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室井一辰『気になる医療の“裏”話』(7月14日)

「無駄な医療撲滅運動」の衝撃 医療費抑制も期待、現在の医療行為を否定する内容も

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●日本の医療界にとっても有益

「衝撃のリスト」が良いのは手加減がないところだ。日本でも患者向けに医療行為を説明するものはあるが、わかりやすく解説しようとするあまり、内容が平易すぎて専門性の低い内容に陥りがちだ。病気の当事者に近づけば近づくほど、細部を知りたくなるものだ。「衝撃のリスト」を見ていくと、前述のような比較的、理解しやすい項目だけではなく、次のように専門性の高い項目も並んでいる。

 「コルポスコピーは、子宮頸がんの経験がある場合も安易にしない」
 「糖尿病では、スライディングスケール法を用いて血糖値を管理しない」 
 「抗核抗体の関連検査は安易にしない」
 「ぜんそくの診断ではスパイロメトリーを使って」
 「アレルギー検査に非特異的IgE検査、IgG検査は避ける」
 「『いきなり手術』はご法度」

 これらはすべて病気の当事者にとっては切実な問題になっており、無駄な医療行為の項目はまだまだ拡大中である。

繰り返しになるが、米国の「衝撃のリスト」は、日本の患者にとっては診断、治療、予防の選択肢を考える上で非常に役に立つ。さらに、健康保険関係の団体などにとっても、保険料をかける価値のある医療を検討したり、国や地方自治体が医療政策を考える上でも重要になってくる
 

●背景に医療費高騰という問題

 では、米国医療界はどのような動機で、このようなリストを作成・発表しているのだろうか。

 まず、大きなきっかけとなったのがオバマケアだ。従来、米国では約5000万人もの無保険者がおり、医療機関での診療を容易に受けられない状態にあった。オバマケアは、こうした状況を大きく転換して、日本のような国民皆保険を実現しようとする動きだ。しかしこれは、低所得層の医療利用が進む半面で、日本をはるかにしのぐ総額約300兆円に医療費が増大する可能性があるため、米国は医療費の抑制にも動く必要に迫られている。医療提供者にしてみれば、医療費抑制の動きの中で、本当に必要な医療行為にまでカネが回ってこなくなるのは避けたい。そこで、無駄な医療行為に流れるカネの流れを断ち、必要な医療行為にカネを回しやすくする環境をつくりたいという意図があると考えられる。

 このほかには、米国で進行する「self-referral(セルフリファラル)」という問題への批判に応えようとする意図があると思われる。「医療界が自分だけの尺度で医療行為の意義を判断して実施するのはまかりならない」という批判だ。ある検査を行う際、医療を施す側のみの判断で検査を増やすと、本来は無意味な検査が実施され、「やりすぎ」になる恐れがある。米国では、医療界に対して、医療界の外の尺度も踏まえて、医療行為の価値を判断するように求める動きが広がっているのだ。これにより、米国の医療界には自らが推進しようとする医療行為について「なぜ必要なのか」を説明する責任が生じるようになっている

 以上みてきた動きは、日本の医療界にとっても決して無関係ではない。米国同様に日本の医療界の内側からも、無駄な医療撲滅運動が出てくる素地はある。ちなみに、すでに欧州など米国外にも同様の動きが広がっており、日本国内の今後の動きが注目される。
(文=室井一辰/医療経済ジャーナリスト)

※詳細については、筆者の書籍『絶対に受けたくない無駄な医療』をご参照ください。

【本連載の説明】
 初めまして、室井一辰といいます。医療経済ジャーナリストとして、今後、ここで国内外の医療にまつわる経済の話題を、月に2回ほどのペースで書いていきたいと思います。普段はちょっと気に掛ける機会のない話題かもしれませんが、得する情報をお伝えしたいと思います。よろしくお願いします。

●室井一辰(むろい・いっしん)
医療経済ジャーナリスト。東京大学卒業。「週刊ポスト」(小学館/5月2日号)の特集『「血圧147は健康値」の怪奇』が大ヒット企画となり、競合誌やテレビ、新聞を巻き込む論争を巻き起こした。医療専門メディア、経営メディアで、病院、診療所、公的機関、営利機関などを取材して記事を執筆している。6月に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)を上梓。

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