軍事力だけでは問題は解決しない。いまのイラク情勢は、米国がくぐった対テロ戦争のジレンマを再び見せつけている。

 米軍がイラクで始めた空爆は急場しのぎの対処でしかない。過激派組織「イスラム国」の想定外に速い勢力拡大に追い込まれた末の決断だった。

 イラクの混乱の根本原因は、国内各派を結集できる政権や軍が存在しないことにある。

 米政府は、イラク国内の政治対話と国際的な支援づくりにこそ力を入れ、挙国一致政権の誕生を促さなくてはならない。

 オバマ米政権による空爆開始には二つの理由があった。

 まずは、人道危機の回避である。「イスラム国」から追いたてられた数万人の少数民族の命を守るとしている。

 もう一つは、イラク北部クルド人地域の中心都市アルビルの防衛だ。イラク復興の拠点の一つであり、多数の欧米企業事務所や、米国の領事館がある。

 一昨年にリビア東部ベンガジの米領事館が襲われ、大使らが殺された事件で、オバマ政権は国内で強い批判を浴びた。イラクで同じ事態を避けるためにも腰を上げざるを得なかった。

 そこまで事態が悪化するまで米政府が関与をためらってきたツケともいえる。内戦が続く隣のシリアで放置された「イスラム国」が伸長してきた経緯を考えても、米国の中東政策は明らかに後手に回っている。

 2年半余り前に米軍が撤退して以降、イラクのマリキ政権は自らのイスラム教シーア派の優遇に走りすぎた。スンニ派、クルド人の主な勢力と権益を分かち合っていれば、過激派が巣くう余地は小さかっただろう。

 マリキ氏の下で事態が収拾できるかは見通せない。少なくともイラクの政界が早く、有効な指導体制を築くよう国際社会が後押しする必要がある。

 シーア派に影響力をもつイランや、スンニ派と関係が深いサウジアラビアなど周辺国の利害は複雑だ。国際社会は、イラク国民を分裂ではなく統合を志向するよう導くことが大切だ。

 いまはシーア派が独占する国軍や警察にスンニ派も加え、同じ国民意識を持って治安を守る国に育てなくてはならない。

 相当の時間がかかるだろう。それでも当座の対症療法と並行して、長期的な政治対話を進めさせる責任が米国にある。

 欧州や日本も傍観できない喫緊の事態である。フランスやオーストラリアは人道支援への参加を表明したが、各国ともそれぞれの立場と特性を生かし、イラクの再建に協力すべきだ。