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サユリ

サユリ(3)

作者:星野すみれ
あたしは、そういうとエスカレーターに乗る。
このエスカレーターが曲者で、普通のエスカレーターに比べてものすごく遅い。
建物自体が古いからだとか、ロリータファッション好きの子はヒールの高い靴を履くから転倒防止の為に遅くしてあるのだとかいろいろ言われているけれど、本当のところはわからない。
エスカレーターの動きがゆっくりなのと、手すり部分がシースルーで、どのフロアの通路からも見える事から、ロリータファッションで身を固めた女の子が、そのファッションを「みせびらかす」場所にもなっている。そんなエスカレーターだから、男が乗っていたら、目立つ事このうえない。

ロリータファッションに身を固めた女の子に前後を挟まれ、冷たい視線に晒された”サユリ”と共に、あたしは最上階までやって来た。
そこにはNaruiOneの中でももっとも甘いロリータファッションを提供している「スイートスイーツ」が店を構えていた。
「お人形の館」という形容詞がぴったり来るような店内は、女の私でも一瞬躊躇するような可愛らしい服で溢れかえっている。

あたし達二人が店に入ると、客とスタッフの目が一斉に注がれる。
異物、というよりは汚物を見るような嫌悪の情をあからさまにした眼差しで”サユリ”を見る。

いいね。これだよ。これを待っていた。
ロリータファッションを身に纏う女の子は、心の底からロリータファッションと、その世界観を大切にする。喩え同性であっても似合わない子は冷たくあしらう。
ましてや男性では余程の「素質」がない限り「仲間」として見てはくれない。

そして”サユリ”は、ここにいる子達の「仲間」になれないだろう。
もっとも”サユリ”も「仲間」になる事など望んではいないだろうが。

「サユリちゃん、どうしたの。大好きなロリータ・ファッションだよ。お洋服選びなよ」
あたしは、ワザと大きな声で言った。
その瞬間、客もスタッフもあたしたちがどういう関係なのかを察知した。
そして”サユリ”に注がれる眼差しが、嫌悪から好奇へとあからさまに変わった。

”サユリ”は店の中程で凍りついてしまったので、あたしはスタッフに声を掛けた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、そこの男の子が、どうしてもスイートスイーツを着たいっていうの。だから、うんと可愛くしてあげて欲しいの」

スタッフは「わかりました」と言うと店長とおぼしき女性のところに向かった。
ややあって、店長が、あたし達のところに来た。
「いらっしゃいませ。奥に特別室をご用意しておりますので、そちらでどうぞ」
店長はそういうと、レジの横にある鏡を押した。
個人的には、沢山の女性客の前で服を選ばせたり、服を押し当てたりして、いたぶってやりたかったんだけど、まあいいか。

鏡は音もなくスライドし、周囲が鏡貼りになった六畳はあろうかという空間が出現した。
こんな素敵な場所で試着出来るのは恐らく上顧客だけに違いないが、そんな素敵な空間ですら”サユリ”にとっては牢獄以外の何物でもない。

「本日は、ようこそおいでくださいました。わたくし、店長の川村と申します」
「この子をうんと可愛くしてあげてね。ヨロシク」
店長は慇懃に頭を下げながらもニヤリとするのをあたしは見逃さなかった。
要するに店長もあたしと「同族」なのだ。
”サユリ”を特別室に案内したのは、他の客への配慮というよりは「獲物」が逃亡する意思をなくす為の罠というわけだ。

”サユリ”は店に入ってから、ずっとフリーズしたように反応が無い。
現実逃避を決め込んでいるのだろうけれど、むしろ好都合だ。
あたしは店長にそっと耳打ちをすると店を後にした。
ホントは店長の手で着替えさせられているところを堪能したかったのだけれど、今は目的を達成することが先だ。

急いで用を済ませ、店に戻ったが”サユリ”の着替えは殆ど終わっていた。残念。
”サユリ”は、あたしの予想を遥かに超えたラブリーな衣装に身を包まれていた。
白のブラウスはゴージャスな二重丸襟に、肘から先が緩やかに広がる姫袖にはレースが幾重にも惜しげもなくつけられている。
ピンクの記事に可愛い花のイラストが散りばめられたエプロンドレスは胸当て部分がちいさく、スカート部分が肘のところから始まり、膝上20センチの高さで終わるデザインで甘さを強調したデザインだ。
腰のところに大きな飾りリボンがつけられ、ビスチェのように飾り紐で身体のラインが出るようにしてあるが、これでは誰かに手伝って貰わなければ脱ぐ事は出来ないだろう。
脚はレースの白ニーソックスに服と同色の淡いピンクのスカラップシューズを履かされ、肘まである長手袋まではめている。この長さの手袋を初心者が外すのは困難だろう。店長、やるな。

今の”サユリ”は首から下は完璧なロリータだ。
そう。首から下は。

「やだー。ちょうかわいい」
あたしはあからさまな絶賛を”サユリ”に浴びせたが、”サユリ”は心ここにあらずと言った感じでフリーズをした儘だ。
そろそろ夢から醒める時間ですわよ、お姫さま。

あたしは”サユリ”の目の前に紙袋を置いた。
「サユリが着替えてる間に、良い物買ってきたんだ。なんだと思う?」
”サユリ”はあたしの質問に答える事なく、目がうつろになっている。
良い度胸じゃん。
「正解は、金髪縦ロールのウィッグでしたー」

”サユリ”の代わりに店長がクスリ、と笑う。
あたしがやろうとしていることがお見通しってことね。さすが「同族」。

「お会計を済ませたら、隣の美容院に行ってウイッグをつけてもらおうね」

”サユリ”は、相変わらずフリーズした儘だ。
あたしは、サユリの返答を待たず、畳み掛けるように言った。
「折角可愛い服を着たのに首から上だけ男って変でしょ」
”サユリ”の目に、かすかな変化が見られた。よしよし。そうでなきゃ。

「・・・やです」
”サユリ”がかろうじて聞き取れるくらいの声で答えた。
「何がイヤなの?」
あたしは強い口調でそう言った。
抵抗したところをいたぶって、逃げる事は出来ないのだと思い込ませるのは大事な事だからだ。
・・・なにより楽しいしね。

「こんな格好嫌です!僕の服を返してください!」
抑えこんでいた感情が爆発したように”サユリ”が叫ぶ。
「そういう発言」は、もっと多くの人がいる場所でやって欲しいわよね。
あたしと店長だけじゃ勿体無い。

「いいよ」
あたしは”サユリ”の私物が入った紙袋を渡した。
「じゃあ、今日のショッピングは此処でおしまいね。さよなら、工藤聡一クン」
言うとあたしは”サユリ”に背を向けた。
「言っておくけど、その服、誰かに手伝って貰わないと脱ぐこと出来ないから。あたしは脱ぐのを手伝わないし、店長さんだって手伝ってくれないかもね」
”サユリ”が怒りと絶望を綯交ぜにした感情をあたしにぶつけてきているのが良くわかる。
いいわ。とてもいい。

「このビルにいる人だって誰もサユリの着替えを手伝ってくれないと思うよ。あたしだったらそんな格好の儘スッピンで、あのエスカレータを一人で降りたり、ましてやビルの外に出ようなんて思わないけど、サユリちゃんは余程自分の顔に自信があるのねえ」
”サユリ”の怒りと絶望が一層深くなるのをひしひしと感じる。楽しすぎて堪らない。

「美容院に行って、サユリを可愛いお人形さんにしてくださいって懇願したら、ウィッグを付けてもらうだけじゃなく、メイクもして貰えると思うよ。それとも」
あたしはゆっくり振り返りながら、携帯の写真を”サユリ”に見せた。

携帯には”サユリ”が女物の下着を買い求めているところの他に女子トイレから出てくるところ、首から下をロリータファッションで固めているところが順番に表示されていた。
「サユリとのショッピングの思い出を、いろんな人に見せちゃおっかなー」

怒りと絶望で真っ赤になっていた”サユリ”の顔が一瞬にして紙のようになった。
下着売り場で撮影されているんだから、他の場所でも撮影されているって、どうして想像出来ないんだろう。
あたしは携帯の写真を見せながら”サユリ”にゆっくり近づく。
「ねえ。このあと”サユリ”はどうしたい?今日はお洋服を選んだところでオシマイにするぅ?可愛いお洋服着れたことだし”サユリ”的には満足~?」
”サユリ”の顔に苦悶の表情が浮かぶ。
「帰る前にレディスランチ行ってもいいよー」
「・・・に行きたい・・・です」
「えっ?なあに?」
「びっ・・・美容院に行きたいです!」
”サユリ”が必死になって言う。

本当は望んでいない事を自ら望んでいるように言わなければならい人間の表情ほど見ていて楽しいものはない。
「えー。お買い物の途中で美容院行く人なんかいないよー。サユリ、今の儘でも十分かわいいじゃん。美容院に行ってどうしたいの?」
「び・・・美容院に行って、可愛いお人形さんになりたいです」
あたしは、店長に目配せをした。店長は黙って特別室の扉を開けた。
「え?なに?良く聞こえなかった。もう一度はっきり言って」
「美容院に行って、可愛いお人形さんになりたいです!」
店内にいたお客とスタッフが特別室に入った男性という憎悪と、首から上と首から下のアンバランスさに対する嫌悪が、侮蔑あるいは嘲笑という名の冷ややかな眼差しとなって”サユリ”を見つめる。

「そっかー。そんなに言うならいいよ。このウイッグを美容院でつけてもらおうね。サユリの荷物はあたしが預かってあげるから」

店内にいたお客とスタッフが特別室に入った男性という憎悪と、首から上と首から下のアンバランスさに対する嫌悪が、侮蔑あるいは嘲笑という名の冷ややかな眼差しとなって”サユリ”を見つめる。
”サユリ”は、冷酷無比な眼差しに晒されながら、震える手でカード決済を行い、逃げるように美容室に駆け込んだ。
あたしは”サユリ”の様子を美容院の外から観察することにした。

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