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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

寮にて3

「ひ、聖さん。そろそろ特別…天空寮に帰ったら?」

 聖さんの下から息も絶え絶えに顔を出すと、聖さんがぷくりと膨れた。
 そんな顔は男の前だけでやれ。
 あ、副会長はなしの方向で。

「環ちゃん、ひどい。あたしの帰るところはここなのに」
「…それはできないと何度も言ったはずですよ?さ、そろそろ行きましょう」
「い・や!環ちゃんと一緒がいいの!あたしは動かないんだから」

 副会長の言葉に外方を向く聖さん。あたしはだんだん苛々してきた。
 なに子供みたいなこと言ってるんだ。この娘は。
 駄々捏ねてなんとかなるなら、あたしは今こんな死亡フラグに満ちた場所にいない。

「聖さん、いい加減にしなよ。副会長困ってるじゃない」
「た、環ちゃん。さっきあたしがいなくて寂しいって言ってくれたじゃない。あれは嘘だったの?」

 嘘です。その場のノリです。とは流石に言えないよな。

「別に嘘じゃないけどね。でも世の中どうにもならないことは多いのよ。
 それに天空寮なんて中々入れないんだから、聖さんラッキーじゃない。
 ほら、天空寮には専属のシェフがいるって言うし、トイレバスは共同じゃなくて部屋についているらしいし」

 噂だけで聞いた天空寮の話をするが、聖さんの顔は全く晴れない。面倒なやつだな。

「全然ラッキーじゃないよ。あたしたち離れ離れになるんだよ?」
「だから、それは仕方がな…」
「ねえ、だったら多岐さんも天空寮に行ったら?」

 突然、今まで風景とかしていた寮母さんが声をあげた。
 え?今なんと?

「そうよ!それがいいわ!
 確か、今回の月下騎士の近衛は少なすぎて部屋が余ってる、て天空寮の人が言ってたし。
 あそこには専属の医師がいるし、多岐さんの体に絶対いいわ!
 なによりこんなに仲の良い二人を引き離すなんて可哀想よ!」

 なぜか力説する彼女に置いてけ堀を喰らう。おーい。

「ですが、それは。…天空寮はただの寮では…。」

 副会長も寮母さんの勢いに押されているが、流石に一存で決められる話ではないので渋面を作っている。
 いいぞ、頑張れ!副会長!今だけ全面的に応援してやる!そんな話ぶち壊せ!
 だが、寮母さんは強い。

「あら、確かに近衛の寮だけど、一般生徒が入ってはいけない規則はなかったわよ?」
「それは、慣習法という不文法で。一々断る必要もないほど、近衛のみ入るのが当然の話であって…。」
「あら、でもあたし聞いてるのよ?聖さんもまだ近衛というわけではないんでしょう?
 誰かの親衛隊という話は聞いてないし」

 寮母さんのその言葉にあたしは驚いた。
 天空寮に入るのに親衛隊でない?
 ゲームでは個別ルートに入ってから、寮を移動していたため、その攻略相手の親衛隊に所属することになっていた。
 あたしはてっきり双子の親衛隊としてでも入るのだと思っていた。
 この間のデートイベントで好感度が一番高いのも彼らだと確認しているし。
 それなのに、なぜ彼女は親衛隊に所属もせずに天空寮に入るようなことになったんだ?

「でも、こんなに仲の良い娘たちを離れ離れなんてあたしにはできないわよ。聖さんも無理矢理に引き離されたら、天空寮を抜け出したりするかもしれないわよ?」

 寮母さんの言葉に、聖さんの「あ、その手があった」という声が聞こえた。
 ううう、変な入れ知恵をしやがって!

「ですが、俺の一存では…」
「じゃあ、天空寮と理事、月下騎士に事情を説明しに行きましょう。
 大丈夫、あたしもいくから」
「いやいやいや!ちょっと待って!」

 トントン拍子に運びそうになる話にあたしは慌てて口をはさんだ。

「ちょっと待ってください!あたしは天空寮なんて行きたくないです」
「ええ?どうして?だってさっきは行けるのラッキーって言っていたじゃない」

 横で聖さんの声が聞こえる。あんたは黙ってろ。

「だって、あたし近衛じゃないし、奨学生だし」

 月下騎士に関わって死にたくないし。
 最大の理由が言えない以上、あたしは無理矢理行きたくない理由を口にしたが、寮母さんは笑っただけだ。

「あら、近衛であるかは関係ないわ?さっきの話聞いていたわよね?それに奨学生であれば余計にあの寮はオススメするわね」

 寮母さんの話では、あの寮にいるあいだ、全ての授業料、寮内での生活費、すべてが免除になる上、奨学生でも免除にならなかった教科書代や制服費用、学食が無料になるらしい。さらに少額だがお小遣いも支給される。
 お小遣いの文字に、一瞬ぐらりとするが、慌てて首を振った。
 いくらなんでもお小遣い目当てに死亡フラグ満載の場所に行けるわけがない。

「で、でも本当にあたしは…」
「多岐さん。多分貴方が心配しているのは、あの寮での生活のことね。きっと変に悪目立ちして学園でもいじめられる、そう思っているんでしょう?」

 憐憫の眼差しの寮母さんがあたしの手を握ってくる。
 いや、既にいじめられているので、特にそこは問題ではないのですが。

「でも、私は心配なのよ。
 ここ五日間、貴方の看病してきて、自分の限界がわかったの。私ももう若くないわ。
 目が覚めた時に部屋に誰もいないのはとても寂しいことだわ。病気の時はなおさらね。
 それなのに貴方にはそんな不自由は思いをさせてしまった。
 私にはこの寮で貴方を抱えてやっていく自信が正直ないわ」

 それを言われると確かに辛い。
 別にあたしは不在がちな母の下で育ったため、目覚めた時に誰もいないというのは慣れている。だが、病気の時に放置されるのは確かに辛い。
 それでも今回はほとんどここ五日間意識が朦朧としていたから、それほどでもなかったのだが。
 寮母さんの言葉にあたしは泣きたくなった。

「それは、もうあたしはこの寮にいない方がいいということですか?」

 あたしはこの寮が好きだった。
 学校で辛いことがあっても、ここに帰ればお帰りと迎えてくれる人がいる。
 寮母さんも忙しい人だから、あまり話をする機会はなかったけれど、家に誰もいないことが当たり前だったあたしに、それはなによりの励みになった。
 あたしの言葉に優しい寮母さんは首を振った。

「違うわ。貴方の体調が心配なのよ。天空寮なら常に専属の医師が常駐しているし、貴方に不自由させることもない。」

 寮母さんの言葉に不自由なんて感じてないから、ここにおいてほしいとは言えなかった。
 誰に対しても優しい寮母さんはみんなのものだ。
 だが、ここ五日ほど寮母さんは誰よりも優先して、あたしの面倒を見てくれた。
 それがあたしには申し訳なく、そして嬉しかった。
 あたしはこの寮がより好きになっていた。
 ああ、だが考えてみれば、四月に入ってから寮母さんには迷惑掛け通しだった。
 そんな人間と一緒にいたくない、と思われても仕方ない。

「…そうですね。…確かに新学期以降お手間をとらせてばかりでしたし…」
「多岐さん。それは違うわ。貴方は他のどの生徒より手間のかからない生徒だったわ。だけど、それがむしろ心配なのよ」

 寮母さんの言葉がわからない。
 手間がかからないのは面倒を見る側には良いことではないのだろうか?

「多岐さん。貴方は気づいていないのでしょうけど聖さんが来てから、貴方は変わったわ」

 そりゃそうですね。
 なんせえらい記憶持ってしまった。死亡フラグにフラフラです。
 さらに無遅刻無欠席も崩れたし、いじめられるし、生徒指導室なんぞに入ってしまったし。ああ、今まで築き上げてきた地味な優等生のイメージが、なんてこと!

「別に、変わりたくて変わったわけじゃ…」
「え?あたしが環ちゃんを変えたの?どうして、ねえ。なんで?」

 寮母さんの言葉を近くで聞いていた聖さんが反応してきた。
 ねえ、ねえと鬱陶しい聖さんのおかげであたしはそのあとに続いた寮母さんの言葉を聞き逃した。

「そうね。私が見ている限りでは振り回されてるかもしれないけど、良い変化だと思ったのよ。」

 ふふふと笑う寮母さんの声はあたしには聞こえなかった。しつこく変化について聞いてくる聖さんを相手にあたしは「知らない」「わからない」と答え続けていた時だった。

「いいでしょう。」

 それまで無言だった副会長が突然声をあげた。

「俺の一存ではどうにもできませんが、今回の件、検討の余地として理事会の議題に上げることにします」
「げっ」
「ほ、本当?」

 副会長の声にあたしと聖さんは正反対の声をあげた。
 その代わり、と副会長は聖さんに手を差し出した。

「これ以上遅くなるのは本意ではありません。今日はおとなしく帰ってください。
寮を抜け出るのも禁止ですよ。もし抜け出したのがバレたら、決してこの議題が理事会で検討されることはありません」
「う、うん!わかった。約束する。だから、環ちゃんを天空寮へ」
「できるだけやってみますよ」
「うん!ありがとう!大好き、絆先輩」

 聖さんは副会長に満面笑みを向けた。さっきは大嫌いって言ってたくせに。 
 相変わらずの鳥頭だな、と感心している場合じゃない。
 「…確約はできませんよ?」と副会長が珍しく穏やかに微笑んでいるところにあたしは慌てて割って入った。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!本当に!あたしはまだ納得したわけじゃないですよ!」

 天空寮などに行けば、あたしの命脈が尽きる可能性が高くなる。
 寮母さんのこともあるけど、あたしはこの寮にいたい。
 あそこはただでさえ近づきたくない月下騎士会がいる。
 しかもほぼ吸血鬼の関係者のみが揃っている巣窟だ。
 あんなところに行ってあたしは生き残れるわけがない。

「とにかく!あたし行きませんから!絶対行きませんから!」
「まあまあ、多岐さん。まだ決まったわけではないから」

 頑ななあたしを寮母さんが宥めてくれるが、譲れるか!
 それにこの展開で回避ができるなんて楽観できるほど、ここ一月弱のあたしの死亡フラグは少なくない。
 そんなあたしの肩を聖さんが叩いた。

「環ちゃん。駄々を捏ねてもどうにもならないよ?
 世の中どうにもならないことはたくさんあるし。
 人間あきらめが肝心なんだから!」

 お前が言うなっ!!
はい。これで第一部完了です。
長らくお付き合い頂き感謝です。

ちょっとこの後少し間開きます。
ストックが尽きた、ご了承のほど。すみません。


あと数話挿話をはさんで天空寮での新生活と新死亡フラグが口を開けて待ってます。環は逃げきれるかね?

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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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