青二才のはてな村リスペクトについて、がプチ反応あったので、青二才に対して自分が感じたことを少し考え直してみた。
はてなを使うようになったきっかけは、日刊海燕だったような気がする。
なんとなく使い始めて、なんとなくブログを更新しなくなって、増田とはてぶだけを惰性で続けていた。
というわけで、ガチの殴り合いの中にいなかった俺は青二才に認められるようなはてな村民ではないのだけれど、
それでもはてな自体は長く使ってたし、少なくとも長くは見ていたとは思う。
(海燕さんがFate/stay nightに超テンション上がってた頃からだから、もう10年くらい前になるのか)
輪の外にいて、それでも野次くらいは飛ばしていて、その野次を飛ばしている自分を含め、それがはてなというコミュニティなんだろうという認識を持っていたと思う。今思うならば、だけど。
そんなときに、青二才が現れた。「炎上して血みどろの争いを生き残った者だけがはてな村民!」発言を待つまでもなく、彼にははてな村へのリスペクトがあった。
俺が感じたのは、彼の登場によって、はてなの歴史から置いてけぼりをくらったということだった。
青二才がはてな村とその歴史に敬意を払うということは、俺にとってのただの日常の風景であったはてなが「歴史」になると同時に、モブである俺が捨象されるということだった。
まあ、はてな村の歴史に名を残すことにまったく価値を感じていないので、ここで捨象されることには(少しの寂しさを除けば)問題はないのだけれど
俺がぼんやりと見ていた「はてな」と、彼が歴史として認識している「はてな」には、たぶんちょっとした違いがあって
このちょっとした違いの気持ち悪さに耐えられなくなって、
今はまだ大丈夫だけど、もしかしたら、なんとなくはてなから遠ざかってしまうのかもなぁとか思ったり。
自分の中に「撤収」の二文字が浮かんだ、そんなツィートだったんだよな、あれは。
(青二才だけじゃなくid:netcraftにも何かそういうリスペクト感じるんだよね。気のせいかしらんが。)
http://anond.hatelabo.jp/20140809084036
私にも感じるのか。青二才さんと私には共通項があるのかな。
ただの蔑称だった「オタク」がある種の自負の言葉として使われるようになった瞬間って、もしかしたらこんな感じだったのかもしれない。 自分ははてなが出来てすぐくらいになんとな...
青二才のはてな村リスペクトについて、がプチ反応あったので、青二才に対して自分が感じたことを少し考え直してみた。 はてなを使うようになったきっかけは、日刊海燕だったよう...
いや青二才こそがはてなの歴史に置いて行かれた人間だろ。 置いて行かれたくなくて必死に叫んでいるんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20140809084036 言ってることは面白いと思う。が、これ青二才意外にはてな村民になりたい奴がいればの話だよな。
オタクだろうがDQNだろうが属性なんざなんだって一緒さ。人が集まり、猿山ができると、登ってしまうのが人間なんだよ。そこに山があるから登る。人間はそうプログラムされているん...
異議あり! 山があったら上るのが人類だというのなら、今関東平野に住んでいる人たちは人間じゃなくなる!