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美容院で思っていたのと違う髪形にされた時に沸き起こる悲しみと怒りが入り混じった感情に、名前を。

作者:霜月トイチ
読み切り。
コメディーというより青春とか日常系かなと。
 違う……。
 俺は顔を青ざめ、目の前の鏡に映る自分に絶望していた。
 ここは駅前の小洒落たヘアサロン。
「高校生ですか?」
「は、はい……」
 美容師にそう聞かれ、つい嘘をついてしまった。正確には二日後に控えた入学式から高校生だ。
 受験、卒業式を終えて何も重圧のない、人生で一番気楽な中学三年生の春休み。
 そんな時期を過ごす俺を一気に底辺まで落としめる出来事が起こってしまった。
 この美容院では一番リーズナブルなスタイリストカット、四千二百円。それに学割が効いて、三千四百円。担当の美容師はおまかせ。というか初めて来たお店なので指名もへったくれもなかった。
「いいっすねー高校生。僕も制服着てたあの時期に戻りたいですよー」
「はは……」
 俺は三十分前でいいから戻りたい。
 担当のにーちゃんはいかにも美容師らしいファッションでデカ縁の眼鏡、綺麗に染め上げられた金髪を横に流している。
「そんじゃー今は楽しいことばっかりでしょー。いいなー」
 よくねぇよ……ああ! そこ切りすぎ! もういいよそこは! やめてくれ!
 そう心の中で叫びつつも口には出せない。情けないことに。
 そんな悶絶を何度も繰り返してるうちに、にーちゃんは背後の棚から二面鏡を取り出す。
「どうですか? こんな感じで」
 一仕事終えた余韻に浸っているのか、満足気に聞いてくる。
「あ、いや……」
 俺はどう考えても切りすぎな後ろ髪をわしわしと撫でる。
「もうちょい刈ります?」
 ふざけんな! これ以上切られてたまるか!
「いやその……もうちょっと束感欲しかったというか無造作感がほしかったというか……」
「ああ、それワックスつければ大丈夫ですよー」
「そ、そうすか……じゃあ、これで」
 そういう問題じゃねぇんだよ! 短すぎなんだよ! 死にてぇ……。
「んじゃ流しますね。お疲れさまでしたー」
 ほんと疲れた……あーマジでワックスでごまかし効くことを切に願うわ……。
 楽しみに待っていた入学式は一変。陰鬱な気持ちで迎えることになるだろう。
 担当のにーちゃんは俺の首に巻かれたタオルやら散髪ケープやらを外す。
「おしぼりどうぞ」
「あ、どうも」
 横からまだ新人っぽいお姉さんがおしぼりを渡してくれる。このお姉さんが可愛いのが唯一の救いだった。
「いやー結構切りましたけど、いい感じっすよ!」
 担当のにーちゃんが俺の座る椅子を回しながらそんなことを言う。
 もしかしてこいつ、切りすぎたこと自覚してるのか? ちょっと失敗したと思ってフォロー入れてるんじゃないのか? なにそれムカつく……何が、
「何がいい感じやねん!」
 突然、関西弁での怒声。しかし俺は関東生まれ関東育ち、関東っぽい奴はだいたい友達というわけではないけど。
 つまり今のは俺の声ではない。
「あんた今明らかにフォロー入れたやろ!? それって自分でも失敗したと思ってたからちゃうん!?」
 声の主は俺の隣の隣の席。黒髪でボブショートの女の子だった。
 童顔で小さな体躯、まるで小動物みたいな彼女のどこからこんな声が出るのか。まぁ小さい犬ほどよく吠えるらしいけど。ポメラニアン系女子? ちなみに結構可愛いです。
 美容室中のみんなが彼女に視線を向けている。
「いえ……決してそんなつもりじゃ……」
 その子の担当らしき男性スタッフは困惑し、動揺を隠せないでいる。
「だいたいアタシ、ボブゆうたよな!? これ完全にボブショートやん! 注文とちゃうやろ!」
 それでも畳み掛けるボブショート。彼女の怒りは収まらない。
 周りは彼女を奇異な目で見ている。従業員も客も。
 俺も始めはただただ驚いていただけだったが、だんだんと心に熱くなるものを感じ始めていた。
 わかる、わかるぞボブショート。俺も今おんなじ気持ちや。言ったれ言ったれ!
 関西弁がうつった。それくらい共感していた。
「あんた仮にもプロやろ!? しかもアタシ雑誌の切り抜きまで持ってきてねんで!? 何で間違えるん!?」
 ……俺は雑誌の切り抜きまで持ってきてないけど。口頭で言っただけだけど。
「すみません。決してそんなつもりじゃくて……すみません」
 彼女の担当がどこまで正直なのかは知らないが、口では一応失敗したことではなく、誤解を招くような発言をしたことを謝っているようだった。
 しかし、それが逆効果。
「はぁ!? 何やのんそれ!? あんたこの後に及んでまだ失敗してないつもりでいるん!? ちゃんと失敗したこと謝れや!」
 ボブショートの彼女は彼女で気が強くなりすぎているのか、失敗したことをまごうことなき事実という前提で話を進めていた。彼女に問題がないとは言い切れない。けれど、
 いいぞ、もっとやれ!
 正味女の子が公共の場で怒りを露にするのもどうかと思うが、今彼女は俺には到底出来ない行為を代行してくれているのだ。俺が勝手にそう思っているだけだけど。
「明後日入学式なんやで……? 東京来て心機一転しよ思たのに……台無しや」
 よく見れば彼女、目にはうっすら涙を浮かべている。
 俺と同じや……その絶望感。わかる、わかるでボブショートはん!
 ……っていうか彼女は俺とタメっぽい。しかも高校もこの辺ってことか。どこなんだろう。
 すると奥から責任者らしき中年の女性が出てきた。
「すみませんどうしました!? あ、みんなは仕事続けて」
 彼女の一声で事の次第を呆然と見守っていた他の従業員や客が少しずつ動き出した。
「ごめんなさいお騒がせして。こちらにどうぞ」
 俺の担当のにーちゃんも思い出したかのように俺をシャンプー台に迎える。
 ちっ、終わりか。
 俺は流されるままに向かう。
 シャンプー中もボブショートの怒る声と従業員の謝る声が何となく聞こえてきていたが、俺がまた元の座席に戻った時には止んでいた。
 チラッと左を向くと、彼女はぶすっと不機嫌そうに雑誌を読んでいる。
 俺だったらあんなことしておいて悠然と雑誌読むなんてできねぇわ。今すぐにでも出て行きたいわ。すごいな、あの子。
 そんなことを考えているうちにブローやセットは終わり、荷物や上着を受け取ってから受付へ。
「スタイリストカット三千四百円にシャンプー代五百円で、三千九百円になります」
 冷静に考えるとシャンプー代五百円っておかしいよな。
 と思いつつもきっちり勘定を済ませると、俺の横で待っていた担当のにーちゃんが名刺とポイントカードを渡してくる。
「~と申します。また次来ていただく際、良かったら指名してください」
 ふと店内を振り返る。
 ボブショートはいなかった。シャンプーをするために席を外しているのだろうか。
 先ほどの彼女の言動は、周りの従業員や客からしたら嫌悪されるようなものだったろう。
 迷惑な客が来たもんだ。こんな場所で大声で怒鳴ったりして成ってない子だ。そんな感じに、後で陰口を叩かれたりもするかもしれない。
 だが俺はそんな彼女に共感した。それは間違っていることなのかもしれない。所詮はガキの戯言、世間じゃ爪弾きにされる行為。
 けれど俺たちはまだ十五歳なんだ、大人げなくて何が悪い。子供の武力を行使することは俺たちの特権だ。それをせず諦めて大人しくしていることが大人になるということならば、俺らは大人なんかに絶対ならない。
 だからせめて俺だけでも彼女の味方になろう。
 ――だって、ボブショートの彼女は俺に与えてくれたのだ。
「……どうしました? どうぞ」
 担当のにーちゃんは訝しげに棒立ちしたままの俺を見る。
「いえ、もう来ないんで大丈夫です」
 そう言い捨てて、名刺もポイントカードも受け取らず、店を出た。
 ――言いたいことも言えない日本人すぎる俺に、少しばかりの勇気を。

 了
 冒険になんて行ったことはありませんが、たぶん行くのにはかなりの勇気と覚悟が必要なのでしょう。
 美容院には幾度となくお世話になりましたが、これもまた行くのに少しの勇気と覚悟が要りますよね。
 つまり美容院とは小さな冒険なのです……何言ってんの。

 ちなみにこの物語の後、高校の入学式で主人公とボブショートの彼女は出会うことになる、という裏設定があります。あるだけですけど。

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