2014年8月8日
「Seeing is Believing(百聞は一見に如かず)」。四国電力株式会社(香川県高松市)での研修に参加したパキスタン国営送配電公社(NTDC)職員の言葉だ。パキスタンでは人口の増加に伴い急増する電力需要に供給が追いつかず、深刻な電力不足に直面している。JICAは3年前から、パキスタンで電力設備を維持・管理する技術者を要請する「送変電維持管理研修能力強化支援プロジェクト」を展開している。
パキスタン南部ハイデラバードの変電所。JICAは複数の円借款で、送変電施設の近代化にも協力している
パキスタンでは変電所や送電線などの設備の新設、更新が進む一方で、設備を運営、維持管理する技術者の育成は、1980年代に設置された研修所設備やカリキュラム、教科書を用いて行われており、最新の技術に対応できないでいた。プロジェクトでは、NTDCの技術者養成部門である技術サービスグループ(TSG)の指導員の能力強化、カリキュラムの改善、研修用機材の更新、研修プログラムの評価・改善システムの導入などを通じ、パキスタンの電力系統の実態に合った研修システムの構築に取り組んできた。
NTDCの研修所で実践的なトレーニングを受ける維持管理担当者
プロジェクト開始から約3年。現状を踏まえたカリキュラム、教科書、研修用機材を使った新しい研修は、NTDC内部の技術者だけでなく、各地域の配電会社から研修に参加している技術者やその上司からも高い評価を得ている。また、研修の受講生や上司へのアンケートを、次の研修や中長期的な研修設備の改善に役立てる取り組みも始まっている。こうした「カイゼン」運動はパキスタンでは珍しいが、NTDCの若手指導員が受講生へのアンケートの依頼や回答のデータ入力に積極的に取り組むなど、よい循環が生まれ、受講生からの満足度もプロジェクト開始直後に比べ大きく向上している。
四国電力での研修
現地での専門家によるマニュアル、カリキュラム作成などの支援に加え、関係者にとっては、プロジェクトの一環で四国電力の協力を得て日本で実施した研修もインパクトが大きいものだった。これは、指導員の能力強化を目的に、2012年から2013年にかけ3回にわたって行った研修で、NTCD関係者33人が参加した。
研修では、四国電力総合研修所での送変電研修とともに、讃岐変電所、香川系統制御所、直流送電施設、電力機器メーカーなどを視察。日本での事故対処方法、変電所の運営管理人数、総合研修所の運営資金調達方法、研修生や講師陣の人材育成手法、研修教材内容など多岐にわたる講義、実習が行われた。指導員たちは、パキスタンに戻ってから自分たちが行うべき取り組みを積極的に議論し、アクションプランを作成。プロジェクトは、このアクションプランも踏まえて進められていった。
2012年1月の第1回研修に参加したNTDCのタヒール・マームードCEO(経営責任者)は「現場の関係者が直接日本の最先端の技術を知り、パキスタンとの違いを認識したことが、プロジェクトの効果を最大限に引き出すことになった。今後とも研修が効果的に行われるよう、予算配分や人員配置も含めてプロジェクトの成果を維持できるよう取り組みたい」と語っている。
JICA専門家(右)とパキスタン人技術者が議論しながら研修用テキストを改訂
また、NTDCを管轄するパキスタン水利電力省のアフタブ・ナディームNTDC担当局長も、「インフラ整備に注目が集まりがちなパキスタンで、人材育成分野で成果を出している重要なプロジェクトだ。現場の技術者に粘り強く指導してくれた日本人専門家にも感謝したい」と高く評価している。
プロジェクトを通じて、JICA専門家とNTDC技術者の厚い信頼関係も構築された。プロジェクト立ち上げから専門家とのやりとりの中心となってきたアクラム・ミルザ元マネジャーは「日本の専門家は日本式をそのままパキスタンに持ち込むのではなく、パキスタンの現状を踏まえて、少しずつカイゼンするやり方を提案してくれた。労を惜しまず、地道なやり取りを積み重ねてくれたことが、パキスタン側の関係者のやる気と自尊心を喚起してくれた」と振り返る。
円借款契約調印後、握手を交わす経済省経済局のシャイスタ・ソハイル局長(左)とJICAパキスタン事務所の河崎充良所長
JICAは今年6月、世界銀行、アジア開発銀行とともに、パキスタンの電力セクター改革のための資金援助の円借款契約に調印。加えて、円借款を活用した「ダドゥークズダール送電網事業」「パンジャブ州送電網拡充事業」「全国基幹送電網拡充事業」も実施している。いずれもNTDCによる変電所、送電線建設を支援するもので、これら3事業により2018年までに8ヵ所の変電所の新設・増強と1,050キロメートルの送電線が整備される。
パキスタンの電力セクターが抱える課題は多岐にわたり、課題の解決への道のりは長い。JICAは電力セクター改革への資金援助に加え、よりロスの少ない変電所・送電線の建設などのインフラ整備、設備を運営する人材育成など、ハードとソフト両面から包括的な支援を行っていく。