●研究の背景と目的
一般の人々が持つ「カッコイイ」という評価基準について知ることは、デザインにおける形態創造の手助けとなる。製品形態の創造は、デザイナーの職人的才能に求められ、その能力をシステマティックに再現することは困難である。本論文では、ヒトの直感能力といわれている形態の認知と創造を、さまざまな学問分野からアプローチし、「カッコイイ」という印象の形成過程を、ヒトの精神活動に関する研究を通じて明らかにし、その有効な調査方法を提案する。
●「カッコイイ」印象とは
「カッコイイ」という複雑であいまいな印象というものに対し、インパクトの強さ、情動の喚起という2つのポイントのみに焦点を絞り研究を進めることにした。
●知覚・評価の根本的パラダイム
ヒトが視覚器官を介し、モノを知覚して、ある印象を形成する。その印象は発話や手足の運動により出力され、知識として他のヒトに認識される。知覚-評価-知識という根本的パラダイムにおいて製品形態と印象の関係性は、現象的な相関関係から推論する他なかった。認知心理学の研究から知覚−評価の間に介在するメカニズムを調査、考察しその特徴を明らかにした。ヒトがモノを見て、そのものが何であるか認識し、何らかの評価をくだす。この流れの中で、インパクトの強さと、情動の喚起という2つのキーワードに関連の深いヒトの形態認識の特性についての研究をまとめた。まず、製品を評価するという精神活動は次の4つの段階によって成り立っていると考えられている。
A) 人体外部の物理現象としての光の到達
B) 感覚器官である目(網膜)の光刺激受容
C) 脳における視知覚の成立
D) 高次連合野における意味的価値の形成
●2通りのモノの見方
製品形態からくる視覚的情報の読み取りには、記号論的に2つのとらえ方があるとされる。ひとつは「カッコイイ」、「かわいい」、「シンプル」などの心象的意味性であり、もうひとつは、価格、性能、実用性、耐久性、ブランドなどを示す価値的意味性である。また、心理学における知覚の二重課題の研究から、ヒトの認知、思考には2つの独立したシステムが存在することがわかった。ひとつは視覚に関連の強いイメージシステムであり、もうひとつは聴覚に関連の強い言語システムである。イメージシステムは心象的意味性の読み取りに関連が深く、言語システムは価値的意味性に関連が深いと考えられる。
●製品評価への応用
数字を数えながら製品の評価を行うことによって、意図的に思考の状態をコントロールすることができる。この操作により、われわれの思考の中にある言語システムの機能を押さえることができ、被験者の精神活動は視覚的思考が優位な状態になる(図1参照)。実際の製品の評価においても、被験者があたかも事前の知識が全くないような状態で評価することができると期待した。
●事前評価
商品群の意識に関する事前調査を行った。その結果「カッコイイ」、「興味がある」の2つの項目に対して、高い意識を持つ製品の代表としてイス、意識が低い製品の代表としてヤカンを選んだ。
●製品の比較評価
イスとヤカンそれぞれ8種類のモノクロ画像(図2、3参照)を用いて一対比較評価を連続2回行い、画像の嗜好度と、再認差に関する実験を行った。結果は以下のようになった。
1.画像の嗜好度の調査から
・意識の高い製品であるイスは好みの個人差が小さい
・意識の低い製品であるヤカンは好みの個人差が大きい
イスとヤカンの嗜好度の比較から、事前の知識が多い製品ほど評価のばらつきが小さくなることがわかった。製品の評価には、各個人によって異なる評価基準と、共通の評価基準が混在していることが予想され、意識の高い製品ほど、共通の評価基準の働きが強いと考えられる。
1.再認差の調査から(図2、3参照)
・イスはポストモダン調のデザインで再認差の値が高い
・普及型のイスは再認差の値が低い
・ヤカンは再認差のばらつきが大きい
・記号的なヤカンは再認差の値が高い
・普及型のヤカンは再認差の値が低い
再認差において高い値を得たということは、視覚的思考の優位な状態で画像の評価が高かったと推測される。これは、情動やインパクトにつながりやすい認知のイメージシステムに関連した精神活動である。このことから、ポストモダン調のグラフィカルなデザインは、情動やインパクトに訴えかける要素が強いと考えられる。また、装飾要素の少ない実用的なイスは、情動やインパクトに訴えかける要素が弱いと考えられる。ヤカンは共通の評価基準が少ないと考えられる製品である。共通の評価基準は通常の状態で十分に機能するはずであり、もともと基準がなければ通常の状態でも、視覚的思考の優位な状態でも優位な差は出にくいと考えられる。
2.主成分分析から
イスの場合には「直線的」、「やさしい」、「グラフィカル」ヤカンの場合には「はなやか」、「グラフィカル」というキーワードが、ヒトの情動やインパクトに訴えかける要因としてあげられた。
3.男女差について
ほとんどのサンプルで男女差は現われなかったが、イス画像8やヤカン画像6などは男女差が優位にあることがわかった。これは男性と女性で製品のとらえ方が異なっており、スタイルを重視するか、機能を重視するかで実験結果が変わったからであると考えられる。
●まとめ
製品形態は、形態から読み取れる視覚的要素と、機能的要素のバランスの上に成り立っており、「カッコイイ」と評価されるために求められる2つの要素のバランスは、製品ごとに異なっていることが予想される。再認実験の結果から、実験パターンの違いにより被験者の評価に違いがあることがわかった。これは被験者の思考パターンが期待どおりの状態に変化した結果であると考えられる。主成分分析によって導き出されたキーワードは形態を表す言葉としては珍しいものではないが、イスとヤカンという2つの製品で「カッコイイ」印象につながる形態的な要素が、かなり異なっている点は注目に値する。「カッコイイ」製品をデザインするには、それぞれの製品ごとに異なった形態的要素が必要になるのではないかと考えられる。 |

図1 |
認知における2つのシステムの概念図 |

図2 |
イス画像の再認差 |

図3 |
ヤカン画像再認差 |
|