ろくでなし子氏釈放署名についての総括

2014714日、芸術家であるろくでなし子氏が猥褻物頒布罪で逮捕されたことが報道され、私は以下の署名を立ち上げました。

change.org 「芸術家・ろくでなし子氏の即時釈放を求めます」

そしてそれから4日の間に署名は国内外を合わせて21000筆を越え、逮捕されてから1週間で氏は釈放されることとなったのですが、その後、複数の知人から「今回の署名についてまとめてみてはどうか」というアドバイスを受けました。
もちろん、まだ無罪や不起訴が確定したわけではないので、これから書く内容はあくまで途中経過ですが、結論はweb署名はそんなに恐ろしいものではないので、ガンガンやりましょう」であり、今現在web署名という手段を考えておられる方や、すでにそういった活動をなさっている皆様の一助なればと思います。


・署名を立ち上げた動機について

私は都内在住のフリーランスのプログラマー(28歳)であり、web署名を立ち上げるのは初めてでした。事件を知ったのは友人のFBの ポストであり、ろくでなし子さんとその作品に関してはネットの記事等でうっすらと知ってはいましたが、氏や関係者と面識はありませんでした。また、それに 便乗して名を挙げようという意図もなく、誰かに頼まれたわけでもありません(この事件について活発な議論を行なさっていた北原みのり氏とも面識はありません)。ですので、動機を一言で云えば「カッとなってやった」です。

  1. 氏のやっていることが一体誰に迷惑をかけたのか?、という疑問を抱いた。
  2. 中国で現代芸術家の艾未未氏が逮捕された事件を思い出し、そんなことが日本でも起こってしまったことに怒りを覚えた。
  3. 選挙支援のアルバイトを行なっていたので、どの程度拡大するものなのか社会実験としてやってみたいと思った。
  4. 東京都議会での女性差別野次やレイシズムに対する違法判決等があったので、時勢から「勝てそうだ」と思った。

今回の件のような激しい議論が行なわれている事件に対して署名を立ち上げることに躊躇はありましたが、今現在、私は今回自分が行なったこととその結果に全く後悔していません。
また、署名を集めている中で感じた不安や迷いのほとんどは、以下の理由から杞憂でした。

・判明したいくつかの事実について

①署名が裁判に悪影響を与えることはありえません。
これに関しては、すでにジャーナリストや弁護士の方々からアドバイスを頂いております。裁 判が司法マターであるのに対して、署名は政治マターであり、目的は世論の可視化と圧力です。ですので、重要なのは理念であり(*1)、タイミングであり、より多くの署名を集めることです。ですので、専門家ではなく、漠然とした反感を持った多くの人々に訴えかけるような文章を書き上げるのが一番だと思います。

②署名が原因で新たな弾圧が発生することはありません。
世の中にはなぜか司法関係者の内面やその集合的無意識とコンタクトを行なえる人がおり「『なぜAは駄目でBOKなのか?』と騒ぎすぎるとBに まで捜査の手が伸びる」という批判がしばしばなされます。しかし、これに関しても実務家の方々に相談し、そういうことは有り得ないとのコメントを頂いております。仮にそうなってしまったとしても、それはもともと司法が極度に悪意に満ちているか反語を理解出来ないほど劣化していることが明らかになっただけであり、その時点で批判者も含めて無意味です。

③署名を立ち上げたことで自分に危害が及ぶ事はありません。
署名数が1万を超え、世間で取り上げられるレベルまで膨張してしまっても、起草者自身に実害が及ぶことはありません。自分が観察した限りでは、web上の応酬は署名を行なったある個人(著名人)ともともと彼/彼女に敵対的だった人々の間で発展し、そこで大方のエネルギーが消費されています。署名そのものを潰そうと具体的な行動を起こす人というのは基本的にいません。

④外国語版の署名について
余力があれば、署名の呼びかけ文の外国語版も用意しましょう。

賛同者が多く集まりやすくなり、また、外国人も共感可能な普遍的な問題なのだというエビデンスになりますのでより説得力を増します。今回の署名においても英語版を用意してからわずか1日程で海外から500筆以上(日本語版に寄せられたものも含めれば1800筆以上)の賛同を頂いております。また「外圧である」という批判を行なう人もいますが、change.orgでは署名者情報をスプレッドシートでダウンロードし在住国や名前でソート出来るため問題はありません。

⑤1つだけ注意すべき点:言論人と内部分裂
し かし、個人ではなく集団で署名活動を行なっている場合や、事件の当事者と署名集めを行なっている人々が異なる場合は、外部からの批判や働きかけによって不 和が生じる可能性がありますのでその点に注意しましょう。今回の件に関して私が一つだけ実害を被ったのは、当初恐れていた匿名のうるさ方やいわゆる「ネトウヨ」ではなく、ある在野の言論人からの批判でした。彼は猥褻分野の権威として知られている出版関係者であり、著書も出している実績があったの ですが、彼は自身のfacebookアカウントで強い口調で「議論を間違った方向に誘導している」「裁判を不利にする可能性がある」「売名行為だ」と批判し、その意見を他の言論人仲間に投げかけていました。そして、彼の意見が耳に入った仲間と関係がこじれる寸前にまで至りました(*5:訂正とお詫び)。
対処法して有効だったのは、とにかく「署名は司法マターではなく政治マターであり、世論を可視化するために作成して各個人が自己責任で記すものなので、原理的に起草者が批判に答える義務はない」ということを強調し、同時に、弁護団の方々に連絡をして「署名の文言を変える必要は無い」という返答を頂くことでした。
また今後は、今回の署名で明らかになった上記の①〜④の事実や、以下のありがちな批判に当てはまっていないかを確認することで、より簡単に処置を行なえると思います。

【ありがちな批判】
.「鶏を差別するな!」

「牛肉が好きです」→「鶏を差別するな!」といった物言いに代表される、ネット言論にありがちな、言ってもいない事を言った事にして溜飲を下げる批判です。
.無限責任
特定の党派に結びつけて過去の総括を要求する、過去の言説を全て参照することを求める、政治情勢や関係部署の内部事情らしきものを持ち出して「筋が悪い」「他にも弾圧が及ぶ危険性がある」と言う、など、個人が負うことが事実上不可能なコストや責任を押し付ける批判です。

・意見について

今 回の事件と署名活動に対しては、主に以下の意見が寄せられました。大別すると、司法の観点、政治的観点、ナショナリズム批判、芸術的観点、中傷その他、の5つです。それらに関してはもちろん有意義なものもありましたが、一方で、「ありがちな批判」に当てはまるものも多く、あらゆる署名活動や社会運動に対して似たような言葉が投げかけられ得ます。また、いくら批判がなさ れたからといって署名の文言を変えることはその正当性に傷をつけますので、やるべきことは拡散であり説得すべきは仲間である、という原則を起草者は踏み外さないようにすべきです。
なお、以下の意見のエビデンスであるtwitter等の元発言の表示の仕方については一旦凍結し、復活させる際も本人の許可を取る、もしくはメールでお答えするなど配慮します。失礼致しました。

【司法の観点から】

  • 「法学的な観点や過去の判例から見て間違っており、裁判を不利にする。」

  • 「他人の逮捕を利用した売名行為である」

  • 「署名で司法の判断を覆すという行為が民主主義に反しており、迷惑である」

【政治的な観点から】

  • 「アーティストを守れ、という主張がアートを特権化し、ポルノやアニメを差別している。」

  • 「今まで表現規制に賛成し、児童ポルノのレッテルを貼って来たフェミニスト達が今回の件に反対しているのがおかしい。」

  • 「3Dプリンタへの弾圧という視点がなく、問題を矮小化している。」

【ナショナリズムの観点から】

  • 「海外から賛同を集めるのは外圧である。オリエンタリズムを煽っている」

  • 「表現規制の例として中国の名前を挙げるのは差別的である」(*2)

  • 「日本政府がこのような弾圧を継続的に行なって来たことは自明であり、今さら『こんなことが起きるなんて』というのはナイーブすぎる。」(*3)

【芸術の観点から】

  • 「芸術家にとって弾圧は本望なはず。外野は邪魔をすべきでない。」

  • 「そもそもあの作品自体が陳腐であり、論ずるに値しない。」

・行動履歴

今回の署名立ち上げ後に行なった行動と出来事をまとめました。

 2014/7/11:

  • ろくでなし子氏が猥褻物頒布の罪で逮捕される。

 2014/7/14

  • ろくでなし子氏逮捕のニュースが流れる。
  • change.orgに署名を立ち上げる。(14:52)
  • FBでグループを立ち上げる。
  • twitterに署名のリンクを公開。
  • 署名数3800人(23:41)

 2014/7/15

  • 署名数5000人(05:58)
  • 一部の方から「こういった事件に関して中国のことを例に出すのは差別的である」という批判を受け、文言を修正する。
  • ある人から、この署名を興味深く捉えており、起草者とのコンタクトを求めるメディア関係者にも連絡先を伝えたいという連絡を受ける。快諾する。
  • 日本の英字新聞からメールで取材を受ける。
  • 仲間の一人から、編集者で猥褻分野の「権威」である松沢呉一氏より文面を修正すべきだという指摘があったことを知る。それを受けて訂正を行なう旨を告知するが、すぐあとに様々な指摘があり、既に数が沢山あつまっている中で大きく内容を書き換えるのは問題だと判断し、再度、それを辞める旨を告知する。
  • 署名数10000人(18:27)
  • 友人からアドバイスを受け、英語版を作り始める。
  • 「誰に署名を呼びかけるべきか」スレッドをfacebookグループ内に作り、オノヨーコ、レディ・ガガ、クリス・アンダーソン氏(『Free』『Makers』筆者)、Defense Distributed、安倍秋恵氏、吉松育美氏、国内の女性芸能人などのアイディアが出る。

 2014/7/16

  • 英語版の草稿を作成し、ネイティブの知人に添削を依頼する。
  • 署名数15000人(04:31)
  • 松沢氏の批判が仲間内にもジワジワと拡がり、「この署名が裁判の邪魔をしているのではないか」という批判がで出始める。しかし、グループ内に松沢氏と交流のある友人がいたこともあり、表立って答える事ができなかった。(*4)
  • 弁護士にも文言を修正した方がいいかメールを送る。

 2014/7/17

  • 英語文の添削が帰ってきたので、署名の英語版も作成し公開する。
  • twitterやメールで署名をお願いする日英のテンプレを作成。
  • 「誰に署名を呼びかけるべきか」スレに寄せられた人物に片っ端からメール、リプライ、facebookメッセージを送る。
  • 弁護士から返信があり、そのままで問題無い、とのアドバイスを頂く。
  • 意を決して「率直に言って松沢氏の行動やある種の物言いには納得出来ない」と仲間に打ち明け、弁護士からも文言はそのままでよいという返答があったことを伝える。すると、仲間も「名声のために利用している」という松沢氏の言葉への怒りを理解してくれる。
  • 関係者から翌日に接見があることを告げられ、署名のコメント一覧の束を作成し、一筆添える。

 2014/7/18

  • 署名数20000人(01:28)
  • 関係者と会い、署名を渡す。
  • 3日目で出た関係者へメールとtwitterでお願いに従事。
  • 当日午後に、ろくでなし子氏が釈放された旨がニュースで流れる。

・メディアの報道

  <国内>

  • 産経新聞(8/5):http://megalodon.jp/2014-0805-0854-47/sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/140803/crm14080318000001-s.htm

  <海外>

  • ロイター(7/16:http://mobile.reuters.com/article/idUSKBN0FL15M20140716?irpc=932
  • Japan Times(7/16):http://www.japantimes.co.jp/news/2014/07/16/national/crime-legal/17000-sign-petition-genitalia-artist-arrest/#.U-A9U0jiieQ

・注

*1: 例えば、今回の署名の文言にある「ごく原則的なことをいえば、最高法規である憲法において…」の一文は、法学的にいえば間違いです。なぜなら、猥褻物頒布罪は、個人の利益ではなく「社会」が保有する財産としてのモラルや規範(=社会的法益)を害する犯罪であるとされているからです。しかし、それを定める刑 法175条自体が憲法21条 に定められる表現の自由に違反しているのではないかという議論は以前からありますし、また、署名して下さった方々は少なくともろくでなし子氏の作品を罪に 値する何かではないと認識していないことは自明であり、「社会的法益」の所有者である「社会」の一員ですので、司法の猥褻認定を批判する論拠になります。 最悪、弁護士や法学者が『彼らの言わんとしている事は○○である』と司法の世界で通用する物言いになるよう翻訳して注釈をつければよいのです。

*2:初期草稿の序文「自由と人権を憲法に掲げる我が国で起こってしまったことに驚かざるを得ません。」に対して。

*3:初期草稿の序文「芸術家を逮捕するなどという今どき中国のような独裁国家や宗教国家でしか行なわれないようなことが」に対して。

*4:その友人自身は、署名に対して真摯に手伝ってくれ、不安を表明したのもろくでなし子氏のことを本当に心配してのことでした。また、私自身も、自分が署名の当事者でなければ、松沢氏の言っていることの不当さに気付かないまま素直に納得していたと思います。

*5:以前のpostで、この部分では「松沢氏が直接の関係者にコンタクトをとり、不安を吹聴したせいで」と記しました。
しかし、その後の2014年8月14日のfacebookのポストで松沢氏は「『関係者」と言える2名は、もともと私の知人たちであり、向こうからの依頼をもらってます。」と述べられ、そうであれば、以前のpostで私が記したそれは事実に反します。この件に関しましては、松沢氏にこの場を借りてお詫びを申し上げます。
私がそう考えた理由は
支援コミュでも「法学的な見地に基づいて議論をしましょう」というアナウンスがなされ、facebookで知り合い同士になった関係者ともほとんどコミュニケーションを行なえなかった。
松沢氏が自身のポストで私に対して「裁判が不利になる」「弁護士の足を引っぱる」「売名行為だ」といったことをしきりに主張されていた(エビデンス取得済み)
③そして、松沢氏はfacebookのpostの中で「弁護士グループと署名グループは全く別に動いていて、顔合わせしていないことは確認済み」
と述べられた
ことでした。そして①〜②の文脈と③の発言(『確認済み』という文言)から、氏がろくでなし子氏の直接の関係者に積極的にコンタクトを取ったのだと判断しました。

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