ブドウは兵器だった:旧海軍研究所置かれたワイナリー
毎日新聞 2014年08月13日 18時58分(最終更新 08月14日 01時41分)
◇サドヤは甲府空襲で集中攻撃
全国一のブドウ生産量を誇り、国産ワインの代表的産地としても名声を築いた山梨。しかし、第二次大戦末期、ブドウ栽培、ワイン醸造が軍事目的で奨励された歴史はあまり知られていない。ブドウは兵器だった。戦後69年の夏。山梨の地に刻まれた戦争の傷痕を訪ねて歩いた。【松本光樹】
甲府市にある1917年創業のワイナリー「サドヤ」。同社顧問の今井裕久さん(66)が小箱を開けると、10センチ大の透明な結晶が二つ入っていた。「これは戦時中、海軍の兵器として使われていたんです」
「ロッシェル塩」。圧力や振動を加えると電気が起きる性質(圧電効果)がある化合物だ。音を電気信号に変えるイヤホンやマイクに使われ、戦時中は潜水艦や魚雷の音波を水中で探知するソナーの部品として重要だった。
ロッシェル塩はブドウからワインを醸造するときにできる副産物、酒石酸が原料となる。ワインの「おり」は酒石酸とミネラルが結びついたものだ。サドヤは戦前、全国のワイン醸造所から酒石酸が集められ、ロッシェル塩を精製する拠点だった。
今井さんは、父で2代目の友之介さん(97年に87歳で死去)から生前、当時の話をよく聞かされた。
1943年1月、旧海軍から「酒石酸をできるだけ多く集めてほしい」と申し入れがあった。日本は前年6月のミッドウェー海戦で敗北。海軍はドイツに将校を派遣し、艦船の防御素材にロッシェル塩を応用する技術情報を得ていた。
実はサドヤも今井さんの祖父で創業者の精三さん(49年に64歳で死去)が、ロッシェル塩の圧電効果には以前から目を付け、昭和初期から自社で出る酒石酸の活用方法として精製を研究していた。「祖父は軍事用と聞いてピンときたそうです」。サドヤ敷地に44年3月に海軍技術研究所の分室が置かれ、全国唯一の精製施設となった。
同年には陸軍からも海水から飲み水を作る脱塩剤の原料として酒石酸が注文された記録があるという。
しかし、破局は迫っていた。1127人が犠牲となった45年7月6日の甲府空襲で、サドヤは集中攻撃を受けた。「事前に偵察されていたのだろう」と今井さん。落とされた焼夷(しょうい)弾は200発以上。醸造所は壊滅し、貯蔵していたワインが流失して川を赤く染めた。その1カ月後に敗戦。ロッシェル塩の精製事業はストップした。