挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
朝起きたら銀髪ロリ吸血鬼になっていた(小並感)  作者:バックパス

第2話 大吸血鬼 小ドラクロア

 『原典 小ドラクロアの書』


 俺の目の前に浮かんだ赤い厚表紙の本には、
 輝く金色の文字で、そんなタイトルが刻まれていた。

 乳房や腿から滴る水の音さえ聞こえるような静寂。

 少しの間を置いて、 

「………………何だ、…これ?」 

 あっけにとられた銀髪美少女おれの口から漏れたことば
 それに応えるかのように、


<<記憶を無くしたワタシよ、是なる記憶の書を手に取るがよい>>


 説明こえが響き、"赤本"は、輝きを帯びて開いていく。
 そこで少女おれが見たものは----------


<<ワタシ、大吸血鬼、小ドラクロアが、転生したうぬの疑問に優しく"まんが"で、答えようぞ!>>


 少女おれそっくりで…どこかアホっぽい、
 フリル付ドレスを着た銀髪少女が、
 『やっ!』と手を掲げた「ポンチ絵」だった。
 少女おれは、「これ」をどう呼べばいいのか知っている。

 「学習まんが」ってやつだよな?

 いや、いくらラノベ展開でも、さすがにこれはない。
 チープすぎる。

 しかも、『大吸血鬼 小ドラクロア』?
 ははっ、ワロス。
 それが俺だっていいたいのか?

 ははは。

 俺は、自分の"勘違い"にようやくと思い至った。

 こりゃ夢だ。
 鮮明すぎるが、あれだ、
 久しぶりの「まともな仕事」(プレセン)を前に脳が活性化したんだろう。

 こんなラノベっぽい夢を見るとか、それはそれで情けないが。

「吸血鬼っていえばさ…」

 浴室小窓の雨戸をがらっと開ける。

「陽の光で、ヤケドでもするんですかねっと」

 僅かに差し込んだ光に、右の手のひらを当てる。
 陽光が、手のひらと踏み込んだ左のつま先に当たるのが見える。

「…はは」

(ジュッ!)

 激痛が走った。

「…はぇ?」

 痛い。

 いだい。

 ものずごぐいだいっ!!

「うきゃあっ?!」

 素っ裸のまま、右手をぶんぶんと振り、足首を左手で掴んでのたうち回る。

 日陰に逃げ、丸くなって必死に痛みが引くのを待つ。

 この痛み、夢じゃない?!

 少し前の少女おれにいいたい。

 お前は、アホかと。 
 我ながら軽率すぎる。

 浴室床で身悶える少女おれの上で、『原典』とやらは全く気にした様子もなく、
 きらきら、きらきらと輝き続けていた。

 …ぐぬう。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 いくら初夏と言っても、さすがに裸のままは辛かったので、
 適当にシャツとスラックスを羽織って、枕を椅子に、ベッドに座る。

「くしゅんっ」

 着るのがちょっと遅かった気がしないでもない。

 しかもやっぱり"だぶだぶ"だ。
 ベルトを思い切り締めて裾を捲ったら、なんとかなったけど。
 それより、

「……うう」

 確かな膨らみを帯びた胸が薄布を押し上げる感覚や、
 ぷりっとした丸い尻が布地越しに枕に乗る感覚が、どうにも慣れない。

 両手で軽く肩をこすり毛布を羽織ると、
 目の前に置かれ、光輝く赤本がくしゅうまんがをじっと見る。

 さっきから何度か試したのだが、初めのページ以外、のりで貼り付けたみたいに全く開かない。

 これはあれか?
 さっきみたいに口に出して訊け、ということだろうか。

「何で「まんが」なんだよ?」

<<ぬしの深層心理から、最も理解しやすい形を取った>>

 軽いジャブに、
 初めのページの余白に、コマと銀髪美少女おれ、フキダシが追加される。
 うん、やはりこの、問い掛けるという方法でいいようだ。

 しかし、無駄に高性能だね。
 こんな手間かけるくらいなら、普通に記憶を転写してくれればいいのに。
 難しい理由があるのかも知れないが。

 ため息を漏らしながら、"本題"を"赤本"(学習まんが)へ投げる。

「ところで…、結局、少女おれは、何なんだ?」

 仄かな光をまとい、ページが開き、新たなページに"コマ"が描き込まれていく。

<<さっきもいったであろう。 うぬは、ワタシ、大吸血鬼、小ドラクロアの転生体だ!>>

 ポンチ絵の少女おれが『ドヤ顔』で胸を張る。

 うん、こうしてイラストで見ても、少女おれっていいスタイルしてるよね。
 いや、それはどうでもよくて。

「大吸血鬼…、って?」

<<史上サイキョーの吸血鬼ということだ!>>

 うん、頭の悪そうな回答ありがとう。
 太陽も克服できずに史上サイキョーとか、テラワロス。(orz)

 しかし、さっきから転生っ転生っていってるが要するにそれって、

「つまり、ええっと、
 お前…小ドラクロアから、鉄馬おとこのおれ、そして、この銀髪美少女おれ…の順に転生した?」

<<我(小ドラクロア)から鉄馬まえのうぬへは転生、その後は少し違うな!>>

 あ、ナンカややこしそうだ。 

「もっとわかりやすく教えてくれないか?」

 せっかく学習まんがなんだからさ。

<<うむ、良かろう。 阿呆のうぬにもわかるよう、懇切丁寧に教えるぞ!>>

 いかにもバカって感じのヤツに「阿呆」といわれるのは、すごくへこむ。(orz)

 どっちも"俺"らしいから、なおさらに。

<<西暦1787年、とある出会いから、ワタシは、転生を決意した。>>

「出会い…?」

<<うむ。チベット仏教の高僧と出会ったのだがな…>>

 僧侶のイラストの下に、ダライなんたらとか描かれているのは、スルーしよう。

<<人もすなる『転生』というものをワタシもやってみようと思った>>

 土佐日記かよ?!
 心のツッコミを無視してまんがは進む。

<<そして、どうせ転生するならサムライよ!
 サムライは、世界の憧れだからな!

 だから、ワタシは、サムライの中でも特に高名な系譜に狙いを定めた。

 ワタシに相応しい男児うつわ受精卵たまごに、我が魂が宿るように仕組んだ。
 場合によっては、転生に数百年掛かるであろうが、問題ない。

 ワタシもサムライもサイキョーだからなっ!
 ワタシも消えぬ!
 サムライも消えぬ!
 素晴らしきかな幕府政治!

 どうだ、ぬしよ、ぬしは最高のサムライ人生を楽しめたかっ?>>

「あ、ああ…」

 目をキラキラと光らせる銀髪美少女おれを前に、俺は思わず目を逸らす。

 ごめん。俺んち(※柳生家傍流)がサムライだったのは、150年前までなんだ。
 俺は、竹刀を握ったことすらない。

<<サムライ人生を楽しめたようなら、良かった。 
 記憶を失ったのは残念だが、予想の範囲内だ>>

 まんがの中で満足気に頷く銀髪美少女おれに罪悪感を抱く。
 鉄馬おれが悪いわけでもないし、 軽率な彼女おれも悪い、
 それに、どっちも"おれ"らしいんだけどさ。

 それでもね、
 何となく申し訳なく思ってしまった。

「てか、何で鉄馬おれ、…小ドラクロア(この姿)に"戻った"んだ?」

<<うむ、魂の友人メルクリウスの協力の下、
 2つの場合にワタシに戻るよう設定しておる。

 一つは、うぬが死んだ場合
 一つは、うぬに危機が迫った場合>>

「…鉄馬おれ、死んだってことか?
 それとも、何か危機…迫ってきてるのか?」

<<わからん>>

 いかん。

 銀髪美少女こいつ、思ったより役立たずだ。

 しかし、困った。
 仮にだ。 危機が迫ってるんだとしたら、…どうすればいい。
 やたら専門知識や応用力のあるラノベ主人(羨)と違い、
 鉄馬おれは普通のダメサラリーマンなので、全くいい考えが浮かばない。

 自ずと、目の前の"赤本"(※役立たず)に頼る形となる。

「戦う能力…、スキル、とかあるのか?」

<<うむ、任せるがよい。 これなどオススメだぞ!>>

 どう読んでいいのかわからない"まじない"のような術式スペルと、日本語の説明文が浮かび上がる。

<<--------------------(※読めない術式)
 この呪文じゅもんとなえると、
 てきはみんな、くされて、ぬ!>>

「過激すぎるよ?!

 てか、読めねーよっ、この呪文!」

<<無論よ。 これは由緒正しき吸血鬼文字!
 知識なき下郎に読めるはずもない!>>

 読ませるべき本人あいてが読めないんですが、これは。

 しかも、自分の転生体を下郎って言っちゃってるよこのおれ

 漢字にルビ振ってる暇あったら、吸血鬼文字につけろよっていう。
 いやまあ、読めても微妙に使いたくない呪文であるが。

 人殺しは、俺、やだよ?

「ちなみに、人を殺さなくて、…危機に対抗できる呪文は?」

<<ないな>>

 断言された、うわあ。

 いかん、泣きそうだ。

 ここまでのやりとりでわかったこと。(おさらい)

・俺は、大(笑)吸血鬼が転生したものらしい。(推定)

・死んだか危機が迫ってるだかで、転生前の姿に戻ったらしい。(推定)

・仮に危機が迫っているとして、それに対向する手段は使えない(読めない)。
 仮に使えても人殺し。(確定)

・転生前も俺は、軽率で無能で愚鈍だったらしい。(確信に近い推定)

・この本、意外と使えない。(確信)

「…俺は、鉄馬おとこの姿には、戻れないのか」

<<ムリだ。 鉄馬うぬの情報は残っていない>>

「でも、ほら、大吸血鬼なんだからさ、姿を変えるとかさ…」

<<ムリだ。 それができるなら、転生などしない。
 永久に変わらぬ吸血鬼のそれが定めだ>>

 にべもなく否定する"赤本ドラクロア"の答に。
 少女おれは、しばらく愕然と見ていることしかできなかった。
 はは、やっぱりな。
 何となくだが、そんな予感はしてた。

 うん、そうなんじゃないかなーってね。
 負け惜しみじゃないよ。 ほんとだよ。

 ごめん。

 うそだ、何となく、何とかなると思ってました。
 そっか、戻れないのか。

 はは、柳生鉄馬おれの人生は、あっけなく、ここで終わったんだ。
 銀髪少女このすがたじゃ、鉄馬おれの人生は引き継げない。

 いや、そもそも、鉄馬おれの人生って…、何だったんだろな?


 そう思うと何となくだが、胸が苦しくなった。
 言葉もなく、俯いてしまう。

 つまり、あれだ。

 幼いころ、父と遊んだ楽しさも。

 小学校に母に初めて連れられていったドキドキも。

 虐めにあった悔しさも。

 初恋の相手に告白せぬまま振られた悲しさも。

 一流大学に入るための厳しい勉強も。

 社会に出てからの無力感も。

 父と母を見送った切なさも。

 全て、まやかし吸血鬼ドラクロアの「ごっこ遊び」だった…ってことか?

 知らず知らずのうちに、頬を何かが伝っていく。
 何度拭っても、それは、止まることがない。


「あはは…。 これじゃまるで、鉄馬おれは…」


 ニセの人生じゃないか。

 慣れない身体で、情緒不安定だったのもあるかもしれないが、
 少女おれは、毛布をかぶったまま、嗚咽を漏らし続けた。

 俺は、思ったより、
 このくたびれた柳生鉄馬じんせいに、愛着を持っていたらしい。

 不思議だなあ。
 ほんとに、何でだろ。

 寂しい…。
 何でだろ、寂しいよ…。

 自らを抱きしめる手は、やっぱりとても小さかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ