#38
この章は山野視点の番外編になります。本編とあまり関係ありませんので、読み飛ばしてしまって結構です。
俺は山野だ。フルネームは山野柊ニ《しゅうじ》。覚えてくれているだろうか。
身長は公式発表――つまり学校の身体検査の結果だが――によると、たしか百七十五センチメートル。年齢は十五歳だ。当然だが今年で十六歳になる。
トレードマークは、特筆するものはこれといってないな。クラスメイトの八神透矢という男はやたらとメガネについて指摘してくるが、これは気分を落ち着かせるために着用しているだけであって、それ以上の深い意味はない。
八神は高校で知り合いになった男で、友達――と呼べるかは長考してしまうくらいに微妙な間柄だが、入学早々に彼女が欲しいだの、妹原と付き合いたいだのと、何かにつけて騒がしい男だ。
ちなみに妹原というのも俺のクラスメイトで、有名なオーケストラ奏者を両親に持つ天才女子高生だ。テレビ出演をしたことがあるらしいので、学校には彼女の熱狂的なファンが多い。
妹原は人気者だから、彼女と付き合うのは不可能だろうと八神に忠告したのだが、あの男の諦めの悪さも尋常ではない天性のひらめきのような何かがあったので、俺があれこれとアイデアを出すことになったのだ。
――と、やつのことをさっきから散々に酷評しているが、傍目で眺めている分には面白いやつだぞ。しゃべっていくうちにどんどんボロが出てくるしな。
ああ、あと弓坂未玖という女子も高校で知り合っ――いや、高校の話題をここであげていくのは本意ではないな。
下らない自己紹介は止めて、そろそろ本題に移ろう。
今日はゴールデンウィーク初日。そして、俺のアルバイトの初日だ。
俺は中学の頃から美容師に憧れており、将来的にカリスマ性を備えた美容師になりたいと思っているのだ。
そして、今日から知り合いの美容室で働かせてもらえることになったのだ。
俺には七つ年上の姉貴がいて、そいつの知り合いに美容師をやっている人がいるから、その人の口利きでアルバイトをさせてもらうのだ。
店は駅から徒歩三分のところにある。店の名はUrsulaだ。従業員は十数名程度の小規模のお店だが、都内に本店をかまえる一流のお店だ。
それだけに同中に遭遇する可能性は高いし、時給だって決して高くはない。しかし同中の冷やかしなどを恐れている場合じゃないし、そもそも給料のためだけに美容室でアルバイトをしたいわけでもない。
八神も下手なりに高校でチャレンジしているんだからな。俺があいつに遅れをとるわけにはいかない。
* * *
「山野くん。あそこのお客さんのカットが終わったから床掃きに行って」
「はい」
先輩の加藤さんの指示に従って、椅子のまわりに散らばっている髪の毛を床ほうきで掃く。
美容師――もとい美容室の従業員は、大きくスタイリストとアシスタントに分けられる。
スタイリストが世間一般でいう美容師だ。お客さんの髪をカットし、ヘアカラーやパーマを施術してお客さんを美しくするのが美容師の仕事だ。
一方のアシスタントというのはスタイリストの見習いであり、つまるところ雑用係だ。
美容室に就職してもいきなりお客さんの髪をカットできるわけではない。まずはアシスタントになってお店の雑用をこなし、その傍らでカットやカラーなどの美容技術を習得しなければスタイリストとして認められないのだ。
そもそも美容師免許がないと、お客さんに触ることすらできないがな。
そんなわけで、このお店のアシスタントとなったわけだが、雑用と言ってもアシスタントの仕事は意外と幅が広い。
カットの後の床掃きや使用済みタオルの洗濯からはじまって、レジの会計や蒸しタオルの準備、そして美容師の施術前のセッティングなど多岐にわたっているらしい。
俺はまだアルバイト初日だから床掃きとタオルの洗濯しか教えられていないが、先輩の加藤さん――この人もアシスタント一年目の人だ、曰く「山野くんにもどんどん仕事を覚えてもらうから、覚悟しておいてねっ」とのことらしい。
姉貴の伝を頼って入ったので、お店の先輩方にはかなり目をかけてもらっているが、覚悟しておいてねというのは、ある種の脅し文句なのだろうか。
美容室は華やかな世界なだけあって、従業員、お客さんともに女性の割り合いが非常に高い。といっても、お客さんは近所のおばさんばかりだし、従業員の方たちも近寄りがたい雰囲気をかもし出している人たちばかりだが。
アルバイト初日で早くも店内の雰囲気に呑まれてしまいそうだが、ここでめげてはならない。
しかし今日は予約があまり入っていないらしいので、お店はあまり混んでいない。アルバイト初日の身としては嬉しいかぎりだ。
緊張の中、アシスタント業務をせっせとこなしているとお昼の十二時になった。
「じゃあ山野くん。今日はアルバイト初日だから、もうあがっていいよ」
店長の川上さん――この人は三十歳くらいの男の人だ――が、わざわざ裏手の洗濯機のところまで来てくれて、俺にそう声をかけてくれた。
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