氷散らす氷精(東方)
世界中で神秘が息づいている時代。東方に幻想達の集う世界が未だ存在していない時代。
後に日本と呼ばれる国のとある場所に、1匹の妖精が居た。
その妖精は妖精とは思えぬほどに強力な能力を持ち、しかし強力すぎるが故に制御ができず、ただそこに存在するだけでありとあらゆるものを氷結させていた。
その妖精が居る場所は春夏秋冬・天候に左右されず常に凍りついた草原が広がり、凍りついて割れた草花は宙へと舞い上がりキラキラと幻想的な美しさを演出していた。
人間や妖怪はいつしかその草原を『氷散る草原』と呼ぶようになり、その妖精を『氷散らす氷精』と呼ぶようになった。
氷散らす氷精は孤独だった。
その能力故に他人が近寄ることを許せず、能力を制御しようにも方法がわからない。
寄ってくるのは彼女を打ち倒そうとする術者や妖怪達くらいだが、それも彼女の能力の前に全て凍りつき、氷散る草原の草花と同じように散っていった。
最強の氷精という称号が得られても孤独が無くなる訳ではなく、楽しみなど戦いに来る相手とのちょっとした会話程度しかなかった。
しかしその程度で孤独という毒に犯されていく心を癒すことなど出来るはずも無く、彼女の心はその能力と同じように徐々に凍り付いていった。
そんなある日、氷精がいつも通りに何もせずに空を見上げていると何者かが近づいてくるのを感じた。
---氷を踏み鳴らす音が聞こえないから、妖怪か何か?またあたいと戦いに来た奴?
無感情な顔で何者かが居る方向を見ると、あちこちをキョロキョロ見回している妖精が視界に入った。
普通の妖精よりも強い力を感じるが、それでも妖精の範囲内。氷精には敵う筈も無く、おそらく不用意に近寄るだけで凍りつきかねない程度でしかないだろう。
---なんだ、妖精か。なら、いいや。
同じ妖精なのに気にも留めず、しかしその妖精から目を離さない。
自分でも気付いていないが、彼女は心配なのだ。自分に近づいてしまわないか。
いままで何度も不用意に近づいてきて凍りついた同胞達を見てきた彼女はもうすっかり慣れてしまっている。
とはいえ、あまり見たいものではない。自分が他人に近寄ることが不可能だと思い知ってしまう出来事であるし、たとえすぐに復活するとはいえ、何も知らない相手を氷漬けにして気分がいいものではない。
しかしその重いとは裏腹にその妖精は氷精のことを発見してしまい、近づいてきてしまった。
---ああ、来ちゃった。
そこで氷精は目線を妖精から外した。自分のせいで凍りつく同胞を見ていたくなかったから。
そして彼女はいつもと変わらず空を見上げる。ただ、何をするというわけでもなく。いつもと変わらない行動を。
ただ、その日は、いつもとは違う、新たな日常の始まりだった。
「あのー」
「っ!?」
「えっ!?な、何ですか!?」
間近で聞こえた声に驚き振り向くと、すぐそばに凍りつく筈だった妖精が驚いた顔で宙に浮いていた。
本来ならばありえない出来事。ここまで近づかれるなんて、いままで経験したことが無い。
氷精の周囲は目に見えないすさまじい冷気で溢れている。その冷気は有機物も無機物も、術さえも氷結させてしまう規格外のもの。
それ故に最強と呼ばれていたのだが・・・ならばその最強の防壁を物ともせず近づいてきた彼女はいったい何者なのか。
「なんで」
「はい?」
「なんで、大丈夫なの?」
呆然とした表情のまま、思わず問いかけた。
彼女の頭の中にあるのは疑問だけ。
「私の能力のおかげだと思います。『ただそこにある程度の能力』っていう・・・」
『ただそこにある』という何の意味もなさそうな能力。
しかしそこにあるという事は、そこに存在し行動出来るという事。
たとえ自然が無くても消えず、ただただそこに存在できる。
そう、全てを氷結させる領域でもそれは変わらない。
「まぁ、襲われちゃったら流石に消えちゃいますけど」
「・・・氷漬けになるのは、襲われるのと違うの?」
「うーん、私にもよくわかりません」
暖かな雰囲気を感じさせる柔らかい微笑み。
この日、氷精は初めての友人を手に入れたのだった。
それから、妖精は度々氷製の元に遊びに来るようになった。
何気ないお喋りをして、一緒に空を見上げるだけのなんてこと無い時間。
それでも氷精は、自分の凍りついた心が解けていくのを感じていた。
「ねぇチルノちゃん」
「なに?大ちゃん」
彼女達はお互いに名前を付け合った。
氷精は、『氷散る野原の氷精』だから『チルノ』と名づけてもらった。
そこで困ってしまったのはチルノだった。彼女は自分でも理解しているほど頭がよろしくない。
自分が貰ったもののような気の効いた名前など考え付かなかった。
妖精は「何でもいいよ。チルノちゃんが一生懸命考えてくれた名前なら」と言ってくれたが、この時程自分のバカさを嘆いた事は無かった。
結局『最強のあたいに近づける凄い妖精』だから『大妖精』となった。
本当ならもっといい名前をつけてあげたかったとチルノは悔しそうな表情を浮かべていたが、大妖精は喜んでくれた。
この時、彼女達は親友となったのだろう。
「チルノちゃんの能力、制御できるように頑張ってみない?」
「無理だよ、あたいバカだから、よくわからないもん」
「大丈夫だよ、私も一緒に手伝うから!」
「・・・うん、わかった。頑張る!」
そして始まった制御訓練だったが、基本的にあまり賢いわけではない妖精にはあまり方法など思いつく筈も無い。
なので大妖精が他の妖精や妖怪に色々方法が無いか聞きに行き、それをチルノが試してみるという形となった。
その甲斐もあってか徐々に能力をコントロール出来る様になり、氷散る草原はその範囲を少しずつ狭めていった。
「あともう少し・・・」
「チルノちゃん頑張って!」
そして現在は制御訓練の仕上げの最中。
もう周囲に多大な影響を与えてしまう事は無くなったのだが、うっかり気を抜いてついつい能力で周囲を凍りつかせてしまう事があるのでそれをなんとかしようとしているのだ。
これがとても大変なのだ。何せほぼ無意識に能力を制御しなければならないため、ひたすら訓練をして慣れなければならないからだ。
そしてもう大丈夫と太鼓判を押せる位になった頃、何百年という時が経っていた。
草原の外では人間の文明がどんどん発展してきていて、チルノ達のいる草原もそれに侵食されつつあった。
大妖精は自らの能力で存在できるのだが、チルノは強力とはいえ妖精。せっかく能力を何とか出来たのにこのままでは消えてしまう。
そこで他の妖精から聞いたのは、幻想達が集う世界・・・・幻想郷。
「よし!そこに行くよ大ちゃん!」
「でもチルノちゃん、大丈夫?」
「大丈夫!あたいは最強なんだから!」
勿論強がりだが、大妖精を安心させるためにそう言った。事実チルノの強さを知っている大 妖精は安心している。
まさかかつて手に入れた最強なんてどうでもいい称号がこんな時に役立つなんて、とチルノは内心苦笑していた。
何度も勝負を挑まれて、大妖精にも被害が及んだときは恨めしくすら思った最強の名だが、今は好きになれそうだった。
そして辿り着いた幻想郷は、素晴らしい世界だった。
能力を抑えているが故に他よりちょっと強い妖精としか見られないチルノは勝負をふっかけっられることも無くなり、新たな友人も出来て幸せな日々を過ごす。
そして幸せをかみ締める度に不安になる。もし、バカな自分があの頃の孤独を忘れて能力を全開にしてしまったらどうなるだろうと。
チルノの能力は全てを氷結させる、下手な妖怪よりも強力な、それこそ相性次第では大妖怪すら打倒する力。
もしそれを解き放ってしまえば幻想郷に被害が出るだろう。そうしたら確実に妖怪の賢者が自分をどうにかしてしまう。
事実、チルノは妖怪の賢者---八雲紫に出会ったときに言われていたのだ。その時は容赦しないと。
そしてチルノも返答したのだ。その時は、友達に被害が出る前に何とかしてくれと。
でも、チルノは消えたくは無かった。まだ友人達と・・・大妖精と共に居たかった。
ならばどうすれば忘れずにいられるか。自身の過去を容易に思い出せるものは無いか。
そして彼女は、その言葉を思い出し、
「あたいったら最強ね!」
過去の大事な思い出と共にそう宣言するのであった。
後に日本と呼ばれる国のとある場所に、1匹の妖精が居た。
その妖精は妖精とは思えぬほどに強力な能力を持ち、しかし強力すぎるが故に制御ができず、ただそこに存在するだけでありとあらゆるものを氷結させていた。
その妖精が居る場所は春夏秋冬・天候に左右されず常に凍りついた草原が広がり、凍りついて割れた草花は宙へと舞い上がりキラキラと幻想的な美しさを演出していた。
人間や妖怪はいつしかその草原を『氷散る草原』と呼ぶようになり、その妖精を『氷散らす氷精』と呼ぶようになった。
氷散らす氷精は孤独だった。
その能力故に他人が近寄ることを許せず、能力を制御しようにも方法がわからない。
寄ってくるのは彼女を打ち倒そうとする術者や妖怪達くらいだが、それも彼女の能力の前に全て凍りつき、氷散る草原の草花と同じように散っていった。
最強の氷精という称号が得られても孤独が無くなる訳ではなく、楽しみなど戦いに来る相手とのちょっとした会話程度しかなかった。
しかしその程度で孤独という毒に犯されていく心を癒すことなど出来るはずも無く、彼女の心はその能力と同じように徐々に凍り付いていった。
そんなある日、氷精がいつも通りに何もせずに空を見上げていると何者かが近づいてくるのを感じた。
---氷を踏み鳴らす音が聞こえないから、妖怪か何か?またあたいと戦いに来た奴?
無感情な顔で何者かが居る方向を見ると、あちこちをキョロキョロ見回している妖精が視界に入った。
普通の妖精よりも強い力を感じるが、それでも妖精の範囲内。氷精には敵う筈も無く、おそらく不用意に近寄るだけで凍りつきかねない程度でしかないだろう。
---なんだ、妖精か。なら、いいや。
同じ妖精なのに気にも留めず、しかしその妖精から目を離さない。
自分でも気付いていないが、彼女は心配なのだ。自分に近づいてしまわないか。
いままで何度も不用意に近づいてきて凍りついた同胞達を見てきた彼女はもうすっかり慣れてしまっている。
とはいえ、あまり見たいものではない。自分が他人に近寄ることが不可能だと思い知ってしまう出来事であるし、たとえすぐに復活するとはいえ、何も知らない相手を氷漬けにして気分がいいものではない。
しかしその重いとは裏腹にその妖精は氷精のことを発見してしまい、近づいてきてしまった。
---ああ、来ちゃった。
そこで氷精は目線を妖精から外した。自分のせいで凍りつく同胞を見ていたくなかったから。
そして彼女はいつもと変わらず空を見上げる。ただ、何をするというわけでもなく。いつもと変わらない行動を。
ただ、その日は、いつもとは違う、新たな日常の始まりだった。
「あのー」
「っ!?」
「えっ!?な、何ですか!?」
間近で聞こえた声に驚き振り向くと、すぐそばに凍りつく筈だった妖精が驚いた顔で宙に浮いていた。
本来ならばありえない出来事。ここまで近づかれるなんて、いままで経験したことが無い。
氷精の周囲は目に見えないすさまじい冷気で溢れている。その冷気は有機物も無機物も、術さえも氷結させてしまう規格外のもの。
それ故に最強と呼ばれていたのだが・・・ならばその最強の防壁を物ともせず近づいてきた彼女はいったい何者なのか。
「なんで」
「はい?」
「なんで、大丈夫なの?」
呆然とした表情のまま、思わず問いかけた。
彼女の頭の中にあるのは疑問だけ。
「私の能力のおかげだと思います。『ただそこにある程度の能力』っていう・・・」
『ただそこにある』という何の意味もなさそうな能力。
しかしそこにあるという事は、そこに存在し行動出来るという事。
たとえ自然が無くても消えず、ただただそこに存在できる。
そう、全てを氷結させる領域でもそれは変わらない。
「まぁ、襲われちゃったら流石に消えちゃいますけど」
「・・・氷漬けになるのは、襲われるのと違うの?」
「うーん、私にもよくわかりません」
暖かな雰囲気を感じさせる柔らかい微笑み。
この日、氷精は初めての友人を手に入れたのだった。
それから、妖精は度々氷製の元に遊びに来るようになった。
何気ないお喋りをして、一緒に空を見上げるだけのなんてこと無い時間。
それでも氷精は、自分の凍りついた心が解けていくのを感じていた。
「ねぇチルノちゃん」
「なに?大ちゃん」
彼女達はお互いに名前を付け合った。
氷精は、『氷散る野原の氷精』だから『チルノ』と名づけてもらった。
そこで困ってしまったのはチルノだった。彼女は自分でも理解しているほど頭がよろしくない。
自分が貰ったもののような気の効いた名前など考え付かなかった。
妖精は「何でもいいよ。チルノちゃんが一生懸命考えてくれた名前なら」と言ってくれたが、この時程自分のバカさを嘆いた事は無かった。
結局『最強のあたいに近づける凄い妖精』だから『大妖精』となった。
本当ならもっといい名前をつけてあげたかったとチルノは悔しそうな表情を浮かべていたが、大妖精は喜んでくれた。
この時、彼女達は親友となったのだろう。
「チルノちゃんの能力、制御できるように頑張ってみない?」
「無理だよ、あたいバカだから、よくわからないもん」
「大丈夫だよ、私も一緒に手伝うから!」
「・・・うん、わかった。頑張る!」
そして始まった制御訓練だったが、基本的にあまり賢いわけではない妖精にはあまり方法など思いつく筈も無い。
なので大妖精が他の妖精や妖怪に色々方法が無いか聞きに行き、それをチルノが試してみるという形となった。
その甲斐もあってか徐々に能力をコントロール出来る様になり、氷散る草原はその範囲を少しずつ狭めていった。
「あともう少し・・・」
「チルノちゃん頑張って!」
そして現在は制御訓練の仕上げの最中。
もう周囲に多大な影響を与えてしまう事は無くなったのだが、うっかり気を抜いてついつい能力で周囲を凍りつかせてしまう事があるのでそれをなんとかしようとしているのだ。
これがとても大変なのだ。何せほぼ無意識に能力を制御しなければならないため、ひたすら訓練をして慣れなければならないからだ。
そしてもう大丈夫と太鼓判を押せる位になった頃、何百年という時が経っていた。
草原の外では人間の文明がどんどん発展してきていて、チルノ達のいる草原もそれに侵食されつつあった。
大妖精は自らの能力で存在できるのだが、チルノは強力とはいえ妖精。せっかく能力を何とか出来たのにこのままでは消えてしまう。
そこで他の妖精から聞いたのは、幻想達が集う世界・・・・幻想郷。
「よし!そこに行くよ大ちゃん!」
「でもチルノちゃん、大丈夫?」
「大丈夫!あたいは最強なんだから!」
勿論強がりだが、大妖精を安心させるためにそう言った。事実チルノの強さを知っている大 妖精は安心している。
まさかかつて手に入れた最強なんてどうでもいい称号がこんな時に役立つなんて、とチルノは内心苦笑していた。
何度も勝負を挑まれて、大妖精にも被害が及んだときは恨めしくすら思った最強の名だが、今は好きになれそうだった。
そして辿り着いた幻想郷は、素晴らしい世界だった。
能力を抑えているが故に他よりちょっと強い妖精としか見られないチルノは勝負をふっかけっられることも無くなり、新たな友人も出来て幸せな日々を過ごす。
そして幸せをかみ締める度に不安になる。もし、バカな自分があの頃の孤独を忘れて能力を全開にしてしまったらどうなるだろうと。
チルノの能力は全てを氷結させる、下手な妖怪よりも強力な、それこそ相性次第では大妖怪すら打倒する力。
もしそれを解き放ってしまえば幻想郷に被害が出るだろう。そうしたら確実に妖怪の賢者が自分をどうにかしてしまう。
事実、チルノは妖怪の賢者---八雲紫に出会ったときに言われていたのだ。その時は容赦しないと。
そしてチルノも返答したのだ。その時は、友達に被害が出る前に何とかしてくれと。
でも、チルノは消えたくは無かった。まだ友人達と・・・大妖精と共に居たかった。
ならばどうすれば忘れずにいられるか。自身の過去を容易に思い出せるものは無いか。
そして彼女は、その言葉を思い出し、
「あたいったら最強ね!」
過去の大事な思い出と共にそう宣言するのであった。
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