スイス連邦憲法には感嘆符(!)がある。およびスイスの「議会統治制」について。
スイス連邦憲法には感嘆符(!)があるってことを高橋和之編「新版 世界憲法集 (岩波文庫) 」を読んで知ったのでメモ。一応ソースとなるスイス連邦官庁ホームページの憲法全文(英語)も確認して見たら本当にあった。
Preamble
In the name of Almighty God!
The Swiss People and the Cantons,
mindful of their responsibility towards creation,
resolved to renew their alliance so as to strengthen liberty, democracy, independence
and peace in a spirit of solidarity and openness towards the world,
determined to live together with mutual consideration and respect for their diversity,
conscious of their common achievements and their responsibility towards future
generations,
and in the knowledge that only those who use their freedom remain free, and that the
strength of a people is measured by the well-being of its weakest members;
adopt the following Constitution
「新版 世界憲法集 (岩波文庫) 」P402より
前文
全能の神の名において!
スイス国民及び州は、
被造物に対する責任を自覚し
世界に対する連帯及び開放の精神において、自由及び民主主義並びに独立及び平和を強化するために同盟を刷新することを決意し、
相互に配慮し、尊重しつつ統一の中の多様性の下に生きる意思を有し、
共同の成果及び将来世代に対する責任を自覚し、
自由を行使する者のみが自由であるということ及び国民の強さは弱者の幸福によって測られるということを確信し、
次のとおり、憲法を制定する。
ビックリマークがあるだけでそこはかとなくもぞもぞした微笑ましい気持ちになるけど、さすがに名文。とくに「統一の中の多様性の下に生きる意思」「国民の強さは弱者の幸福によって測られるということ」というあたり。
また、スイスは「議会統治制」と呼ばれる、独特の制度を採っていることで良く知られている。
『内閣(行政権)は議会に従属し、両者の間にチェック・アンド・バランスの関係は否定される。しかし、この体制を正しく理解するには、内閣(行政権)と議会の関係だけでなく、議会と国民の関係まで射程に入れる必要がある。議院内閣制の場合は代表民主制の下における議会と内閣の関係であるが、議会統治制は直接制的な制度を基礎とするのが通常で、建前上は議会が国民に従属するか、少なくとも国民の最終的決定権が制度的に担保されるのである。』(P34-35)
制度的によく似ているのがソ連で、ソ同盟最高ソビエトが最高権力機関として立法権を独占し、執行権はソ同盟最高ソビエトに従属するソ同盟大臣会議に従属、勤労者を基礎としてピラミッド状に積み上げる体制だったが、ソ連の場合には社会主義的所有、自由権の制限とともに共産党独裁によって権力集中をもたらしていた。他の旧社会主義国でも同様だった。スイスの場合にはむしろデモクラシーの深化によって成立した国民の意志を強力に反映させる仕組みとしての体制で、行政権は憲法上制限されているが『その実態においては、行政権が事実上の自立性を持ち政治のリーダーシップを発揮している』(P35)という。
国民の最終決定権の制度的担保として、他国に類を見ないほどの幅広い分野に渡る国民投票が「第一四〇条 義務的国民投票」「第一四一条 任意的国民投票」で定められている。
P433-434
第一四〇条 義務的国民投票
(1)次の各号に掲げる事項は、国民及び州の票決に付される。
a 連邦憲法の改正
b 集団的安全保障のための組織叉は超国家的共同体への加盟
c 憲法上の根拠を有せず、かつ、その効力が一年を超える緊急であると宣言された連邦法律。当該連邦法律は、連邦議会による承認から一年以内に票決に付されなければならない。
(2)次の各号に掲げる事項は、国民の票決に付される。
a 連邦憲法の全面改正に関する国民発案
aの2 削除
b 連邦議会によって拒否された一般的な提起の形式による連邦憲法の部分改正に関する国民発案
c 両院が一致しなかった場合には、連邦憲法の全面改正の可否第一四一条 任意的国民投票
(1)五万人の投票権者又は八つの州が公布から一〇〇日以内に要求した場合には、次の各号に掲げる法令は、国民の票決に付される。
a 連邦法律
b その効力が一年を超える緊急であると宣言された連邦法律
c 連邦決議。ただし、憲法又は法律が国民投票を予定している場合に限る。
d 次に掲げる国際条約
1 無期限であり、かつ、廃棄することができない国際条約
2 国際機構への加盟を定める国際条約
3 法的規律をもたらす重要な規定を含む国際条約又はその実施のために連邦法律の制定が必要である国際条約
(2)削除
これらは投票者の過半数の賛成で成立する。
一般的な成文憲法の場合、三権分立に基づき諸政治権力を統制するルールを定めることで権力の根拠となる授権規範であるため、改正の手続きを厳しく定める硬性憲法とすることで憲法を最高規範たらしめる。これに対してスイス憲法の場合には、憲法改正は投票者の過半数とかなりハードルが低いが、憲法改正だけではなく法律の制定改定・条約の締結などに至るまで国民投票で決することで国民を最終決定権者とし、その一方で制度的には行政権を議会に従属させてその自立を認ないことで権力の暴走を防ぐという構成になっているわけで、これはこれで一つの憲法のモデルだ。
憲法を改正しやすくするということは憲法の最高規範性を少なからず低めることになるから、あらためて権力の暴走を防ぐ相互牽制機能の強化や国民主権の制度的担保を再考することが重要となる。実態として国民の意思が反映しにくく諸権力の相互牽制が形骸化している日本の制度下で憲法の最高規範性まで低めるのは現実的ではないと思うよ。
このあたり、同書では議会と内閣との関係は歴史的には「絶対君主政→制限君主政→二元型議院内閣制→一元型議院内閣制」という歴史的展開図式を辿ってきたという経緯を背景とした、英国で見られる内閣不信任制度と解散制度が対抗する一元型議院内閣制の次の段階の、議会と行政権の関係モデルの一つとして例に出されていて興味深い。人口780万人と手頃な規模で、かつある程度市民社会が成熟しているスイスならではという感じではあるが、一方で米国などにみられるような行政権の優越によって「行政権が統治し議会がコントロールする」(P30)行政国家化という変化が主流な中で統治構造を考えるヒントになりそうだと思う。そういえば一時期ネットを通じた直接民主制うんぬんの議論が盛り上がっていたけど、そのときは「議会統治制」を参照するような意見は見かけなかった気がするな。
日本国憲法もどっかに!つけたらスイスっぽくなるかと思ったけど、前文は一文一文長いのと格調高いけど言い切る強さがある文章とはちょっと違うので無理があった。むしろ?つけてみた方が実情に合いそうではある。憲法改正論議がいつのまにか語尾にビックリマークをつけるかどうかで紛糾し保守派は第一条に、左派は第九条にビックリマークをつけることで譲らず、他の条文そっちのけで国民投票にかけられるも、国民が選んだのはwだった・・・みたいな展開を妄想して遊んでみる。
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