、大体20%前後の税率になっています。
ところがその20%の税率だったヨーロッパ諸国が、2000年代の10年間でどれだけ経済成長をしたかといいますと、高い国では5%を超える経済成長をしていますし、平均的に見ても3%前後の経済成長を記録しています。

このグラフは、リーマンショックと呼ばれる世界金融危機の影響も当然含んだ形での10年間の経済成長率ですから、これだけ付加価値税率が高くても、青いグラフのような経済成長が、ヨーロッパ諸国では実現できたということになるわけです。そういう意味で申しますと、さすがに未来永劫消費税率を5%でずっと据え置くということは、高齢化の関係からして難しい、我が国をおいても多少消費税率を上げたとしても、決して、へこたれないマクロ経済、景気が落ち込むというようなことにならないような経済構造を、これからキチンと作っていくということも、これは社会保障、税一体改革と併せて必要だと思います。

まあ、それは、いわゆる成長戦略という風に呼ばれているものでもあるわけですが、当然のことながら、財政健全化と経済成長は共に両立させていくべきことで、しかもその経済成長というのは、消費税率が多少高くても、中小企業の方々も決して苦しまないような、ないしは、更にはマクロ経済全体としても高い成長率を維持できるような、そういうような経済構造に変えていくということこそが21世紀の日本経済、社会に求められていることだろうという風に思います。