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時論公論 「選挙制度改革・岐路に立つ参議院」2014年08月08日 (金) 午前0:00~
太田 真嗣 解説委員
最高裁判所から「違憲状態」と厳しく指摘された、参議院の選挙制度の改革をめぐる議論は、近く具体案の取りまとめ作業に入りますが、各党の意見の隔たりは大きく、依然、出口が見えない状況です。今夜の時論公論は、制度改革の議論の問題点と、参議院のあるべき姿について考えます。
参議院の選挙制度は、都道府県を1つの選挙区として行われる『選挙区選挙』と、全国単位の『比例代表選挙』の2本柱で出来ています。このうち、焦点となっているのは、1票の格差が問題となっている選挙区選挙の取り扱いで、これまでに各党の意見がほぼ出揃いました。
細かい違いはありますが、意見は、おおむね、当初から念頭に置かれていた2つの案に収斂されつつあります。それは、都道府県単位の選挙区をできるだけ残しつつも、格差を減らすため、人口の少ない県を合わせて1つの選挙区とする『合区』を作る案と、逆に、都道府県単位の選挙はすべて無くし、全国をいくつかの地域ブロックに分けて選挙を行うという『ブロック案』です。
合区案を支持する側は、「地方の声などといった、多様な民意を生かすのが参議院の使命で、都道府県から代表を選ぶ仕組みは必要だ」と主張しています。ブロック制は、すでに衆議院で導入されており、違いが分かりにくいほか、選挙区が広くなりすぎることで選挙運動も政党頼みとなり、議員の政党化が一層進むとしています。
一方、ブロック案を支持する側は、全て地域ブロックにすれば、格差の問題は、ほとんど解消されるうえ、「選挙区の定員が増えれば、いわゆる『死票』が減り、世論が選挙結果に正確に反映される」としています。そして、「合区による格差是正は、一時的で、人口減少が進むなか、すぐに限界が来ることは明らかだ」としています。
こうした主張には、政党の利害が密接に関わっています。選挙区で多くの議席を獲得している、『大政党』は、都道府県選挙区の維持を、党として一定の支持層を持ち、定員が増えれば議席獲得の可能性が高まる『中小政党』は、ブロック制の導入を主張しています。その背景に透けて見えるのは、「どちらが自分達に有利か」という思惑です。選挙制度がどうなるかは、政党の存亡や議員の生活に直結する問題だけに、各党とも簡単には妥協できず、現時点では、一致点を見出すのは極めて難しいと言わざるを得ません。
協議会は、お盆明けに再開し、来月初めにも議論を終えて、意見の取りまとめ作業に入りたいとしています。では、議論を前に進めるには、何が必要でしょうか。
それは、今回の議論の直接の出発点となっている、おととし、平成24年の最高栽判決が投げかけた問題を、もう一度、深く見つめ直すことだと思います。
先の最高栽判決は、参議院の選挙区で最大5倍の格差があったことを「違憲状態」とし、都道府県単位の制度の見直しを強く求めました。実際、直近の去年7月の選挙における最大格差は、4.77倍。同じく1票の格差が厳しく問われている衆議院の2.43倍と比べても倍近くにのぼっています。こうした状況について、判決は、「参議院選挙であるから、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見出し難い」と、厳しく指摘しています。
しかし、これまで最高裁は、衆議院には公平性を厳しく求める一方で、参議院については、5倍を大きく超える格差があっても、「合憲」としてきました。
それが、なぜ変わったのか。その理由について、判決は、時代の変化や様々な変遷を経て、▼衆議院と参議院の選挙制度が同質的なものになってきたこと、そして、▼国政の運営における参議院の役割が、これまでにも増して大きくなっていることを上げています。
戦後の国会は、▼衆議院が、『中選挙区制』、▼参議院は、都道府県単位の『地方区』と『全国区』の2本立ての制度という形でスタートしました。
その後、小選挙区比例代表並立制が導入され、衆議院も『小選挙区』と、地域ブロックによる『比例代表』を組み合わせた制度となりました。
一方、参議院は、衆議院に先だって全国に比例代表を導入したものの、都道府県単位の選挙という骨格は維持してきました。しかし、格差是正を行うため、人口が少ない県の定員を、人口の多いところに移し替えるという、場当たり的な見直しが繰り返された結果、47都道府県のうち、定員1人の小選挙区は、現在、全体の3分の2にあたる、31の県にのぼっています。実態として、判決が指摘するように、事実上、衆議院に近い、小選挙区中心の制度となっています。
また、第2院としての立ち位置も、大きく変わりました。特に、近年のねじれ国会のもとでは、総理大臣や閣僚に対し、問責決議が乱発されるなど、参議院を舞台に激しい権力闘争が繰り広げられました。総理大臣の解散権が及ばない「参議院の数の力」は、長期にわたって、影響力を持ち続け、当時の政権を揺さぶってきました。先の最高裁の判断は、まさに、こうした参議院の実態に着目したものだと言えます。
選挙制度も似ており、その役割にも大きな違いがないのであれば、判決が指摘するように、衆議院同様、参議院にも厳しい公平性が求められるのは当然です。
しかし、では、いまのありようのまま選挙制度を変え、格差をせめて衆議院並みにすれば良いのかというと、私は、到底、そうとは思えません。それは、「衆議院とは違う『独自性』を発揮し、第2院としての存在感を示す」という、これまで参議院が目指してきた姿とは、全く違うからです。
参議院は、「衆議院のカーボンコピー」などと批判され、長年、その存在意義をどこに見出すか模索し続けました。平成12年に議長に提出された、参議院の将来像に関する意見書は、▼衆議院の行き過ぎを抑制することや、▼足りないところを補完することなどを参議院の役割とし、「衆議院とは別の角度からの多様な意思を反映させ、衆議院と異なる機能を担うことに参議院の意義がある」と指摘しています。
巨大与党の誕生で、「国会審議の形骸化」や「行き過ぎた政治」への懸念も広まっているなか、そうした声は、さらに重みを増していると言えるのではないでしょうか。
▼独自性を取り戻し、『抑制と補完の院』として役割を果たしていくのか、それとも、▼現状を追認し、衆議院と同じ権限と役割を持つ『強い院』を目指すのか。
参議院は大きな分かれ道に立っています。
そのなかにあって、どちらに進むべきかを決断しないまま、制度論だけを進めていることが、選挙制度改革の出口が見えない最大の理由だと思います。
「選挙制度に正解はない」と言われます。それは、議会が持つ権限や役割、そして目指す姿によって、ふさわしい制度が変わってくるからです。大事なのは、まず、参議院の立ち位置とあるべき姿を明確にすることではないでしょうか。そのうえで、党利党略を乗り越え、参議院自らが、一番ふさわしい選挙制度を選択できるかどうかが、いま、厳しく問われているのだと思います。
(太田真嗣 解説委員)