Rewrite 小鳥アフター (Rewrite短編)
舐めてた。歩くという行動を舐めていた。
必至にリハビリした甲斐があって歩くのにぎこちなさが無くなってきた。けれどそれは足を動かす筋肉が回復してきただけであって、歩き続ける為の体力と持久力は全然無いのに気付かなかった。
いくら早く小鳥の元へ向かって魔物化なんて関係無く好きだと伝えたかったからといって、こんな事にも気付かないとは俺も相当なうっかりものだ。
「し、しんどい…」
一歩先に進む度にHPが減っていくのがわかる。RPGをやってた時なんかは毒で歩く度にHPが1経る事に苛立っていたが、今ならあいつらを尊敬できる。こんな状況で歩かされ続けるキャラクター達は凄い。
しかも今の俺より酷いだろう毒という状態で1しか減らないのだ。俺は多分3から5くらいは減ってそうな気がする。疲れで歩行速度が遅いせいで、当初向かうはずだった学校は既に放課後になってそうな時間帯だ。
入院してて携帯持ってなかったから、小鳥に電話する事も出来ない。まあ持ってても、最初はきちんと面と向かって話したいから使わなかったかもしれないけど。
…あ、でも時計機能があるからやっぱり欲しかったかもしれない。
「でも、諦める訳にはいかねぇよな」
あの日の事は意識が朦朧としてたものの覚えている。必死に、決して諦めずに俺を病院へと運んでくれた小鳥。あいつがあれだけ頑張ったのに、俺がこの程度で諦める訳にはいかないだろう。
ちょっとハードなリハビリとでも思えば何も問題は無い。人間には無茶をすべき時が存在して、俺の場合はそれが今だってだけだ。むしろ今無茶をしないでいつ無茶をしろというのか。
「で、でも、学校にはいけそうにないな…」
時間的にも今行ったって意味が無くなりそうだし、進路を変更して小鳥の家へと歩を進める。幸い道を引き返したりする必要は無いので無駄な体力を消耗しなくて済む。
ゆっくりと、しかし確実に小鳥の家へと向けて足を進める。体力は着実に減ってるが、まだまだ6割くらいは残っているから何とかなるだろう。体力が無くなったら後はもう愛と勇気で何とかしてやる。
「頑張れ、頑張れ俺…」
一人で息を荒げながらブツブツ呟いて歩いている俺。きっと端から見たらちょっと気持ち悪いと思う。幸い今は閑静な住宅街を進んでいるおかげかまだ人に見つかっていないから問題無いが。
しかし小鳥の元に向かうのはともかく、会ったらまず何を言えばいいのやら。とりあえず病院に運んでもらったお礼と再度の告白はするつもりだけど、会話の導入をどうすればいいかわからない。
もういっそ余計な事を考えないで、なるようになるって感じで行くのもアリか?
暫く歩き続けてもうじき小鳥の家付近という時だった。視線の先に俯きながら歩いているカザコーの制服を着た女生徒の姿。小鳥の姿がそこにはあった。
実にナイスなタイミングだ。遠目で見て元気が無いのがよろしくないが、そこは俺が頑張って元気にしたら問題無い。
ゆっくりと歩く俺と、いつも通りの速度で歩く小鳥が徐々に近づく。俯いて何かを考えながら歩いているのか、まだ小鳥は俺に気付いてないらしい。
危ないな…小鳥が交通事故なんて事態になったら俺本気で泣くぞ。…それはさておき、もういい距離だろう。
「ちゃんと前向いて歩けー。危ないぞー」
「えっ…?」
俺が声を発した瞬間、何かに弾かれたかの様に勢いよく顔を上げる小鳥。俺がいきなり現れるのは流石に予想外だったのか、その顔には驚愕の表情が張り付いている。
…ちょっと痩せたか、いややつれたというべきか。ほんの僅かだから気付かない人もいそうだが、いつもあいつを見てた俺には感単にわかった。
「よっ」
「瑚太朗、君…?」
「そそ、瑚太朗君です」
残っている体力は大体4割くらい。結構多く残っている状態で出会えて一安心だ。もし体力が残ってなかったら会話も出来ずに崩れ落ちている可能性もあったかもしれない。
無事出会えた安心で足から力が抜けそうになったもののしっかりと地面を踏みしめ、ゆっくりと小鳥へと近づく。
小鳥はそんな俺を見つめ続け、もうすぐ触れられるという距離まで近づくと…
身を翻して逃走を始めた。
「ちょ、なんで!?」
慌てて走って小鳥を追いかけるが、体力も無く完全回復もしてない状態なので小鳥に追いつくどころか少しずつ離されている。きつい。どうしてこうなった?
小鳥の足が遅ければまだ追いつける可能性もあったけど、生粋の森ガールな小鳥は体力も運動能力もそれなりにある為今の俺にはどうしようもない。
つまり、どこまで逃げるかわからない小鳥を見失わない様に追いかけるしか無いという事だ。これは本当に愛と勇気で体力をカバーする必要があるかもしれない。
着実に引き離されていく俺と小鳥の距離だが、進む方向から小鳥が森に向かっている事がわかった。鍵が居なくなったとはいえ、まだ森は危険そうな気がするが大丈夫なんだろうか?
というか何故森へと逃げ込むのか。そもそも小鳥が逃げた理由が…いや、それは何となく理解できるか。おそらく、魔物化が解けて普通の人間に戻った俺が何を言うか不安で逃げてしまったんだろう。
もしも俺が小鳥を好きだと言っていたのが自分の無意識の望みだったら? 人間に戻った俺が魔物になっていた時の俺と大きく変わってしまっていたら? …きっと、あいつはそんな不安をずっと抱えたままだったんだろう。
飄々としてる様で結構思いつめるみたいだからな、小鳥は。
森に入る頃には小鳥の姿は見失っていた。それでも小鳥がどこに居るかは大体予想がつく。
可能性が高いのは二箇所。度々俺が迎えに行っていた森の中程辺りの場所と、小鳥の工房がある森の奥地だ。工房がある奥地は魔物使いに荒らされていて今でも見張りか何かが居るかもしれないので、きっと前者の場所だと思う。
これで違う所に居たら小鳥の考えが察知しきれなかったという事になるな。そうなったら本気でへこむぞ俺。そして崩れ落ちるぞ俺。
ちなみに既に残存体力は一割を切っている。ゴールする前に燃料切れになるだけは勘弁して欲しいな…
そしてゆっくりと時間をかけつつ、かつ確実に歩を進めて辿り着いた森の中程。10月の上旬に小鳥を迎えに来た時と同じ場所に、小鳥は俺に背を向ける形で立ち尽くしていた。
辺りには風が木の葉を揺らす音と俺の荒い息しか聞こえない。虫も動物も居ないこの森は、本当に静かだった。
「はぁ、はぁ…病み上がりっていうか、病み盛りの人間に無茶させるなよ…」
「…別に、着いて来てなんて」
「逃げる小鳥を見ると追いかけたくなる性質なんでね」
「…犬みたいだね」
一見いつも通りのやりとりに聞こえるが小鳥は声を震わせていて、俺が一歩近づく度に体を揺らしている。…それでももう逃げる事はしないらしく、俺に背を向けたまま動こうとしない。
ゆっくり、ゆっくりと小鳥に近づく。既に体力は残っておらず、割とマジに愛と勇気で動かしているのが現状だ。今転んだらそのまま微動だにしなくなる自信が今の俺にはある。
それでも足が動くのなら上等。男なら、惚れた女の為ならこのくらいの無茶はするべきだろう。
そして小鳥の真後ろに辿り着いた俺は、小鳥に身を預ける様にしながら後ろから抱きしめた。
「もう動けねぇ…」
「無理、させちゃったよね」
「あん時は小鳥に無理させたからな。お相子だろ」
そのまま暫く、二人とも無言の時間が続いた。
「帰って来たぞ。魔物じゃなくて人間として」
「うん」
「正直喋るのも億劫なくらい体力が残ってないから、手短に済ませちまうぞ」
「…うん」
「小鳥が好きだ。愛してる」
やっと伝えられた。小鳥の魔物である天王寺瑚太朗ではなく、ただ一人の普通の人間の天王寺瑚太朗として。
もう魔物じゃない俺の言葉は、もう小鳥が無意識でそうなる様に望んだのではと不安を覚える必要の無い言葉だ。これでも無理というなら、俺の想いは一生届かないという事なのだろう。これでダメだったらヤンデレてやろうか。
そんな事を考えながら、小鳥の返事を待つ。何秒も、何分でも。
「ごたろ゛う、くん…私、わだしぃ…」
気付けば小鳥は泣いていた。すぐ横にある小鳥の顔に自らの顔を寄せて、何も言わずにそのまま待ち続ける。
「わ゛だしも、わたしもね」
「うん」
「わ゛たしも…だいずきぃ…」
「…よかった」
小鳥の返事のおかげか少しだけ回復したなけなしの元気を活力に、小鳥の前へと移動して正面から抱きしめ、そっと小鳥と唇を重ねた。
そして泣きじゃくるそのまま、俺の胸の中で泣き続ける小鳥を抱きしめ続けた。
「…もうだいじょぶ」
「俺としてはもう少し抱いておきたい」
「ダメ。ふしだらNGです」
「いやふしだらとかじゃなくて…」
そういった所でとうとう完全に体力が無くなってしまって膝から崩れ落ちてしまった。
何とか小鳥が泣き止むまで耐える事が出来たとはいえ、もう限界だ。もう手も足も動かせないくらい疲労困憊で、正直言葉を発するのもしんどいくらいだ。
「瑚太朗君!?」
「もー動けねぇー…立てねぇ…」
「あ…本当にゴメンね、こんなとこまで…」
「いや、それに関してはもういいんだけど…」
済んだ事だし、想いを遂げる事が出来たから体が動かないくらはどうでもいい。
「俺一切動けないから、病院まで…」
「…運べとな?」
「大丈夫、今回は遅くても死なないから」
「おーぅ…」
恋人? になって初めて甘えるのが病院への輸送とは、ロマンチックの欠片も無い。
「頑張れー、頑張れー」
「まさか、またコタさんを運ぶ事になろうとは思いもよらんかったよ…」
「ほら、でも今回は運びやすいと思うから勘弁してくれな」
「あんさん結構重いから大変なんよ?」
まるであの時の焼き直しの様に、小鳥は俺を背負ってゆっくりと病院を目指して歩く。ただしあの時とは違ってその顔に浮かんでいるのは笑顔で、先に待っているのは希望。
これから先、もしかしたら今回関わった件が原因でまた何かに巻き込まれるかもしれない。それでも二人でならきっと乗り越えられそうな気さえする。たとえ俺と小鳥がもう普通の人間になっていたとしても。
そう信じられる何かが俺には感じられた。言うなれば、愛とでも呼ぶべきものだろうか。…自分で考えておいてなんだが恥ずかしい思考だな。
「小鳥」
「ん?」
「色んなもの、見ようぜ。二人で」
「…うん」
不幸も悲しみも苦難も、これから二人で乗り越えていこう。ずっと一緒に、運命すらも書き換えて幸せに向かっていこう。
俺達はようやく、足並みを揃える事が出来たのだから。
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