【日本経済に迫り来る「1945年」】では、日本経済の長期見通しが非常に厳しいことや、アベノミクスをもってしても大局を転換させることは(大陸打通作戦と同様に)困難ではないかという見通しを示しました。
これと通じるコラムが先日のロイターに掲載されていました。
- コラム:アベノミクスに立ちはだかる2つの「障壁」 (ロイター)
むしろ驚きなのは、そして少し皮肉的でさえあるのは、欧米企業と違って株主価値を最大化させていないと長く批判を受けてきた日本企業が、今度は株主価値を優先することでアベノミクスを頓挫させるような振る舞いを見せていることだ。
20年に及ぶデフレと少子化傾向にくわえ、株主重視文化の輸入もあいまって、今の日本企業は、むしろ欧米企業に近い行動を取るようになっている。つまり、円安による利益は規模拡大のために使うのではなく、ため込む方向にある。
【増えない純輸出と企業の「要塞化」】や【『賃上げはなぜ必要か』が明かす日本の閉塞の構造】では、企業が資金を貯め込む「要塞化」が、経済全体のバランスを崩して成長の妨げになっているという脇田成の分析を紹介しましたが、ロイターのコラムもそれに通じます。
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脇田は指摘していませんでしたが、このコラムが指摘する「株主重視文化」の影響も見過ごせません。【アメリカの文化大革命「株主価値の最大化」】では、株主重視文化が経済社会に与えた負の影響の大きさについて、Smithersの分析などを紹介しています。
これと関連するのが、『グローバリゼーション・パラドックス』の著者ロドリックが指摘する、リベラリズムの蔓延です。ロドリックはリベラリズムに代わるモデルとして、“mercantilism”を主張しています。
- The New Mercantilist Challenge(Project Syndicate)
The history of economics is largely a struggle between two opposing schools of thought, “liberalism” and “mercantilism.”
リベラリズムは、「国家は民間企業活動を妨害する存在⇒国家と民間企業の活動領域を分離する(国家は民間経済活動に口を挟まない)」という思想です。一方の“mercantilism”は「重商主義」と訳され、評判はよくありませんが、ロドリックはその本質は「国家と民間企業が経済成長の目標を共有して協力すること」であり、現代にも有効であると説明しています。
But it is more accurate to think of mercantilism as a different way to organize the relationship between the state and the economy – a vision that holds no less relevance today than it did in the eighteenth century. Mercantilist theorists such as Thomas Mun were in fact strong proponents of capitalism; they just propounded a different model than liberalism.
Mercantilism, by contrast, offers a corporatist vision in which the state and private business are allies and cooperate in pursuit of common objectives, such as domestic economic growth or national power.
グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道
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『世界経済を破綻させる23の嘘』の著者장하준(チャン・ハジュン)も似た主張をしています。経済リベラリズムの模範例とされることの多いシンガポールも、その実態は、国家の産業への関与が非常に大きい“mercantilism”的なものとなっています。
The most dramatic example, however, is Singapore. The country is usually known for its free trade policy and welcoming attitude towards foreign investments, but it has the most heavily state-owned economy, except for some oil states. State-owned enterprises produce 22% of Singapore’s national output, operating in a whole range of industries – not just the “usual suspects” of airline, telecommunications and electricity, but also semiconductors, engineering and shipping; and its housing and development board supplies 85% of the country’s homes.
人口減少、少子高齢化、ワーキングプアの増加など、経済社会が激変する現在の日本は、システム全体の大改革を必要としています。そのためには、個々の主体が自由に活動する(言い換えると自己利益のみを追求する)ことを至上とするリベラリズムよりも、経済社会システム全体の最適化を目指す“mercantilism”が適しているはずです。チャンは、株主至上主義は「経済全体にとって非効率」と述べています。
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浮動株主の利益を最優先させて企業を経営するのは、不公平であるばかりではなく、非効率でもある。それは国の経済全体にとっても当の会社にとってもそうである。ジャク・ウェルチが最近打ち明けたように、株主価値なるものはきっと「世界一愚かなアイデア」なのだろう。
1990年代以降の「構造改革」は、経済全体に不公平と非効率を広めることでした。
「企業は,株主にどれだけ報いるかだ.雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」
「それはあなた,国賊だ.我々はそんな気持ちで経営をやってきたんじゃない」
94年2月25日,千葉県浦安市舞浜の高級ホテル「ヒルトン東京ベイ」.大手企業のトップら14人が新しい日本型経営を提案するため,泊まり込みで激しい議論を繰り広げた.論争の中心になったのが「雇用重視」を掲げる新日本製鉄社長の今井敬と,「株主重視」への転換を唱えるオリックス社長の宮内義彦だった.経済界で「今井・宮内論争」と言われる.
「これまで企業が社会に責任を負いすぎた.我々は効率よく富をつくることに徹すればいい」という宮内のドライな発言に今井が鼻白む場面もあった.
日経連賃金部長として報告書を書いた小柳勝二郎は「雇用の柔軟化,流動化は人中心の経営を守る手段として出てきた.これが派遣社員などを増やす低コスト経営の口実として都合よくつまみ食いされた気がする」と話す.
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集団スポーツでは、個の力を高めても、選手が勝手ばらばらにプレーしては勝てません。チーム全体のパフォーマンスを最大化システムを固めたうえで、そのシステムと整合するように個の力を高めなければなりません("One for all, all for one")。現在の日本では「システムよりも個の自由を優先」が尊重されるので、「個々は奮戦するが、チームは敗北」の結果が待ち受けているでしょう。
大東亜戦争では、陸軍と海軍など各組織がそれぞれの都合で行動したことが惨敗の一因であると言われていますが、 現代日本も同じ轍を踏みかねません。
「企業栄えて国滅ぶ」ことになるのでしょうか。
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ヒトラーとケインズ(祥伝社新書203) (祥伝社新書 203)
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