2014-08-09
日本の半導体やエレクトロニクスが何故負けたか。皆がやっているから始める、皆が止めたから止める。こんなことの繰り返しでは勝ってこない。事業も人生も逆張りでなきゃ。
東芝をやめて大学に移ってから7年が経ちました。大学に移った当初は全く研究資金が無くて金策に走る毎日。そうしているうちに助けて下さる方いて、何とか研究室を立ち上げることができました。
当時はまだ日本の半導体はそれなり頑張っていたので、半導体産業への期待という意味で国家プロジェクトが立ち上がり、その恩恵も受けました。
おかげさまで研究室が立ち上がり、研究スタッフも集まり、多くの方のご支援のおかげで、自分では思ってみないほどの成果をあげられました。
まさか毎年ISSCCで発表できるなんて、思ってもみませんでした。
研究はとても好調ですが、実は今、予想外の逆風にさらされています。
自分の研究は順調だし、古巣の東芝のフラッシュメモリ事業も絶好調、ビッグデータを蓄えるストレージ産業も絶好調。自分の周辺だけは何の問題もありません。むしろ、状況は良くなる一方。
ところが、気付くと、周囲の他の日本の半導体やエレクトロニクス、電機メーカーがずっこけて、撤退が相次いでいます。
「もう日本の半導体はダメだ」
「日本人はエレクトロニクスはむいてない」
などと、撤退して至った方々が言い出す始末。
そんな中、日本の中では数少ない好調を維持しているフラッシュメモリやSSD。私にも「どうすれば日本のエレクトロニクスが復活できるのか?」という類の講演を良く頼まれます。そういう時に、
「日本の半導体がダメなわけではなく、エレクトロニクスが日本人に向いてないのではなく、単にやり方が悪かっただけ。現に、東芝のフラッシュメモリやソニーのイメージセンサは好調を維持しています。やり方さえ変えれば勝機がある。」
という話をすと、同業者の大先輩方から袋叩きに遭うのですよね。
やり方を変えるというのは、意思決定者を変えるということですから、自分の立場が危うくなる。
反発はほとんど感情的で、最後は「竹内は生意気だ」くらいで終わる。
人を招待しておいて、招待した人から袋叩きに遭うので、不思議なものです。それなら呼ばなければよいのに。
そういう半導体やエレクトロニクスから撤退して行った人達は、日本では半導体が向いてない、ということで、ご自身の失敗を正当化したいんでしょうね。
そんな時に、「やりようによっては勝てる」などと私が言うと、困るのでしょう。
半導体は設備投資型の産業だから人件費はあまり関係ありません。そもそも日本人のエンジニアの給料は世界的に見ても安い方じゃないですか。半導体を日本ではできない理由なんて、ないでしょう。
まあ、こうして悪口を言われるくらいなら大した害も無いのですが、最近はそういうかつての半導体・エレキの大先輩方が率先して、「日本の電機はもうダメだ」と仰ること。
例えば私が資金調達のための研究提案を出しても、「どうせ半導体はダメだ」と十把一絡げにして叩き落される。
「いや、フラッシュメモリやSSDはソフトとハードを連携さえて勝ってきました」
「これからも工夫と戦略次第では勝てる」
なんて言っても聞いてもらえない。
理屈の問題ではなく感情の問題だからいくら論理的に説明しても無駄で「お前は生意気だ」くらいで終わります。
確かに、フラッシュメモリなど一部の強い企業以外では、日本の半導体産業では携帯電話のCPUなどに使われるシステムLSIは壊滅的な状況で、メモリも生き残ったのは東芝だけ。
ただ、負けたには負けた理由があるのです。多くの場合は、アメリカ企業など先行企業が始めた事業がうまく行きそうになると、競って参入する。
しかし、先行企業を追い越せる技術も事業をまわすためのエコシステムも作れずに、最後は皆で撤退する。
そういう方々が、「これからはエネルギー(パワーエレクトロニクス)だ」なんて仰っているのを聞くと、また同じことを繰り返すんだなあ、と思ってしまいます。
先行者を追い越すには、卓越した戦略なり技術なり、先行者を凌駕するほどの桁違いの資金力なり、何らかの競争優位が必要です。それもなく、何となく流行っているから参入するでは勝てっこないでしょう。
私が大学を出てから30年が経ちます。振り返ると、最初の10年では皆がダメというフラッシュメモリの立ち上げに携わりました。
事業が立ち上がり始めると、それまでは「できっこない」と言っていた人たちが手のひらを返して参入してくる。
ただ、そういう流行で入ってくるような人たちは、やがて負けて撤退していきます。
そして、今では「日本では半導体はダメだ」と言い出す始末。
いや、あなたが勝手に失敗しただけじゃないですかね。
困ったことは、そういう方々が社会のあらゆるところの意思決定に近いところに居たり意思決定者だったりして。この国ではマジョリティにならなければ、資金も得られない。
これは完全に年功序列の弊害ですね。
失敗の原因を作った人が、若い現場の人をリストラする一方、自分は失敗の責任を取らずに担当事業を変えて組織の中に生き残り、意思決定者となる。
そういう人に何を言っても無駄であり、日本で研究を続けるのは無理でないかと、かなり絶望的な気分になっていました。
ところが、頑張っていると、ありがたいことに救いの手は現れるもの。
昨日までシリコンバレーのど真ん中、サンタクララで開催されたフラッシュメモリサミットに参加してきました。これまでの我々の成果を高く評価し、資金援助のオファーを海外企業からいくつか頂きました。
まあ、成功している海外企業はがめつい(だからこそ成功している)ですから、実際はどうなるかわからないですけどね。
規模は違うかもしれませんが、東大発でロボット開発を手掛けるベンチャーのシャフトが日本で資金を得られず、グーグルに買収された(買収してもらった)という状況に似てるかもしれません。
海外企業に買収されてから、「日本の技術の海外流出」とか騒いでも手遅れです。もし日本に留めておきたい技術ならば、なぜ、今まで日本が支援しなかったのか。
話は戻ってフラッシュメモリサミット。
参加者は4500人と過去最高で、昨年の3400人から急増したそうです。フラッシュメモリというかなりマニアックな技術にこれだけの参加者というのは、本当に驚きです。
フラッシュメモリは日本発の技術で今でもメモリ自体は日本が強いですが、アプリケーションでは完全に遅れています。
ITサービスを展開しているグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトなどは膨大なストレージを必要としています。
高速なフラッシュメモリをデータセンタのストレージに使うことで、彼らのサービスにリアルタイム性を持たせることができる。
つまりフラッシュメモリ技術の進化が彼らのサービスの向上に直結する、こうしたITサービス企業がフラッシュメモリサミットに参加しているのです。
ITサービスの成長がフラッシュメモリというハードの成長を支えているという好循環。
日本はその逆の悪循環。現在の私の日本での苦しい状況というのは、半導体のみならず、日本のITサービスが弱いことの裏返しかもしれません。
シリコンバレーでの猛烈な盛り上がりに、日本で悩んでいるのが本当にバカバカしくなりました。
結局、事業だろうが個人のキャリアパスだろうが、皆と同じように流行にのって動いていてはダメでしょう。
人生は逆張り。
誰に何と言われようが、自分が信じる道を進んで行く。もしそれが正しい道ならば、世界の誰かが支援してくれる、と思ってやるしかないです。
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