とあるハンターの逡巡1
後半戦闘シーンがあります。
苦手な方はバックプリーズ。
ざくざくと下生えの草を踏みしめ、進んでいく。
先日振った雨の影響か、足元はぬかるみ歩きづらいが無視して歩みを進める。
最近人が入ったと言うが、もともと人が来ない土地なのだろう。
所々に出っ張った木の枝が進路を阻む。
それを払いながら慎重に進んでいくと、鬱蒼と茂った木々が突然開けた。
「……ここか?」
平戸琢磨はその日、一人で森の中にある洋館の前に来ていた。
その姿は普段の制服姿ではない。
普段の真面目ぶった委員長然とした雰囲気はなく、その顔にはメガネもない。もともと伊達なので問題はなかった。
濃いグレーのジーンズにベージュのトレッキングシューズ。薄手の長袖のシャツにダウンベストという出で立ちだ。
頭に被った鳥打帽も相まっておそらく学園での琢磨しか知らない人間にはよく見ないと彼とはわからないだろう。
事前に森に入ると聞いていた故の姿なのだが、覚悟していたほど森の奥に入らず、正直拍子抜けした。
雨が降ったあとの湿気も相まって初夏も近い気温から吹き出た汗を拭いつつ、洋館を観察する。
まだ、森の木陰から外には出ない。
一見洋館は立派だが、ところどころ屋根や壁に老朽化のためか穴があいているのが見えた。
おそらく長い間人の手も入らず、放置されていたのだろう。
装飾も見事な洋館だというのに勿体無いことだと、状況を忘れてのんきにそんなことを考える。
琢磨がなぜこの場所にいるのかといえばハンターとしての仕事だ。
実は先日ハンターの一人がハンターの規約違反でギルドから処分された。
その男は最近頭角を現したという新人ハンターだった。
新人といっても琢磨より年上だ。親がハンターだったため、中学生でハンターになった琢磨の方が異例で、通常は高校を卒業してからその職に就く。
その男はあろうことか、功を焦るあまり普通の人間を吸血鬼として仕立てた挙句、それを狩り手柄にしようとしたらしい。なお悪いことにその相手がギルドの出資者の近親者だったようで、それがギルドの怒りに触れた。
彼の業績は過去にも不信な点は多いようで、前に狩ったという吸血鬼に関しても本当に吸血鬼だったか疑わしいとのことだった。
ギルドが調査する中で、どうやら彼には仲間がいたらしいことがわかった。
仲間は男と女の二人連れらしい。
名前は『バレット』と『ブルーローズ』。
明らかに偽名だが、これ以外のことをハンターだった男は知らないらしい。
ただ彼らの言われるまま、吸血鬼を狩っていたのだと、供述したと聞いていた。
あまりに短慮な話に琢磨ですら呆れた。
服の内ポケットから電子端末を取り出すと、そこに記録された画像を呼び出した。
そこには件のハンターの仲間と思しき男女の絵姿が記録されていた。
ハンターの供述から描き起こされた二人の似顔絵だった。
だが、男は目出し帽、女は仮面をつけたままという素顔のわからないものだ。
ハンターは彼らの素顔を知らないらしく、そこまで引き出すので限界だったらしい。
自白剤まで使われたが、結局本当に知らないことだけが判明しただけだった。
自白剤のあたりには少し眉をひそめたものの、世間的に極秘事項となっているハンターズギルドのことを考えればやむを得ない。
結局件のハンターは資格の剥奪となった。
表向きの原因は部外者にギルドのことを漏らしたことになっているが、ギルド以外の情報網から事の裏側はほぼすべてのハンターに知れ渡っていた。
ハンターの規約違反は重い。
記憶を剥奪の上で、持ち物全て焼き捨てられ新たな戸籍を与えられた上で放逐される。
そのあとは生きようが、野垂れ死のうがギルドは関知しない。
場合によっては重すぎるともとれる刑だが、彼には間違って吸血鬼を狩った可能性が示唆される。
狩るという言葉を使うと実感はわかないが、それが人間であった場合間違いなく殺人だ。
表立って警察に突き出すわけにもいかないため、自然に刑が重くなる。
ギルドによって殺される刑もあるため、まだこれは軽いほうだ。
それほどハンターの仕事は重いものだ。
吸血鬼は一見してわかるほど醜い容姿をしている。
普段なら見間違えるはずもない。
どうやらこの新人はこの二人に誑かされ、吸血鬼に見えない相手を狩ろうとしていたという報告を受けている。
そして事件の発覚後ハンターのみが捕らえられ、二人の犯人は姿を消したとのことだった。
琢磨が来ていたのはそのハンターの愚行が明るみに出た事件の現場だった。
犯人は現場に帰るではないが、もしかしたら同じ場所に犯人グループが姿を見せるかもしれない。
そんな淡い期待と新人にしては目端の聞く琢磨が現場で何か手がかりを見つけてくれることを期待しての現場派遣だった。
本来であれば、そんな空振りに終わる可能性の高い案件を受けたくはなかったが、ここ最近ハンターとしての仕事をしていない琢磨はギルドからの依頼を断りにくかった。
琢磨はそっと周辺を探った。見える範囲に人の気配はない。
だが視認できない位置にいる可能性もあるため、念入りに周囲の気配を探る。
ふと、洋館の二階部分の窓に目を止めた。
長い間風雨に晒された窓ガラスはお世辞にも綺麗とは言い難く、白く汚れていた。
クリアとは言えないそのガラスに動く影を見つける。
まさか、と琢磨は思った。
正直この仕事で琢磨は何らかの報告をギルドに提出できるとは思っていなかった。ギルドもさほど期待しての案件ではないのだろう。
だがどう見ても確かに動く影がある。あれが犯人かはわからないが、何かしら事件の関係者である可能性はある。
どちらにしても確かめる必要はあった。
琢磨は人影を追って木陰から飛び出した。
洋館に近づけば、もともとホテルだったと言う建物には広い玄関があった。
脚を踏み入れれば、長年の風雨で朽ち果てかけ廊下がぶよぶよとした感触を足裏に伝えてくる。
今にも抜けそうな様子に慎重になりながら、極力急いで二階に上がる。
人影を見たあたりの部屋の扉の前に来た。
流石に犯人かもしれない相手がいる可能性のある部屋に飛び込むような真似はまずい。取っ手に手をかける直前に思いとどまる。
老朽化によるものか扉と壁のあいだに僅かな隙間が生じており、そこから中の様子を覗くことができた。
そっと扉越しに中の様子を伺う。
中の人物は窓の外でも見ているのか、こちらに背を向ける形で立っていた。
その後ろ姿に違和感を覚える。
(……あれは。裏戸学園の、制服?)
後ろから見た人物は見慣れた裏戸学園の女子生徒の制服を着ていた。
長い黒髪の長身の女の後ろ姿に不意に最近関わることになった女子生徒のことを思い出す。
後ろ姿だけだがなんとなく似ている気がする。
だが、どうして彼女がこんなところにいるのか。
数週間前、琢磨の名を語って、ギルドのサイトにアクセスしていた女だ。
まさか今回の事件に何らか関係があるとでも言うのか?
思いがけず知り合いに似た姿に考え込んだ琢磨は、背後に迫る人影に気付かない。
がっ!
突然後頭部に走った衝撃に琢磨は一瞬で意識を闇に奪われた。
****
闇夜にきらめく白銀の光ははっきりと琢磨の目に焼き付いた。
月光を受けてきらめくその光は、例えようもなく美しい螺旋を描き、宙を舞う。
振るわれるたび、闇を切り裂く白銀の輝きが忘れられない。
――――それは古い記憶。
琢磨はその頃、基礎訓練を終え、ようやく父親のサポートとして実際の吸血鬼狩りに参加していた。
参加していたとはいえ、メインで狩りを行うのは父親の仕事だったため、彼は狩りの最中に関係のない 人間が場所に踏み込まないように現場の周囲を見張ったり、吸血鬼の情報を集めたりとおおよそ直接吸血鬼に対することはなかった。
しかし、その日琢磨は父親に内緒でこっそりと吸血鬼狩りの現場に足を踏み入れた。
父親の仕事を手伝っているというのに、一度も父親が吸血鬼を屠るところを見たことがなかった。それが琢磨には不満だった。
そこでこっそりとその現場を見学しようと思ったのだ。
その日の狩りには従兄弟の大翔も一緒だった。一緒に行けば足手纏いでしかない彼を置き去りにして琢磨は吸血鬼が追い込まれてくるであろう場所の木陰に隠れていた。
一人、物音を立てないようあたりを伺う。
琢磨の父親は慎重に作戦をねるタイプのハンターだった。
綿密に計画された獲物を追い込む作戦で、まるで操られるように獲物がその場におびき出されるため、仲間内からは傀儡師と異名を取るほどだ。
父親から予め作戦を聞いていたため、おそらく父親が戦闘を想定した場所で待っていれば、吸血鬼を滅する現場に居合わせることができると考えたのだ。
しばらくすると、ガサガサと葉擦れの音がしたと思うと、知らない男の姿が現れた。
フラフラと進むその姿は二足歩行しているが、おおよそ生きている人間には見えなかった。落ち窪んだ眼孔、血色が悪すぎ土気色の肌、表情は抜け落ち、鋭い犬歯の見える口は半開きでまるでどこかのゲームに出てくるゾンビのようだとぞっとした。
琢磨とてハンターの息子だ。吸血鬼の姿は知らないとは言わないが、現実に目の当たりにしたのは初めてだった。
予想より醜悪な姿に本能的な恐怖を感じる。
だが、物音を立てるような真似はしない。
息を殺して見つからないよう、その動向を見守る。
おそらく追い込まれているのだろう。
その身は傷つき血が滲み、足取りもフラフラと重そうだ。
落ち着き無くぎろぎろと光る赤い瞳をさまよわせ当たりを伺いながら、草をかき分けている。
おそらくハンターから逃げている途中なのだろう。
しかし、その進行方向は作戦を知る琢磨からすれば、おびき寄せられているようにしか見えなかった。
さすがは父親の仕事だと胸を高鳴らせその光景に見入っていた時だった。
「……琢磨。見つけた!」
突然、聞こえた声に琢磨は心臓が飛び出そうなくらい驚いた。
慌てて振り返ったそこに美少女のような従兄弟の姿があった。
この頃の大翔は本当に少女のようにしか見えない容姿をしていた。
街を歩けば、スカウトに声をかけられ、一人で歩けば変質者に付け狙われる。
少しだけ伸びた髪がなお彼の美少女振りをさらに上げており、もはや男に告白されるのは日常茶飯事で、それが女子の反感を買い、クラスでも孤立無援となっていた。
それ故にか大翔は何かと琢磨の後を追って来たがる。
おそらく、いつものように琢磨を追いかけ、探し回っていたのだろう。半べそをかきながら、泥だらけのその姿に目を見開く。
「大翔…、お前」
なんで来たんだ?と続ける前に琢磨はぎくりとした。
背後に強烈な視線を感じた。その視線に冷や汗が流れる。
おそらく大翔の声でここに人が潜んでいることを感づかれた。
しかし、状況がわかっていない大翔はこちらに駆け寄ってきた。
「もう!探したんだよ。こんなところで何やってんだよ。持ち場を離れちゃダメでしょ?拓人さんに怒られ……」
「大翔!」
琢磨は体当たりし大翔を突き飛ばした。
次の瞬間、二人がいた場所に何かが通り過ぎた。
転がりながら、見えたのはいつの間に距離を詰めたのか。腕を振り下ろした吸血鬼の姿だ。
その姿をよく確認する前に琢磨は立ち上がった。
「大翔、走るぞ!」
「ちょ、琢磨?なにを…?ひいっ!き、吸血鬼?!」
その時になって初めて状況を理解したらしい従兄弟の悲鳴に構わずその手を引っ張り走り出す。
しかし、一人で走るのと違い、運動神経の鈍い大翔を引っ張りながらでは速度も出ない。
あっという間に追いつかれる。
吸血鬼が手を振り上げたのを見た瞬間、琢磨は持っていた荷物を思いっきり顔面に投げつけた。
思わぬ攻撃だったのか、一瞬だけ動きを止めた吸血鬼だったが、投げつけた荷物をあっさり叩き落とされた。
だが、その間に琢磨は護身用に持たされていたナイフを抜いた。
その白銀の光に気づいたのか吸血鬼は一瞬動きを止める。
しかし、それを構える琢磨の姿に気付いたその視線は一瞬にして残忍な色が浮かぶ。
対する琢磨は奥歯を噛み締めた。
圧倒的に不利な状況だった。
琢磨は基礎修行が終わったとはいえまだハンター候補でしかなく、しかも大翔というお荷物がいる。
どう考えても逃げきれる状況でなはい。
その手にあるナイフもただのお飾りで、ただのナイフでしかないこれで吸血鬼を滅するどころか、傷をつけることさえ難しいものだ。
「た、琢磨ぁ…」
ガタガタと震える大翔を背後に庇いながら、ジリジリと後退する。
おそらくこちらが反撃できる状況にないのを分かっているのだろう。
吸血鬼は余裕のある足取りでこちらに近づいてくる。
その瞳は弱い獲物をいたぶる残虐性に溢れている。
絶望的な状況に流石の琢磨も泣きたい気分になった時だった。
「おいおい、お前の相手は俺だろ?」
声と共に白銀の一閃が闇夜にひらめく。
下段からの振り上げる一閃の煌きに琢磨は状況を忘れて見入った。
その光の正体を琢磨は知っていた。
鬼切丸。
昔語りにおける伝説のものとは異なる。
特別な呪法で作られとされる刀で、その美しい等身は細い月の明かりを一身に集めたような白さでそれが琢磨の目に焼き付いた。
「ぎゃああああああああああああああああああ」
闇夜を切り裂くような悲鳴が夜の森に木霊する。
琢磨の前に圧倒的な威圧感を持っていた吸血鬼が悲鳴を上げながらあっさりと膝を付く。
その切られた場所から血とともに瘴気のように黒い煙のようなものが吹き出てくる。
だが、吸血鬼もタダやられはしないと無事な腕を横振りに叩き込む。
吸血鬼の力は普通の人間の何倍もあり、その力で振るわれた暴力は人を一瞬で肉塊と化す力を持っている。一撃でも受ければ無事では済まない。
……攻撃が当たれば、だが。
吸血鬼の腕はあっけなく宙を掻いた。
驚愕に顔を歪ませる吸血鬼に、つまらなさそうな無表情の男が最後の別れを告げた。
「…こちらも仕事だ。悪く思うな」
風のような軽やかな動きで相手の懐に潜り込んだかと思った瞬間、吸血鬼の頭と体は別れを告げていた。
今度は悲鳴すらあげられずに、崩れ落ちる吸血鬼の体。
その体が地面に触れる前に、一瞬で灰と化す。
着ていた服だけがその場に残され、乾いた音を立てて地面にだらしなく広がった。
なんだろ?
ハンターくん難産ですわ~。
描写が多くて大変(´;ω;`)
シリアスが続くとしんどいです。
げは。
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[拍手してやる]
7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
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