パルスィの趣味と経済事情(東方短編)
「まずいわ・・・このままでは・・・」
幻想郷の地底に存在する旧地獄のとある場所にて、一人の妖怪が頭を抱えてうーうー唸っていた。
彼女の名は水橋パルスィ。地底の嫉妬心とも呼ばれる嫉妬の鬼であり、相手に嫉妬してはハンカチを噛んだり歯軋りをしたり睨みつけたりしている。
嫉妬のあまり相手に襲い掛かるなどの行動を取った事も多かった為に地底へと追いやられた妖怪であり、地上に住む人間や妖怪に嫉妬をしている彼女ではあるが、内心では結構地底を気に入っているツンデレ染みた部分もあった。
そんな彼女は現在、地底にある橋の欄干に肘を突きながら何かに悩んでいた。全てに嫉妬していると言っていい彼女がここまで何かに悩むというのはとても珍しい事で、たまたま仕事中にそれを発見した火車の妖怪の火焔猫燐もそんな彼女を見て驚いた。
一応仕事と言ってはいるが趣味の様なものなので途中で道草をしても問題が無い。なので彼女は興味本位でそんなパルスィに何があったか聞いてみる事にした。
「どうしたんだいパルスィ、珍しく悩み事みたいじゃないか」
「ん、ああ何だ燐か・・・貴女は悩みが無さそうでいいわね。妬ましいわ」
「いやあたいも悩みくらいはあるけれど・・・で、どうしたんだい?」
「・・・そうね、誰かに相談するというのも良いかも知れないわ」
橋の欄干に寄りかかりながら、ふぅ、と憂いを帯びた表情で溜息を溢したパルスィ。どこと無く色気を感じる仕草に燐は少しだけ羨ましく感じた。どうも自分には色気が無いと自覚しているからだ。猫故に愛嬌なら自信はあるのだが。
実はね、と前置きをして一泊置いたパルスィは、自らの悩みを発した。
「お金が無いのよ」
「・・・は?」
「お金が無いのよ」
予想外の言葉に燐は驚き言葉を失う。彼女の記憶が正しければこのパルスィは意外と裕福だった筈だ。
それにこの旧地獄では食事や雑貨なんかは大抵自分で狩ったり栽培したり作ったりが基本であって、お金なんて趣味や嗜好品くらいにしか使う事は無いのだ。
そんな地底でお金が無くなるとはどんな事にお金を使っているのか、というかパルスィって趣味があったのか等と燐の思考が駆け巡る。
「このままでは私の好きな物が買えなくて困ってるのよ」
「へ、へぇー・・・その好きな物って何?」
「見たい?いいわ、ちょっと家まで着いて来て」
キラーンと光ったパルスィの目を見て、何か変なスイッチが入ったと燐は理解した。まさかこの嫉妬の鬼がこんなポジティブな方向性のやる気を見せるとは予想外すぎる。
何だか面倒な事になりそうな気がしながらも、パルスィをここまで駆り立てる何かの存在が気になって仕方が無い燐は大人しく着いて行く事にした。パルスィの家はすぐそこだから大した面倒でも無い、というのも理由ではある。
玄関の扉を開いて中に入った燐は、予想外な内装に声を失ってしまった。
何というか、物凄く可愛らしい。少女チックというかいかにも女の子らしいというか・・・普段のパルスxのイメージとは差が激しく感じてしまう。
しかしそんな部屋の中に居るパルスィはその可愛らしい部屋にとても馴染んでいて、意外な一面を見てしまったと燐は少し嬉しくなった。
今までは知り合い程度だったけれど、今なら友人になれるかもしれないと。
「それで私の趣味というのはね」
「あ、うん」
「・・・これよ!」
ジャーン!という効果音がなっていそうなテンションでパルスィが示したのはショーウィンドウの様にガラス製の引き戸が付けられた大きな棚。
そしてそこに並べられているのは・・・フィギュアやらぬいぐるみやらねんどろいどやら、様々な形態の人形だった。モデルは全部ゾンビフェアリーっぽい。
「ゾンビフェアリー愛好会愛好会創設者である私の自慢のコレクションの数々よ!」
「そっ!?」
「今では結構多くの会員がいるのよね。これに関しては私は他者を嫉妬させる存在よ」
ダメだ、私にはついていけない世界だった。燐は興味本位で聞いた自分の失敗を悟る。
こんな事に何故お金をかける事が出来るのか燐には理解が出来なかった。所詮はただの人形ではないか。ゾンビフェアリーなんてそこら中に飛び回っているでは無いか。
そう言いたかったが、それを言うと間違いなくルナティック以上に苛烈な弾幕に襲われるという予知染みた勘が働いているため何とか堪える。
ああお空、今私は何故だか物凄く貴女に会いたい。そしていつも通りうにゅうにゅ言っている貴女を見て癒されたい・・・あれ、そういえばお空の部屋にもゾフィーのぬいぐるみがあった様な・・・
「実は来月に新作が発売されるのよ。でももう貯蓄が無くてね・・・」
「はっ!?・・・ええと、お金が無いなら働けばいいんじゃないかい?」
「私に仕事のアテも人脈も無いわ。人間だった頃は貴族の令嬢だったせいで多少の学はあったけれど仕事なんてあまりした事が無かったし」
「そういえば人間から鬼に変じたんだったね」
「そうよ。あのクソ男と売女を殺してバラして並べて喰ってやろうと・・・ああ思い出したらイライラしてきたちくしょうあっさり死にやがって妬ましい妬ましいぃぃぃ!!」
燐の考えた事がたった一つ。やべぇ地雷踏んだ。
暫く妖気を放出しながらぶつぶつ何かを呟いていたパルスィは、椅子が倒れたりテーブルが倒れたり燐が部屋の隅で縮こまっているのをみてようやく気を取り直した。
ちなみにゾフィーコレクションの棚には一切被害が出ていない。流石はゾフィー愛好会会長だと燐は妙に感心した。出来れば自分の事も気にして欲しかったとも。
「という訳で、何とか新作を買うお金が欲しいのよ」
「まあお金を稼ぐなら働くしか無いと思うけど・・・あたいがどこか紹介しようか?地底中を歩き回ってるから結構知り合いが多いし」
「人脈の多さが妬ましい・・・でもそうね、お願いするわ」
こうして燐による辛く険しいパルスィ就職への道が始まった!
ある時は、地底で人気の居酒屋で。
「店員さーん!酒二本追加ねー!」
「くっ・・・こっちは必死に働いているというのに目の前でたらふく酒を飲むなんて妬ましい・・・くそっくそっ!」
「・・・酒が不味くなりそうだな。今日は帰るわ」
「クビな」
「はい」
ある時は、とあるツテで地上から美味しい野菜を仕入れて販売する八百屋。
「お嬢ちゃん!特売のコレ頂戴な!」
「私も買いたかったのにもう売り切れ・・・くそっ買えた奴らが妬ましい・・・!!」
「やだ何この感じ悪い店員は・・・安いって聞いたから来たけどもう一度来たいとは思わないわね」
「クビだ!」
「・・・はい」
なんと地霊殿の家政婦にも挑戦。
「家政婦よりも雇い主の私の方が料理も掃除も得意なのはどうなんでしょうか?」
「ぐぅぅ・・・家事万能でペットから慕われていてお金持ちだ心が読める覚妖怪だなんて・・・妬ましい妬ましい・・・」
「内心で『このニートめ』とか考えてる様ですが、地底を治める仕事をしているので怠けてはいませんよ。というか貴女こそニートですよね」
「ごめんパルスィ、あたい流石に無理な仕事を紹介しちゃったわ」
「ニートって言われた・・・仕事持ちが全員妬ましい・・・死ね!全員死ねっ!!」
しかし悉く失敗に終わってしまう。本人が我慢をすれば何とかなりそうなものだが、どうにもパルスィの嫉妬心は誰が相手でも止まらないらしい。
というか家事に関してはさとりに敵う筈が無い。何せここ地霊殿に住む様になる以前からずっとやってきているのだから年季が違うのだ。
最早趣味と化しているのもあり、地底ではおそらくさとりに家事で勝てるものは居ないだろうとも思われる。仕事の速度はともかく質に関してはかの紅魔館のメイド長に勝るとも劣らない。
嫉妬のあまりさとりに弾幕勝負を挑んでしまったもののあっさり敗北してしまった。2ボスが4ボスに勝てる訳が無いのだ。
「もうダメね・・・こんなだから私はあの時も他の女に男を取られたのよ・・・どうせ私は・・・」
「あーほら元気出して。他にも紹介してあげるからさ。お金が必要なんだろう?」
嫉妬もせずに落ち込むパルスィとそれを慰める燐。中々珍しい光景だとさとりは内心楽しんで見物していた。
しかし同時に可哀想とも感じていた。パルスィがお金を欲する理由を読んださとりは成程と納得し、それなら協力してあげた方がいいだろうと考える。
古明寺さとり。実はゾンビフェアリー愛好会会員の少女だったりする。
「でしたら私が仕事を紹介します。きっと貴女にぴったりですよ」
「で、何故私にぴったりの仕事が寺子屋の教師なのかしら・・・」
「あたいにも全然・・・さとり様はどういう意図でこんな仕事を紹介したのか・・・」
「私もまさか地底の妖怪が地上に仕事に来るとは思わなかったがな・・・」
パルスィと燐が来たのは地上の人里にあるそこの寺子屋。そこで教師としての仕事をさとりから紹介されたのだ。
紹介されたパルスィも困惑していて、雇い主である慧音も地底の妖怪、しかもあの橋姫が教師なんて大丈夫なのかと不安で仕方が無かった。
慧音は以前行われた博麗神社での飲み会でさとりと知り合い、彼女が嘘をつかない妖怪でも珍しい良識人であると知ってはいたが・・・流石にこれはどうなのだろうと考えてしまう。
「とりあえず子供に嫉妬して襲い掛かるのは止める様に」
「わかってるわよ。いくら私でも子供に襲い掛かったりはしないわ・・・嫉妬はするけど」
ああまぶしい太陽が妬ましい。そんな事を言いながら恐ろしい顔で太陽を睨みつけるパルスィを見て、慧音は子供がパルスィに嫉妬されて怯える未来を幻視した。
が、以外にもパルスィは子供に怖がられる事が無かった。
「先生って何の妖怪なのー?」
「耳長ーい!」
「ちていってどんなとこなの?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい!」
むしろ地底から来た見慣れない妖怪という事で興味津々の様子だった。里の大人たちは幻想郷縁記などで地底の妖怪は危険な存在が多いと知っているので恐れているのだが、子供達は直接関わりの無い地底の事を知らない為だ。
それ故に聞いた事が無い所から来た妖怪であり、かつ慧音が連れて来たという事で危ない人じゃないと判断して持ち前の子供らしい元気の良さでわらわらと集まってきていた。
予想外の子供達の反応にパルスィもあっけに取られてしまい、元気の良さが妬ましいだとか考えつつも全然逆らう事が出来なくなっていた。
実は子供に弱いパルスィ。可愛らしい部屋や人形収集の趣味に続く新たな一面を見た燐は、本当に妖怪は見た目によらないものだと感心していた。慧音も地底の妖怪というだけで少し偏見を持っていたので酷く驚いている。
きっと彼女は可愛いもの全般に弱いのだろうと燐は推測している。ゾンビフェアリーや幼い子供もそれに当てはまっている筈だと。
「ちょっと!た、助けなさいよ!」
「あ、ああ。ほら皆!パルスィ先生が困ってるから離れなさい!」
これは意外と何とかなるかもしれない。さとり様はこうなるとわかっていて寺子屋の仕事を勧めたのか。
パルスィの教師としての自己紹介を見ながら、燐はそんな事を考えていた。
地底から地上の寺子屋へと通勤し、教師の仕事を続けて一週間。
まだまだ拙い所が多いもののパルスィは真面目に仕事に取り組んでいた。頻繁に嫉妬に駆られているものの、子供に当たる様な事はせずに上を向いてひたすら歯軋りをして耐えていた。
しかしこれは彼女の嫉妬心を操る程度の能力故の問題であり、本人は実際はそこまで強く嫉妬はしていない。いわば嫉妬して何らかの行動を起こすのは彼女のライフワークなのだ。見ている方はどうなるか心配で仕方が無い行動だが。
尤も心配しているのは周囲の大人達だけであり、子供達は特に脅威を感じずむしろそういうキャラだと認識して面白がっている節もあった。
ここまで子供達に好かれているのには理由があった。それは教師として働き始めて三日目の事だ。
その日は小テストが行われた日であり、子供達はテストの結果で悲喜交々だった。そんな中で一際落ち込んでいる少女が居て、どこと無く嫉妬心を感じたパルスィはその少女に何があったのか聞いてみたのだ。
すると少女は、皆は勉強や運動で得意な事があるけど自分には得意な事が何も無いと言ったらしい。実際今までの成績を振り返るとお世辞にもいいとは言えないものであり、運動も得意では無かったらしい。
慧音もその少女がテスト等の度に暗い顔をしていたので気にしてはいたものの、これから得意な事を見つければいいという安易な慰めしか出来ずに困っていたらしかった。
それを聞いたパルスィは何を言っているんだと言いたげな顔をした。
「得意な事なんて、休み時間にやってる折り紙があるじゃないの」
「でも折り紙なんて皆も出来るもん・・・」
「そうね、ただ折るだけなら簡単よ」
それでも、と続ける。
「貴女みたいに一寸の紙のズレも無く折鶴を折るなんて相当手先が器用じゃなきゃ出来ないわよ?」
それは慧音も少女も気が付いてなかった得意な事でもあった。実際に折っている姿を見ると確かに折り目にもズレが全然無く見事な物だった。
それを傍で聞いていた他の子供達やパルスィや慧音も合わせて全員で折鶴を折ってみたものの、やはり少女の様に完璧とも言えるレベルで折れるものはいなかった。
そこからは他の子供達も自分の得意な事が何があるかとパルスィに迫り、それに困惑しながらも一つ一つそれに応えていく。
それは慧音も知っていたものから全然気が付かなかった事まで様々なものがあり、よくそこまで細かく気が付くものだと感心し・・・そして気付いた。
嫉妬というものは基本的に、自分よりも上回っている相手の特徴に関して働くものだ。嫉妬のスペシャリストとも言えるパルスィはその性質から相手の長所や短所を見つけるのが非常に得意であり、それ故に子供達の得意な物などに簡単に気付いたのだろう。
前日には子供達の苦手な事もすぐ理解し、それを何とかした方がいいのではないかと慧音に伝えていたのもある。長所と短所を見抜くその目は確かに教師としては中々役に立つものだろう。
さとりはこれすらも見抜いていたのだろうかと、慧音はかの地霊殿の主に感嘆とも言える感情を抱いた。
そんな出来事もあり、次第に里人からも受け入れられ始めて約一ヶ月。
「買った!買えた!新作買えた!ゾンビフェアリーねんどろいど異変編買えた!これで勝つる!」
「そういえばその為にここで働いていたんだったか」
「そうよ!ああもう最高の気分・・・これも慧音がここで働かせてくれたおかげでもあるわね!」
かつて無いテンションの高さを見せるパルスィにドン引きしている慧音。ちなみに出勤前に同じ様に感謝をされた燐もドン引きしていたりする。
ちなみにさとりは普通に感謝を受け止めていた。何と懐が広いのだろうか。
「それじゃあもう教師は辞めるのか?」
「いえ、もしよければもう少し続けてもいいかしら?また新作が発売した時の為に貯金が欲しいのよ」
「そうか。子供達も喜ぶだろうな」
そうかしら?と首を傾げるパルスィ。嫉妬心には敏感だが好意にはあまり鋭くは無いのかもしれない。
「はぁ、でも仕事が大変だから休みたくはなるわね」
「そうか、案外楽しそうにしている様に見えるがな?」
「長年働いてなかったのよ?たった一ヶ月じゃあまだ慣れないわよ」
眠いし、疲れるし、面倒だし・・・と溜息を溢しながら文句を言うパルスィだが、その手はきちんと仕事をしている。それを見た慧音は素直じゃないなと苦笑しながら小声で呟いた。
「まったく、暇な毎日を過ごしていた少し前までの自分が妬ましいわ・・・」
そう過去の自分に対しての嫉妬を見せるパルスィ。
しかしその顔に浮かんでいた表情は、彼女がかつで人間であった頃に浮かべていたであろう優しく穏やかな微笑みだった。
おまけ
「来た!新作来た!コスプレゾフィーシリーズ地霊殿編四作来た!これは予約せざるを得ないわ!」
「うにゅぅ・・・お小遣いじゃ一つしか買えない・・・でもお燐とさとり様の二つが買いたい・・・でも・・・」
「あ、新作・・・お姉ちゃんのと私の買おうっと」
「新作が同時に四体ですか・・・こういう時は定職を持ってて良かったと思いますね」
「くっ・・・お空のが可愛い・・・でも一度手を出したらきっとあたいも・・・でも・・・!!」
コメント