1925-1980-1996
調査規定
一、京橋から新橋までの間を調査区間とす。
一、歩道の上だけを調査の舞台とす。
一、主として西側を調査す。
一、調査区間を20分の速度で歩くこととし、その途上において前方より歩み来 る人のみを調査の対象とし、立停る人、追ひ越す人その他一切を調査に加へず。
一、採集カードには、調査事項の分類絵、日時、調査者の歩ける方向(北行あるいは南行)および調査担当者の名を記入する。
『モデルノロヂオ』(今和次郎著 1930 春陽堂刊)より
1996年銀座街 風俗調査について |
銀座の人出 | 銀ブラ族の身分 | 東西人出比較 | 男女比の推移 |
めがね | 男のコート・上着 | 女性の服装 | 男性の携帯品 | 女性の携帯品 |
履 物 | 髪 型 | 髭 | 化粧 | 上目、伏目、タバコ 携帯電話…… |
◆ 今和次郎・吉田謙吉ほか
1925年5月7日(晴後曇) 9日(雨後晴、ぬかるみ道) 11日(薄日、ぬかるみ道) 16日(曇ときどき晴) 気温15度前後
(「婦人公論」1925年7月、『モデルノロヂオ』1930年・春陽堂)◆ 堤浩子
1980年12月16日(晴) 17日(晴) 18日(晴後曇) 21日(晴) 厳寒◆ 武蔵野美術大学短期大学部生活デザイン科
1996年10月29日(快晴) 30日(快晴) 気温25度前後
酒井道夫 金子伸二
黒澤理恵 河野桃子 石井悠理 塚田康裕 太田謙二郎
大柳美和 有澤法子 望月綾子 安藤裕美 廣井香織
柴崎哉子 佐藤梨代 佐藤祥子 飯田直美協力:松本事務所(松本弘・前多令子)
今和次郎による銀座街風俗調査を、できるだけ当初の方法にしたがって再度試みようとしたのは、とかく考現学がその場限りの面白おかしい風俗報告で、学問的寄与にはほど遠いとして片づけられ続けてきたことにささやかな抵抗をしてみたかったということか。
学問的寄与はともかくとして、70年という時間経過の結果が何をもたらしているかを端的に捉える手がかりが得られれば、今回の目的はある程度かなえられたとしたい。
ではそれが実際にかなえられたかと言えば、さほど胸を張って「はい」といえるほどの自信のある結果が得られたともいえないのが実状である。
その原因は、私たちの調査が急ごしらえな、そしてあまりに未熟な集団によって行われたこともあるが、一つには、もともとの方法自体にかなりの無理があったこともあげておかざるを得ない。この点の詳細については、機会があれば再度の調査を行う際の知恵袋に納めておかねばならないが、それは無論、単純な科学的方法論の名の元に今和次郎等の手法を批判しさるものであってはならない。1925年の調査は厳然として残るものであって、それは時間を経過するほどに価値を増していく。これをどう咀嚼し、方法論のなかにどう位置づけていくかによって、今後の考現学がその存在のあやうさを脱却し得るかどうかにかかっているのだろうか。しかし、一面で、考現学はそのあやうさにこそ魅力があるのだからややこしいのだ。
さて、1997年の調査は、10月29、30日におこない、快晴下、気温は25度くらいだった。
1925年の調査が、5月上旬の曇天、ぬかるみ道、気温15度くらいというのとはかなり条件が異なる。この日取りは、調査集団の属している大学の学事予定から位置づけられた、どうにも仕方のない割り振りであった。しかし、例年ならば立派に気温15度前後にはなっているはずの時期で、現にこの前々日までは寒波襲来で大いに寒かったのである。25度というのは全く思惑はずれの事態であったことを記しておきたい。
補足資料として提示した、堤浩子による1980年の調査は、12月の厳寒下でおこなわれた。一人だけでおこなった個人調査なので(熊本の調査には協力者あり。「髭調べ」)一部を定点調査によっている。
そんなわけで、気象条件が三様あるという結果になってしまい、服装、履き物の比較のためにはきわめて大きな弱点となっていることをあらかじめ断っておかなくてはならない。個々の事例についてはその都度言葉を補うとして、あらかじめもう一つ断っておきたいことは、この調査が主として20才前後の短大一年の女子生によっおこなわれたものであること。デザインについては全くの初学者集団であるが、その感性についてはきわめて率直で生気溌剌たる目と行動の結果である。
ただ反面では、今和次郎、吉田謙吉、安藤更生、服部之総といった面々(煮ても焼いても食えないとは言うまいぞ)とは極北に位置する集団なので、その生活歴の乏しさからくる観察眼の狂いは覆うべくもないはずである。その点、ひとえにご容赦願いつつ、一方で、明日を託すべき若者達の可能性を育みつつ今後の成長をご期待いただければ幸いである。
教育者としての老婆心から、さらに一言つけくわえるなら、考現学調査は初学者が徒手空拳で臨んでも多大な手応えを覚えるまたとない機会である。今回これに臨んでくれた彼女、彼達が遅からず社会参加し、きわめて着実で誠意に満ちた仕事で世に応えることを確信するものである。
酒井道夫