「アンパンマン」作者やなせたかしさん、戦争体験で感じた「本当の正義」とは
初代「アンパンマン」は大人向けの童話だった
昨年10月13日、94歳で亡くなった「アンパンマン」の作者やなせたかしさん。今年7月5日から公開中の映画シリーズ26作目『それいけ!アンパンマン りんごぼうやと みんなの願い』は、“生涯現役”を貫いたやなせさん最後の絵本をもとに制作された。かっこいいヒーローに憧れるりんごぼうやが、大切な“ふるさと”を元どおりにするため、アンパンマンたちと力を合わせて頑張るお話。アンパンマンの原点ともいえる作品になっている。
初代「アンパンマン」は、1969年『PHP』に連載された童話『十二の真珠』の一話「アンパンマン」に登場した。34歳で漫画家デビューするも、ヒット作品に恵まれなかったやなせさんが大人向けに描いた作品だった。小太りの男がお腹をすかせた子どもにアンパンを配る話で、挿絵に描かれた主人公の姿はとてもかっこいいとは言えないが、お腹をすかせた子どもにとってはヒーローに違いない。
この話が生まれた背景には、やなせさん自身の戦争体験があると言われている。24歳で中国に出征したやなせさんは飢えに苦しみながらも戦争の正義を信じて戦ったが、今から69年前の敗戦を境に正義は一変する。
後に、やなせさんは自著『アンパンマンの遺言』(岩波現代文庫)で次のように書いている。「正義のための戦いなんてどこにもないのだ 正義はある日 突然反転する 逆転しない正義は献身と愛だ 目の前で餓死しそうな人がいるとすれば その人に 一片のパンを与えること」と。
現在の「アンパンマン」のベースになったのは、1973年に出版された『アリスのさくらんぼ』(サンリオ出版)に収録された「飛べ!アンパンマン」。主人公はやなせさん自身を投影した売れない青年漫画家。お腹をすかせて倒れそうになっている青年の前に、不格好なヒーロー・アンパンマンが現れ、アンパンでできた顔を青年に差し出す。献身と愛、「自らが傷つくことなしに正義はなしえない」というやなせさんが考える本当の正義が初めて作品として描かれた。そして、この童話を子ども向けの絵本にする企画が持ち上がり、同年『キンダーおはなしえほん』(フレーベル館)に「あんぱんまん」が掲載される。
それから15年後の1988年、やなせさん、69歳の時、テレビアニメの放送が始まり『それゆけ!アンパンマン』は大ヒット。それから四半世紀経っても変わらずに、アンパンマンは困っている人がいれば、どこへでも助けに行き、お腹が空いている人がいたら、あんぱんで出来ている自分の顔をちぎって差し出している。
本当の正義とは何か。子どもと一緒に『アンパンマン』の映画を観ながら考えてみてはいかがだろうか。
◆『それいけ!アンパンマン りんごぼうやとみんなの願い』
2011年3月11日、東日本大震災が起こり、今まで経験したことのない大災害の状況下で、「アンパンマンのマーチ」が被災地の子どもたちを元気づけ、大人たちもその歌詞の深さに改めて勇気をもらったと話題になった。やなせさんはアンパンマンを通して、“愛”と“勇気”を届けるために“復興三部作”として映画の原作に取りかかり、2012年は「復興」をテーマにした『それいけ!アンパンマン よみがえれバナナ島』、2013年は「希望」をテーマに『それいけ!アンパンマン とばせ!希望のハンカチ』が公開された。
三部作の最後を飾る『りんごぼうやとみんなの願い』は、「望郷」と「故郷の再建」がテーマ。ある日、りんごぼうやの“ふるさと”アップルランドのりんごが黒マジョのマジョーラに毒りんごにされてしまう。大切な“ふるさと”をもとどおりにするため、アンパンマンとりんごぼうや、最後はばいきんまんまで、みんなで力を合わせて頑張るストーリーとなっている。
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