温泉卵が作れない

知らないことと知れないことの狭間に妄想をめぐらして

日々の学習 〜 世渡り編 〜

 

 

 もう随分とたつが私の友人が重い病を負った。西洋医学最新の療法も効を

 

なさず、インドにあるアーユルヴェーダの免許持った医師が9人常勤という

 

地も訪ねたが病の重さにビビられて毎日油に髪を浸され終わった。藁にもす

 

がる思いで次に診てもらったのは人から教祖と呼ばれるほどの人だ。往復の

 

航空券と5つ星ホテル一泊はこちらで負担だが、報酬は治療が始まってから

 

だという。先生を寝室へお通した。50ぐらいの中肉中背の男性だった。

 

友人はベットから身を起し先生を迎え入れた。

 

 発生、今までの治療と経過をひととおり聴かれた先生は、椅子をベットに

 

引き寄せて友人の足に手を置き、いろいろな強弱で指を中心に押していく。

 

友人はうなり声を抑えている。先生が神妙な面持ちでうんうんうなずいた後、

 

007が銃を取り出すような仕草でさっととりだしたのは、

 

 

 

 こんなやつ。

 

 

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 うちではこれ、ちなみにスーブを作る時なんかに鍋底に具が焦げ付かない

 

ようにグルグルするのに使っているが (たぶん『ぐりぐら』も)、先生はそ

 

の柄の方 (そっちかい!) を友人の足の指にあててぐいぐいする。顔を歪めて

 

つい声を漏らしてしまう友人に先生は勝ち誇ったようにたずねる、

 

「どうですか!熱のようなエネルギー感じますか!!足の先の方がポカポカ

 

してきます」

 

 友人は顔をさらに歪めてひと言、

 

「ああ、そういうのよして下さい」

 

 先生が驚かれる、

 

「いや、このあたりにエネルギーを感じるはずです。ほうら力抜いて」

 

「そういうの自分はいいです。治してくれるのならそっちをお願いします」

 

 私は横でぷッと笑ってしまう。彼らしい。

 

 一瞬、うーわ、めんどくさい人のところに来てしまった、という表情を隠

 

しきれなかった先生は、木のさじをゆっくりジャケットの内ポケットに戻し

 

ながら考えているように見えた。そしてさっと人差し指を立てる。

 

「あなたにいいものがあります。あなたに私のパンを食べてもらいたい」と

 

くる。

 

 特別に開発されたある穀物を精製した粉で作ったパンを食することでこの

 

手の難病患者を何人も治されたのだとか。手始めに私にはミラノにある教室

 

にて一週間講習を受けてもらいパンの作り方を学んでもらう、その上で特注

 

のベーカリーマシーンを購入してもらえば家で毎日手軽にそのパンを食する

 

ことができる、というようなことを半時間ほどかけてお話しされた。あから

 

さまに顔をしかめる私の横で友人は、商売になりそうとか考え乗り気っぽい

 

相づちをうつ。マシーンは一台、五千ユーロだという(≒¥625,000/当時)。

 

話が進むとしかし先生は、特許がどうたら言いはじめマシーンを卸すことは

 

したくないという。ならばもう用はないと友人が礼を述べ引き取ってもらお

 

うすると、先生はまたまた片手をジャケットの内ポケットへのばす。取り出

 

されたのはサングラス。それをかけて私達を交互に見る。意味ありげに眉と

 

口が笑う。目は、笑っているかどうか見えない。

 

「これ知ってるかい」もうくだけた言葉遣いになっている、「これにはフィ

 

ルムが貼ってあり、たくさん開いている針ようなの穴からちゃんと見えるん

 

だよ、ほら。こうしてここから見る訓練をすることで…」

 

 たしかに、極細の穴が網目状に見える。先生は過去に視力がひどく落ちた

 

ことがあり、これで治したのだと熱く語られる(でもコワいぞ、なんか)。

 

先生はフィルムを製造している知り合いを紹介してあげようか、これなら商

 

売になるよ、とおっしゃる。せっかくだが私の目はそもそもとても良いし、

 

友人はもうすっかり興味を失っており、お引取りいただいた。

 

 

 

 あれから7、8年、あの先生はどうしているのだろうか。きっと今日もど

 

こかで藁にもすがりたい人々を訪ねて、世でも渡っておられるのだろう。

 

 

 

 ではまた一週間ほど先の更新を目標に

 

 

                      2014年 8月12日

 

                     温泉卵が作れない でした