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“姿見えない子ども”に潜む危機

8月13日 15時25分

松井裕子記者

小中学校に通うはずの年齢なのに、1年以上所在が分からない子どもが、ことし5月1日の時点で397人に上ることが文部科学省の調査で分かりました。
ことし神奈川県厚木市のアパートで、男の子が白骨化して見つかった事件。
男の子は一度も学校に通っていませんでした。
7年以上前、5歳の時に父親に放置されていたことが分かりました。
所在の分からない子どもに潜む虐待のリスクが問題となっています。
社会部の松井裕子記者が解説します。

所在不明の子 約400人

文部科学省は毎年行っている「学校基本調査」で、1年以上所在が分からない子どもについても調べています。

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それによりますと、ことし5月1日時点で1年以上所在が分からない小学生は、全国で252人、中学生は145人で、合わせて397人いることが分かりました。
都道府県別に見ますと、最も多いのは東京都で114人、次いで大阪府が64人、神奈川県が43人と都市部で多くなっています。
DV=ドメスティックバイオレンスから逃れるために住民票を移さずに転居しているケースや、保護者が外国籍で一緒に海外に出ているケースが多いと見られていますが、なかには厚木市の事件のように、子どもの命に関わる事態が潜んでいることも考えるべきだと思います。
今回、NHKでは道府県庁所在地や政令指定都市など130の教育委員会を対象にアンケートを行いました。

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すると、全体の67%にあたる87の教育委員会が、子どもの所在を確認するうえでの課題を指摘しました。
「警察や児童相談所など関係機関との連携不足」や「個人情報保護を理由に必要な情報が得られない」といった意見のほか、「学校や教育委員会に家庭に立ち入る権限がなく対応に限界がある」という指摘が目立ちました。
さらに「住民票を移さずにほかの自治体に転居してしまうと行方を追えない」として所在の分からない子どもの情報を国が集約して一元的に管理し、所在を確認する仕組みを作るべきだという意見も複数ありました。
いるはずの子どもがいないということは、義務教育を受けられているかどうかも確認できないわけですから、子どもの権利と命を守るために早急な取り組みが求められます。

長期欠席にも“姿見えぬ子”が

さらにNHKの行ったアンケートでは、ほかにも姿を確認できない子どもがいることが分かりました。
長期欠席している子どもたちです。
実は文部科学省は長期欠席の背景に児童虐待が潜んでいる場合があるとして、子どもの状況把握に継続して努めるよう全国の教育委員会に通知しています。
平成16年、大阪・岸和田市で長期に学校を欠席していた中学生が食事を与えられないなどの虐待を受け衰弱しきった状態で見つかった事件がきっかけです。

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アンケートで、先月1日時点で30日以上連続して欠席している小中学生について聞いたところ、この質問に回答があった94の教育委員会で合わせて9137人いました。
このうち学校の教員や医師のほか関係機関の職員などが、30日以上子ども本人に会えていないとみられるケースを尋ねたところ、小学生が151人、中学生が587人で、合わせて738人にのぼりました。

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会えない理由を尋ねたところ「本人の心身上の理由」が最も多く532人、「保護者が拒絶している」が85人、「保護者と連絡が取れない」が51人でした。
アンケートでは、長期欠席の子どもたちの状況を確認することの難しさを指摘する教育委員会が相次ぎました。
「保護者が拒絶すると、それ以上子どものことを尋ねにくい。保護者との関係が切れてしまう」とか「一定期間、児童生徒の状況が把握できない場合、調査権限のある機関と連携して所在を確認するシステムが必要だ」といった声が多く寄せられたのです。

“姿見えぬ”は危機 ある女性の証言

“姿が見えない”子どもたちにどのような危機が潜んでいるのか、私たちはある女性に取材をすることができました。

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10年以上にわたって自由に家から出ることを許されず、小学校にも中学校にも1日も通うことのできなかった女性です。
福岡市に住むナミさん(仮名)27歳は、母親から家の外に自由に出るのを許されていませんでした。
カーテンを閉め切った部屋で食事も十分にとらせてもらえず、母親からの暴力もあったと言います。
事態が発覚したのは9年前。
ナミさんははだしで自宅を逃げ出し保護されました。
そのとき18歳。
身長は1メートル30センチ足らず、体重は28キロしかありませんでした。
事件を検証した福岡市の報告書によると、当時学校の教員は繰り返し家庭訪問を行ったものの、対応した母親に「障害があるので学校に行かせられない」などと言われ、本人に会うことができない状態が続いたと記されています。
こうした母親と教員のやり取りを、ナミさんは押し入れの中で聞いていたと言います。
教員が来ると押し入れの中に隠れるように言われたということで「『具合が悪い』とか『実家に預けた』とか、いろんなうそをついて先生を追い返していた。助けて欲しかったけどただ聞いているしかなかった」と語りました。

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中学校になって、教育委員会は児童相談所に通告しましたが、児童相談所は、母親と教員が話をできていることなどから虐待のリスクは低いと判断して、ナミさん本人の姿を確認することなく対応を終えていました。
ナミさんは18歳で保護された後、施設や病院を転々とし、数年前からは1人で暮らしています。

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しかし、人と接する機会を奪われて育った影響は今も続いていると言います。
ナミさんは「長年ずっと人と接してきていない分、ちょっとしたことでつまずく。将来、幸せになれるんだという気持ちが持てず、それさえもどうでもいいと思ってしまう。簡単に取り戻せと言われても18年は取り戻せない」と語りました。

子どもの姿を徹底して確認しようという取り組みも

姿が見えない子どもには命に関わる危険性がある。
最悪の事態を想定し、取り組みを進めている自治体があります。

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北海道旭川市の教育委員会では、親の話を聞くだけでなく、子どもの姿を直接目で確認することを目指し、30日以上連続して欠席している子どもについて、毎月学校に報告を求めています。
児童相談所や福祉部署、時には親族とも連携して、誰かが接触できるまで粘り強く家庭訪問などを続けます。

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また静岡県浜松市の教育委員会では、教育や社会福祉の専門知識を持つスクールソーシャルワーカー8人を教育委員会に配置し、家庭訪問を繰り返すなど子どもの状況を確認して登校を促す取り組みを進めています。
教員が本人に会えないことが多かったケースでは、スクールソーシャルワーカーが母親から話を聞いていくうちに、母親に知的障害の疑いがあり子育てをほとんどできていないことが分かりました。
児童相談所と連携して母親を支えた結果、生活が安定し児童が学校に登校できるようになったということです。

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児童虐待の問題に詳しい山梨県立大学の西澤哲教授は「子どもの姿を確認出来ないということは、最も危険な状態かもしれないと考えるのが鉄則だ。いわゆる不登校で誰とも会いたくないというケースもたくさんあるだろうが背後に極めてハイリスクな子どもがいると考え、関係機関で連携し社会として子どもの状況を確認していく責任がある」と話しています。

再び繰り返さないために

10年以上、自由に家から出ることを許されなかったナミさんは「もう少し早く助け出してくれれば、状況は変わっていたと思う。どんなに親のガードがかたくても子どもを助けるまでは粘り強く取り組んで欲しい」と話していました。
これまでも、姿が見えないまま子どもの命が失われたり傷を負ったりする深刻な事態が起きるたびに、安否確認の重要性や関係機関の連携の必要性が指摘されてきました。
しかし、痛ましい事件は繰り返されています。
今度こそ、全国的に情報を共有する仕組みや安否確認を行う態勢作りなど抜本的な対策を示し、社会全体としてこの問題に向き合わなくてはならないと思います。


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