「最も抑圧されている人々が最も疎外されていない人々」から紐解く「弱さ」:高橋源一郎・辻信一 『弱さの思想:たそがれを抱きしめる』vol.1

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改めて、「弱さ」について考えます。

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JFN『ラジオ版 学問ノススメ』公式書き起こし、第8弾のゲストは高橋源一郎さん、辻信一さんです。ラジおこしでは、2014年4月第1週放送分を2回に分けて全文掲載いたします。 

 2014年2月に大月書店から発売された『弱さの思想:たそがれを抱きしめる』。「弱さ」を中心に据えた町やコミュニティをフィールドワークし、考察を深めていくと、全く新しい共同体のあり方が浮かび上がり、今を生きる思想としての「弱さ」が形づくられていく。2人が体験を通し真摯に語り合う。(Amazonより)

 今回の放送は、神奈川県横浜市戸塚区にある善了寺というお寺からの放送。そもそもなぜ高橋さんと辻さんが今回、共著ということで出版なさったのかというお話や、お二人それぞれが「弱さ」について考えるきっかけとなったエピソードをお話しておられます。

 

しゃべるひと

  • 高橋源一郎さん(作家、評論家)
  • 辻信一さん(文化人類学者、ナマケモノ倶楽部世話人)
  • 蒲田健さん(ラジオパーソナリティ)

(以後、敬称略)

  

『弱さの思想:たそがれを抱きしめる』

蒲田:共著『弱さの思想: たそがれを抱きしめる』が大月書店から出版となっています。神奈川県横浜市戸塚区戸塚駅の程近く、急な坂を登り切ったところにある善了寺。その入口の趣のある建物が、今回お二人にお話をお伺いする聞思堂です。

◆◆◆

蒲田:辻さん、この善了寺って、どんなお寺さんなんですか?

:普通のお寺なんですけどね(笑)

この地域は、ぼくも暮らしている、ぼくの勤め先である大学もある、ぼくにとっての地元なんですけど、ここの地域づくりっていうので、行政との間で再開発とかあって、そのなかでだんだんこの地域のハブと言うか、中心として、最近現れてきたお寺ですね。

お寺自体は結構古い、江戸時代くらいからのお寺なんですけど。

蒲田:今、お話をお伺いしている聞思堂というのはかなり新しい感じの建物ですが。

:ええ、これ第二本堂といいますか、本堂とはまた別に建てたんですけど。3・11以降に、スピリチュアルの意味での復興も含めて、象徴するような場所作ろうという住職の思いで檀家さんたちが協力してつくりました。

超エコなんですよ。1つのモデルとなりうるエコロジカルな建物で、ストローベイルハウスといって、中の壁が藁とか竹とかでできていて、木は全部栗駒高原――岩手の震災の現場でもありますけども、そういうところの木を全部使ったり、それから太陽光発電ですしね。

蒲田:高橋さんも何度かこちらにはいらっしゃって?

高橋:そうですね、全く関係なかったですけど。(笑)

辻さんと仕事するようになってから、何故かここへ来ることになって。ぼくもだんだんここに来ると落ち着くようになって。(笑)

蒲田:かなりおなじみな感じで。(笑)

今回ご紹介させていただくのが、『』というものになります。こちらが高橋さんと辻さんの共著、ということになってるんですが、そもそもお二人のご関係というのはどういうことでしょうか。

高橋:2人とも某明治学院大学の教授なんですけど、ぼくがここに着任して10年弱。

:もうそんなになりますか。

高橋:ええ早いですよ(笑)

辻さんのことは本でも読んでいて、存じ上げていたんですが実はあまり関係なかったです。

蒲田:あー、そうなんですか?

高橋:教授会で会ってちょっと声かけるぐらいで、はっきり言って嗜好性が若干違うので。

全員:わはははっ(笑)

高橋:偶然変なとこで会ったりはあったけど。Shing02というラッパーのイベントで、夜中に六本木のクラブで会うとか。

蒲田:(笑)それは意外なところですねぇ。

高橋:お互いに「なんで?」っていう、ちょっと訝しそうな。「え、そういう人だったの?」みたいな(笑)

蒲田:はははは(笑)

高橋:って思ってたら本にも書いてありますけども、ぼくの方が弱さの思想の元となる事件があって。子供が脳の病気になってですね、その後けっこう考えることがあったんで。そういう話をぼくの方がしたんでしったけ? ちょっと覚えてないですけど。

:なんかぼくのやってること話してたら「弱さ」に実はものすごい興味がある、みたいな感じですね。

高橋:それで、やってることがすごく近いなっていうことで、この本に適するような活動を始めたと。

 

転機となった、とある「アクシデント」 

蒲田:それの端緒となるのは何年くらい前ですか?

高橋:うちの次男がいま7歳で来月8歳、彼が2歳のときですから、5、6年前ですね。

:最初の1年半ぐらいはちょっとまだ一緒に「共同研究」っていう風には構えたけどもまだお互いにわかってない感じだったと思うんですね。それが3・11で何かわかったような気になりだして。

蒲田:じゃあ、「共同研究しよう」と言う後に2011年がくると。

高橋:だから「弱さ」っていうのがキーワードになるよねっていうことで研究を始めたんですけども、それぞれやってることも違うので、どういう風にフォーカスしていこうかなと思ったら、3・11があって、2人ともそれぞれする仕事も増えて重なる部分が余計に増えたと。

考えてることも凄く焦点化されていったという感じじゃないでしょうか。

:うん、それともぼくから見ても、3・11の前にもこういうところ行ってみたいとか取材してみたいとかいうのはあったんだけど、3・11で「これはいかざるを得ない」というか、高橋さんは3・11のあとすごく動き始めた。

ぼくからみてるとけっこうエキサイティングだったわけですよ。ぼくは文化人類学がもともと専門なんですけど、すごいフットワークの軽さで、その前はフットワークそんな軽くなかったのに(笑)

蒲田:わはは(笑)

高橋:まぁ机上の空論派だったので外にはいかないと。

小説を書くという仕事柄もともとの想像力に頼るということで、もちろん外をシャットアウトするわけではないですけれども、やはり外の世界と書く世界を往還するよりも、とりあえずちょっと外出たらあとはずーっと中に入り込んで仕事をしていると。

小説では当然そういうことになるんですけども、他の評論とかそういうことも書いてたんですけど、それでも外には行かず、自分の場所をベースにして本読むとか情報を仕入れる。外に行かない、と。

蒲田:「だった」。過去形ですね。

高橋:それで3・11があって、具体的に外に出かける回数も増えたですけれども、単に空間的に外に出かけるというよりももう少し広く外を見る。歴史も踏まえてですね、だからそういう作業を進行中というそういう感じですね。一回動き始めると、フットワークって軽くなるんですよ。

:んー、それはちょっとよく分からないですけど(笑)

蒲田:ふふふ(笑)

:ぼくはずーっとフットワークは軽すぎる、まぁだいたい軽い存在なんで、それで大体振り返ってみるとぼくがやってきたことってとにかく聞き書きが多いんですよ。

で、人より割とよくできるのはそういう仕事かなぁというのがあって。かなり前から聞き書きをやって来てまして、だからそのちょっと人類学的なフィールドワークっていうのは少し違うんですけども。

気づいてみると本当に高橋さん聞き書きをバンバンやっていろんな場所に動いてるっていう。

だからすごくぼくとしては見ている人としてもすごく面白かったし、ぼくもそれにまた刺激を受けてその頃3・11のあと、ポスト3・11時代を作るんだっていう、もう1週間後くらいには仲間たちに、「この時代を作ろうよね」 と、みんなクリエイティブなんだっていう形で動き始めてましたから、ものすごく高橋さんの動きは刺激になっただけじゃなくていろいろ考えさせられておもしろかったですね。

共同研究としては本当に実質が見えてきたっていうか、できてきた感じがしましてね。

蒲田:そこを境に、堰を切ったようにガーっといく勢いだという事で。

高橋さんが「弱さ」というものに注目したと先程お話がありましたが、お子さんのことが5、6年前の話で。

高橋:そうですね、後で考えると以前からその芽となる考え方みたいなものがずっとあったんですね。

やっぱりそういう準備段階というか芽がないとなにか起こったときに反応できない。だからぼくの中でも準備されてたと思うんです。

でもそれがやっぱり明確な形になったのがこどもの急性脳炎ですね。ここにも書きましたし、何回か喋ったこともあるんですけれども、1つは予想外のことが起きることですよね。アクシデント、災害でもそうですよね。

ぼくたちは日常生活がこのまま続いていると実はけっこう惰性で生きてるのであまりモノを考えなくても生きていけるんですよね。今までと同じにしていればいいですから。

いざ予想外の方が起きるととどうしていいかわからなくなるんですね。ぼくはあまり、波瀾万丈というか、予想外の方が起こることがあまりなかったんです。別に家が破産しようがしょうがないなと。そういうのに実は驚いたことがあまりなかったんですね。

蒲田:ご自分の中でマネジメントできる感じの。

高橋:そうそう、外から見ると「大変ですね」と言われるんですが、いやいや大した事ないよっていうことが多かったですね。

でも今回の子供の突然の病気で死に瀕して、具体的に言うと重い障害を受けそうになったということで本当に慌てたんですね、自分でもみっともないくらい。どうしてかわからない。

その時に考えてたんですけど、「なぜそういう事が起こったときに自分は慌てるのか」と。つまり知らない世界ですね、自分の子供が障害者――世界の中で弱い人間になった場合に弱い人間がどういう風に世界で生きていくのかっていうことが分からなくてですね、これを親が全て守るの?とか、社会が何をやってくれるのかが全くわからなくて。

1つはわからない世界があるとそういう人たちの事を書いたりもしたんですけど、ちょっとわかってなかったなぁというので、1つの驚きですね。

病院に通っているうちに、また1つ逆の発見があって、弱い子達を抱えている親たちと会っていると彼らはすごくポジティブなんですね。「弱い」っていう人たちの存在は、普通に考えると守ってあげるべき存在なんだけど逆の作用しているみたいだなと。これは本当にもう本読んで知ったわけでもなく、自分の周りで起きた予期しない出来事に遭遇して、ゼロから考えた結果でてきた考え方だったので、自分でも変な話すごく新鮮で。

ぼくはその時に初めて「弱い」という言葉を使って、弱いって言うのは普通はネガティブなイメージだけれどもそこには何かあるなあと。このことは多分、それ自体はぼく個人、ぼくと子供、ぼくと家族の中の問題なんですけれども、もう一つ何か大きい何かに触れそうな気がしたんで、とりあえずここを少し考えていこうと、思った時に辻さんと会ってこういうこと興奮して話したと。「あ、この人ならわかりそうだな」って。(笑)

  

 

 「最も抑圧されている人々が最も疎外されていない人々」

蒲田:(笑)「弱さ」って何なんだろうっていうところですね。辻さんはどうですか?

:さっき高橋さんが「そういう芽があった」、とおっしゃってましたけど、この本でも振り返って見てるんですお互いに。

「芽はどこにあったのかな」とか考えるんですけど、ぼくの場合は海外生活が長かったんですね。なんか知らないけどいつも社会の中の非主流といいますか、抑圧されてたり差別されていたりするような人のところに行く自分がいて、その動機はともかくとして、ぼくの驚きというのは、そういう所に行くと、かわいそうな人たちなはずなのに全然居心地が良いという。

これはずっとあったんですよ。

蒲田:ほう、居心地がいい?

:うん、いい。

一方でその研究者になるわけですけども、研究者である自分と運動家みたいな、その人たちと共に戦うみたいな、そういう自分の両方があってどっちにもなりきれないというかすごく曖昧な人間だったんですねずっと。

今もそれはそうだと思っていて、やっぱり学問の対象としては割り切れないところがずっとありまして。

その居心地が良いという実感ににずっとこだわってきた、それが「弱さ」っていう言葉に結びついていくかなと思うんです。

ぼくも博士論文というのは考えてみると難民の研究だったんですね。面白いことに難民とか移民っていうのは北米みたいなところにアメリカなんかに来るでしょ?そうすると強い側に、つまり主流の社会へとだんだん身を寄せていくわけですけども、そこでいろんな立ち位置とか態度とかスタイルが分岐してくるんですよ。

そこがすごく面白いですよね、それでその1つのタイプとして自分たちが弱さにそっぽ向いて強い側に入っていくということができないひとたちっていうのが必ずいるんですよ。

その後も南米とかアジアの場所に出かけていくと、一言で言うと、「最も抑圧されている人々が最も疎外されていない人々」だっていう。

蒲田:「抑圧されている人々が疎外されていない人々」。

:これは新しい議論が人類学で起こっているんですけど、そういう考え方ですね。

これは政治の世界で言うとアナキズムなんかの1つの考えとしてあるんですけど、いわゆる社会主義とかマルクス主義とかの思い込みっていうのは、最も疎外されている人々が最も抑圧されている人々、最も抑圧されている人が最も疎外されている、その人たちが世界を救うみたいなね。

ところがそこからはじき出される、「労働者」ですよ、端的に言うとね。

蒲田:プロレタリアート。

:そうです。

それでそこからはじき出された職人だとか、小農とかね、先住民族とか、一番抑圧されてるはずなんだけどなにか楽しんで生きてたり、あそこに行くと居心地が良かったり、やっぱりこの部分がすごく今大事になってきているんじゃないのかなっていう、理論的なところへとだんだん結びついていきましたね。

蒲田:なるほど。必ずしも弱いとされるものが弱いんじゃなくて、というような…。

:そうですね。ぼくのなかで1つのステッピンストーンというか、布石になったのがブータンという国があって、GDPで言えば世界で最下位ですよその頃ね。

で、そこのなんか国王が「大事なのはGDPの高さじゃなくて、GNHだ」と。「国民総幸福」。

:つまり全然違う基準を持ち出してきてわけですよ。でその頃世界は「GNP」「GDP」で染め上げられてるわけですから、なんていう負け惜しみをと。(笑)

蒲田:はははは笑

:と思われたわけですけど、「いやこれは結構深いことかもしれないぞ」っていうね。それにもぼくは非常に刺激を受けました。

  

第2回につづく

次回の配信は8月17日の予定です!Twitter、Facebookなどをフォローしていただけると更新情報をお届けします!

 

高橋さんのプロフィール

1951年生まれ、作家、評論家、明治学院大学教授。『優雅で感傷的な日本野球』で第一回三島由紀夫賞 『日本文学盛衰史』で第13回伊藤整賞 『さよならクリストファーロビン』で谷崎潤一郎賞受賞。

 

辻さんのプロフィール

1952年生まれ、文化人類学者、ナマケモノ倶楽部世話人。 明治学院大学教授。 「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表。 「スロー」や「GNH」という コンセプトを軸に環境=文化運動を 進める一方、スロービジネスにも取り組む。

 

『ラジオ版学問ノススメ』について

世の中をもっと楽しく生きていくために、あなたの人生を豊かにするために、知の冒険に出掛けよう!学校では教えてくれない、でも授業より楽しく学べるラジオ版課外授業プログラム。各分野に精通するエキスパートをゲストに迎えて、疑問・難問を楽しく、わかりやすく解説していく。

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