ハビエル・アギーレ新監督の来日記者会見に行ってきた。都内のホテルの宴会場に設えられた会見場。3ヶ月ほど前に、ザッケローニ監督がブラジル・ワールドカップのメンバーを発表した時と、全く同じ会場である。あの時のように、大勢の報道陣が詰めかけた。来日したばかりの新監督。「強面」は持って生まれた顔つきなのだろうが、思ったよりも柔和な感じで、真面目そうに話し始めた。
僕にとっては、ハビエル・アギーレというとやはり現役時代の面影が一番強い。1986年のメキシコ・ワールドカップ。ウーゴ・サンチェスがエースだったチームである。当時のメモを読みかえしてみると、アギーレは右サイドハーフだったようだ。戦術とかポジションは覚えていないが、肩をいからせたゴツい体型とハードなプレーぶりが印象に残っている。あの有名なフローレスのジャンピングボレーのアシストがアギーレの最大の見せ場だった。あのフローレスのゴールも、僕は鮮明に記憶していたから、スタジアムで生で見たのだとばかり思っていたが、今回、アギーレの記憶を確認するために当時のメモを見たら、あの試合(ブルガリア戦)はどうやらテレビ観戦だったようである。
当時のメキシコはまだ「強豪」とは呼べないクラスのチームで、1970年と1986年つまり地元開催の大会では決勝トーナメントに進出しているが、国外の大会ではまだグループリーグを突破した経験がなかった(なにしろ高地のメキシコの場合、ホームアドバンテージはとても大きい)。そして、あのフローレスのジャンピングボレーが象徴するように、飛んだり跳ねたり、まるでルチャリブレのような派手なパフォーマンスをする選手が多い中で、堅実でハードなプレーをしてチームを支えていたのがハビエル・アギーレだった。
まだ、具体的なチーム作りにも着手していない段階の記者会見だから抽象的なやり取りに終始したが、言葉の端々にそういったタフでハードなプレーを好むらしいことが窺われる。アギーレ新監督が何度か口にしたキーワードは、「コンペティティボ」と「コンプロミソ」である。競争と責任とでも言うのだろうか。具体的なプレーとしては、ハードで、タフで、ボールを奪うことが大事だとも言っていた。やはり、僕の現役時代のイメージの通りのサッカーを目指すようだ。フィールドの上では祖国を背負って、責任感を持って、規律に従ってチームのために貢献する選手。引いて守るのではなく、前から激しくボールを奪いに行く……。そんなイメージのサッカーをするのだろうか。
まずは、9月5日のウルグアイ戦に向けて、アギーレ新監督がどんなメンバーを選出するかが見どころだ。もちろん、メンバー発表までそう多くの日数はないし、現場で視察できる試合もあまり多くないだろうから、基本的にはワールドカップで戦ったメンバーをベースにするのだろうが、そこで誰が外れるのか。そして、代わって新しく選ばれる選手がいるのかどうか……。じっくりお手並み拝見といこう。
さて、ザッケローニ監督は典型的なクラブの監督で、毎日グラウンドでトレーニングができない代表でのチーム作りに苦労していた。そして、信頼できるいつものメンバーを重視し過ぎたことで、引き出しの少ないチームになってしまい、「自分たちのサッカー」ができなくなった時に手詰まりになってしまった。また、攻撃サッカーを標榜するあまりに、守備軽視でバランスも欠いていた。
原博実技術委員長も、大会前からそれは分かっていたことなのだろう。「代表監督経験」を重視して人選を進め、4年前にも接触し、その後も注目していた一人であるハビエル・アギーレにオファーを出したわけだ。アギーレ監督も「4年経って再びオファーをもらったので、日本側が真剣なのだと思った」という趣旨の発言をしていた。
確かに、「代表監督経験」という意味でも、「守備重視」という意味でもザッケローニ監督の失敗の後の後継者としての条件は満たしているようである。また、オリンピック・チームについて何度か言及したように、年代別代表にも関心を持っているあたりも日本全体の底上げに繋がるかもしれない。
一つの心配はメキシコとスペイン以外での経験がないことだが(バスク系スペイン移民の孫であるアギーレにとって、スペインは「異国」ではない)、この辺りは通訳の人選など協会のサポートが大切になるだろう。そして、最大の懸念は「4年間」という時間である(契約は2年なのだろうが、これまでの日本協会のやり方を見れば、よほどの失態がない限りはロシア・ワールドカップまでアギーレに任せるのだろう)。
アギーレの最大の「売り」は、メキシコ代表監督として2回ワールドカップに出場し、2回とも決勝トーナメントに導いた経験だろう。だが、2回とも代表監督としての在任期間は1年ちょっとなのである。つまり、予選敗退の危機に陥った時に監督に就任して代表を立て直したのがアギーレなのだ。つまり、日本で言えば岡田武史である。
そして、スペインでのクラブの監督としても、オサスナとかエスパニョールとか、降格危機にあったチームを引き受けて、残留させたという経歴が多い。残留請負人。危機にあるチームを短期間で立て直す(当然、守備から手を着けるだろう)。それが、アギーレのこれまでの仕事だったわけだ。
これまで、日本は5回ワールドカップに出場しているが、岡田武史が監督を務めた2回(1998年と2010年)以外は、全ての大会で最後はマンネリ感が滲み出していた。チームは2〜3年で完成の域に達し、それからは新しいものを付け加えることができず、チーム内の選手の序列も決まって停滞感が漂ってくる。監督にとって「4年」という時間は、相当長いもののようである。
はたして「短期集中型」のように見えるハビエル・アギーレが4年という時間をうまく使って、停滞感なしにロシアに乗り込めるのか……。僕は、そこが最大の懸念材料ではないかと思っているのだが。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授