社説:イラク空爆 米国が一歩踏み出した
毎日新聞 2014年08月09日 02時40分
米国がイラク空爆に踏み切った。複数の米軍機がイラク北部でイスラム過激派の移動砲台などをレーザー誘導弾で爆撃した。2011年に米軍がイラク撤退を完了して以来、初めての本格的攻撃である。
攻撃の前日(7日)、オバマ米大統領は緊急声明を発表した。「イラクに地上軍は戻さないが、限定的空爆で米国民の安全と利益を守る。避難民を救う人道支援も開始した」。これが攻撃予告だったのだろう。
声明にはイラク情勢への危機感とともに、イラク戦争の失敗を繰り返すまいとする警戒感がうかがえた。軍事行動を手放しで評価することはできないが、米国が事実上の静観から一歩踏み出し、イラク危機の打開に乗り出した点は心強い。
米軍機が攻撃したのは国際テロ組織アルカイダの流れをくむ「イスラム国」の攻撃拠点で、場所は北部クルド人自治区の中心都市アルビル近郊とみられる。同組織はアルビルを防衛するクルド人部隊をここから攻撃していたという。
オバマ大統領は声明で、同組織がアルビルに駐在する米外交官や軍事顧問に危害を及ぼす恐れがある場合は限定空爆を認めると述べていた。イラク政府軍を援護する空爆も容認する方針で、今後空爆の範囲が広がる可能性もある。
一方で大統領は「米国が再びイラクでの戦争に引きずり込まれることはない」と述べ、イラクの大規模な危機においては米軍の軍事行動は解決にならないと明言した。イラク国内の融和とイラク政府軍の強化こそ「永続的な解決法」になるという大統領の認識には共感できる。
だが、限定空爆だけで「イスラム国」の進撃を阻めるかどうかは疑問だ。米国は1999年、空爆だけでユーゴスラビアのミロシェビッチ政権を倒したが、この時は北大西洋条約機構(NATO)加盟国と連携して重爆撃を続けた。ユーゴ空爆とイラク限定空爆では比較になるまい。
スンニ派イスラム教徒主体の「イスラム国」はシリア内戦の過程で力をつけ、イラク北部から首都バグダッド方面にも勢力を広げている。復古的なイスラム主義を女性らに強制し、従わない人々の大量虐殺を行っていると伝えられる。
また、宗教的少数派を迫害し、クルド系のヤジディー教徒やキリスト教徒など多くの人が北部の山中に逃れて飢えや渇きに苦しんでいる。シリアでは内戦が続き、地続きのイラクではえたいの知れない「イスラム国」が膨張を続ける。中東に広がる無秩序状態は世界の不安定要因になっている。オバマ政権が「行動する責任」を自覚し、人道危機などの解消に踏み出したことを歓迎したい。