陣内忍の黙示録 A面 OP_code”Personal_apocalypse”.
?(3rd person Day??/?? ??:?? - ??:??)
「ロスト、バゲージ? ……は? つまり、その、何だ。見失っちまったっていうのか!? あの『荷物』は最高機密だぞ!!」
「なくなってしまったものは仕方がない。喚いたところで『荷物』が出てくるのか?」
「それほど大事なものを、どうして手荷物で機内に持ち込まなかった? これは正式に報告させてもらうぞ!!」
「そんなにヤバいものだから、手元に置いておきたくなかったんだ! 国内線だからって舐めてかかって痛い目を見た同僚はたくさん知ってる!!」
「よし、分かった。諸君、冷静になろう。輸送中の『荷物』は現場判断で民間人の旅行カバンへこっそりと忍ばせて輸送していた。その旅行カバンがロストバゲージで行方不明になった。ここまでは良いか?」
「旅行カバンは追跡できないのか?」
「発信機なんてつけたら傍受されていただろうよ。ちょっかい出してくださいって世界中に言っているようなもんだ」
「つまり」
「『荷物』がどこの空港に向かったかは誰も分からない」
「航空会社も馬鹿じゃない。じきに発見され、民間人の学生へ連絡が入るだろう。その学生が旅行カバンを受領するまでは手出しができん」
「誰かが身分を偽って、横から旅行カバンを回収する事は?」
「派手な動きをして目立ちたいのか? 『荷物』の存在が露見するリスクが発生するが構わないんだな?」
「……くそ」
「そういう事だ。残念ながら、もうこうなったら神様にでも祈るしかないな」
2(Day10/03 20:30 - 21:20)
「むにゃ……」
口元からなんか垂れたような感触で、俺は思わず目を覚ましていた。
感覚的にはわずかに遅れて、ざわざわがやがやとした喧噪が全方向から耳へ飛び込んでくる。
ここは確か……、
「忍」
状況を確認する前に、聞き慣れたグラマラス座敷童の声が聞こえた。
「……別に私を抱き枕代わりにするのは構わないけど、浴衣によだれを垂らすのはやめてちょうだい。ぶっ飛ばされたいの?」
「わはァお!!!???」
慌ててベンチから飛び跳ねるように起き上がったところで、右足のふくらはぎの辺りが不自然につった。硬い床の上を転がり、両手で爪先を掴んで手前に引っ張る事で何とか応急処置を施していく。
ようやく状況を思い出した。
そう、そうだ。ここは『金鉱島』とかいうインテリビレッジに隣接した国内フロート空港のロビーで、ロストバゲージした旅行カバンの行方がどうなったのか、職員さんからの連絡を待っていたんだった。ちなみに両親はさっさと旅館に向かってしまった。……ま、行方不明になってどこの空港へ流れていったか分かんない旅行カバンが、その日の内に発見されるなんて俺も思っちゃいねえんだけどさ。
……旅行の初日からトラブルとか、なんかバチでも当たったのかね。
今日は平日だけど、インテリビレッジの跡取り息子系には公然と学校と休む口実ってのがある。教科書と黒板使った詰め込み教育よりも、親の仕事についていって家業の勉強をする方が有意義だ、って思われている節があるからだ。
つまり、今回の旅行も『親の仕事』のついでって感じだった。
当然、親と一緒じゃやれる事も限られちまうってのがマイナスだが、でも『みんながお勉強している中で公然と学校を休める』のはやっぱり解放的な気分にしてくれるもんだ。
「今日はもう駄目そうね。このままだと格安航空の空港寝泊まり組と一緒に一夜を明かす事になりそうよ」
「……仕方がねえな。ケータイの番号だけ職員さんに教えておくか」
「別に、カバンの中に見られて困るものが入っていた訳じゃなかったんでしょう?」
「馬鹿言え、自慢の勝負パンツが入ってんだよ」
妙に背筋をピンと伸ばし、『非は認めるけどゼッタイ謝らないからねっ!』という何ともアメリカンな空港職員と連絡先の交換を済ませると、俺は座敷童と一緒にフロート状の空港を出る。
グワッ!!!!!! と。
夜の闇を吹き飛ばすような、圧倒的な光の洪水が視界いっぱいに飛び込んでくる。
ネオン、ネオン、ネオン、ネオン!! 省エネ大国も地球温暖化も何のその、どこもかしこも『クリスマスでやり過ぎちゃった家』みたいにビッカビカに輝いている。トランプ、ルーレット、バニーガール、そして札束や金貨袋。電飾看板のモチーフとされている記号性は、いちいち一つ一つ追っていかなくても、ある特徴が存在するのは誰でも分かる。
つまり、
「日本のベガス、カジノ特区『金鉱島』へようこそ!!」
空港の敷地を出て三歩で声を掛けられた。
ダックスフントみたいに胴体がやたらと長い、真っ白なリムジンの側面。そこに背中を預けている運転手のおっさんだ。
「今日はどちらまで? 見たところガキンチョっぽいけど、座敷童なんて連れ回しているって事は相当のボンボンだろ。どこで遊ぶか迷ってるなら一通り案内しようか? カジノ特区の公営ギャンブルは年齢制限がねえからな。『試験的制度』の抜け穴に乾杯だ!」
「あー……旅館まで行きたいんだ。でも細長い車ならバスで十分」
「そんな貧乏臭せえ乗り物が走ってると思うのか? ここは日本のベガスだぜ。俺がケツ預けてんのが最低価格。ここならヘリだってクルーザーだって珍しくない。なあに、リムジンだって送迎だけなら普通のタクシーとそう変わんないよ。初乗りは八〇〇円、三〇〇メートルごとに一二〇円ずつ。実に良心設定、だろ?」
「確認するけど、白タクじゃねえよな?」
「後ろ回ってナンバープレート確認しなって、ちゃんと緑色だから。大丈夫だ、島中ぐるぐる回って何万円も請求するような悪徳業者じゃねえから。なに、こういうの初めてなの? ガッチガチじゃーん」
島自体は小さなもので、あちこち立ち寄らねえ限り値は張らねえはずだ。地図で見せてもらった旅館までは、一〇〇〇円札一枚で到着できるだろう。
「分かった、負けたよ。ただし今財布には二〇〇〇円しか入ってない。メーターがそれ以上進まねえ内に旅館まで運んでくれ」
「はははっ、ガキの小遣いかよ!!」
「親の旅行についてきたってのは否定しねえが、何よりロストバゲージしちまったんだ。荷物のほとんどはどっか別の空港に飛んで行っちまったよ」
真っ白なリムジンの後部座席に、座敷童と一緒に乗り込む。なんか映画で観るような夢空間が広がっているが、小型冷蔵庫を開けようとは思わなかった。ドア開けただけでいくら取られるか分かったもんじゃねえし。
はるか遠くにある運転席から、おっさんが声を掛けてくる。
「お客さんどちらまで?」
「えーと、『金鶴亭(かねづるてい)』って旅館まで」
「イチャイチャするなら、これ、この、スモークの仕切り閉めて密室にしちゃう事もできるけど?」
「開けたままで良いよ余計なお世話だ」
意外と乱暴な走り出しで夜のカジノ街へ滑り出す純白リムジン。窓の外へ目をやると、そのまま爆発しそうなネオンに照らし出されて、あちこちにヤシの木が立っているのが分かる。
「九州ってもう南国なんだよなあ」
「泥まみれの金山も大きく変わったよ。今じゃ観光の方がウェイトは大きいくらいだ。『重巡島(じゅうじゅんしま)』なんて呼ばれていた頃の廃墟群なんかも人気のスポットらしいし」
「なんかのゲームの舞台になったんだっけ?」
「ゾンビものだよ。何でああいうのって海外だと馬鹿ウケすんのかね」
カジノの街だからか、あっちこっちに普通の街では絶対に歩けない服を着た人達が行き来している。客寄せのバニーガール、派生形としてネコミミ? 礼服にドレスを纏う紳士淑女の皆様に、後は……、
「な、何なんだ? アメリカ辺りのグラビア雑誌にでも出てきそうな、やたらケバケバしいミニスカートの女性警官がたくさんいるけど」
「ありゃ警官じゃなくて武装警備員だよ。腐ってもインテリビレッジだ、今さら警察の権限増幅なんか誰も望まねえ。でもって商売ってのはどれもこれもお客様のニーズに応えるもんだ。黒革のブーツで踏まれたいヤツは思ったよりも多かったって事だろ」
……と、さっきからインドア妖怪が物静かになっている。得意の人見知りスキルでも発動したかと思ったが、そういう訳じゃねえらしい。
「……あー……こう、ギンギラしたのってあんまり好みじゃないのよね。全体的に頭が重い……」
「一応、この島もインテリビレッジに指定されてんだけどな」
「どの辺が……?」
「島の裏側は昔ながらの金山みたいだし、そっちまで回れば気分も良くなるんじゃね?」
妖怪は都会を嫌う、って習性については、人間の俺にはどうやったって想像するのが手一杯だ。実感なんて湧かない。何となく、乗り物酔いとか、風力発電のプロペラが生み出す低周波がダメなんです、みたいなのを想像してんだけど。
と、運転手のおっさんが振り返らずにこう言った。
「そうそう、お客さん、気をつけなよ」
「何が?」
「べっぴんさんの座敷童連れ回すのは良いけどさ、妖怪ってのは基本的にカジノの出入りは禁止なんだ。こっそり中に連れ込むと、それだけでイカサマ疑惑を持たれちまう。妖怪の摩訶不思議な力があればやりたい放題だからな」
ほれ、と運転手は親指で窓の外を指し示した。
つられてそちらへ目をやると、カジノの出入口から出てきたダークスーツの警備員が、何かぬいぐるみのようなものをいくつかポンポンと歩道へ投げ捨てているのが見えた。
いや、違う。
「何だありゃ? タヌキとキツネと……」
「最後の一匹はムジナだろ。ああいう風に摘まみ出されるのは可愛い方だ。下手すりゃ口に出すのも憚られるような目に遭っちまう」
「……カジノ特区って、『大きな犯罪組織』とかが関与できない枠組みを決めるためのテストもしていなかったっけ???」
「だったら? 怖いのは昔ながらの怖いお兄さんだけとは限らんのよ。そもそも日本のベガスは『試験的制度』だからな、何事も完璧とは呼べんのだ」
うー……と傍らの座敷童が低い呻き声をあげる。うるさい頭に響くちょっと黙れ、のサインらしい。
中型のチャーター機くらいなら着陸できそうな広い道を突き進むと、純白リムジンはカジノ街を抜け、島の裏側へと回り込んだ。
光が。
一気に、消える。
まるで空間一面にべったりと墨汁を塗りたくったような、黒一色の世界。ぶっちゃけ、こちらもこちらで満天の星空とか蛍の光とか見所はあるんだろうけど、あの眩い光に慣れてしまった俺の目には、そういう繊細な光の芸術は捉えられなくなっていた。全体的にはパイナップル的というか、『はっぱ水着』でも作れそうな南国の木々でいっぱいだけど、所々に楓や銀杏なんかも混じっている。ただ、それらもひっくるめて『山盛りの真っ黒な影』って感じだ。
一方、先ほどまで二日酔いみたいにうーうー言っていた座敷童が、何やらキリッとした顔になっていた。
「シャッキリした」
「あーそー。しっかし同じ島でも場所によってここまで雰囲気変わるかね。街灯の一つもなし。あっちに並んでいるのって何なんだ? 廃墟???」
「『重巡島』なんて揶揄されていた頃の集合住宅とか劇場とかじゃないかしら。運転手の言葉を信じるなら、日本全国の廃墟マニアを呼び寄せる貴重な観光資源ってヤツよ」
仕事の一環なのか、おっさんは俺達の疑問にいちいち解説を加えてくれる。
見た目はボロボロの廃墟の群れだが、実際には安全に見学できるよう、合成樹脂やら何やらで徹底的に補強しているらしい。同時に、かなりの数のセンサーと人員を投入して、馬鹿な酔っ払いがスプレーアートに挑戦しないよう見張ってもいるとの話だった。
「……あれがカジノと並ぶ二大巨頭って言われてもなあ」
「マニアってのは確実なリピーターになるからな。好きなもんのためならいくらでも金を出す人種だし。馬鹿にできねえのよ?」
「全くイメージできねえ……。カジノ区画にホテルを置いてはいけない、宿泊施設はみんな島の裏側に、って決まりだって、不公平を解消するためのもんじゃねえの?」
この『金鉱島』はフロート状の空港と港湾ブロックを除いた『本来の大きさ』だけなら、一周およそ五キロの小さな島だ。中央に金山、外周の沿岸部は大きく分けてカジノ街と地元民の住む鉱山街に分けられる。空港はカジノ側、港は鉱山側に属する。さっき話に出ていた廃墟群は、山側の麓近くをぐるりと囲むように乱立しているって訳。
「着いたぞお客さん。『金鶴亭』で良いんだろ?」
「わお。なんかメチャクチャデカいな。これ本当に職人が手で作ったの?」
「手間暇だけならどこぞの城もびっくりだってよ。『金鉱島』じゃ一等は旅館、二等は停泊中の豪華客船、三等はレンタルしたクルーザーって話だからな。親御さんに感謝しなよ。マジで一生もんの思い出だぜ、こんなの」
3(Day10/03 21:20 - 21:45)
とりあえず旅館の中に入る。
レトロなアーケードゲームだの卓球台だのは置いていない。
あちこちでパタパタという軽い足音が聞こえたり、子供の笑い声みたいなのが微かに聞こえるが、音源は何だかあやふやだった。
きっと、人間のものじゃない。
応対する中居さんとかも、うちのインドア妖怪を見ても少しも驚く様子がねえし。
「これ、全部座敷童だろ。儲かってんなあ……この調子だと下手すりゃダース単位で居着いているんじゃねえのか?」
「臼挽き童、蔵ぼっこ、のたばりこ。みんな座敷童の亜種だけど、本家元祖の私とは『格』が違うのよね」
「あん?」
「座敷童って有名な妖怪だから、近似、類似する妖怪が片っ端からひとくくりにされているのよ。発生や出自一つ取っても、間引きされた赤子の集合体から河童や貉(むじな)が変化(へんげ)して棲み付いたものまで色々あるもの」
「……俺にはお前の方が変種っつーか、イレギュラーな座敷童に見えて仕方がねえんだがな」
中居さんの案内でやたらと長い板張りの廊下を進み、目的の部屋の前まで辿り着く。中居さんが良く分からん作法に則って機械のように襖へ手を掛けようとするのを片手で制し、自分でスパンと大きく開く。
地獄絵図が広がっていた。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!! せーかーいーがー、ぐーるぐる回るうー……」
「……、」
いつもは寡黙な父さんが、寡黙なまんま、ぐでんぐでんに酔っ払った母さんの手でメチャクチャに振り回されていた。座卓と言わず畳の上と言わず、あっちこっちにナッツやスルメが散らばっている。すっかり空になった一升瓶がそこらじゅうに転がっていた。ああ、『赤浴衣』に『黒髪美人』。どうも自前で持ち込んだ純米大吟醸を空けていたようだった。
父さんの首に腕を回して抱きついたまま、赤ら顔の母さんは頭をふらふらと揺らしながら、
「んー、おー……忍? もう夕飯下がっちゃったからご飯抜きっぽいぞお?」
「げえ!?」
「旅館はホテルと違って、食事は決まった時間に『やってくる』ものだからねえ。厳守しないと食いそびれるって訳。あれ? どっか行くの???」
「床に落ちてるナッツやスルメじゃ腹は膨らまねえだろ。そうと分かったらどこかで食い物探すしかねえ。……この辺って、コンビニくらいあるよな?」
「知らなーい。入口近くに売店あったと思うけど。おにぎり一個二五〇〇円だって。具なしでこれだよ、梅干し一個で値段が倍以上に膨れ上がる。さっすが観光地だねえ」
「……インテリビレッジって、深刻なインフレでも起きてんじゃねえのか?」
言うだけ言うと、再び部屋を出て通路へ。一瞬、寡黙な父さんが救いを求めるような目でこっちを見ていたような気がするが、あそこに割って入るほど親不孝なつもりもねえし。
「で、何でついてきてんのグータラ妖怪」
「カジノ行くんでしょ?」
ビクゥ!!!???
「……ざ、座敷童さん? どうしてそんな結論に?」
「ご飯抜きって言われた割に落ち込んでいない。もっと気になる事がある。おあつらえ向きに、夜の外出でも怪しまれない口実をもらってウッキウキ。で、親に内緒で楽しめる、お外にある遊興施設と言ったら?」
「分かったよ、黙っててくれりゃ文句は言わねえ。でも超常使う妖怪ってカジノの中は立入禁止だぜ。幸運を招く座敷童なんて真っ先に警戒されるぞ。外で待っているだけで何が楽しいんだ?」
「何を言っているの。あなたがすっからかんになって途方に暮れる顔を見れるなら十分じゃない」
「……お前、確認するけどホントに種族は座敷童だよな?」
「座敷童って、絵本にあるほど無害な種族じゃないのよ?」
インドア妖怪は軽く肩をすくめて、
「でも、財布の中にいくら入っているの。カードの限度額も大した事ないでしょう。スロット一回回せるかどうかも怪しくない?」
「そこは調べてる。初めてのお客さんには三万円分のチップを無償で渡してくれるビギナーズラック制度ってのがあるらしい。ただし、店を出るまでにその三万円分を使ってもらうのが条件らしいけど。負けてもチャラだし、儲けた分は財布に入るって寸法だ」
「……ギャンブルの味を舐めさせて、後からどっぷり漬け込むための施策じゃない」
「どっちみち、二、三日でこの島を離れるんだ。パチンコや競馬と違ってどこでもできるもんじゃねえ。依存症になるような機会がそもそもねえだろ」
一応、旅館の売店を覗いてみたが、すぐに顔をしかめて退散した。普通の自販機で売っている缶ジュースが一本で一〇〇〇円以上する。どうも食材が豪華だからお高くついている、っていう『今時の田舎』特有の話でもねえらしい。ここの商品には値段に見合う価値はない。
「ご飯はどうする訳?」
「勝てばバニーガールつきの豪華な食事が待ってる。負けたら涙を呑むしかねえな。ちょっとは応援する気になったか?」
旅館の正面玄関近くには木製の立札があった。『VRカジノ都市「重巡島」も併設されております。パソコン、携帯電話、スマートフォンなどからどうぞ。―――金鉱島カジノ振興会』との事。
「『重巡島』って、さっきのタクシーでも出てこなかったっけ?」
「江戸とか邪馬台国と一緒で、古き良き時代という憧れの象徴なんでしょう」
「にしても、バーチャルカジノねえ。せっかくカジノの島まで来たのに、テレビゲームみてえにしちまって面白いのかよ?」
「現金の代わりに島内で使えるポイントをやり取りするみたいね。単位は『ギヤ』。大手のドラッグストアとかレンタルビデオとかネット通販とか、四〇〇〇万人以上が加入している化け物ポイントカードと提携しているみたいだから、ほとんど仮想通貨って呼んでも良いようだけど」
「おいグータラ……」
「ただ、このアプリ勝手に位置情報を送信するらしいのよね。カジノ特区の島内でしか遊べないようにするための仕組みでしょうけど、イラッとするのは変わらないものね」
「何でそんなに詳しいの? テメェまさか俺のスマホで勝手に賭け事してねえよな!?」
いくら追及しても、しれっとした顔で目を逸らされるのみ。くそう、やはり爆乳の胸元に収まったスマホはいつか奪還せねばならぬなのだった!
ともあれ、旅館を出る。
ねっとりとした墨汁みたいな闇が広がる田舎の夜。それを見回して、俺は軽く息を吐いた。
「……さて問題が一つ」
「島の反対側にあるカジノ区画までは、歩いていくしかなさそうね。ご自慢のビギナーズラック制度も、タクシーには使えないんでしょう?」
「……、」
不安になって、思わず携帯電話の画面に目をやった。
気温二八度、という数字に全身から気味の悪い汗が噴き出してくる。
4(Day10/03 23:10 - 23:25)
メチャクチャ時間がかかった。
島に来た頃は意外に涼しいな、と思っていたが、どうやらそれはカラッとした湿度の低い夜風のおかげだったらしい。二八度というデジタルな数字を見た途端、本来の熱帯夜がぶり返してきたような気分になった。
そんな中での地獄のラリー。
全身汗だく、ちょっと死にたくなるくらい体の中に熱が籠ってる。
どう考えたって、こんなのはカクテルグラス片手に金貨と踊るリッチでイケてるカジノ王のビジョンとは繋がらねえ。
「格好つけようとするとばちでも当たるのかもしれないね」
「ぜ、ぜえはあ!! わ、悪い事はしていねえはずだ……!!」
時間はもうてっぺんを回りそうな感じだが、カジノ街としては、むしろここからが本番なのだろう。行き交う高級車や、きらびやかなドレス姿の女性達の勢いは留まるところを知らない。あっちこっちで派手な打ち上げ花火が上がっているのを見ると、これくらいの時間帯では安眠妨害には当たらねえようだった。
ぜえぜえはあはあ必死に呼吸を整えていると、どこかからくすくすと押し殺すような笑い声が聞こえてきた。振り返ってみれば、建物の隙間から一二、三歳程度の小さな女の子がこちらを覗き込んでいる。
「……何だありゃ?」
「妖怪でしょう。臼挽き童……私と同じ座敷童の一種じゃないかしら」
髪の長い少女は、ただでさえ丈の短いミニ浴衣の上、肩の辺りも花魁みたいに盛大に着崩していた。なんかチューブトップ系の肩出しドレスみたいになってる。
「ただ哀しいかな、グラマラスなインドア妖怪に比べりゃよっぽど座敷童『っぽい』気がするんだが」
「あれは臼挽き童だっつってんでしょ。本家元祖を舐めないでちょうだい」
目が合うと、臼挽き童はきゃーきゃー言いながら路地の奥へと引っ込んでしまった。不良少年の眼力に怯えているというよりは、おちょくられているような気がする。
まあ、今の俺達には関係のない話か。
「忍。どこのお店に入るの?」
「ビギナーズラック歓迎って看板が立っているトコならどこでも。施設の半分くらいはそうらしいぜ」
とか何とか言い合っている時だった。
近くのカジノの扉が開き、バーテンみたいな服を着た男が、路上へ何かぬいぐるみのようなものを複数放り投げた。ぽんぽんぽん、と柔らかく弾む物体の正体は、どうやらタヌキとキツネとムジナのようだった。『~のようなぬいぐるみ』ではなく、そのものだ。
というか、さっきタクシーの窓から見たヤツとおんなじ連中じゃねえのか、こいつら?
「バッキャロー!! なんべん言ったら分かるんだ。ここは妖怪禁止! 蕎麦でも食って寝てろ、間抜け野郎!!」
「うるさいわ! 超常は使わんと言っているだろう。これは純粋なカードを使った勝負なのだ。さては負ける匂いがした途端に難癖をつけておるなー!!」
キツネが手(……いや、前脚?)をピコピコ振りながら抗議の声を発しているが、バーテン男は路上へ軽く唾を吐くと、そのまま店内へ引っ込んでしまう。
うつ伏せに倒れたままのタヌキが、呻くように言った。
「ううう……。や、やはりこの乳母めには無理だったのでございます。悪徳詐欺師から奪われた現金をカード勝負で取り返すだなんて……」
ムジナが頭から湯気でも出しそうな勢いで起き上がった。ああ、ムジナってのはアナグマな。たまにタヌキと間違えられる事はあるが、基本的に別の動物だ。
「何をっ!! やいタヌキ、せっかく古珠亮(こだまりょう)を見つけたというのに、ここで引き下がる気かね!? それでは婆様と孫娘はどうなるのだ。あの二人は今病院だ。それだって治療費は請求される。失った金が戻ってこないと困るではないか!!」
……あー。
俺は思わず目を逸らして、
「なあ座敷童。これは、すごく関わりたくねえんだが……」
「でも三匹揃ってこっち見てるけど。妖怪に好かれる体質も善し悪しね」
5(Day10/03 23:30 - 23:50)
路上で簡単な説明を受けた。
彼ら(?)三匹は四国からやってきた妖怪らしい。
キツネは庭師として、タヌキは乳母として、ムジナは用心棒として、代々人間の家に仕えているのだそうだ。
……どれもこれも、極端に善悪の差が激しい妖怪だよな。悪いヤツになると、一人暮らしの老婆とかを殺してなりすまし、里の人々を次々と食べていく、なんて猟奇的な話もあるくらいだし。
この話、都会の学者なんかは多分根底にあるのは『山から来るよそ者』への警戒心の表れとかって言ってる。今と違って、大昔には指紋やDNAを調べる方法はない。戸籍だって管理は適当で、集落からちょっと離れた場所で暮らしている老人と入れ替わるのくらい、そう難しくはなかったとか。
でも。
こうして目の前に二足歩行の動物がいるからなあ……。
「ご主人は由緒ある家の方なのだが、インテリビレッジ制度には乗り気でなくてな。地方の都市化を推進する側に回っておった」
「……ああ。となると」
「お察しの通り、時代の波に乗り損ねたのでございます。没落、などと呼ぶ輩もいるほどに。今では田舎暮らしであるものの、ごく一般の会社員とそう変わらない生活を送っております」
「我らの忠義は不変だがね! 貯金の大小など人の器を計る基準になどならないのだよ!」
……カジノの街でそんな事を言われてもなあ。
明らかに金絡みのトラブルを抱えていそうな感じだし。
座敷童は肩をすくめて、
「悪徳詐欺師というのは? 善良な詐欺師というのに心当たりもないけれど」
「古珠亮。婆様のにっくき敵なのだ! あの手この手で、言葉巧みに儲け話を信じさせてだな……!!」
「具体的にどんな手口で?」
「絶対に損失が出る事はない投資話があると」
一瞬、眩暈がした。
まさかと思うけど、そんな電話でできるような短い話を信じたっつーのか……?
「笑いたければ笑うが良いのです」
乳母のタヌキが、頬と腹を膨らませて呟いた。
「……でも、あの時はお孫さんが急に病に伏せられまして。日本国内では治療のできない難病。渡航し、手術を行うためには年金だけでは足りなかった。そんな折に、笑顔を浮かべてあの男が近づいてきた。溺れる者が藁を掴んだとして、その行為のどこに非がありましょう」
はあ、と思わず重たい息を吐く。
グラマラスな座敷童は、自分の胸を押し上げるように腕を組むと、横目で俺の顔をチラリと見た。
尋ねてくる。
「どうするの?」
「知るかよ。こっちはただの高校生だ。金絡みの専門家じゃねえし」
確かに、俺は人間だ。この場にいるキツネ、タヌキ、ムジナ、座敷童……そうした妖怪と違って、カジノの中には入れる。古珠亮とかいう詐欺師と対面するくらいはできるかもしれねえ。で? だから? ただの素人の学生が、騙しのプロと何をどう渡り合うってんだ???
一人でできる事なんて何もねえ。
情にほだされたところで、身ぐるみを剥がされるのがオチだ。
「ただし」
そこで、区切るように俺は言った。
ぬいぐるみみたいな妖怪達が一斉にこっちへ注目する中、俺はポケットから携帯電話を取り出す。
「金絡みなら滅法強いクラスメイトを知ってる。まずはそいつに相談だな」
6(Day10/04 00:00 - 00:20)
『忍クンはあれだよね。こんな時間に平気で電話をかけてくるとか、そろそろ惑歌ちゃん依存症って診断書をもらった方が良いんじゃない?』
「堪えてますって口振りでもなさそうだけど? お互い健全じゃねえ生活を送っていて何よりだ」
『ん? なんかジャラジャラ音してるんだけど、忍クン今どこにいる訳?』
変人美少女小手蜜惑歌の声に、俺は思わず周囲を見回した。
表の馬鹿みてえな光の洪水と違って、カジノの中に入ってしまえば柔らかい照明と室内音楽が空間を適度に満たしていた。やや音量が大きめなのは、ルーレットやスロットなどの作動音をごまかすためのものかもしれねえ。赤い絨毯に、シックな木の柱、テーブルの上を彩る緑色のマットなど、とにかく色合いは多い。
観光地って話だけど、礼服やドレスの男女は夏の海岸みたいな鮨詰めって感じじゃねえ。ゆったりのんびりがここの基本らしい。
俺は二階席から見下ろすような格好で、一角にあるポーカーのテーブルへ目をやる。
高級なスーツに、ベルトに、靴まで、どうやら件の詐欺師さんは蛇革がよっぽどお気に入りらしい。カクテルグラスに入ってるの、マムシ酒じゃねえだろうな。
「お金にうるさい惑歌ちゃんに聞くんだけどさ、古珠亮っての知ってる?」
『ああー……』
「知ってるって声だな」
『投資の世界じゃ面倒臭いヤツだよ。あいつにとっては株の売買はビジネスじゃなくてギャンブルって感じでさ。スリルを楽しむため一度に億単位の額で売ったり買ったりしてる。行動に予測がつかないから、巻き込まれて株券を紙屑に変えられたヤツも珍しくない』
「そいつ一体何がしたいの?」
『だーかーらー、スリルを味わいたいんだって。趣味知ってる? 美術品の競売だよ。ただ、馬鹿みたいな金つぎ込んで手に入れた絵画だの彫刻だのは、その日の内に適当な美術館へ寄贈しちゃう。手に入れるまでが楽しいんだってさ。迷惑な事この上ないよ』
「で、その軍資金は? そんな派手に動き回ってんだ、どっかのボンボンって程度じゃ干上がっちまうよな」
『わざわざ私に相談してんだし、もう分かってるんじゃない? あいつは遊びのために人を騙して、手に入れた大金でスリルを楽しむ。財布がスッカラカンになったら、またカモを探しに出かける。……さっき、手に入れた絵画や彫刻を美術館に寄贈するって話したじゃん? おかげで各国政府は借りを感じているらしくてさ。呑気な役人達は必要悪なんて考えてるから、まともな捜査なんて期待できないよん』
「何がスリルを楽しむだ。思いっきり安全地帯を構築しやがって……」
『でも、手口自体は馬鹿でも分かる単純なもんだよ。まさかと思うけど、忍クンの家がそんなのに引っかかったなんて話じゃないよね?』
「ちょっとした知り合いの話だよ。四国の婆さんが難病の孫娘を助けるために資産運用を考えたところで引っ掛かったんだと。この話ってマジだと思うか?」
『さあね、情報少な過ぎ。ただ、確認取れてるだけで古珠亮って全国で二〇〇〇人くらい騙しているからさ、その話自体は嘘だったとしても、似たような事はやってんじゃない? その難病の孫娘ってのも、いかにもあいつの手口っぽいし』
「あん?」
『話術が猿並なのに、どうしてみんな騙されると思う? 何故だか知らないけど、身内が交通事故に遭ったり家が火事になったり、そういうタイミングでふらっと現れるからだよ。まともな判断能力をキープできない時を狙ってくる。どうせ「きっかけ」だって、あいつが裏で手を回してんでしょ。……その難病、劇物の摂取で再現できるものだったりしない?』
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
思わず、俺はもう一度、二階の手すりから一階のポーカーテーブルへ目をやった。
こうしている今も、全身蛇革でビシッと決めた色男は高級酒に酔いしれながら、ディーラーから配られたカードを弄んでいる。
光の中で笑う男には、汚れらしき汚れはない。自分で吸った、血の一滴すらも。
『あのう、忍クン。マジでお金が入用だったら、私が何とかするけど? 今から会計士に電話一本入れれば二〇億くらいザザッと動かせるし』
「クラスメイト相手にどんだけ借りを作りゃ良いんだよ、おっかねえ。それに、そんな方法じゃつまんねえ。気持ち良く勝ったとは言えねえよな」
『?』
そう、例えば、島内にいれば携帯電話やスマホからでも遊べるらしいVRカジノ都市の重巡島なんかで、コンピュータ相手に馬鹿勝ちしたって『気が晴れる』訳じゃねえんだ。
「あのクソ野郎から」
空いた手を使って、親指と人差し指を立て、拳銃のジェスチャーを作る。
多くの美女に取り囲まれてご満悦の蛇男の顔へ、真っ直ぐ突き付ける。
「奪われたものを全て取り返して、さらには利息もふんだくる。……そこまでやらねえと納得できねえだろ」
(続きは8月8日公開予定!)