カミュせんせい至上主義

ハロー・ベイビー⑦

二週間ぶり、です。ずっと気分が沈んだままで、ろくろく食事を摂れずにいたのですが、やっと固形物を摂れるようになりました;。(今まで夕食は缶酎ハイ一本、とか;)少し、立ち直りかけてきました。でも、まだダメダメです。(それでも、すぐに元気にならなくていいと思いますよ、とメッセージくださった方がいて、それを読んで、涙腺を緩めることを自分に許しています;)

ただ『ショックだった』しか書かなかったにもかかわらず、メルフォからわざわざ励ましのメールをくださった方、『君僕2』が委託になってしまったことに絡めて、『自分も立ち直るまでに数年を要した案件があります』と共感してくださった方、とてもとても心に沁みました。本当にありがとうございました。また、同じ方で、『パラ銀15で』と仰ってくださった方、ぜひ、お声をかけてください^^。

で、その間にあった、『君と僕2』。委託にお立ち寄りいただいた方、誠にありがとうございました。新刊無しですみません;。直参だったらあったと思うのですが、2月頃に人事の風向きがあやしくなったので、見送ってしまいました;。(新年度のなんたるハードなこと。仕事があるだけでも感謝、なのかもしれませんが、今日は仕事に就いてから初めて!上司からの電話で目が覚めました;。朝:上司『おはよう。どうしたの、具合でも悪いのかな?』私『へ?(時計を見る。ぎゃ~、就業時間っ!)す、すみませんっ、今から出勤しますっ!!!!』とほほほ~;;)


また、ショックなこと、ですが。具体的なことに対する言及は避けます。が、以下のようなことに遭遇したのです。例えるのはおこがましい、かもしれませんが、夏目漱石の小説『こころ』の一部分で、似たような台詞が出て来るので、それを引用(…とはいっても、うろ覚えで正確ではない、のですが…;)させていただきます。↓


『ひとめ見て、悪人だと分かるような人間なんていやしません。はじめは皆、善人なんです。善人が突然、悪人に変わるから恐ろしいのです』
『有り体に言えば、私は裏切られたのです。それも、もっとも信頼していた人に裏切られたのです』



概要はこんな感じです。
けれど、相手にはそもそも私に対して『騙した』という感覚すらなく、肝心な点に対しては『忘れた』と言い、挙げ句の果てには、こちらの人格まで否定することを言ってきたので、あれこれ言うのはやめることにしました。
(どうせウチは、向こうには、とうてい太刀打ちのできない弱小サークルだ;)

そして。とにかく途中でお話を終わらせるのは嫌なので、気持ちを切り替えて続きです。日々、のぞいてくださっている方々、本当にありがとうございます。




ハロー・ベイビー⑦


「やだったら、やだったら、嫌だーーーーーーっ」

 天蠍宮にミロの声が響き渡る。

「そう仰られましても」
「相手はお仕事なのですから」
 喚きまくるミロを、女官たちが必死に宥めていた。その背後から。
「何をもめている」
 もはや天蠍宮の常連となったアフロディーテが割って入ってきた。女官たちが困ったように顔を見合わせる。
「あのう…。今日はカミュ様の定期検診の日、なのですが」
「お医者様が替わられまして」
「息子さんが診察されるということで」

 それだけで。ミロの嫉妬に気づいたアフロディーテが溜息をつく。
「あのねえ、ミロ。相手は医者、だよ? 女官たちも言ってるじゃないか。仕事なんだから。例えは悪いかもしれないけど、お前だって死体を見ても、可哀想、とか思わないだろ?」
「だって…それは…任務だから…」
「それと、どー違うのさ? 年寄りだろーが、若者だろーが、相手にとって妊婦は仕事相手だよ。ヘンな気持ちなんか抱きっこないだろ」

 アホか、という表情でアフロディーテが答える。

「分かんないじゃないかっ。だってこんなに可愛いカミュなんだぞっ。診察室で二人きりで、しかも、しかも、俺だけが見ていい筈の秘所をだなあっ」
「ミロ、ミロ、やめてよっ。こっちが恥ずかしい、から…っ」
 カミュが顔を真っ赤にして抗弁する。
「医者はアテネに一人しか居ないってわけじゃねーんだから、そんなにヤなら、女医でも探しゃいーじゃねーか」
 例によって金魚のフンのごとくくっついてきた蟹が後ろから混ぜっ返す。

 すると意外にも。
「簡単にいうけどね、デス」
 アフロディーテが冷たく言い放つ。
「産婦人科、ってのはただでさえ少ないんだよ。なんたって、人ひとりの命を任される仕事なんだから。しかも、その中から安心して身を任せられる医者をすぐに探せ、とか無責任なこと言わないでくれる?」
 今の医者にしたって、不安で怖がっているカミュを、温かく励ましてくれる名医をやっと探したのに、同じような医者が他にすぐ見つかるわけないだろ、と。 

「う…」
 そうこうするうち、カミュがお腹を抱えてうずくまってしまった。
「カミュ?」
「カミュ様っ?!」
「お、お腹、い、たい…」
「もう! ほらっ。こういうことも、これから何回もあるんだから。ダダこねてる場合じゃないだろう! 早く、ブランケット持って来て! ミロ、早く医者に連れて行かないと」
「…っ」
 うっすら涙を浮かべるカミュに、慌てて奥の部屋に引っ込むと大判の膝掛けを持って来たミロだった。
 アフロディーテの言うことはいちいちもっともで、確かに、ミロとて、いたずらにカミュを苦しめたくはないのだから。
「この際だから仕方ない。『飛んで』行くがいいよ」
 アフロディーテがこっそり囁く。ミロも頷くと、カミュを抱え上げた。


「…これはまた。お食事はちゃんと摂られていますか?」
 まだ三十にはなっていないであろう、若々しい医者がカミュを診察するなり問いただす。
「え、と…。すみません…。食欲が無くて…。あんまり…」
「謝るならお腹の赤ちゃんに謝らないとね。お母さんがちゃんと食事をしないと、大きくなれませんよ。僕もまだ、そう沢山の妊婦さんを診たわけではありませんが、あなた、痩せすぎだな…。このままじゃ、お子さんが元気に生まれて来られませんよ。つらくてもしっかり食べないとね」
 とは、言ったものの、責めてる風は無く、青年医師は感じの良い微笑みを浮かべた。
「まあ…、もうすぐつわりも終わるでしょうが、それにしてもこれは、ちょっとね…。少し、点滴でもしますか」
「え、あ、あの…」
「きみ、今ベッド空いてる? あ、そう。じゃあ、この方お連れして」
 診察室から、看護師に付き添われてきたカミュを見て、ミロが近寄る。
「カミュっ」
「ああ、だんなさんですか?」
 青年医師が顔を出す。
「奥さんの容態なんですけれど、少し…いやかなり栄養が不足しているみたいですので、奥の部屋で点滴をすることにしますが、どうなさいます? 一時間ぐらいかかりますけど」
「待ってます」
 即座にミロが答えた。

 『毒の針』を武器とするくせに、ミロは、カミュの細い腕に点滴の針が刺さるのを、まるで我が事のように、痛そうに顔を顰めて見つめていた。
 看護師が去ると、待っていたようにベッドに近づく。
「大丈夫か…? カミュ」
「うん…」
 ミロを心配させまいと、カミュは精一杯微笑んでみせた。
「痛そうだな…」
 針なんて、いつも自分が平気で敵に刺しているくせに、ミロが怖々と、自分の腕に刺さる針を眺めていることに、カミュはなんだかおかしくなる。
「スカーレット・ニードルの威力は、こんなものじゃないはずなのに」
「あれとこれは別だろう」
 くすくす、と笑うカミュに憮然としてミロが答える。
 例え、細い針の一本だとて、カミュの躯を傷つけるモノは何であれ、許せないのだ。

 やがて。

 点滴には、睡眠導入薬も入っているのか、腕に針が刺さっているというのに、カミュはしばらくすると、とろとろと微睡み始めた。
 ミロは、ゆっくりと上下するその、腹部を眺めて。
『俺以外、抱いて無いはずなんだけど、今イチ実感が湧かないんだよなあ…』
 さすさす、とシーツ越しにそっと、カミュの腹を撫でる。
『でも、俺以外のコドモであるはずないんだもんな…。ってか、俺はカミュと居られるだけで、幸せなはず、だったんだけど、どこで何がどうなるかなんて、ホント分かんねーなー。この先のこと考えた場合、俺ら、親になって本当にいいのかな?? コドモ、かー…。そりゃ、カミュに似てたらサイコーだけど。でもやっぱ、俺にとっての唯一の存在はカミュで、そのカミュに似た子が生まれた場合、俺はどーすれば…って。って、まず、男か、女かが先だよな。名前は? んーっと。どうせなら俺とカミュの子どもだってことがはっきり分かるのがいーよな』
 なんとなく、オンナノコがいいよな、などと考えつつ、名前を考えてみる。

『アテナも楽しみに…』

 ふいに、ムウの台詞が甦ってきた。
 まさか? あのアテナのことだ。自分が名付け親になる、とか言い出さないだろうな…。

『いや、あり得る。じゅーぶん、あり得るっ。ど、どーするよ、俺っ?!』
 嫌な可能性を思いついてしまったミロは、その後、起こるであろう展開も考えてみる。そのため、背後でカチャ、と、扉が開いたことに気づかなかった。

 ***

「で? 今、カミュは?」
 アフロディーテの問いに。
「薬が効いたみたいで、よく寝てる」
 ミロが答えた。
「じゃ、よかったじゃん。何、そのおもしろくなさそーな顔」
「…医者がイケメンだった」
 ミロのマジな台詞にデスマスクが笑いをこらえている。
「だから?」
 アフロディーテがヤレヤレ、と溜息をつく。
「でもって、性格もよさげで、診察も丁寧なんだ。あんなのっってアリかよ、これからずっと、あの男が俺のカミュに触るのかと思うとすっっげーヤダ!!」
「ヤダ、っつったって、仕方ないだろ。それに、カミュも安心したみたいだったじゃないか」
「だって! あいつ! 『怖がらなくていいですよ』とか『力、抜いてくださいね。すぐ終わりますから』とか、すっげえイイ感じに診察するんだもん。カミュがいやいやすると、すぐ察知して別のやり方に切り替えるしさ!」
「…いいことじゃん」
「お前、カミュを心配させてーの? 安心させてーの?」
「そ、そりゃ、安心して生活させてやりたい、けど、さ…」
 先輩聖闘士二人に問い詰められて、仕方なくミロも同意する。
「でも、あいつ、さわやかイケメンすぎる!」

 エンドレスなのであった。

「ん…」
 薬が切れて、ふわふわと水面を漂っていたような眠りから、ゆっくり目覚めたカミュは、ぼんやりとあたりを見まわした。
「お目覚めですか? カミュ様」
「マリー?」
「はい。何か、温かいお飲み物はいかがですか? カミュ様のお好きなアールグレイは、無理ですけれど」
「うん…。あの、ミロ、は?」
「多分磨羯宮にて、双魚宮様たちとご一緒だと思いますけれど…」
「そう…」
 溜息をつくカミュに、マリーがやさしく話しかける。
「どうかなさいまして?」
「どうしてミロは最近私の傍に居てくれないんだろう…。本当はコドモなんか欲しくないんじゃないのかな。もしくはこんなカラダになった私を疎ましく思ってるんじゃないかな…」
 目を潤ませているカミュを見て、マリーは昔のカミュを思い出していた。

 ***

「…今日も、食欲がないみたいですね?」
「え…」

 共同宿舎から(と、いってもカミュは、訓練期間の殆どを、サガのところで過ごしていたのだけれど)ここ・宝瓶宮を正式に任されるようになってひとつき。
 昼間はまだ、同期の黄金聖闘士たちと鍛錬を行ったりはしているものの、小さな任務などはぽつりぽつりと任されるようになってきた頃だった。

 宝瓶宮の広い食堂で、一人のために給仕役を務めるマリーが。突然、呟いた。
 本来なら、黄金聖闘士相手の給仕は黙って行わねばならない。 しかし、このところカミュは朝も晩も、共同食堂に比べたら格段に、食材も味も優れているはずの食事の殆どを残しているのだった。
 聖域において贅沢は許されない。それは黄金聖闘士であっても同じであった。
 しかし、それ以前に、ただでさえ食が細いカミュを心配する気持ちと、食べ物を無駄にすることは、人としてしてはならぬこと、と思うマリーの気持ちが禁忌を破らせた。

「あ…」
 確かに。
 目の前のソテーを、やたらフォークでつつきまわした挙げ句、一口も食べていないこと、その付け合わせとして、綺麗に盛りつけられていたサラダも、ぐちゃぐちゃに崩れてしまっていることに気づき、カミュは顔を赤らめた。

「何か、お悩み事でも?」
 ダテに長く宝瓶宮に勤めてはいない。幼い主(あるじ)に対して、躾はきちんとせねばならない、という義務感がマリーにその言葉を許していた。もちろん、責めているわけではない。
 この真面目な主が、いたずらに食べ物を無駄にする人間ではないことはよく知っているから。
 けれど、理由はきちんとさせておかなくてはならない。真心を込めて料理を作ったり、その後始末をしたり、と、多くの者たちが、この幼い主のために働いているのだから。
 カミュは、頭ごなしに叱らないマリーに逆に罪悪感を覚え、狼狽えた。
「あ、あの。え、と…」
 ごめんなさい…、と小さく呟いて項垂れるカミュに、マリーはなおもやさしく問いかける。
「…わたくしに謝る必要はないのですよ、カミュ様。ですが、今の状態が続きますと、わたくしを始め、宝瓶宮に仕える皆が困ると思うので、僭越ながらお声をかけさせていただきました。本来でしたら、許されぬこと…。ですが、皆がカミュ様を心配しているのです。わたくしどもも、こんなに幼いお方をお迎えするのは初めてのことで、至らぬ点があるのかもしれません。ですから、お気に召さぬ点がございましたら、遠慮なく仰っていただきたいのです」
 マリーの言葉にカミュは目を見開いた。
「…っ。え? ち、ちがうっ。宝瓶宮の人たちは、とても良くしてくれているよっ。あの、そんなこと、考えてさせていたのなら、それは、ちがうっ! から…。ごめん。そんな…。皆に言って。皆のせいじゃない、って。ちがうんだよ!」
「…それは、カミュ様がきちんとお食事を摂られて、健やかにお過ごしされることで、証明されることではないでしょうか?わたくしが皆に、言葉だけで『カミュ様はお元気です』と申し上げても、信じてもらえないと思いますよ」
「…」
 しょんぼりと頭を垂れるカミュに、マリーは話しかけた。
「お分かりいただけたのでしたらどうか少しでも召し上がってくださいませ。コックがそれはもう毎日やきもきしておりますのですよ」
 にっこり笑う彼女に手を取られて、カミュは銀のスプーンを持って、澄んだコンソメスープを一匙掬った。
「美味しい…」
 その一言にマリーの相好が崩れた。
「全部召し上がっていただければ、きっとコックも喜びますわ。では、カミュ様、どうぞ、お食事を楽しんでくださいませ」
 お食事を『おいしい』と感じられるのはすばらしいことですよ、と言って、マリーは食卓から一歩下がった。

 まだ幼い子どもが当主、ということもあって、入浴の時にも、一応従者がつくことになっている。まさか洗い場までは入っていかないが、もしもの時のためだ。
 立ち会い稽古で、軽い手傷を負った時などは、そこで女官が手当てをすることなどもあった。もっとも、身の軽さが取り柄のカミュに関しては、他人に診てもらうほどの怪我を負うことなど殆どないのであったが。
 それでも、さりげなく、脱いだ衣を受け取るマリーはカミュを眺めて、いや、正確にはカミュの体躯を眺めて、眉を顰める。『少し痩せすぎだわ、このお方は。普段だって、もっとお召し上がりにならないといけないのに、このところ、めっきり食が細くなられて。何が、あったのかしら…』
 カミュが湯を使う音を聞きながら、洗濯籠を抱えたまま、主の健康状態に思いを馳せるマリーであった。

 ***

『あの時と同じ…』

 マリーはそっとカミュに話しかけた。
「ミロ様がお好きなんですね?」
「…うん」
 呟くようなカミュの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「ミロ様もカミュ様が好きで、好きで、どうにかなりそうな位、カミュ様を愛してらっしゃるように、わたくしには思えますよ」
 幼い頃から常にカミュの傍に居て、カミュを癒してきてくれたマリーの声は、心地よい調べをもってカミュの心に響く。
 まるで小さな子どもをあやすように背中を撫でさする手も、一気にカミュの涙腺を緩くする。
「でも、何か気にかかることがあって、おつらかったら、我慢せずに泣いてかまわないのですよ。そのためにわたくしはここに来たのですから。思い切り泣いてください。あなた様は大抵我慢し過ぎですよ」
 笑顔のマリーにカミュは縋り付くと、その懐かしい胸に顔を埋めて声を殺して泣いた。

 小一時間後。

 今度は泣き疲れて眠ってしまった主のために、そっとシーツでその躯をくるむと、マリーは、寝室をあとにした。
 向かった先は天蠍宮の女官のところである。


 夕食後。

 エレーニがミロに声をかけた。
「ミロ様」
「なんだ」
「少し、お話が」
「?」

 ***

「カミュ」
 だいぶつわりもおさまったとはいえ、どことなし顔色の悪いカミュにミロが声をかけた。
「何?」
「いいか、よく聞けよ。俺は・お前が・好きだ。愛してる。誰よりも。何よりも…!」
 そう言って、ミロはカミュを思い切り抱きしめた。
「み、ミロっ?!」
 ミロの腕の中にすっぽりとくるまれて。突然のことにカミュは狼狽える。
「どうして突然…」
「突然なんかじゃない。だけど、きちんと言葉に出して伝えておかないとダメなこともあるんだ、って思ったから。だから」
 性別が変わって、カラダの調子も良くなくて、不安な時に、傍に居なくてごめん、というミロに。
 マリーが何か言ったのかもしれない、とカミュは思い至る。だけど、ミロのぬくもりはとても気持ちが良くて。
「その…、抱きしめていいのかどうか、俺、よく分かんなくて。抱きたくても、ほら、ムウとか邪魔しに来るし。でも、俺いつだってお前を抱きたくてたまんないんだから。だって、好き、だから…」
 でも、その気遣いが、逆にお前を不安にさせていたのなら、ごめん…と、ミロが殊勝な表情を見せる。
 と。
 こほん、と、咳払いの音がして、ミロは、慌てて後ろを振り返った。
「ム、ムウっ」
「失礼します。エレーニから、少し事情を聞きましてね。でも、どうやらお邪魔だったようですね」
 にっこりと。
 笑顔を崩さず。思わずゴクリとつばを飲むミロを無視して。カミュの傍に近づくと。そっと、その腹に手を当てて。
「少し、膨らみが分かるようになってきましたね。ミロ、ほら手を当ててごらんなさい」
 ムウに言われて、カミュの下腹部に手を置いたミロは。
「耳も当てていい? カミュ」
 返事も待たずに、そっと耳をあてがう。
 もちろん、まだ何も聞こえるはずもなかったけれど。
「この中に居る、んだな。俺たちの子ども…。俺たちの、二人の子どもが…」
「そう。だから、カミュ、まずは、お前がしっかり食事して、のびのびと生活しないと、お前の中の小さな命も育たないから」
「アフロディーテ」
 いつの間にか来ていた宝瓶宮の常連客に、今さら驚いたりはしないけれど。
「ほらこれ」
「?」
「薔薇のエッセンスを使ったアロマオイル。薔薇のオイルって、買うと高いんだからね。心して使いなよ。気持ちの良い眠りにいざなってくれるはずだから」
「…んで、まさか、そのまま目が覚めないとかゆーオチじゃねーだろーな?」
「やなガキ。カミュに、魔宮薔薇のエッセンスなんか渡すはずはずないだろ。お前じゃあるまいし」
「やな『先輩』。人の恋路の邪魔ばかりして。ってゆーか、俺たち、もう寝るトコなんだけど。なんで二人だけの寝室にいつの間に入ってくるわけ」
「あなたに会いに来たんじゃありません」
「お前に会いに来たわけじゃないよ」
 ムウとアフロディーテの台詞がかぶった。
「カミュ…。あなたの精神波が乱れているようでしたので、寄ってみたんですが、なんとか大丈夫そうですね。あんなのでも、あなたのダンナですからね。それに、アフロの薔薇はきっと心を休めるのに役立つと思いますし」
「私は隣宮だから、何かあったらすぐ呼ぶんだよ。でも、まあ一応、お前のダンナはミロだからね。じゃ、ムウ帰ろうか」
「ええ」
 来た時と同じように、気がついたら二人は消えていた。一瞬、二人して同じ夢を見ていたのかと思ったが、カミュの手には、アフロディーテが置いていったエッセンスが残っている。

「ねえ、カミュ…。もう一度、お腹に触れてイイ?」
 二人が去ったあと、ミロがおもむろに尋ねて来た。
 痩せぎすのカミュの躯であったが、確かにほんのり膨らんでいるような、ないような…。
「…くすぐったい…。ミロ」
 カミュは言ったが、それは単なる照れ隠しで、目を閉じて、自分の腹に耳をくっつけるミロの頭に手を差し入れると、金色の髪をやさしく撫で梳き始めた。







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