【全文】猪子寿之×隈研吾 現代日本のビジネスマンは「言外のスキル」と「文化の連続性」で勝負せよ!
- 2014/08/05
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- 椿 龍之介
「Technology×Creative」を理念に掲げ、テクノロジーやアートの融合を目指すウルトラテクノロジスト集団チームラボ。そのチームラボの代表である猪子寿之氏と、「KITTE」や太宰府天満宮のスターバックスコーヒーの店舗などを手がけ、日本・海外問わず反響を呼ぶ建築家・隈研吾氏が、海外と日本の仕事文化の違いと、グローバル時代の新しい働き方のカタチについて語り合います。
スピーカー
チームラボ 猪子寿之氏
建築家 隈研吾氏
見出し一覧
・海外で通用するためには「日本のやり方」を投げ捨てろ
・同世代の外国人の方が、別世代の日本人より通じ合える
・日本からFacebookやGoogleのような企業が出てこないワケ
・これからのビジネスマンは言葉で説明できないスキルで勝負
・メイドのポーズは歌舞伎文化によってもたらされたものだった!?
動画
日本文化の継続性と僕たちの仕事(Youtubeより)
海外で通用するためには「日本のやり方」を投げ捨てろ
猪子寿之氏(以下、猪子氏):
最近、私の会社も海外に呼ばれるようになってきています。隈さんは海外でもすごく活躍しているじゃないですか。どうやったらそんなに活躍できるんでしょうか?
隈研吾氏(以下、隈氏):
1つは、日本で90年代にバブルがはじけた後、あまりに仕事がなかったので、「もうこのまま日本の建築は駄目になっていくな」と思ったんですよ。単に建築関連の仕事がないだけじゃなく、何となくですけど「建築が嫌い」という世の中の風潮があって、「公共建築はお金の無駄遣いだ」とかトンネルが落盤した話とか、公共建築って世の中から嫌われる時代が90年代から続いてる気がするんです。それで、日本では建築が嫌われる時代になってしまったと感じました。
嫌われてしまったのは高度成長期に建築物を作りすぎちゃったからだと思い、これからも当分建築嫌いの時代は続くだろうから、日本の建築は駄目になっていってしまうと感じることがあったんです。そういうこともあって、海外に呼ばれたときは無理にでも行って話をしました。中国で「竹の家」を作ったのが割と海外に進出するきっかけだったんですけど、竹の家って知ってますか?吉永小百合さんが出演するCMに出てきたものです。
猪子:
CMに出てきましたね。
隈:
そのCMが好評だったんです。竹の家を建築する仕事はとても安い設計料だったんですが、海外だからやろうと決めました。ここだけの話ですが、設計料が交通費込みで100万円だったんです。しかし、中国の大学の先生から「面白いプロジェクトだからこれしか払えないけど文化事業的プロジェクトだと思ってやってよ」と言われました。
中国の場合、最初はうまいように言って、「100万円で一番安く作ってくれればいいんだから」となるんですが、絶対一番安くは終わらない訳です。スケッチを1枚だけ中国に送ると、どういうものが出来上がるかわからないので、スケッチを送って、図面も送って、現場にも何回も出向いて…。1年半かかって結局100万円しかもらえなかったんですけどね。そういう報酬が少ない仕事でも、海外だから無理してやろうと考えて実際にやっているうちに、海外からどんどん呼ばれるようになってきて、今は日本の仕事がなくても十分やっていけるぐらいになってきました。まずそれがきっかけの1つ目です。
海外で仕事をするときのコツがあるとすれば、日本と同じやり方では無理だということです。例えば、安藤忠雄という建築家の方がいるじゃないですか。安藤さんは1941年生まれで、私が1954年生まれだから13歳も歳上です。安藤さんは世代的に一つ上の建築家なんですが、安藤さんの世代は日本と同じものを作らないと怒るというやり方でした。安藤さんは、コンクリート打ちっぱなしでも綺麗に打ててないと大変に怒るわけです。安藤さんは、完璧に平らな面でエッジも完全な直角じゃないと駄目だという完璧主義者でして、自分のやり方を海外でも通すわけです。そうすると、完璧主義についてこれる国はいいのですが、ついてこれない国も結構あります。どうしても完璧にコンクリートは打てない。その時に安藤さんはどこまで怒るか、どこまで諦めるかわからないですけど、私の場合は、日本の建築精度を海外にまで押し付けるのはやめようと、ある時から思うようになったんです。
竹の家がいい例なんですが、直径6㎝の竹が6㎝の隙間で綺麗に均一に並んでる図面を書きました。日本ですと、ほとんど6㎝のまっすぐな竹が来るんだけど、中国の現場では全然6㎝の竹はない。長いものも短いものも混ざってしまっていて、さらには曲がってるのもあって、まっすぐな竹は少ししかないわけです。日本だと建設会社があらかじめフィルタリングして現場には持ってこさせない仕組みになっていますが、中国では平気で不揃いな竹が現場に並んでしまう。そこで私は考えました。「怒鳴ろうか、どうしようか」と。ひょっとしたら、不揃いな竹が中国の建築の味になるんじゃないかと思いました。日本で作った竹の家は整然としたものですが、同じ図面でも中国だとまばらになり、これが逆にやわらかさとなって味になるかもしれないと。そこで「ここで怒るのはやめよう、ニコニコしていよう」と思い、「ああ、これ意外に面白いじゃん」と言いました。そうしたら、中国の人は「ゼネコンの人がうまくやってくれました。難しい竹で」と言っていました。
彼らは機嫌よく他の現場でも材料の調達をしてくれまして、そのうち海外のまばらな精度で面白い図面を書き始めようと思ったのです。逆に、ふにゃふにゃした竹が並んだ時に面白い建物ができるかもしれないなと思いました。設計の仕方もだんだん変わってきて、中国で竹を使うときとフランスで竹を使うときで図面の書き方を変えるようになり、日本と違う味がそれぞれの場所で出せるようになってきて、すごく海外の仕事が楽しくなっていったのです。
同世代の外国人の方が、別世代の日本人より通じ合える
隈:
お尋ねしますが、今、海外の仕事では、どのようなことをやってるのですか?
猪子:
今年は、春に国立台湾美術館という台湾で一番大きい現代美術館の別館をまるごと使って、「チームラボ展」のようなものを開いて欲しいという、すごくありがたいオファーをいただきました。3か月近い期間を使い、広いスペースで約20作品展覧するイベントを行いました。
あとはつい最近のことですが、初めてシンガポールで展覧会をやったところ好評で、来年は3つぐらいシンガポールから展覧会のオファーが来ています。今年の春に台湾の美術館で展覧会を行ったのがきっかけで、台湾のチェーン展開しているカフェの中にデジタルな演出を入れる計画もあります。成功してチェーン展開したときのコストパフォーマンスがいいので、私達でデジタルの演出をやろうということになりました。具体的にはデジタルの絵画を作って、頼んだ注文によって演出が変わるものや、バースデーケーキを頼むとみんなが祝ってくれるような演出を考えています。絵の中の鳥たちが誕生日のお祝いをしてくれるような壁画になるんでしょうかね。そういう仕事をやっています。
隈:
そういう絵画は台湾のクライアントに頼まれて作るんですよね?日本で作る時と台湾人用に作る時は作り方を変えているのですか?
猪子:
展覧会の展示品はアートなので、今まで作ったものを選びました。ただ、カフェのものは新たに台湾用として作りました。最近言えることですが、昔は国ごとに価値観は大きく違ったじゃないですか。でも、最近は国ごとの価値観の違いよりも世代間の価値観の違いの方が大きいと思うんです。
例えば、以前は入ってくる情報はテレビや新聞、雑誌から得ていたと思うんです。そうすると、テレビも新聞も雑誌も国ごとに異なるものがあります。でも、私の世代とか下の世代はもっとそうだと思うんですが、テレビを見ている時間よりFacebookとかTwitterを見ていて、実際に共有される情報はYouTubeの動画や、世界で共通のものがFacebookに情報として入ってくるので、台湾に行ってもシンガポールに行ってもほとんど見てるものが一緒なんです。
だから、国ごとの価値観はそんなに変わらなくて、むしろ世代間の価値観が違うと感じてしまうほど自分の国の中で価値観が違っています。この現象は日本だけだと思ってたんです。でも話をすると、世界中で同じ現象が起こっているようで、シンガポールでも世代間の価値観に対してすごくギャップを感じるって言っていました。むしろ同世代の他の国のほうがそんなに価値観が変わらないと言うんですよね。
実際、台中で美術館で用意するときは規模が大きく、スタッフが日本から行くとコストもかかってしまうので、手伝ってくれる人を現地で探そうと思いました。ちょうど美術館の近くにあった、若者がいっぱい集まっている喫茶店に入ったんです。ちょっと話してみて「お前何やってんだ?」と聞かれたので「アートやるんだよね」とか答えたら「アート?なんだそれ」というのでYouTubeで動画を見せると「あ、これ見たことある」「これかー」「知ってた」「超すげー、お前、超すげー」みたいな反応が返ってくるんです。
日本で大企業の偉い方に「こういうことをやってるんです」って動画を見せても「ほお、こういうのやってんだ」という反応しか返ってこないでしょう。もちろんそれは初めて見たという感想なんですけど、結構他の国の同世代は「知ってるよ」と言ってくれる。だから結構、別の国でも見ているものは一緒なのかなと実感しています。実際、自分も最近はFacebook経由の情報ばっかり見ているので、そうするとYouTubeの情報ばっかり入ってくるようになっています。YouTubeはグローバルのプラットフォームなので、見てるもの一緒なのかなとだんだん感じているところです。
隈:
それでも、その国のテイストって感じませんか?「この国では絶対勝てない」と感じてしまう国があるんですよ。例えば、ドイツではコンペで絶対に勝てないんです。ドイツのコンペで勝った作品を見ると、「どうしてこんなのがいいの?」って思ってしまうぐらいつまらなく見えるのですが、ただ本当に四角い作品になっている。未だにドイツは四角にこだわりがある。本当に四角くて、絶対に壁が直角に建ってないとコンペには勝てない。ちょっとでも四角から外れてしまうと駄目なんです。あれは不思議ですよね。国ごとにDNAのような埋め込まれたものはあるのではないかと思います。
猪子:
確かにそうですね。ただ、建築は5万年ぐらい歴史があるような分野なので、国ごとの特色があるかもしれませんが、デジタル分野はまだ未知のもので、始まってすらないと感じてしまう分野です。国による違いとして感じることは、国がとても未来志向を持っているとすごく相性が良いんですが、未来志向じゃないと相性が悪いと感じています。
隈:
未来志向を持っているからシンガポールがいいんですよね?
猪子:
シンガポールや台湾、むしろアジアは全体的にすごく未来志向です。特にシンガポールはすごい未来志向で、台湾も国家として未来はどう生き残るべきかみたいな強い意志を持っているので、相性がいいですよね。未来志向が強いアジアにずっと行っている間に、日本では「ALWAYS 三丁目の夕日」が流行っていて、懐古主義がブームになっていることを感じます。
国のトップも、「日本の社会は三丁目の夕日みたいになったらいい」と言っています。もし「50年前ぐらいのシンガポールがいい」ということをシンガポールで言ったら殺されてしまうと思うんです。台湾でも「昭和30年代の社会がいい」とか言った日には、首相が撃ち殺されてしまうと思います。日本のような懐古主義の国だと、「デジタルは非人間的だ」というような扱いを受けて、ちょっと差別されてしまう。
隈:
私もシンガポールやマレーシアのコンペでは、「建築物を丸くしておいて」と指示しています。建築物を丸くしておくとそれだけで喜ばれるんです。だけど、未来志向の国の面白さって、未来志向のものをコンペで選んでおきながら、建築技術としては蓄積がないとなかなか丸いものが作れないという点にあると思います。日本は懐古主義ですが、建築会社がしっかりと丸いものでも作ることができるんです。シンガポールでは、いざコンペで勝ってから「その案はコストが大きすぎて出来ません」と言われてしまう状況もあるんですよ。
猪子:
なるほど。技術の差に関して言うと、私達の業界はだいぶ違うかもしれないですね。もう完璧にグローバルで技術面は統一されつつあるので、国によって手に入るものに差がある状況はほとんどないんですよね。
隈:
それはきっと相当違いますね。
日本からFacebookやGoogleのような企業が出てこないワケ
猪子:
私はすごく焦っています。日本の技術的な優位性は全くなくて、技術のグローバル化のスピードも激しすぎる。例えば、歴史もあり経済的に豊かな時代が長い先進国と発展途上国の建築技術には大きく差があるじゃないですか。でも、デジタル業界は国によるエンジニアの差は全くないんです。世界中で情報が共有されてきているので、出来る人はとても出来るし、できない人は出来ない状態になっています。
隈:
韓国は技術的にも発展しているのですか?
猪子:
二つの側面があって、人の単位で見ると本当に世界中どこに行っても変わらないです。トップのエンジニアはどこの国でも同じくらい優秀です。でも、どこの国にも出来ない層はいます。それが均質化されています。この国はみんな優秀で、この国はみんな出来ないという差はないです。例えば、インドとかでも優秀な層はとても優秀で、中国でも韓国でも同じ状況になっています。ただ、国の状況で才能が花開く花開かないの差はあります。
話は変わりますが、LINEがとてつもなく流行っていますよね。
隈:
韓国のNHNという企業がサービスを運営しているんですよね。
猪子:
でも、開発しているのは東京で100%日本人なんです。今まで、たくさんのユーザーが使うようなFacebookとかGoogleとかTwitterのようなグローバルなサービスはずっと出てこなかったじゃないですか。だから技術の差はなくて、社会環境とか組織のジャッジの仕方とか、資本の厚みで世界に行けるか行けないかが決まるんです。
隈:
私は今、NHNの研修センターを設計しているのですが、大きさと環境の良さが非常に優れています。日本の企業で素晴らしい研修センターを作るところはあり得ないと感じてしまうほどすごい。
猪子:
東京のオフィスで日本人が普通に作っていたにも関わらず、環境や資本の厚みの違いだけでLINEは世界に進出することができたわけです。日本のクリエイターとかエンジニアは競争力はあるのですが、環境が整っていないので、結果として全く競争力がないと見なされてしまう。
隈:
デジタルが普及して、韓国の建築業界は学生レベルでも全く別の世界に変化しています。学校教育の中でもパソコンのソフトを与えて、コンピュータで図や表を書かせています。日本の建築学科はガラパゴス的で、安藤忠雄さんも「手書きで書け」と言っています。日本は、かつては世界の建築教育でリードしてたんですが、ここ10年ぐらいで韓国に差を付けられています。韓国の学校に行って設計の講評会を見てみると、日本人は相手にならない。素晴らしいものを書いています。
猪子:
これから全ての分野において大きく差が出ると思います。日本だと、大御所の方が「デジタルは人間をなめてるのか」と怒るじゃないですか。批判されすぎていて、デジタルに興味がある若者ですら「インターネットには悪い側面もいっぱいあると思います」とか言っていて、「どこが悪いのかちょっと教えて」と言ったら、5分ぐらい考えた挙句「ちょっと今、一生懸命考えたんですけど一個もないかもしれません」って言ってました。多分、学校で批判されすぎているんだと思います。
しかし、デジタル化されると情報の共有されるスピードがとても早くなるので、レベルが一気に他の国に追いつくんです。だから、デジタル化された環境があると基礎スキルの底上げが激しいですよね。エンジニアも、昔だと国ごとに大きな差があったのに、ネットを使うことでどんどんバンバン情報が共有されて、一生懸命学習する人たちは同じようにスキルが伸びていて場所は関係ないんです。
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PCを開けば、そこはMBAへの入口――オンライン型「MBAプログラム体験クラス」を受講してみた。
- 2014/08/06
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- U-NOTEまとめ部
MBA(経営学修士)に特化した専門職大学院・グロービス経営大学院が、2014年10月より「オンラインMBAプログラム」を開講するという。これまで海外の大学が提供するオンライン型のスクールはいくつか存在したが、国内での例はあまり多くない。MBAに興味はあるけれど、仕事をしながら通学する時間は確保できない。――「オンラインMBAプログラム」は、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンの期待に応えてくれる仕組みだ。
今回は、グロービス経営大学院が定期的に開催している「オンラインMBAプログラム」のオープンキャンパス(体験クラス)の様子をレポートする。参加者は約20名。開始時間になるとプログラム専用の画面に教員が映しだされ、音声の設定やマイクのオンオフ、挙手ボタンやチャットの入力方法など、操作説明からスタートする。実際の授業では、各自のPCにWebカメラを設置し各学生の映像も表示されるが、体験クラスでは音声とチャットのみで誰でも気軽に参加ができるのだ。
緊張感のあるリアルタイムディスカッション
グロービス経営大学院では、従来の通学型と同様に「リアルタイムでディスカッションすること」を重視している。これまでのオンライン教育にありがちな、教員が一方的に話している映像を見るだけのものではなく、目の前に教員や学生たちがいるのと変わらない感覚でディスカッションできる授業になっている点が特長だ。
オープンキャンパスでは、初めてMBAの授業を受講する人におすすめの科目として、「クリティカル・シンキング」と「マーケティング・経営戦略基礎」の2つが紹介された。教員が参加者にクリティカル・シンキングの難しさや活用場面を問うと、「書籍を読んだことはあるが、どう使えばいいのかがわからない」「会社のプロジェクトメンバー同士で、意思の疎通を図るために使っている」など、瞬時に様々な意見が飛び出した。このような教員対参加者、参加者対参加者のディスカッションは、オンラインとは思えないほどのライブ感、緊張感があるので、映像を見るだけの授業に比べて集中できるのも良い点だ。
問われ、考え、自分なりの答えを出すことで身につく思考力
MBAで学ぶ分野について、教員は「わかる」と「できる」には大きな壁があると言い、考え方を変えるには歩き方を変えるぐらい難しいと続けた。次のパートでは、個人や組織の課題解決をテーマに、参加者の会社で行われている事例をチャットで入力することから始まった。それぞれの課題に対して、参加者から例えば、「理念・ビジョンの再共有が必要」「毎週ミーティングを開催し、定期的に話し合う場を作る」といったコメントが並んだが、それぞれに教員が的確な質問を投げかけつつ、最終的には参加者自身が自分なりの答えを導き出すかたちで進められた。リアルタイムでディスカッションすることで、自分の頭で考え抜く思考力が身につくのが、このオンラインMBAプログラムの特徴だ。普段社外の人とコミュニケーションを取る機会が少ない社会人にとっては、特に貴重な場になるだろう。
環境の変化に合わせて「オンライン」と「通学」の双方で学べる
体験クラスは40分ほど。場所を選ばず受講できるオンラインプログラムだが、履修科目ごとに東京・大阪・名古屋・仙台・福岡にあるグロービス経営大学院のリアルなキャンパスでの授業を受講することも可能だ。例えば、海外に単身赴任中の1年間は「オンラインMBAプログラム」を利用し、帰任後は東京校で学ぶといったこともできる。また、「オンラインMBAプログラム」では、特別奨学金制度が用意されている。「通える場所に住んでいない」「忙しくて通えない」といった理由から、将来のステップアップとして自分への投資を躊躇っていたビジネスパーソンにとっては朗報と言えるだろう。
グロービスのオンライン授業は、忙しくても無理なく続けられるように、平日の開講は21時からに設定がされている。また、万が一出席できない場合でも、授業の録画を視聴することができるので、キャッチアップ可能だ。MBAを学びたいけれど、時間や場所の問題で諦めていた方は、これを機に一度、オープンキャンパス(体験クラス)に参加してみてはいかがだろうか?
オンラインMBAの特徴(オンラインMBA)|グロービス経営大学院
オンラインMBAの特徴(オンラインMBA)のページ。実践的なMBA(経営学修士)のグロービス経営大学院。リーダー育成のビジネススクールとして、東京・大阪・名古屋・仙台・福岡でMBAプログラムを提供しています。
学校法人グロービス経営大学院とは?
1992年に非学位プログラムである「グロービス・マネジメント・スクール」からスタートし、2006年にMBA(経営学修士)を授与する文部科学省認可の学校法人グロービス経営大学院を開学。高い学生満足度が社会に広く認知され、開学以来入学者数は増え続ける。2014年春には598名の新入生を迎え、在校生1,000名を超える国内最大の経営大学院に成長。東京、大阪、名古屋、仙台、福岡にキャンパスを構えている。2104年10月からは「オンラインMBAプログラム」を開講する。
学校法人グロービス経営大学院
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【全文】ベストセラー作家 エリザベス・ギルバートが語る「成功と失敗と創り続ける力」
- 2014/08/11
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- 野口 直樹
全世界で800万部を超える大ベストセラー『食べて、祈って、恋をして』。この本で一躍時の人に登りつめた著者のエリザベス・ギルバートですが、実は彼女は大ヒットの後に壮絶なスランプに陥ってしまいました。そんな彼女を救ってくれたのは、失敗続きの過去の自分。成功と失敗の両方の味を噛みしめた彼女がたどり着いた、自分を見失わない方法とはどのようなものなのでしょうか。
ここでは、TEDの人気プレゼンテーションであるエリザベス・ギルバード氏の「成功と失敗と創り続ける力について」を書き起こしていきます。
スピーカー
エリザベス・ギルバート/作家 代表作『食べて、祈って、恋をして』
見出し一覧
・成功のおかげで執筆が怖くなった
・苦難の時代に大切にしていたこと
・自分が分からなくなったら「居場所」を思い出す
・居場所さえ分かれば、怖いものは何もない
動画
成功のおかげで書くことが怖くなった
何年か前、ケネディ国際空港で搭乗を待っていると女性が2人やって来ました。年配で小柄な押しの強いイタリア系の女性たちです。2人の中でも背の高い人が話しかけてきました。
「ちょっとあんた、近頃話題の『食べて、祈って、恋をして』の人じゃない?」
私は「はい」と答えました。すると彼女は、友人の肩を叩いて言うのです。
「言ったじゃない、やっぱりこの子だ」。ええ、確かに私です。私は、自分がその本の作者で本当に良かったと思っています。私にとって『食べて、祈って、恋をして』は、大きな転機だったからです。
ただ同時に、その本のせいで私は作家を続けていくのが難しい立場に立たされました。誰かに喜んでもらえる本を、どうしたら再び書けるのか分からなくなったのです。『食べて、祈って、恋をして』を気に入ってくれた人は、次回作がどんなものだろうと絶対にがっかりするでしょう。なぜなら、次の作品は『食べて、祈って、恋をして』ではないからです。一方で、あの作品が嫌いな人も、私が何を書こうと絶対にがっかりします。「あいつ、また本を書いたのかよ」と。どちらにせよ、うまくいく見込みがないのです。
もし見込みがないなら、もう執筆活動はやめて、田舎に引っ込んでコーギー犬でも育てようかと本気で考えました。でもここで書くのをやめたら、愛する天職を失ってしまいます。だから私は、何とかひらめきを取り戻して、失敗を恐れずに次の本を書くべきだと考えました。成功しても揺らぐことのない、確かなひらめきこそが私が手に入れるべきものだったのです。最終的にそのひらめきを手に入れたのは、意外な場所からでした。失敗ばかりしていたころにヒントがあったのです。
苦難の時代に大切にしていたこと
少しさかのぼって説明すると、生まれてこのかた私が夢見てきたのは、作家になることだけでした。子どもの頃からずっと文章を書き、10代になるとひどい作品をニューヨーカー誌に送りつけていました。才能が発掘されることを夢見ていたのです。
大学を卒業してからもウェイトレスをしながら必死に出版を目指しましたが、失敗ばかりでした。およそ6年もの間、何も出版できなかったのです。その6年間、毎日郵便受けで私を待っていたのは断りの手紙だけ。手紙を受け取る度に、もう執筆活動を辞めてこの苦しみから解放されようかと考えました。
その度に私は、こう考えて決意を新たにしました。「私はやめない、自分の居場所に戻るんだ」と。でも誤解しないで。居場所に戻るとは、家族が住む農場に帰るということではありません。私にとって「戻る」とは、作家の仕事に戻ることです。私の居場所は、書くことです。いくら失敗しても、執筆への愛情を抑えることはできませんでした。結局私には、自尊心や自分自身よりも、書くことの方が大事だったのです。こうやって私は辛い時代を乗り切りました。
ところが不思議なことに、20年経って『食べて、祈って、恋をして』がヒットした今の自分と、本も出せない当時の自分が重なったのです。まるでウェイトレス時代に戻ったような気分でした。いったいなぜなのか、合理的な説明などできません。その頃の私と今の私の生活はまるで違います。昔の私は失敗ばかりでしたが、今は当時からは想像もできないほどの成功を収めていて、共通点は一つもないのです。
なぜ急に昔の自分に戻った気がしたのでしょうか。その謎を解こうとして、ようやく理解できたのです。イメージできるでしょうか?大きな失敗と大きな成功との間には、不可思議で想像を超えた心理的なつながりがあるのです。
自分が分からなくなったら「居場所」を思い出す
みなさんは、人生の大部分を平凡で平穏な、いつも変わらない経験の連続の中を生きています。でも失敗すると、突如先の見えない絶望の淵へと投げ出されます。一方、成功した場合にも同じくらい遠くへ投げ出されます。周りが見えなくなるほどの名声と評価と賞賛を受けるからです。
一般的には失敗は悪いことで、成功は良いことだとされています。ところが潜在意識のレベルでは、2つを見分けることはできません。唯一分かるのは、どちらの場合でもあなたの心からある程度の距離を持っているということです。
どちらの場合にも、同じように心の深みの中で進むべき道を見失う危険があるのです。ただ、どちらの場合でも同じ方法で自分を取り戻せることに気付きました。その方法とは、できるだけ早くスムーズに自分の居場所に戻ることです。
自分の居場所が分からないという人にも手がかりはあります。それは、あなたの大事なものです。自分の居場所とは、自分の体よりも大事なもののことです。それは何かを作ることかも知れないし、家族や発明や冒険や信仰や奉仕、あるいはコーギー犬を育てることかも知れません。とにかくあなたの居場所とは、情熱をもって全精力を注ぐことができ、もはや結果なども重要ではないもののことです。私の居場所はいつも書くことでした。『食べて、祈って、恋をして』で目が眩むような成功を収めて、初めて分かりました。私に必要なのは、めまいがする程の失敗をした時に必要だったのと同じ、何度でも書き始めるということだったのです。
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