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 「核兵器廃絶と平和の実現に向け、世界の人々と共に力を尽くす」。松井一実・広島市長が平和宣言を読み上げると、例年通り「平和の象徴」のハト約1千羽が空を羽ばたくことになっていた。ところが、今年は43年ぶりの雨。放鳥は見送られた。

 下手敏雄さん(69)はその様子を、式典会場から20キロほど離れた広島市安佐北区の自宅のテレビで見つめた。日本伝書鳩協会などの会員が無償で貸し出した1千羽のうち、約40羽は自ら手塩にかけて育てたハト。前日の5日夕に原爆死没者慰霊碑の横にあるかごの一つに入れていた。「平和の式典にハトは欠かせない。来年に期待します」と少し残念そうに語った。

 原爆が落ちた時、下手さんは生後6カ月だった。母によると、勤労奉仕に出ていた父を捜すために母と兄の3人で市内に入り、入市被爆した。再会した父はすぐに死亡。兄も2カ月ほどして亡くなった。