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坂本美雨×小沼純一対談 日本人ならわかる「声」の授業
インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:豊島望(2014/08/12)
日本の伝統芸能や文化を広く国内外に発信する「東京発・伝統WA感動」のプログラムでシリーズ企画の『Traditional+』。これまで笙・箏・琵琶といった伝統楽器の紹介、アニメーションと浪曲、尺八とシンセサイザーといった異色コラボなど、様々な企画を行って好評を得ているこのシリーズ5回目のテーマは、ずばり人の「声」。そもそも日本の伝統音楽というのは、声を中心に発達してきたものだと言っても過言ではなく、この日は聲明(しょうみょう / お経に節をつけて唱える仏教音楽)、謡曲、民謡、ポップス界から、さまざまな「声を生かすものたち」が集結する。さらには、この四者が全員参加する形で新曲が作られ、当日披露されるということで、これは歴史の重みと音楽の多様性が感じられる、スリリングな体験になることは間違いないだろう。
そこで今回は、このシリーズのコンセプターでありナビゲーターでもある音楽評論家の小沼純一と、小沼の提案によって「ポップス代表」という形でイベントに参加する坂本美雨の対談を行った。アーティストと評論家という立場の違いはもちろん、世代も育ってきた環境も異なる二人は、日本人と声との関係性をどのように見てきたのだろうか? 小沼は坂本の父が出演するテレビ番組『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』にゲスト講師として参加しているように、もともと親交の深い二人ということもあって、話は自然と多岐にわたり、非常に興味深い対談となったように思う。
坂本美雨(さかもと みう)
1980年生まれ。1990年に音楽家である両親と共に渡米。ニューヨークで育つ。1997年「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義でデビュー。以降、本名で音楽活動を開始。2013年初のベストアルバム『miusic - best of 1997~2012』を発表。音楽活動の傍ら、演劇出演、ナレーション、執筆も行う。東京FM系全国ネット『坂本美雨のディアフレンズ』(月~木11時)パーソナリティを担当中。ニューアルバム「Waving Flags」発売中。動物愛護活動をライフワークとし、大の愛猫家である。
stellarscape : Welcome
小沼純一(こぬま じゅんいち)
音楽を中心にしながら、文学、映画など他分野と音とのかかわりを探る批評を展開。現在、早稲田大学教授。音楽・文芸批評家。著書に『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『オーケストラ再入門』『映画に耳を』他多数。編著に『武満徹エッセイ選』『高橋悠治対談選』『ジョン・ケージ著作選』ほか。NHK E テレ『スコラ 坂本龍一音楽の学校』のゲスト講師としても出演。
和の魅力発見シリーズ Traditional+(トラディショナルプラス)【vol.5】Voice Surfing 声の系譜|東京発・伝統WA感動
どうしても「社会に認められてないと、生きてる意味がない」って気持ちになりがちだと思うんですけど、それだけが生きている証明じゃないんだって、声はそういうところまで気づかせてくれたんです。(坂本)
―坂本さんがご自身の声を意識するようになったのはいつ頃でしたか?
坂本:小さい頃から歌うのは好きだったんですけど、自分がどういう声かっていう意識はあんまりなくて……それよりも、いろんなハーモニーが好きでした。母(矢野顕子)のレコーディングにひばり児童合唱団が参加していたことがあって。そこに私も入れようと思ってたらしく、合唱団の音楽をずっと聴いていたので。
小沼:『ごはんができたよ』(1980年にリリースされた矢野顕子の4thアルバム)とか、あのあたりだ。
坂本:たぶんそう、ホントに小さい頃です。結局合唱団には入れなかったんですけど。でもCDはずっと聴いていたので、ハーモニーの面白さっていうのをずっと感じてて。もちろん、母親の歌もずっと聴いていたので、その影響もあると思います。あの人、すぐハモるんですよ(笑)。
小沼:それちょっと面白いなって思うんだけど、普通に歌が好きっていう人は、大体主旋律を歌うわけじゃない? ところが、最初からハーモニーが好きだったんだ。
坂本:大体、三度下とか上でハモるじゃないですか? それが楽しくて、アルト耳になっちゃって(笑)。
小沼:主旋律よりも下が聴こえちゃう?
坂本:そう(笑)。その後ニューヨークに引っ越して、いろいろ音楽の授業を受ける中で、まずオーケストラに入って、そのときチェロを選んだんですけど、チェロもアルト同様にベースラインが多いので、やっぱり低音の方が好きなんだなって。あとは自分の声で多重録音するのも、ライフワークというか、ずっとやっていきたいことだと思っています。もちろん、誰もが通る道だと思うんですけど、最初に自分の声を録音して聴いたときは、思っていた声と全然違って、自分の声を好きになるまでにはすごく時間がかかったし、そもそも自分の声がどんな声なのかちゃんと知ったのも、歌手になってからで。
小沼:歌手になる前は自分の声が好きではなかったけど、それでも歌手になろうとは思った、と。
坂本:そうですね。たまたまSister M(坂本龍一の“The Other Side of Love”に客演した匿名のシンガー。後に坂本美雨であることが公表された)として歌う機会があって、声で表現することの面白さ、快感に目覚めてしまったんですよね。ただ、そこで「いい声だね」って言ってくれる人がいたことは驚きで、「なんで?」みたいな感じでした(笑)。
小沼:今は折り合いがついたってこと? 録音して、それを聴いても違和感がないし、コントロールもできる?
坂本:そうですね。自分の耳で聴いている、体の中で鳴っている音と、外に出せている音の差があんまりないというか、差をコントロールしてるのかな?
―意識せずともそれができるようになったのは、何かきっかけがあったのですか?
坂本:それはいいボイストレーナーに出会ったからで、KANNAさんという方にもう10年近くついていただいているんですけど、その人がすっごく論理的に、呼吸法からたたき込んでくれたんです。呼吸のおかげで体自体が変わったし、歌っているときだけじゃなくて、日常生活からその呼吸法になっているので、健康にもいいんじゃないかと思います(笑)。その呼吸法とか歌い方を身につけたら、どんどん体が楽器になっていって倍音も増えたし、それを「表現」にする方法を知りました。
―呼吸の仕方が大きかったんですね。
坂本:何より大きかったのが、感情表現っていうのは、身体の使い方なんだって知ったことなんです。感情表現は気持ちの問題ではなくて、感情をどう身体に変換させるかが重要だから、自分自身はすごく冷静じゃないといけないとか。そして、それは全ての芸術に共通することなんだなって感じられて。当時は歌手を続けるのか悩んでいた時期だったんですけど、正しい呼吸を身につけていくと、ただ呼吸をしたり、そこに声が乗るだけで、みんな何かを生んで生きているんだなって深い満足感が得られて、人として助けられたんです。どうしても「何かを常に生んで、社会に認められてないと、生きてる意味がない」って気持ちになりがちだと思うんですけど、それだけが生きている証明じゃないんだって、声はそういうところまで気づかせてくれたんです。
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