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強くてニューサーガ 作者:阿部正行

第四章

第4話 売り込み

 振り向くと立っていたのはおそらくカイルより少し年下くらいの少女だった。

 革鎧の上に実用一点張りで丈夫そうなマント、頭は厚手の帯状の布を巻きつけて覆っており、ショートボウといわれる小型の弓と矢筒を背にしょっている典型的なレンジャー姿だ。
 少し幼いながらも顔立ちの整った美しい少女だが、芯の強そうな目でカイルを見ている。

 その目を見た時、カイルは妙な心のざわつきを覚えたがそれを押さえ冷静に話しかける。

「俺に何か用かな?」
 この時点でミナギの姿はもうない
 ミナギの役目は完全な裏方で、当人もそれを解っており人前で一緒に居るところを見せない方が色々と都合が良いのだ。

「カイルさんですね! わたしはエリナと言います。あの……『竜の巣』への案内人を探していると聞きました! わたしを雇ってくれませんか! お願いします!」
 エリナは地面に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げて頼み込んだ。

「あ~……」
 カイルはやっぱり来たかという思いで頬を掻きながらエリナを見ていた。

「も、もう決まってしまったのでしょうか?」
 カイルの反応に焦ったようにエリナが聞く。

「いや、まだだが……」
「だったら是非お願いします! 私は薬草等の採集専門で森には毎日のように入っていますので!」
 必死と言っていいアピールだったが、カイルはどう断ったものかと悩んでいた。

 案内人を雇おうとしたのはあくまで『竜の巣』に向かうことを広めるための布石で、本当に雇うつもりは無かった。
 ただ依頼料は目立つために十万ガドルという大金にしたので、例え依頼人が冒険者に評判が悪いカイルでも時間が経てば請ける者が現れる可能性はあった。
 その為周りの評価にも気を使う一流の冒険者が集まる『暁の火竜亭』に依頼し、一日と経たずずに取り下げたのだ。

 もしこのように売り込みがあった場合、当初の予定では理由をつけて、例え難癖をつけてでも断るつもりで、エリナの場合は若すぎると言うのが断る理由となるだろう。
 そしてもう一つ気になる点もある。

「一つ確認したいが……俺が依頼をしたのは『暁の火竜亭』で、君はそこに所属している訳ではない、そうだな?」
 先ほどの店内にエリナがいなかったことを思い出しながらカイルが聞く。

「…………はい。カイルさんが『竜の巣』への案内人を高額で探していると聞いて、急いで探していました」
 うつむきながらエリナが絞り出すような声を出す。

 冒険者の酒場に依頼した場合、その酒場に所属している冒険者しかその依頼を請けられない。
 こういった依頼の横入りは明文化されている訳ではないが、冒険者達の暗黙の了解としてやってはならないことだ。
 もしそんなことをして噂が広まれば冒険者としての信用を失うことになる。

「それがどういう意味を持っているか解ってるのか?」
「構いません、何ならこの依頼を最後に冒険者を辞めてもいいです!」
 それは本気で、覚悟のこもった目だった。
 正確にはこの時点で『暁の火竜亭』への依頼は取り下げているのだから横入ではないのだが、エリナ自身が暗黙の了解を破っていると自覚している。
 更に今二人が話しているのは大通りで、既に道行く周りの人々からも注目されつつあるので噂は広がるだろう。

「そこまでして請けたい理由は……」
「勿論お金の為です。どうしても必要なんです」
 はっきりとエリナは言い切った。

「そうか……」
 何のために必要かはあえて聞かなかった。金がいる理由など人それぞれだし、安易に踏み込むべきでは無いからだ。
 ただエリナが、後がない背水の陣でカイルの前に立っていることだけは理解できた。

「あ、あの……今ダークエルフ達が他の人族を排除しようとしているご存知でしょうか? わたしはあの付近にも詳しいんです!」
 エリナが何とかカイルの興味を引こうと更に必死に訴えてきて、ダークエルフという言葉ににカイルは反応した。

「それは本当か? できればダークエルフ達とは接触せずに『竜の巣』に向かいたいんだが」
「は、はい! 母も元冒険者で、その母が作った付近の詳細な地図もあります!」
 エリナもここぞとばかりに売り込んでくる。

「う~ん…………」
 ここでカイルは考え込んでしまう。

 本当に雇うつもりは無かった案内人だが、ダークエルフの件は予想外だったのも事実で、カイルも無用なトラブルは起こしたくは無い。
 エリナの案内で本当にダークエルフとの接触を避けられるなら雇う価値はあるはずだ。

「……わかった雇おう。ただし報酬は依頼が終わった後で前金は無し。それでいいか?」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」
 それまで悲壮と言ってもいいくらいに思いつめ、真剣な顔をしていたエリナが、心からほっとしたような顔で笑顔を見せた。

「出発は明日の夜明けで、東門に来てくれ」
「解りました! 出発の準備をしてきますので失礼します!」
 エリナは大きく頭を下げた後、走り去っていった。

 その後ろ姿を見送りながらカイルは、また自分でも解らない奇妙な感覚にとらわれたが頭を軽く振った後リーゼ達との待ち合わせの場所に向かった。



 リーゼ達との待ち合わせをしたのは街の中心部にある広場で、そこはこのリネコルでもっとも賑やかな場所でもある。
 石畳で舗装された広場は常時人であふれており、敷物の上に怪しげな商品を並べているうさん臭そうな露天商や、軽業で拍手と銅貨を集めている大道芸人、大声で辻説法をしている秩序と法を司るレヴァイン神の信者など多種多様な人達がいた。
 そしてやはり一番目立つのはこの国の特色ともいうべき冒険者達だ。
 狩の成果であろう虹色にも見える煌びやかな毛皮や、幼児程もあろう巨大な牙を誇らしげに担いで闊歩している。

 そんな人々でごった返している広場だが、中心部の水場兼噴水にいたリーゼとウルザ、シルドニアの三人は目立っており、直ぐにカイルも合流できた
 シルドニアはいつもの通り、屋台で買いこんだろうこのエッドスの名物だと言う食用に適した魔獣の肉焼き、香草で包んだ串焼きを、両手いっぱいに持ってご満悦だ。
 リーゼとウルザは同じく屋台で買っただろう、冷やした水に果汁を割ったものを飲んで一息ついているという様相だった。

「準備お疲れ様……セランはどうした?」
 カイルは準備をしてくれた労をねぎらった後、見かけないセランのことを尋ねる。

「またどっかふらふらしてるわよ。もう少しで来ると思う」
 リーゼがいつものこと、と軽く呆れとため息混じりに答える。

「やはり冒険者の国だな、食料や燃料等も全部質のいいのが揃っていた。これで準備万端で明日出発できる……そっちはどうだった?」
 ウルザが今日の買い出しの成果満足しつつカイルに聞いた。

「ああ、結局案内人を雇うことになった」
「案内人は雇わないんじゃなかったのか?」
「それが少々事情が変わってな……」
 カイルが密漁とダークエルフの件を説明するとウルザが難しい顔になった。

「ダークエルフか……私もダークエルフには会った事が無いのだがとにかく他の人族に関わろうとしない連中らしい……エルフの私が言うのも何だがな」
 エルフとダークエルフは元々一つの種族だったが、遥か昔の神話の時代に二つの種族に分かれたと言われている。 
 エルフにとっては特に敵対している訳でもなく、かといって親しい訳でもない、言わば顔も見たことのない遠い親戚のようなものらしい。

「ウルザはダークエルフのことを何か知っているか?」
 カイルもダークエルフについては詳しくなく、『大侵攻』の最中に生き残りのダークエルフと共に戦いはしたが、碌に会話も出来なかった。

「そうだな……エルフのような精霊魔法に適性があまりない、その為か弓の扱いに優れていたり、様々な錬金術に関して詳しいらしいが……森で敵対すると厄介なのは間違いない。避けて通れるのならばそれにそれに越したことはない」
 エルフである自分がいてもどうなるかわからない、とウルザ。

「となるとその案内人が大事じゃな。どういう奴なんじゃ?」
「あ、ああ……それが……」
 シルドニアが聞くと、カイルは少しためらいながらも自分のことを必死に売り込んできたエリナの事を話した。

「ふ~ん……女の子なんだ、それも何か勢いで雇ったみたいね」
 カイルの説明を聞きながらリーゼの目つきが段々怪しくなってくる。

「しかしそんなに直ぐに雇って良かったのか? 実力のほども確認してないというのに」
 ウルザも顔をしかめて軽くカイルを睨む。金が欲しいだけの騙りかもしれないと言っているのだ。

「うん?……えっとたぶん大丈夫だと思うが……地図もあると言っていたし……」
「では何らかの目的があって、接触してきたという可能性は?」
「いや……それも無い……と思う……多分」
 どんどん声が小さくなっていくカイル。

 エリナが現在もっとも警戒すべきメーラ教徒だったり、こちらを探るために来たガルガン帝国の密偵など、何らかの目的を持って近づいてきた可能性をまったく考えていなかったことに、カイルは今になって気付いた。

(確かに嘘を言っているようには思わなかったが……何故俺はそういった可能性を考えなかった? 真っ先に疑うべきことなのに)
 まるでリーゼ達に対する時と同じように無条件に信用してしまったのだ。

「ふむ、さては情にほだされたか?」
 シルドニアが意地の悪そうな笑顔で言う。

「……同情がまったく無いとは言わないが、嘘を言っているようには思えなかったし、成功報酬ということにも納得していたからな……」
 エリナの必死さから金に困っていたのは間違いないだろうが、それだけで雇ったわけではない……とカイルは自分に言い聞かせるように言った。

「要するに可愛かったからだろ?」
 いつの間にか来ていたセランがカイルの背後から話に加わる。

「ああ、可愛いのは認めるが……って余計な事を言うな!」
「ははは、可愛い女の子が困って必死になってたら力になってやりたいのは当然だしな」
 気持ちはよく解る、と頷きながらカイルの肩を叩くセラン。

「ふ~ん、やっぱり可愛い女の子には弱いのね」
「前々から思っていたが、異性に関してはセランよりカイルの方が性質が悪いかもしれんな……」
 リーゼとウルザが冷たい視線をカイルに突き刺す。

「結局男というものは千年たっても変わらぬと言うことか」
 何やら昔を思い出したのか、しみじみと語るシルドニア。

「お前ら……好き勝手言ってくれるな」
 頭を抱えるが反論できないカイルだった。
第四章四話です
更新遅れて申し訳ありません。

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