今回は、「自分バカなんで」「私バカだから」という言葉について整理します。けっこう色んなパターンがあると思うので、ややこしいからです。
前提
そもそも失敗をしない人間はいないものですし、バカなことをやったことがない人間などは存在しません。
全ての人間が、バカなところもあればバカでないところもあるという狭間でゆらゆらと生きているものです。
それにも関わらず、殊更に「自分バカなんで」と言うからには、そこには何かしらの意味が込められていると考えるべきです。
1、謙遜表現のひとつとして
日本は謙遜表現を使うコミュニケーション文化を持っているため、「つまらない物ですが、よろしくお願いします」「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」と同じような感じで使われることがあります。挨拶表現に近い、相手との関係を重視する場合の言葉で、文末や会話の締めなどで使われることが多いものです。
「私バカだからさ…頼りにしてるね!」
「自分バカなんで失敗も多いですが、ご指導よろしくお願いします」
特に、具体的な失敗の後に使われる場合が多いと思います。
あるいは、相手を上げる場合や自虐の冗談にする場合にも使われます。
「右に行けば良かったんですね! 自分バカなんで左ばっか見てましたー」
「えっあれ破っちゃいけないの!? 私バカだから、すぐ破っちゃいそうw」
2、相手の期待値を下げるために
先ほどとは逆に、文頭や、会話の始まりなどで使われることが多いものです。
「自分バカなんで、どうせ出来ないです」
「私バカだから詳しいこと分かんないけど、やっぱ原発はダメだと思うんだ」
自分に自信がない場合に使われる場合もあれば、相手からの追及を避けるために使われる場合もあります。もちろん、その両方が複合している場合もあります。
前者は、学校での成績が悪かった、親からバカだと言われた、などでコンプレックスを持っている場合が考えられ、たいていは後者を含みます。
→ 悪ぶって他人の評価を下げ、自己評価を低く安定させるのはあまりおすすめしないよ! - 斗比主閲子の姑日記
3、相手への反抗の最後通告として
「自分バカなんで、分からないです」
「私バカだから、なに言ってるか分かんない」
相手の指示や命令を無視する場合に使われることがあります。
「違うと思います」だと相手に再反論の余地があるのに対して、この表現は相手の言論をシャットアウトするカードとして機能します。
4、相手への仲間意識の表明として
「自分バカなんで、おっぱいのことしか考えてないです」
バカであることが価値を持つ場所というものがあります。バカであることが標準である、バカであることが潔い場所。
コウモリは肉体労働の現場でバイトをするフリーターをして暮らしていました。そういう場所では、灘高に通っていたということがバレると学歴コンプレックスの捌け口とされることがありました。
「灘高に通っていた=学校の成績が良かった」ということは、親や教師から褒められるなどの良い思いをしていたことが予想されるわけで、「学校の成績が悪く宿題も苦痛だし低い評価を内面化することを強いられた」ひとにとっては、腹が立つ対象だろうなと想像できます。
そこでコウモリが取るようにした対処法は、自分もバカだと示すことでした。
「えっ、君、灘高に行ってたんだ?」
「はい、そうです」
「それなのに、こんなバイトして暮らしてるの?」
「自分、バカなんです」
「ハハw 灘高まで行かせてもらって、こんなとこで働いてたらバカだな」
その場所を低く評価しているひとだと、こういう感じです。
逆に、その場所に誇りを持って働いているひとの場合。
「えっ、君、灘高に行ってたんだ?」
「はい」
「そっかー、珍しいね」
「おっぱいで言うとFカップくらいの珍しさらしいです」
「Fカップかー、俺、Dまでしか触ったことねーわ」
「羨ましいです」
「経験ないの!?」
「はい…」
「まあ勉強ばっかしてたんじゃあ、仕方ないな」
もしくは、Fカップに食い付かない非モテ系のひとの場合は、次のような流れになります。
「偏差値すごいとこだよね?あれいくつだっけ?」
「偏差値70らしいです。おっぱいで言うと、偏差値70はFカップらしいです」
「そっかー」
「蒼井そらと同じなんですw」
「なに、そういうの好きなの?」
「自分バカなんで、そういうのばっか見てたら大学行けなくってw」
同じ場所で働く、同じ仲間だと認識してもらうこと。そのためにコウモリは、「自分バカなんで」という言葉を使っていたことがあります。*1
5、バカにも色々な意味がある
最後に注意すべきものとして、バカという言葉自体の持つ多様性があります。
バカというのは相対評価を示す言葉なので、その言葉を使っているひとが、どの範囲のどんな内容で比較しているのかをよく見る必要があります。
範囲
例えばメンサという、人口上位2%のIQを持っているひとだけが入れるクラブがあります。このクラブに入会したひとが、周囲の会員と比べて「私バカだ」と思うことはあるかもしれません。コウモリの知り合いで言えば、親戚がぜんぶ東大出身という家に生まれた人が、「自分は東大に入れないからバカだ」と思っているひともいます。
どの範囲を母集団として設定しているかによって、「バカ」という言葉の指すラインが変わってくるのです。逆に言えば、あるひとがどのラインをバカと判定しているかによって、そのひとが依拠・想定している母集団が推測できます。
内容
また、バカという言葉の指す内容にも様々な場合があります。
A「学校の勉強が苦手だった・IQが低い」ことを指す場合もありますし、
B「生活力がない・EQが低い」ことを指す場合もあります。
→ トピシュ先生のコウモリウォッチ - 斗比主閲子の姑日記
あるいは、次のような場合もあります。
C「一般的には価値が低いと思われている事柄に一生懸命なこと」
アントニオ猪木は「馬鹿になれ」と言います。
スティーブ・ジョブズも「Stay hungry,Stay foolish」と言います。
彼らの用法での「バカ」の場合がそうです。
皆が「甘いニオイの向こうにはエサがある」という価値観を持って甘いニオイのする方向へ進んでいるときに、「甘いニオイの向こうには敵がいる」という価値観を打ち立てあえて臭いニオイのする方向へ進む。そういうリスクテイカーの存在によって進化は起こります。(生存確率が上昇します。)
彼らにとっては、積極的な誇りとともに「自分はバカだ」「お前もバカになれ」という言葉が発されます。
コウモリもリスクテイカーを自認しているので、コウモリが「自分バカなんです」と自称する背景には、僕はリスクテイカーです、という主張が暗に込められています。腰が低いためにリスクテイカーだという解釈をされることが少ないようですが、腰の低いリスクテイカーというのは結構いるものです。身近な例で言えば、id:netcraftさんが典型的な「腰の低いリスクテイカー」です。
まとめ
言葉の切り貼りが容易なインターネット上では、文脈を見ずに「一文だけで判断する」ことが多くなっていますが、それでは読み間違えてしまうことがあります。
今回の「バカ」という言葉が、その最たるものです。
ここまで挙げてきたように、「バカ」という言葉にはいくつもの解釈があり、「自分バカなんです」という言葉にもいくつもの用法があるからです。
言葉の解釈は受け手の自由ですし、他人のことなんて適当に解釈すれば良いものだと思います。ただ、自分の解釈を使って他人について言及したり他人を動かそうとしたりするのであれば、解釈についても誠実であろうとする姿勢が必要だと思います。
でも、そうは言っても。
言葉については、ひとの数だけ用法の数があるわけで、その全部に付き合うコストをかける余裕はありません。だから、「誠実である」とは、他人の言葉を完全に解釈しようとする態度ではなく、その都度、自分の解釈を訂正していく柔軟さを指すのだと思います。
そういう意味で。
ここに挙げた以外で、こういう用法のひともいるよねーというものがあれば、教えて頂けると嬉しいです。
余談
以前このブログで、多数派とは異なる意見を書いた記事の後書き余談として、「僕はバカなので変なことや間違ったことを言うことも多いのですが、よろしくお願いします」的なことを書きました。
もちろん今回の説明で言えば1の用法で、「間違いがあれば指摘して下さい」という表現として使ったものです。
そのとき。
この後書き余談の部分だけを抜き出して、「自分バカなんでという言い訳をして意見を言う奴は卑怯だ、言いっ放しで相手の意見を聞くつもりがない無責任な奴の使う言い回しだからだ」のように匿名掲示板で書かれたのです。
僕としては1の用法として後書きに置いたものを、さも前書きに置いてあるかのようにして、2の用法として批判されていたのです。
そして、その匿名掲示板の記事に乗っかる形で、様々な方が2の用法を批判されていました。まず僕の記事自体を見れば、「意見を言う前の言葉として2の用法で使っているのか」「意見を言った後の言葉として1の用法で使ってるのか」は明らかなのですが、多くの人は一次ソースを辿って元々の使われ方を見ることなどしません。短く激しい悪口を好むのがインターネットの世界だからです。
で、それまで僕自身は上記のうち3つの用法を含めて使っていたのですが、文脈判断が複雑で誤読誘発率が高いからもう使うのは止めようと決めたわけです。
→自分のことバカって言うの止めます - コウモリの世界の図解
あれから半年くらい経って落ち着いた頃だと思うので、まとめて説明してみました。
*1:id:zuiji_zuishoさんのために言えば、「ただし摩擦はないものとする」が前提の世界もあれば、「ただし摩擦はあるものとする」が前提の世界もある、という感じです。