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【終戦の日に考える】朝日新聞の訂正記事が証明した従軍慰安婦問題の所在

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94~98年に在英日本大使館ナンバー2の特命全権公使として日英戦後和解にかかわった沼田貞昭・元カナダ・パキスタン大使(現日本英語交流連盟会長)に国際電話でお話をうかがった。

沼田氏は92年 1月、朝日新聞が「軍の関与を示す資料を発見」と報じた直後、盧泰愚大統領に8回も謝罪と反省を繰り返した宮沢喜一首相の訪韓に同行。その後の加藤紘一、河野洋平両官房長官の談話が出された際、在京の外国プレスに英語でブリーフィングを行った。

――宮沢訪韓で記憶に残っていることはありますか

沼田氏「宮沢首相が韓国に到着するとデモがありました。会談も(従軍慰安婦問題に)かなり割かれました。ワーッと問題になってきたのは、その後だったように記憶しています」

――加藤談話と河野談話のブリーフィングはどうでしたか

沼田氏「当時は外務省の副報道官でした。それぞれ在京の外国プレスに90分間ずつ絞られました。本当に大変でした」

――筆者は2002~03年に米コロンビア大学の客員研究員になった際、日本の教科書問題について英語で論文を書きました。日本では「強制連行」が論点になりますが、欧米では本人の自由意志に反してさせられた場合、すべて「強制された」ということになります。日本国内と欧米では論点が随分、違うなということを痛感させられました。また、軍が関与したということは国家が関与したことになるというポイントも指摘されました

沼田氏「そもそも軍がなければ慰安婦もありませんでした。安倍首相は第1次政権で狭義の強制性(強制連行)と広義の強制性を区別しようとしましたが、そうした議論は国内では通じても海外では通用しません。意思に反していれば海外では強制したと認識されるのに、拉致したわけではないと言っても通用しません。強制性の問題はインドネシアではあったわけです」

――日英間の戦後和解は比較的うまく行きました。日中関係や日韓関係はこじれています。何が違うのでしょう

沼田氏「私が特命全権公使として英国に赴任した94年、80年代の日本企業の積極的な対英投資もあって全般的に良好だった日英関係の中でノドに刺さったトゲのようになっていた戦争捕虜(POW)の問題を一緒に処理しないといけないという気持ちが日英政府双方にありました」

「日英政府はサンフランシスコ講和条約の戦後処理の枠組みを受け入れて進めていく立場で一致していました。しかし、日中、日韓関係について考えると、政府間で同じ理解で進むということができない状態です」

「こうした問題では国内的にすごい圧力があります。政府同士で立場を共有せずに、乱れてしまうと、ますます問題が複雑になってしまうという図式ではないかと思います」

「中国や韓国の世代交代もあると思います。日韓関係で言えば、私たちの世代は経済協力がうまく行っていることを出そうとしていた。それが今はなくなっている。人的関係を含めて」

――日中関係では日中外相会談が実現して、日中首脳会談につながるか否か注目されています

沼田氏「前政治局常務委員、周永康氏の取り調べを発表して、習近平体制も安定してきて、少しはやりやすくなっているのかなという観測もあります」

「安倍首相が『戦後レジームからの脱却』と言ったのはまずかった。なぜなら、今の図式は、中国は『日本が現状を変更して軍国主義を復活させようとしている』と言っている」

「日本は『現状を変更しようとしているのは中国の方だ』と言っている。日本の場合には、軍国主義が復活するということはなく、戦後日本の歩みを見て下さい、民主主義の下で、法の支配で立派にやってきたではないですかと主張しているわけです」

「安倍首相がいう『戦後レジーム』が何を意味するのかということになってしまう。教育など国内的なことが頭にあったと思いますが、外国に行くと、日米同盟の下に日本が民主主義で栄えてきた、そのレジーム自体を否定しようとしているのですかととられてしまう」

「最近あまり言っておられないようですが、また、そういうのが出てくると非常にまずいと思います」

――欧米の政治家は外国でどう受け止められるかも意識して発言していますが、日本の政治家はどうしてそれができないのでしょう

沼田氏「海外のメディアがある国について報道する場合、誰かを中心にしたストーリーを書いていきます。日本では首相がよく変わるので、まず認識されるキャラクターがいない。欧米の政治指導者に比べて露出の度合いがまったく違うのだと思います」

「昔は中曽根康弘首相でしたが、今は安倍首相も注目を集めて来て、ようやく認識されるところまで来たという感じです」

――安倍首相が発するメッセージで注意が必要なことは

沼田氏「中国との関係について言えば、戦後秩序を変更させようとしているのは中国で、日本は戦後築いてきた自由民主主義、法の支配など基本的な価値を維持しながら世界に貢献していこうとしていることを強調することです」

「過去の問題については、河野談話、村山談話は継承していく、これを変えないということが非常に重要です。戦後、積み木細工のように進めてきたプロセスというのがあって、これを今、ちゃぶ台返しする意味はなく、むしろマイナスになります」

「日本の方から歴史問題を争点にしないで、冷静に対応していくことが必要です。戦後レジームからの脱却というのは非常に誤解を招くので、そういう表現はしない方が良いと思います」

――日本のメディアや政治家は日本支配下の朝鮮半島で慰安婦の強制連行はなかったということに執着します。こうした「部分否定」は物事を非常にわかりにくくします。いったい何を否定しようとしているのかはっきりしないためです。メディアや政治家が歴史に関して何かを否定する場合、じゃあ何があったのかをきっちり説明する責任があると思います

沼田氏「政治家はいろいろ発言しますが、一次的には国内に向けて発言します。だから、あおるということになる。他方、国内で通用するメッセージが外国で通用するとは限らない。外国に行くと、逆効果になるということがよくある。そこら辺の区別がまだできていないのだと思います」

「対外的に発するメッセージはクリアでないといけません。日本の政治家はそれに慣れていません。安倍首相はだんだん慣れてきたような感じがしますが、問題はまわりの方々です。心配ですね。確かに。全体を見ることができない人たちが好き勝手なことを言って、いろいろ物議を醸しているということが多すぎます」

――英国メディアでの安倍首相の報じられ方は次第に改善してきたように思います

沼田氏「安倍首相がシンガポールでの演説で、法の支配を前面に出したのは普遍的なアピールがあって非常に良かったと思います。日本から出すメッセージはある程度、普遍的なアピールでないと、なるほどと思ってもらえません」

「中国との関係では、普遍的なアピールのあるメッセージを発していく。法の支配に基づく国際的な枠組みの中に中国も入れて、関与していくというのが基本的なスタンスになると思います」

――日韓関係はどうでしょう

沼田氏「一般論で言えば、日米同盟は2国間だけでなく、アジア・太平洋の安定要素であるというのは間違いない。日米同盟がアジア・太平洋全体にとっての安定要素であるためには日韓関係、日中も、米中の関係もきちんとしなければいけません」

「韓米の同盟も含めて、日米韓の関係をしっかりしないといけない。そこの共通意識を確認して何ができるのかというところに持っていかなければならないのに、苦労しています」

――内向きのメディアや政治家を変えていくためには何が必要なのでしょう

沼田氏「国内向けに通じることと、海外で通用することの間には相当な乖離があることをみなさんにわかってもらえるまで叫んでいくしかないと思っています」

戦後50年に出された村山富市首相の談話について、沼田氏は3つのキーワードを挙げる。
(1)「植民地支配と侵略(aggression)」
(2)「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛(tremendous damage and suffering)を与えた」
(3)「それに対して痛切な反省の意と心からのお詫びの気持ちを表明する(express my feeling of deep remorse and state my heartfelt apology)」

これで謝罪の問題は一応の区切りがついている。

9月初めの内閣改造。11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で日中首脳会談は実現するのか。来年の戦後70年の節目に安倍首相はどんな歴史認識を発信するのか。

内閣改造で真正保守が勢力を増すと、日本の未来は危うくなる。筆者は安倍首相に従軍慰安婦問題に足を取られた第1次政権と同じ過ちを繰り返してほしくない。

(おわり)

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