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月光。-Thirteenth Friday- 作者:折原アキ

第一章-月光。-

9.シャーベットアイスの夜。

それからと言うものの、味をしめた春子は、アキラがいない時を見計らってちょくちょくコンビニに通うようになった。
毎度、ナミキと会話をするのが密かな楽しみだったのだ。
だが、相変わらず、ナミキの表情は殆ど変化しないので、感情を読み取ることは難しい。
それでも確実に、春子はナミキに対する読心術をメキメキと鍛えていった。
そして、この奇妙な夜中の交流は、春子の心のオアシスになっていた。

たとえばある日は…



チョコレート菓子を一箱、ニヤニヤしながらレジに置く春子。

「こんばんは、ナミキさん。」

「…こんばんは。」

目の前の、顔色一つ変えずに対応する男のネームプレートを一瞥する。

「へぇ〜、ナミキさんって、"並木"さん、なんですねぇ〜」

「…154円です。」

いつもならコンビニで支払う際、手元のケータイスイカを使って手早く終わらせる春子。
しかし、ナミキとの時間を稼ぐために、わざわざお財布を持って来て、現金で会計する。

スカラップで縁取られたラブリーなお財布を取り出すと、小銭を数えながら、会話を続ける。

「ねぇ、ナミキさん。ナミキさんってさ、バンドとかやってたりする?…はいっ154円きっかり。」

ナミキは小銭を受け取ると、レシートを手渡し、たった一箱のチョコレートをビニール袋に入れようとする。
これもいつもの春子なら、袋がかさばるのが嫌なので断るが、時間稼ぎのために、そのままやらせる。

手元を休めないまま、ナミキが答える。

「…別に。どうして?」

「だってー、すごく綺麗な顔してるし。それに、そんなハイトーンの金髪してる人、なかなかいないじゃない?…髪の毛のブリーチって、いつも自分でやってるの?美容院?」

「…これ、地毛。」

「えぇーほんとー?すごーい!じゃあ、ナミキさんって、ハーフ?」

「…さぁ?」

「"さぁ?"って…」

ナミキからチョコレートの入った袋を受け取る。
本当はもっとお話ししたいが、あまり仕事の邪魔をしてはいけない。

「それじゃあ、おやすみなさい。」

「…おやすみ。」








そして、この日も、そう。


「今日も来たんですか…」

「はい!いやー、ほーんと不思議ですよねー。この時期、お風呂上がりってどーしてもアイスが食べたくなるんですもん。なりません?」

「別に…」

「えー、珍しいー。」

今回の春子の服装は、黒地に白いレースが張り巡らされたベビードール型のジャンパースカート。
そんな姿で夜道を歩けば、闇に溶けてしまい、車に引っ掛けられてもおかしくないのだが、春子には、"夜歩く時は、夜色の服"と言う妙なポリシーがあった為、いくら注意されようとやめなかった。
それに、ナミキに会いに行くのに、あまり粗末な格好はしたくなかった。

ナミキは春子に問いかける。

「…そんなによく夜中に歩いて、親御さんは大丈夫なんですか?」

「いや、ウチ、親いないの。あ、兄っぽいのならいるんですけど、ちょいちょい夜、いなくって。」

「お兄さん、心配するんじゃないですか?」

「えーやだー、あの人、過保護すぎるんだもん。もう少し妹離れしたほうが良いくらい!」

すると、商品の棚整理をしていた、"近所の陽気なオバちゃん風"の中年女性が、いきなり会話に参加してきた。

「あなた、ほんといつも並木くんと話してるわよねぇ、彼女?」

「…店長…」

ナミキに店長、と呼ばれた女に、春子は返す。

「あ、いいえー。彼女じゃないですよ。友達です。」

それに対して、声を出したのは、ナミキ。

「えっ。」

「えぇーナミキさんひどい!なんでそこで驚くんですか。」

女は作業の手を止めると、冷蔵庫の方からレジ前にいる春子に近づき、尋ねる。

「…ねぇ、今、並木君って驚いたの?」

春子はそれに対して、ごく普通のことのように答える、

「はい。ナミキさんは驚いてましたよ、多分。」

「…全然顔変わってないけど…ふぅん、驚いてるのねぇ〜…ってことは、並木君〜!アナタもしかして、自分だけは付き合ってるって勝手に思いこんじゃってたパターンかしら?うわぁ〜可哀想!!」

ナミキの肩をカウンター越しに、バシン!と叩く。

「からかわないでください…」

「もう〜並木君ったらあんたほんっと可愛いわねぇ〜…じゃあ、あたし、ちょっと休憩してくるから。」

女は喋るだけ喋ると、バックヤードの方へ引き上げてしまった。




そのあとも…。
この時は春子以外に客もいなかった為、ついつい、ナミキと話し込んでしまった。
ここ何日間は、集中豪雨があったり、アキラが家にいたりで、なかなか夜中に抜け出すことができず、ナミキに聞きたいことがいっぱいあった。

「ねぇ、ナミキさんって、コンビニ以外にもバイトしてるの?」

「ううん、今はコンビニだけ。昔は色々沢山やってたけど…。」

「たとえば?」

「うーんと…ヒミツ。」

「えっ!言えないようなバイトなの!?」

「…いっぱいありすぎて、ね。」


すっかり存在の忘れられたイチゴ味のシャーベットが、ただの液体になり下がろうとした頃、真っ黒いフードをずっぽりと被り、サングラスにマスクをした一人の男が、ソロソロと店内に入ってきた。

「いらっしゃいませー」

ナミキが業務的に挨拶をした後、店内をキョロキョロと見渡す素振りをし、レジに近づいてくる。
すると…いきなり春子の腕を引っ張り抱え込み、口を手で塞いだ。
そして、刃渡り15センチ程の包丁をき出すと、

「おい、そこにある金、全部だせ。」

ナミキに向かって高圧的に言い放った。



しかし、こんな危機的状況にも関わらず、春子はそこまで恐怖を感じていなかった。
普通の女の子なら震えて、ベソをかくだろうが、春子は今の状況をある程度冷静に見ていた。
と言うのも、あまりにも典型的な本物のコンビニ強盗に出くわした事に対して、いくらか感動さえしていた。
しかし、犯人の体格はそれ程よろしくなく、よくそんな風体でこんな真似が出来たものだと、笑いをこらえるのに必死であった。
そしてなにより、普段持ち歩いている防犯グッズの存在を思い出したからだった。

人質キタコレーーーッ!!(((o(*゜▽゜*)o)))
てってれー。
こういう時の為のスタンガンー!
たしか、ポケットに入れてあるはず…

…って。
待て待て。春子。
身体が密着している時に、スタンガンはぶっ放せないじゃない。
自分まで感電しちゃう。

ど う し よ う 。

ちょっとヤバイかも…
お金、渡したら、帰ってくれるかなぁ?

先ほどとは打って変わり、不安感に苛まれ、ようやく焦り始めた春子。
流石に、若干血の気が引く。

フードの男は再び口を開く。

「おいそこの金髪、早く金だせよ、おい。」

男は包丁を春子に向けたまま、ドスのきいた声でナミキを脅しつつ、ジリジリとレジに近づく。

肝心の店長は、寝ているのか、それとも恐怖で動けないのか、出てこない。

すると、ピンと緊迫した空気を、ナミキの声が破った。

「…あ、お金ですか?」

決して、様子は普段と変わらず、慌てている感じもなく、むしろ余裕そうにも見える。
平常心の塊のようなナミキの声は、この緊張状態においては相対的に、気の抜けた感じにも聴こえた。

少しずつ苛立ち始めた強盗を横目に、
レジの奥まで覗き込んで、ガチャガチャと何かひっかきまわす金髪。

「…あ、ええっと…ちょっと待ってください…」

「…ったく!チンタラしてんじゃねぇよ!!」

痺れを切らした男は、春子をズルズルと引きづりながら、ナミキのいるレジへの真ん前まで近づいた。

ナミキが上体を上げると、手には札束が握られていた。

「…はい、お金。」

ナミキが札束を差し出すと、シビレを切らした男は、春子をドンと突き放し、今度は包丁をナミキに向け、札束を手元からひったくろうとした。

が、その刹那。

ナミキは、目の前に伸びてきた強盗の手首をがっしりと掴んだ。

札束を後ろに放り投げると、空いた手でカウンターをつき、まるで跳び箱のように、軽くひょいっと飛び越える。
体重を微塵も感じさせないような、見事な跳躍。
予期せぬナミキの行動に驚き、わずかな隙を見せた男の、もう片方の手に向かって手刀を決めると、包丁をはたき落とす。
それから流れで男の身体にアタックをかますと、仰向けのまま、床に思いっきり押し倒した。

無駄な動きは一切なく、全てがほんの一瞬の出来事だった。

ナミキは男の両手首を片手でねじりとめ、腹部あたりに馬乗りになって押さえ込んでいる。
強盗は背中を強打したこともあり、一寸も動けない。

ナミキは、近辺に落ちた包丁を片手で拾うと、男の左胸…丁度、心臓の真上あたりに切っ先をあてがった。

目の前の光景に唖然としていた春子だったが、やっと意識が現実に戻ってくると、息を吸い込み思いっきり叫んだ。


「店長さぁーん!!警察!!呼んでくださぁーい!!」


店長は、やっと奥から姿を表すと、状況を察し、あわてて通報しはじめた。


数分後、パトカーの音が聴こえ、強盗の身柄が無事にわたされると、春子とナミキも事情聴取の為に、警察に同行されてしまった。




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