エンタープライズトレンドの読み方

タクシーのチップの払い方が分かったぞ--行動観察からサービス開発の極意を学ぶ

飯田哲夫 (電通国際情報サービス) 2014年08月12日 06時00分

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 海外に行くと誰もが困ってしまうのが、日本にはないチップの文化だ。そもそもチップを払う必要あるのかないのか、そしてあるなら掛け目はどのくらいなのか。

 どうやら少なくともニューヨーカーがタクシーに乗ったときの払い方はこんな感じらしい。これはBloomberg Businessweek誌で紹介されていたもので、2013年の1億回に及ぶニューヨークのタクシー利用データの分析に基づいている。特に決済金額の正確性を期するために、その中でもクレジットカードによる支払いのみを分析対象としている。

  • 一番多いチップの掛け目は、乗車料金の20%
  • 日中はそれよりやや少なめで、夕方以降は多めに払う。でも、深夜はしばしば全く払わない
  • 乗車料金が大きくなるほど、チップの掛け目は徐々に減らしていく。乗車料金が100ドルになると12%くらい
  • ただし、料金が20~30ドルだけは、逆に増やしていく
  • 50ドルとか55ドルとか乗車料金の最後の桁が0と5のときはチップをケチる。ただし、これは乗車料金が40ドルを超えた場合のみ

チップを巡る不思議な心理

 夕方以降にチップの気前が良くなっていったり、乗車料金が大きくなるとチップの掛け目が小さくなったりというのはなんとなく分かる。でも、金額が20~30ドルだけはチップの掛目が大きくなっていったり、あるいは下一桁が0か5になると、チップの掛け目がガクンと落ちるのは面白くもあり、不可解な現象でもある。

 記事によれば、乗車料金が59ドルのときに支払われるチップの平均は10.33ドルなのに、60ドルになると8.82ドルになる。つまり、運転手に支払うチップも含めた総額は、乗車料金が60ドルのときよりも、59ドルのときの方が大きくなるのである。

 このあたりの合理的に説明できない現象にこそ、ニューヨーカーの金銭感覚が如実に現れているに違いない。タクシー料金として30ドルくらいまでは気持ちに余裕があるのに対し、それを超えてくると、0や5に桁が繰り上がった時に激しい心理的衝撃を受けているのが、チップの掛け目から透けて見えてくる。こうした不合理な行動特性は、実際のデータを見たり行動を観察しなければ見出しえない洞察である。

小銭を巡るBank of Americaの挑戦

 このタクシーのチップを巡る議論から思い出されるのは、Bank of Americaが2006年に開始して大成功を収めた「Keep the Change(小銭を貯めよう)」プログラムという決済口座のサービスである。これは、Bank of Americaのデビットカードを使って決済すると、1ドル以下の端数を切り上げた金額を口座から引き落とし、その差額を自動的に貯蓄へ回すというサービスである。

 例えば、スーパーマーケットで4.67ドルという金額の買い物をすると、決済口座からは5ドルが引き落とされ、差額の0.37ドルは自動的に貯蓄口座に積み立てられるというものだ。

 そんなことして何が嬉しいんだろうって思われるかもしれないが、これも小銭を巡る消費者の不可思議な行動特性をヒントに生み出されたサービスなのである。

 Bank of Americaは、子供のいる女性をターゲットとして、デザインのコンサルティング会社であるIDEOとともに、そのお金の使い方に関する特性をつかもうと、いくつもの家庭で消費者の行動を観察した。その結果、彼女たちが家計簿を付ける際に、1ドル以下の端数を切り上げて記録している一方、お金がなかったり面倒だったりで貯金がなかなかできていない実態を見出した。

 そこで、考え出されたのが、使った金額の端数を勝手に切り上げて引き落とし、差額を自動的に貯蓄口座へ移動するという「Keep the Change」とよばれる決済口座のサービスなのである。このサービス、1年で70万の新規決済口座と100万の貯蓄口座をBank of Americaへもたらすこととなった。

サービスイノベーションのヒント

 Bank of Americaの行動観察に基づくサービス開発をデザイン指向アプローチと呼んだりする。最初に取り上げたニューヨーカーのタクシーのチップの支払いに関する人々の不思議な行動特性は、そこにまだまだ新しいサービス開発の可能性を感じさせる。

 このチップの支払いに関するデータは、全てのタクシー利用を対象としたものなので、例えばビジネスマンだったり、旅行者であったり、現金決済をする人であったり、特定のセグメントに限って行動観察をすれば、面白いサービスを作り上げることができるかもしれない。

 また、Businessweek誌の記事によると、タクシーのチップの掛け目は、かつて15%が標準とされていたものが現在は20%になっている。そして、この理由はタクシーのクレジットカード決済端末がデフォルト表示するチップの掛け目が20%、25%、30%で、その影響ではないかと言われている。

 つまり、人々の行動や判断は、テクノロジや慣習の変化によってどんどん変わるものなのである。自分が日々取っている行動の中でも、合理的ではないけど抑えられない衝動みたいなところに、サービスデザインのヒントが隠れているかもしれない。

 今度ニューヨークへ行く機会があったら、金額が大台に乗ったらチップをケチることとしよう。

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