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被爆者がいなくなる広がる危機感

8月7日 14時40分

中村友聡記者

8月6日は広島に原爆が投下されて69年となる原爆の日です。
被爆者の数は年々減少し、ことし初めて20万人を下回りました。
また平均年齢も79.44歳と、80歳目前となり高齢化が一層進んでいます。
こうしたなか、みずからの体験を語り平和を訴えてきた各地の被爆者で作る団体の活動が難しくなっていて、解散するケースも少なくありません。
被爆者がいなくなるなか何が起きているのか、広島放送局の中村友聡記者が取材しました。

活動を呼びかけても

広島市中心部の爆心地から、およそ30キロ北の山あいに北広島町があります。
この町の被爆者は、昭和20年8月6日の当日、作業のために広島市内にいたりその後救助に向かったりして被爆しました。
あの日から69年、原爆の日を前にした7月29日に町の被爆者たちが町内にある原爆犠牲者の慰霊碑に集まりました。
地元の被爆者団体が主催する慰霊碑の清掃作業が行われました。

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参加した女性は額に汗を浮かべながら「亡くなった方は熱いのに大変だったんだろうなという思いがずっとあります。私の気持ちを届けるようなつもりで毎年参加しています」とゆっくりとした口調で話しました。

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実はこの日、被爆者団体では会員のうち40人に参加を呼びかけていました。
しかし、実際に集まったのは17人で半分にも達しませんでした。
この団体の被爆者の平均年齢は83歳を超えています。

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発足当時600人以上いた会員は次第に減りこの5年間で約60人の会員が死亡。
今は220人程になりました。
団体の会長、箕牧智之さんに会の先行きについて尋ねるとやりきれない表情でこう話しました。

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「今の被爆者の半分程度になると、もう活動はできないと思います。先輩には申し訳ないが、年とともに被爆者が消滅するという時代が来る。自然と組織をたたんでいく以外はないと思いますよ」。

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また役員の間からも「先のことを考える余裕はない」「85〜6歳の会員に無理はさせられない」といった声が聞かれました。

このまま歳月がたてば

団体は今「被爆者がいなくなる」という現実に直面しています。

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NHKがことし4月に取材したところ、日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会に入るおよそ400の団体のうち、おととしからの2年余りに、解散した団体は、36に上りました。

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被爆者団体がなくなった県は

被爆者がいなくなったらどうなるか。
私たちは次に奈良に向かいました。
奈良県は被爆者の減少と高齢化から8年前に県の被爆者団体が解散しました。

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県や教育委員会を取材し、以前、被爆者団体を通じてみずからの体験を語る活動していた松本有紀江さん(83)に面会することができました。
広島で被爆した松本さんは、長年小学校や公民館を回り、子どもたちにみずからの体験や平和への思いを語り続けてきました。
松本さんの自宅を訪れると、話を聞いた子どもたちから寄せられたたくさんの手紙や作文がありました。

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「当時は戦争は2度と起こしてはいけない、わたしたちのような悲しい思いは絶対にしてほしくないという一心で話していました」。
子どもたちの文章を懐かしそうに読みながら松本さんは述べました。

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しかし奈良県の被爆者団体が解散すると語り部を紹介する窓口もなくなりました。
今、松本さんはこれまでつながりのあった学校から個人的に依頼を受けるだけになっています。
「奈良には被爆者がもういないんだろう思われ呼ばれる機会がだんだん少なくなって悲しい。このまま何もしないで大丈夫なのかな…このままでいいはずがないと思います」。

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被爆者がいなくなったら、学校は…

松本さんが感じる「焦り」を学校側も感じています。
奈良県広陵町の真美ヶ丘第一小学校では、学校では毎年、6年生の児童が修学旅行で広島を訪れるのを前に、地元の被爆者から当時の様子を聞く時間を設けています。
ことし、学校に松本さんが招かれました。

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松本さんの体験談を聞いたあとの授業では、子どもたちの間から「つらい戦争があったという話を聞いて、私たちの班は生きることの大切さを学んだ」「友達と家族といられることがどれだけ幸せかということが伝わってきました」といった感想が次々と飛び出しました。

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学校では被爆者から直接を話を聞くことで、原爆の恐ろしさや平和の大切さが伝わるとしてこうした機会をなくしてはいけないと考えています。
しかし、身の回りの被爆者は次第に減ってきています。
真美ヶ丘第一小学校ではなんとか被爆者の声を残そうと約10年前から語り部の内容を映像として記録してきました。

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取り組みを担当する教諭がパソコンを開くと、はっきりした口調で原爆が投下された直後の様子を語り始める男性の姿が。
2年前の映像です。
現在81歳のこの男性は体調を崩し今では証言ができなくなったといいます。

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学校はこうした被爆証言を撮りためていき、今後被爆者がいなくなった時、映像を基に子どもたちに平和について見せることにしています。
担当教諭はパソコンの画面に流れる映像を見ながら「本当は被爆者の生の声で子どもたちに聞かせたい。でもそれが出来なくなったときを考えると、私たちが語り伝えたり資料を見せたりするよりは、映像で肉声を聞かせるしかないんです」と話していました。

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来年は被爆70年

来年の被爆70年は、被爆者がみずから体験を語ることができる最後の節目の年とも言われています。
被爆者から直接、聞くことができる時間は残されていません。

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被爆者がいなくなるなか、被爆の記憶を次の世代にどう引き継いでいくのか。
被爆者の思いや体験を未来につないでいくという自覚が、いま、私たち一人一人に求められています。


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