060 Z国
■Z国■
在日Z国大使館では、リッキー・Jの報告に商務部の幹部が眉をひそめていた。Z国商務部、それは世界の外交舞台において、言わずと知れたZ国のスパイの温床である。
「日本にテレパスを確認した」
リッキー・Jは静かに始めた。
「それは、確かか?」
「ああ。女と男の二人・・・。男は大した能力でもないが、女は少なくとも・・・わたしより数段上だ。あれだけ気をつけていたのに、探りを入れた途端、あっという間に感づかれた。しかも、たちまち通信をシャットアウトして、二度とわたしは二人に会話が聞き取れなくなった・・・」
「リッキー、おまえが聞き取れなくなったというのか・・・?」
リッキー・JはZ国のエスパーであり、在日Z国大使館の事実上の中枢人物であった。大使であれ、商務部長であれ、リッキーの決定は、Z国本国の決定だった。
「・・・」
「・・・」
リッキーの報告のことの重大さに、一同はしばらく黙りこくった。
「それで、その女エスパーはおまえの能力を上まわると?」
ようやく沈黙を破って一人が口を開いた。
「そうだ。遥かにな・・・」
「名は?」
「ユティス。フルネームは不明だ。男は、宇都宮和人。株式会社セレアムの社員。名刺を入手してある。これだ」
リッキーは一枚の名刺を見せた。
「Webマーケター・・・」
「要するに営業だな・・・」
「ふむ」
リッキーは先を続けた。
「同僚の女は、石橋可憐。彼女はテレパスではない。問題は先の二人だ」
ぴきーーーん。
リッキー・Jの言葉に一同は緊張した。
「ユティス・・・」
「その女、名前からすると日本人ではないな」
「わからん。ネオン街での名前かもしれんぞ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「しかし、珍しい名だ・・・」
「ああ。名前からでは、どこの国の人間なのかすぐには特定できない」
リッキー・Jはふと思いついた。
「そう言えば・・・」
「なんだ、リッキー?」
「了解、または、そうだ、という意味の単語・・・、いや、そうに違いない・・・」
「それがなんだ?」
「リーエス・・・。リーエス。そういう時の一言だ・・・」
「リーエスか。英語やスペイン語等、インド・ヨーロッパ語圏のものに近そうだな」
「ああ」
リッキー・Jは頷いた。
「それに、もう一つ、手がかりがある・・・」
リッキー・Jは声を低くした。
「エルフィア・・・」
「なんだ、それは?」
「二人が、口にしたものだ。なんだかはわからない。言葉からするとどこかしら地名のような気がする。女の出身地かもしれない」
リッキー・Jの推測に一同頷いた。
「それと、挨拶言葉。アステラムベネルナーディア・・・」
「なんだ、それh?」
「こんばんわに相当するらしい。どの辺りの言葉なのか、これらを至急調べてくれ」
「了解」
リッキー・Jの記憶力は、桁外れに抜群だった。
「それはそうと、どうしても腑に落ちないことがある」
リッキー・Jは眉をひそめた。
「なんだ、それは?」
「IT研究会のあった場所だ。そう大きくもないホールだった。が、その場に女の姿を認めることができなかった」
一同は、理解できないというように、互いに見合った。
「姿がないとは、どういうことだ?」
「ユティスという女はあくまで声の響きしか認めることかできなかったんだ。オレは姿を見てないと断言できる」
「リッキー、おまえの言う声の響きとはなんだ?」
リッキー・Jの言葉を理解できない一人が首をかしげた。
「耳から聞こえてくるというのではなく、頭に直接響くということだ」
「頭に響くとは、どういうことだ?」
質問した男は首を傾げた。
「声が聞こえてくるんだが、耳からじゃないんだ。うまく説明できない。とにかく頭に響くというのが一番近い」
「それで?」
「素直に解釈すると、女はその場にはいなかったということだろう」
「まさか・・・。どこか、別の場所から、そこにアクセスしていたというのか?」
「テレパス、もしくは、透明人間・・・」
「いくらなんでも、それはなぁ・・・」
リッキー・Jはゆっくり一同を見回した。
「とてもありえんことでも、緻密で冷静な観察と論理によって導き出せた結論なら、それが真実だ。オレが言っているのはウソじゃない・・・」
リッキー・Jは低い声で静かに言った。
「・・・」
「・・・」
「なるほど。きみらしい・・・」
「女はそこにはいなかった。それが最も納得いく説明だろう」
「それで、そこにいなかったということなら、いったいどこから?」
「それが問題だ。日本人ではないということが鍵になるかもしれない」
リッキーは推論を進めた。
「是が非でも確かめねばならないようだな」
「ああ。ただ、オレは警戒されている。あのセレアムの二人には面が割れたので、直接宇都宮和人へのアクセスはできない。先日、宇都宮和人をモニター中、そのユティスに気取られた。そして、たちまちコンタクトを切られたんだ。これがどういうことかわかるな?」
「無論だ」
「けっこう。既に、彼にはユティスから警告が発せられているとみた方がいい。宇都宮和人のチェックは別の人間をアサインして欲しい」
「了解した」
「わたしは後方で支援しよう。宇都宮和人と株式会社セレアム。彼をマークすると、いずれユティスにたどり着くはずだ。彼女はわが国にとってとんでもなく貴重になるはずだ」
「本国の諜報部に報告義務がある、最高レベルのテレパスということだな?」
「いや、それ以上の存在かもしれない・・・」
「リッキー、きみは宇都宮和人の思考波のモニターを」
「わかった。ただ、本人の居場所が特定できてないと、さすがのわたしにもムリだ。本人の住所住所の特定を。職場は住所も連絡先も名刺にある」
「了解した」
「ユティス・・・」
「和人、和人!」
二宮は昼寝の和人を揺り動かした。
「はっ、二宮先輩!」
「なにが、二宮先輩だ。とっくに昼休み終わってるぞ!」
「ええっ?」
「おーお、口からよだれが。ユティスといいことあったな」
「先輩!」
「図星だな」
「まだ、なにも言ってません」
「どうでもいいけど、常務、社長、オレ以外は事情を知らんわけだから、ちったぁ、考えろよ。真昼間からデートなんかしてないでよぉ」
「デートだなんて」
「精神体だかなんだか知らないが、要は会ってたんだろ、ユティスに」
「え、まあ・・・」
「ちぇ、やってられないぜ。のろけやがって。一緒に戻ってこなかったのか?」
二宮はあたりを見回したが、ユティスの精神体はどこにも見えなかった。
「今のところは」
「そこそこ、二宮。和人は目が覚めたの?」
会議室からドアを半開きにして、真紀が和人の目覚めを確認した。
「はい」
「会議はじめるから、さっさと会議室に集合!」
「ち、怒られちまったじゃないか」
「すみません・・・」
「行くぞ」
「はい」
すたすた・・・。
二宮と和人は会議室に入った。
「あっ」
会議室に入るなり二宮は緊張した。
「イ・ザ・ベ・ルちゃん」
テーブルの奥には喜連川イザベルが真紀の隣に座っていた。
(イザベルさんかぁ。カラテ着や普段着とは、また、えらい違いじゃないか・・・)
和人はイザベルを観察した。
身体の線をほどよく強調したダークスーツに身を固め、初々しいビジネスデビュー姿のイザベルは、実際セクシーだった。
(なるほど、先輩がハートを一発でノックアウトされたっての、わからんでもない)
イザベルは母親がフランス人で、日本人離れしたルックスをしていた。
にこっ。
イザベルは二宮を認めると少しだけ微笑んだ。
チェック。
(わぉ、イザベルちゃんの笑顔、可愛いよぉ・・・!)
とろとろろろぉーーー。
二宮は熱したフライパン上のバターだった。
--- ^_^ わっはっは! ---
チェック。
(それに、けっこうグラマー・・・。ぱふぱふ・・・。あーーー、ダメ、ダメだぁ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
そんな二宮の様子は真紀にバレバレだった。
(まったく、二宮のヤツ・・・)
チェックメイト。
「二宮、お客さまの前よ。しゃきっとしなさい」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おす・・・」
「くすっ・・・」
「うふ・・・」
「ぷっ・・・」
学生たちから思わず笑いがこぼれた。
「今日は、かねてから言っていた来年度の新人採用にあたり、会社見学会を実施します。ここにいる4名の学生さんたちには、わたしたちの会社の様子を見ていただきます。すでに、会社の説明等は済ませてありますから、この4名には、実際の仕事の現場を案内します。よろしいですか?」
真紀は一同を見回した。
(でも、なんで、イザベルちゃんがここにいるんだよ・・・?)
ぱちっ。
かぁーーーっ。
二宮はイザベルと視線が合いすぐさま下を向いた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「まずは、うちの人間を紹介するわね。右からいくわ。石橋可憐。マーケター補佐、兼、開発担当」
「石橋です。よろしくお願いします」
ぺこり。
「宇都宮和人。マーケター」
「宇都宮です。よろしくお願いします」
ぺこ。
「二宮祐樹。同じくマーケター」。
「ミ、ミモミヤです。いや二宮です」
ぺこ。
(噛んじまった!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「くすっ」
イザベルは少し微笑んだ。
「よろしくお願いします」
ぺこっ。
イザベルは二宮を見つめて挨拶した。
(だめだ、スーツスタイルのイザベルちゃんにまともに見つめられると、あがっちまう!)
とろとろ・・・。
「オホン!」
真紀が咳払いした。
--- ^_^ わっはっは! ---
(ち、真紀さんたらまったく意地悪いぜ。こんな重要なことを黙ってるなんて)
「二宮、下向いてないで、ちゃんと前見て言えよ」
(常務まで・・・)
俊介は二宮だけにわかるようにウインクをした。
(やっぱりそうか。二人にはめられた・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「そして、大平洋子。システム開発担当」
「大平です。よろしくお願いします」
ぺこり。
「最後は、茂木瑞希。経理担当」
「茂木です。よろしくお願いします」
ぺこり。
「案内役は、二宮、おまえだ」
俊介が言った。
「えー。そんなぁ・・・!」
「貴重な新人さん候補だ。ちゃんと、ご案内するように」
ぽん。
俊介は二宮の肩を叩いた。
「えこひいきするなよ」
「う、うす・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「よろしくお願いします」
ぺこぉ・・・。
新人候補の4人は一斉に二宮に向かって礼をして声を出した。
(えへ、イザベルちゃんのスーツ姿いい。いい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮は一人ごちた。
でれでれ・・・。
イザベルは、そんな二宮を特別に意識するでもなく、大まじめに聞いていた。
「会社案内といっても、会社はご覧の通りビルの1フロアだけだから、大したことないんだ。まずは、マーケティング部門に行こうか?」
「お願いしまぁーす」
「ここは、お客様の要望を聞き取ってそれを上回る提案をするところ。営業と技術の総合部門かな。所属は常務を筆頭に、オレ、二宮、宇都宮、石橋、他2名だ。ちなみに、うちの会社は女性ばっかで、男性は常務と宇都宮とオレの3人しかいないんだ。男はみんなこの部門ってこと」
新人候補のうち2人は男子だったので、二宮は頼み込むような視線で彼らを見つめた。
「みんな女性だって?」
「しかし、社長を筆頭にけっこう美人多くないか、この会社?」
「う、うん・・・」
ごっくん・・・。
男子学生たちは、互いに見合って小声で語り、ツバを飲み込んだ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「うちはソーシャルメディアを軸にビジネスを展開しているから、SNSとかMoitubeとか知ってなきゃ、話にならないんだ。なんか一つでもやってる人?」
二宮が尋ねると全員が手をあげた。
(すげー)
「いろんなソシャルメデイアとコラボってサービスを提供するのが、うちのビジネスモデルなんだ。ちょうど、「わたしのフォト図鑑」開けてるから、見てみようっか」
「はい」
新人候補たちは声を揃えて答えた。
ぞろぞろ・・・。
二宮は学生たちを従えて、開発部門の席まで移動した。
開発部のマネージャーは岡本で、昼過ぎまで客先の予定だった。
「あれ・・・?お戻りでしたか、岡本さん・・・?」
二宮は席に岡本の後姿を見つけた。
「じゃ、こちら開発担当の岡本さん・・・」
(あれぇ、金髪・・・?岡本さん、確か茶髪だったような・・・。ブリーチでもしたのかなぁ・・・?)
後ろ姿の女性は長く濃いブロンドが美しく、愛らしいシュシュでポニーテールにまとめていた。
さぁっ。
彼女がちょうど振り返ろうとして、長いポニーテールがゆったりと揺れた。
ゆらーーーり。
後ろ姿ではあったが、彼女は大変な美人であることを予感させた。
「岡本さん・・・」
(いや・・・、そんな、まさか・・・、ありえない・・・)
二宮は自信なさそうにそうは言ったもの、異常に気づいて声を失った。
さっ。
くるっ。
席に座ってPCを操作していた彼女は、二宮を振り返って最高の笑みをこぼした。
にこっ。
「来てしまいましたわ、和人さん、二宮さん」
がたっ。
どた、がたっ。
「ユティス!」
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮と和人は同時に叫んでいた。
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