HAPPY END -BAD END-
CAUTION!CAUTION!
・この話はHAPPY END後、冬也が死ななかった場合のお話です。
・色々とアレです。気にしないで下さい。
・常識的におかしい部分はファンタジーということで。
・作者的にはあれだけ言っておいて生き残る時点で恥ずかしすぎてBAD END。
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夢の中で夏樹に会った。せっかくなので手術室の前で全員に言ってやった事と同じ事を言ってやった。
これで俺はHAPPY END。楽に慣れるんだと、俺はそう思っていたのだが・・・どうやら神様は俺の事を見ていても、好きでいてはくれなかったらしい。
「・・・マジかよ。まだ俺に生きろって言うのか?とんだBAD ENDじゃねぇか」
「えっ・・・?」
暗闇に包まれた世界で、唯一俺の前に居た夏樹がそんな間抜けな声を発した瞬間、俺の意識は暗闇に塗りつぶされた。
目が覚める。体には感覚が残っていて、体中から痛みが襲い掛かってくる。どうやら俺は生き残ってしまったらしい。
なんて無様なんだろうか。あのまま死ねれば満足だったのに、人生そう簡単にいかないらしい。・・・はっ、そんなん今更だったか。
まあどうでもいい。生き残ってしまったならスペアとしてまた生き続ければいい。腹部の傷からどうやら臓器は移植されているらしいと判断できるから、夏樹の方も問題は無いだろう。なんで生きてるのか不思議ではあるが。
しかし、俺はいったいどれくらい意識を取り戻していなかったのだろうか。眼球移植の時でさえ夏樹よりも長く入院してしまっていた程に俺の体はガタガタなのだ。気が付けば数ヶ月なんていう物語の様な展開もあり得なくも無い。
「あっ!目が覚めましたか!!」
「あ、はい。あの、色々と聞きたい事があるんですけど」
「はい、すぐに担当医を呼んできますね」
たまたま様子を見に来たであろう看護婦さんは、あっという間に引き返して病院内を駆けていった。走ったら駄目だろう看護婦さん。いや、今は看護士だったか?
すぐにやってきた俺の担当医の話によると、現在入院して一週間らしい。意外と早く目が醒めた様だが、退院はそう簡単にいかないかもしれない。
で、俺が生きてる理由なんだが、自殺出来たと思ってた俺の傷は思いのほか継承だったらしく、ただ痛みやら何やらで気絶しただけだったらしい。恥ずかしすぎる。
そして検査した結果、事故で弱っている夏樹には使えない人口臓器の移植が俺には耐えられたらしく、俺の臓器を夏樹に、人工臓器を俺にと移植する事となったらしい。
なんで夏樹に人工臓器が移植出来なかったのか、サイズなのか体質差なのか詳しい事は分からないが、まあそんなわけで二人とも生き残ったらしい。俺はペースメーカー的な物が埋め込まれているみたいだが。
・・・まあ、大体そんな内容の話を「自殺なんてするな」という説教と共に教えられた。説得にあまり力が無かったのは、あの時の俺の話を聞いていたからなのかもしれない。
さて、HAPPY ENDへと辿り付く事が出来なかった訳なのだが、これからどうしようかと考える。
といってもやる事は『夏樹のスペア』と『勝てるもの探し』しかないので、俺がすべき事は基本的に変わらない。
問題は周囲の人間だ。死ねると思って全部言ったというのに、こうも無様に生き残ってしまっては面倒な事になりそうな気もする。
「冬也・・・」
ベッドの上で暇つぶしがてら色々考えていると、俺が意識を取り戻したという話を聞いたのか、入院患者が着ている様な服を着た夏樹が病室の入り口に立っていた。
顔色があまり良くないのは入院していたのだから当たり前なんだろうが、まさかもうそう簡単に歩いて移動できるとは・・・全く回復力も並じゃないようだ。これに関しては負けてる事を既に理解していたからどうと言う事は無いのだが。
「よう、どうやらお互い生きてた様だな」
「うん・・・」
病室に入ってきた夏樹はベッド横の椅子に座り、自分の病室から持ってきたであろう果物とナイフを籠から出してリンゴの皮をむき始めた。
リンゴの皮むきも俺が始めた行動の一つ。勿論あっさり追い抜かれた訳だが・・・そんな事より、入院患者が入院患者にお見舞いの果物を持ってくるのはどうなんだろうか。
そんな事を考えてるうちにむき終わって切り分けられたリンゴを渡された。うん、美味い。
「しかし、せっかくHAPPY ENDかと思ったのに生き残るとは思わなかったな。これでまたスペア生活だ」
「っ・・・どうして、そんな事言うの?」
「どうしてって、言っただろう?昔から俺は『夏樹のスペア』として生かされてきてたんだよ。『冬也という人間』を見てる奴なんて誰も・・・ああ、一応お前と健二が居たか。でも、それだけだろ?」
「そんな事---」
「無い、とは言えないだろう?クラスメイトは勿論、俺の母親を見てみろ。あいつは間違いなくそれに近い事を考えてただろうさ。自分で気付いているかどうかは知らないけどな」
「・・・」
夏樹自身心当たりがあるのだろう。所謂教育ママ的な部分がある母親は落ちこぼれの俺に厳しい。夏樹に用事があっても忙しかった場合に『夏樹の代わりに』と俺に用事を頼んでいた。
勿論自分の子供としても見てはいたんだろう。でも、俺からしてみれば『夏樹のスペア』として色々言ってくる周囲の人間と何ら変わりは無かったのだ。
「ま、ともかく生き残ったおかげであと一回くらいは死にそうになってもスペアが利くかもな。俺の為にさっさと使い潰してやってくれ」
「・・・ない」
「ん?」
「スペアなんて・・・いらない!冬也は冬也だもん!!冬也が私のスペアだなんて言うなら、私はそんなスペアなんていらない!!」
涙を流して怒りながらそう叫んだ夏樹は、そのまま俺の病室を飛び出していった。・・・そうか、『スペアなんていらない』か。
・・・はははは!!!『スペアなんていらない』か!なら俺の存在理由もこれで無くなった訳だ。役割を完遂出来たわけじゃないからHAPPY ENDにはなれないが、本人から『途中廃棄』されるまで勤め上げたならGOOD END程度の生きた証は残せただろう。
ならもう俺にはこの世界に生きる理由も何も無い。『夏樹に勝てるもの探し』はあくまで『スペア』として生きてる間に達成したかった、いわばサブクエストみたいなものだ。メインが終了した時点でこんなものは何の意味も無い。
ベッド横には、夏樹が忘れていった果物とナイフ。ここでナイフがあるのはまさしく神の思し召しって奴か?・・・いや、神は俺を嫌っているみたいだからな。GOOD ENDで終わってしまえという意思表示なのかも知れん。
でも俺はそこそこ満足だ。もう少しでHAPPY ENDだったのが心残りだが、どちらにしろこれで楽になれるのだ。死んだら何も無くなるのだから、その辺はどうでもいい。
さあ、再び自分に別れを告げよう---
「これで俺はスペアから開放されて、苦しむ必要も無くなる。これで俺はGOOD ENDだ」
---ナイフは俺の首を切り裂いた。
「---!!」
あ・・・誰かの声・・・また生き残ってしまうのか・・・嫌だなぁ、生きる理由なんてもう残って無いのに・・・
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悲しみ、憎しみ、怒り、不安・・・様々な感情が私の中で渦巻いているのを感じながら、私は自分の病室のベッドで蹲っていた。
何で私は気付かなかったのか。何で両親は気付かなかったのか。何でみんな気付かなかったのか。
どうしてこんな事になってしまったのか。冬也は冬也なのに、冬也自身は『私のスペア』だと言った。私は否定したかったけど、普段の生活での周囲を思い出して否定出来なかった。
思い返せば、冬也は健二君以外親しい友達が居なかったように感じる。話しかける人はそこそこ居たみたいだけど、それこそ『私の代わり』として用があった人ばかりだった。
冬也を冬也と見ていなかった周囲が腹立たしい。息子をきちんと見ていなかった両親が悲しい。・・・何より、双子の兄のその心境を全くと言っていいほど察せずに追い詰めていた私自身に怒りを感じてしまう。
病室の外が騒がしくて考え事が出来ず、様子を見る事にした。病室を出てみると、少し離れた場所にある病室に看護婦や医者が居て・・・
「え・・・冬也の・・・病室?」
怖い。何が起きたのか。冬也の体に異常が起きたのか。それとも---
体がガタガタと震えているの自覚する。眩暈がして倒れそうになる。それでも騒ぎになっている視線の先を見続けて---
---首から大量の出血をしている冬也が目に入った時、『私のスペアという存在理由が無くなって冬也が自殺未遂した』という事を不思議とすぐに理解出来てしまい、私はその場で崩れ落ちてしまった。
幸い冬也は生き残る事が出来た。
冬也が自殺未遂した理由は、私が考えた通りで合っているんだろう。何せ最初に発見した看護婦が聞いていたのだ。
『これで俺はスペアから開放されて、苦しむ必要も無くなる。これで俺はGOOD ENDだ』
そう呟く冬也の声を。
両親は憔悴している様だった。冬也は『親もスペアとして見ている』と言っていたけど、やはり息子は息子なのだ。お母さんなんて自分の行動も原因の一つだと理解してからは、以前の様な元気など欠片も残っては居ない。
このまま冬也が死んだらみんな不幸になってしまうだろう。何より、冬也が『私のスペア』だと思い込んだまま死んでしまうなんて悲しすぎて許容できない。
でも、冬也は『私のスペア』という存在理由がないとまた自殺してしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
---そう、嫌なのだ。私が嫌なのだ。たとえどれだけ時間がかかっても、『冬也は冬也』だと認識してもらいたい。大事な双子の兄に、自分は自分なのだと胸を張って生きてもらいたいのだ。
---その為に私は、『冬也を生に縛り付ける木偶人形』になろう。私自身が『冬也は私のスペアなのだから死ぬな』と言って。
私は『冬也を演じていた木偶人形』なのだ。ただ今度は当夜を生かすために、違う役を演じるだけ---
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俺と夏樹は退院し、何時も通りの日常へと帰ってきた。 ・・・否、何時も通りなど欠片も残っていないか。
『冬也は私のスペアなのだから死ぬな』
それを直接夏樹から聞いたとき、俺は本格的に『夏樹のスペア』となった。今の俺は最早人間ではないのだろう。
俺は睡眠不足になる勉強を止めた。スペアが睡眠不足で自壊するなんていけないと思ったから。
俺は無茶な運動を止めた。スペアが自分の体を壊すなんて存在理由に喧嘩を売る様なものだから。
俺は『夏樹に勝てるもの探し』を止めた。スペアにそんな感情など必要ない。スペアはスペア、それ以上でも以下でもないのだから。
「帰ろう、冬也」
「ああ」
余った時間は大抵夏樹と共に過ごしている。スペアならすぐにスペアとして行動出来る様に。
一見以前より兄妹仲が良くなったかの様に見えなくも無いが、実際は『本体とスペア』という歪んだ関係だ。それを理解しているクラスメイト達は俺が退院してから、俺に話しかけようとしなくなった。
夏樹も最近はあまりクラスメイトと会話していないらしく、頻繁に会話しているのはせいぜい俺と夏樹の共通の友人である健二くらいだ。
・・・健二も最近は『優秀な弟』に恐怖を覚えているらしい。でも問題は無いだろう。慣れてしまえば恐怖も何も感じなくなる。
自宅は最早以前と同じ姿を取り戻す事は無いだろう。
母親は俺にも夏樹にも用事を言い渡す事は無くなり、全て自分で動く様になった。父親はこんな家の雰囲気が嫌なのか、毎日残業して帰宅するのは夜遅い。
家出する事は特に無い。せいぜい夏樹と会話する程度で、それ以外は何もせずにテレビを眺めているだけだ。
「ねぇ、冬也・・・」
「なんだ」
「冬也は・・・冬也だよ」
あれから一日一回は聞く言葉。分かっている、俺は俺だ。ただ、それより先に『夏樹のスペア』という存在理由が存在しているだけで。それに夏樹も気付いているのか、自宅ではいつも悲しそうな顔をしている。
今は夏樹が俺をスペアだと思っていないのを理解出来ている。でも、夏樹がそう宣言した以上、それを夏樹自身が撤回するまで俺は『夏樹のスペア』でしかないのだ。
まさしくこの日常こそ、俺達家族のBAD ENDなのだろう。しかもそれは、このまま続いていくのだ。
終わりを迎えるのは、俺か夏樹が死んだ時。死んだ人間は救われるが、生き残った人間は更に厳しいBAD ENDへと落ちるのかも知れない。
先に死んで楽になる《BAD END》か、先立たれて苦しみ後から死ぬ《BAD END》か---
---この歪みきった生から、俺はいつになったら開放されるのだろうか。
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