私が好きだったあるスリランカの女性は、LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)にジャフナで夫を爆殺されて若き未亡人になったという経歴を持っていた。
スリランカでは彼女のような立場の女性は珍しくなく、スリランカの内戦の深刻さは彼女を通して私も知るところとなった。
スリランカ政府とLTTEが休戦に入ったとき、良い機会だと思ったので、ひとりでスリランカに入ってゲリラ拠点である北部ジャフナを訪れたことがあった。
そこで見たのは戦闘のあとの焼け焦げた大地、銃痕だらけの民家、傷痍軍人の姿、広大な地雷原、そしておびただしい兵士の姿と、警戒心の強い人々の視線だった。
「お前は何者なのか?」
ジャフナはLTTEが支配していた自治地区で、街はあちこちが破壊されたまま放置されており、空港近辺はそのままLTTEの訓練施設になっていたが、そこも空爆や銃撃戦で建物にはすべて焼かれた痕や弾痕の痕が残っているようなところだった。
ホテルも爆破されて残っていないので、民間の家を開放してホテル業を営んでいる家族のところに潜り込ませてもらった。
夜になると部屋をノックする音がして開けると、4人の軍人が立っていて「お前は何者なのか?」「なぜここに来たのか?」と何度も何度も執拗に尋問され、丁寧な態度だったが部屋のチェックと荷物検査をされた。
ちょうどスリランカ政府と休戦の時期だったが、偶発的な衝突からいつでも大規模な戦闘が始まるかもしれないところに、政府関係者でも軍関係者でも報道関係者でもNGOでも何でもない人間が手ぶらでやってきたことに驚きと警戒を感じていたようだ。
とは言っても、私を調べたところで何が出てくるわけでもなく、私が何者なのかまったく分からないまま引き上げていき、翌日から監視の男がひとり私の後ろについて回ることになった。
ジャフナに翻っていたタミル・タイガーの旗 |
ジャフナは海岸線に作られた都市だった。
その見渡す限りの海岸線には鉄条網が敷かれて、見張り台にはやはり銃を構えた兵士がいつでも不審人物を撃てるように用意している。
そしてLTTEの兵士が「これだけは見て欲しい。政府が我々に何をしたのかこれを見れば分かる」と連れて行かれたのが、きれいに整備された兵士の墓地だった。
この時に撮った写真が上記のものだが、これを見ても分かる通り、そこは見渡す限りの墓石がジャングルの彼方まで続いているのだった。
それはシンハラ人に対する憎悪を忘れまいとするための象徴であったのだと思う。
タミル・イーラム解放のトラ=LTTE
スリランカは1975年より、長らくシンハラ人とタミル人が抗争に明け暮れていた国だ。
もともとスリランカはシンハラ人の国だが、イギリスが植民地化したときにプランテーションの労働力としてインドからタミル人を連れてきたのが、この国に大きな影を落とすきっかけになった。
当初からシンハラ人は自分たちの国に勝手にやってきてイギリス人に重宝されたタミル人を嫌い、民族感情はこじれにこじれて軋轢が高まっていった。
1948年2月に「セイロン」という国名で独立したときから、シンハラ人はタミル人の排除に着手して、翌年にはタミル人の選挙権を奪い、徹底したシンハラ人優遇政策を採るようになった。
少数派のタミル人はこの現状に憤って抗議活動を作っていたがまったく埒があかず、徐々に過激思想が生まれるようになった。そのひとつが「タミル・タイガー(タミル・イーラム解放のトラ=LTTE)」だった。
1975年、タミル・タイガーはテロや暗殺を持ってシンハラ人の有力者を排除する手段を取り始めるが、政府当局はこれにタミル人の弾圧を持って対抗した。
しかし、弾圧されたタミル人はそのままLTTEを支持することになったので、LTTEは膨張していくことになり、1980年代に入ると、LTTEが大規模な組織と武器弾薬を持って政府軍と衝突していくことになった。
この時代、コロンボではタミル人の排斥と差別が非常に厳しいものになり、徐々にタミル人が北部や東部に移動していくことになり、次第にこれらの地区がタミル人の居住地区、自治地区ような様相を呈するようになってきた。
LTTEを率いていたのはプラバカラン議長だ。
LTTEの最高権力者だったプラバカラン議長 |
徹底したシンハラ人に対する憎悪を持ったこのカリスマは、テロでも自爆攻撃でもだまし討ちでも強制徴兵でも何でもする男だった。
LTTEはコロンボでもしばしば爆弾テロを引き起こし、自分たちを攻め立てたインドに対しても憎悪を抱き、インドの元首相だったラジブ・ガンジーを爆殺した。
スリランカ軍の戦争犯罪?
北部は実質的にタミル人のゲリラ組織「タミル・タイガー(タミル・イーラム解放のトラ=LTTE)」が支配していた。
クラマトゥンガ大統領も暗殺されそうになり、自爆攻撃に巻き込まれて片目を失う重傷を負った。
タミル人は激しい憎悪をシンハラ人に向けていたが、シンハラ人も、元々自分たちの国にタミル人がやってきて勝手に住み着いたという意識があるので、両者の憎悪の連鎖は決定的だった。
どこの国でも隣国とは骨肉の争いをしていることが多いが、スリランカはその中でも先鋭的な暴力性が伴っていたと言える。
スリランカ政府は融和や攻撃を繰り返しながら何とか苦しい舵取りを行っていたが、事態は打開できなかった。
2008年に入って政府は最後の決断をして、全面闘争に入り、2009年に入ってから民間人を巻き込む容赦ない大攻勢を仕掛けていく。
そして、次々にLTTEの拠点を陥落させて、ついに2009年5月18日、プラバカラン議長を殺害して長い内戦に終止符を打った。
殺害されたプラバカラン議長の遺体写真。 確実に死んだ証拠としてスリランカ政府が公開した。 |
ついに、LTTEは拠点と指導者を失って敗北宣言を出して、長い内線は終結したのだった。
しかし、問題はここで終わらなかった。
この2008年から2009年にかけてのスリランカ政府の大攻勢では民間人が容赦なく殺戮された上に、LTTEの兵士の拷問や処刑、病院への攻撃、さらには女性兵士に対するレイプなどが後に明るみになったのである。
これはスリランカ政府が行った戦争犯罪だとして、タミル人側は激しく抗議しているが、スリランカ政府はその多くをLTTEのでっち上げであり、かつ病院攻撃についても自作自演であるといっさいを認めていない。
イギリスのチャンネル4が取り上げた「スリランカのキリング・フィールド」というドキュメンタリー番組も、スリランカ政府は一部の映像は信憑性が確認されておらず、フェアではないと大抗議した。
時限爆弾付きの復興
しかし、スリランカ政府に対する最大の武装組織がプラバカラン議長の死と共に消滅したのは確かであり、今後のスリランカは非常に早い足取りで復興に向けて動き出すことになるはずだ。
当面、スリランカは平和の道を歩んでいき、世界中の多くの投資家がスリランカに注目することになるだろう。
しかし、別にシンハラ人とタミル人は民族和解を成し遂げたわけでも何でもなく、まだ心に不信と憎悪を隠し持って共存しているのである。
当面は問題ない。しかし、長い目で見ると、この民族の「憎悪」という問題は解決していないので、いつかぶり返すのは間違いない。
この憎悪の対処を間違うと、またもや第二・第三のプラバカラン議長が生まれてくることになるだろう。
なぜ、私はそれを確信しているのかというと、これは民族闘争であると同時に、宗教闘争でもあるからだ。
シンハラ人は仏教を信じ、タミル人はヒンドゥーを信じている。ジャフナに行くと、ボロボロに崩壊した建物が打ち捨てられているのとは裏腹に、ヒンドゥー寺院だけは立派に再建されて、多くの信者が祈りを捧げている姿を見てきた。
宗教が相互不信を生み出すのは、イスラム教 vs キリスト教を見ても分かる通りだ。あるいはパレスチナの、ユダヤ教 vs イスラム教を観察しても同じだ。
どちらも自分たちが正しいと確信しているので、そこに妥協はないのである。相手が滅ぶか、自分が滅ぶか、両方滅ぶかしない限りは問題は解決しない。
どんなに落ち着いているように見えても、ひとつの国(場所)で異民族が異宗教を持って暮らしていると、いつか必ず対立と衝突と差別が沸き起こる。
だから、スリランカは時限爆弾付きの復興だと私は思っている。長く続いた内戦が終わって、今は誰もが厭戦気分でいるから復興と平和があるが、それはいつでも変転する平和だ。
民間人も容赦なく殺されていた。 |
裸にされて処刑されるタミル人兵士 |
拷問を受けるタミル人兵士 |
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