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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

寮にて2

「ちょっと!リオ…いえ、聖さん!勝手に行かないでください!
 あなた、あれほど勝手な行動はしないと…」

 そこへさらに響いた声にあたしこそ泣きたくなった。
 絶対にここで聞くことなんてないと思っていた声の持ち主が、キラキラとエフェクト効果付きで登場した。

「っ!ちょっと。あなた、緑水副会長?女子寮に勝手に、貴方…」

 流石にこれには寮母さんも口を挟む。
 慌ててあたしに近くに掛けてあったカーディガンをかけて扉の前を通せんぼする。
 ここは女子寮、男子禁制の女の園。もちろん月下騎士会と言っても勝手に入っていいものじゃない。
 だが、副会長はいつもの魔王フェイスを封印し、寮母さんに微笑みかけた。
 うおっ!キラキラビームだ!でたよ、必殺悩殺スマイル!これがあればどんな女性もイチコロっというあの伝説の!
 流石の年齢的にまったく副会長など眼中にない寮母さんも人外の美貌に一瞬見惚れた。

「すみません。事情があって彼女を一人にできなかったので入らせてもらいました。
 聖さんと玄関からここまで一緒でしたので、余計な場所に入っていないことは彼女に聞いてもらえればわかると思います。
 職員に確認が取れなかったのは申し訳ありませんが、事務室にどなたもおられなかったので…」
「あ、そ。そうなの?…じゃあ仕方ないわね」

 いやいやいや。全然仕方なくない理由だったぞ?
 だが、悩殺スマイルで骨抜きの寮母さんに会釈で室内に入ってきた副会長は、あたしの上で未だベッドに張り付いたままの聖さんの肩を叩いた。それに聖さんの肩がビクリと跳ねたのを体越しに感じた。
 恐る恐るといった感じで聖さんがあたしから手を離さずに副会長に振り返った。

(きずな)先輩…」
「…ほら、聖さん。わがまま言わないでください。私物を取りに行きたいからと、特別にここに来る許可は出しましたが、あまり時間はありません。
 早く必要なものだけまとめてください。大きいものは後で業者に運んでもらいますから。
 早く戻りましょう?」

 まだ、特別寮入りが決まったばかりだから聖さんの私物は実はこの部屋にそのまま残っていた。
 いずれは、引越し業者でも来て持っていくんだろうけど、あたしも寝込んでいたため、彼女が出て行ったままの状態で全く動かしていなかった。
 副会長の珍しい優しい言葉に、聖さんがさらにあたしの服を掴んだ手に力が籠めたのを感じた。
 えっと、できれば離れてくれないかな?
 あたし実はパジャマ姿なんだよね。カーディガン着せてもらったけど、薄い生地でしかもここ五日病気してたし、外に出てないからから下着も下しか着けてないんだけど。
 どうせ副会長は聖さん以外アウトオブ眼中なんだろうけどさ、一応男子だしそんな姿あんまり近くで見られたくないんだけど。
 貴方がいると近づいてきちゃうでしょ?
 それくらい気遣いできないかな?…無理か。

「戻るって、あたしの場所はここで…」
「わがまま言わないでください。伝えたはずです。貴方は今日からここではなく、天空寮へ部屋を移すと。」

 天空寮とは特別寮の別称。ちなみにこの寮にも別名はあるが、忘れた。
 他に建物もないし、基本『寮』で通じるので必要ないしな。

 そんな現実逃避をしているあたしの上で二人の痴話喧嘩はさらにヒートアップする。
 聖さんは珍しく強い視線で副会長を睨んだ。

「でも、そんなのいきなりで一方的すぎるわ!」
「…聖さん。これは学園側のお願いではなく、命令ですよ?ここにいる限り、貴方はここのルールに従わなければならない」
「なによ!そんなルールなんて!勝手に決めてこっちに選択権もないなんて!
 横暴すぎるわ!誰が決めたの!」
「学園理事、月下騎士会の総意です。あなたの選択権など最初から認められない」
「っ!なんなの!それは!勝手すぎる!あたしは環ちゃんと一緒にいたいだけなのに!」

 再びわっとあたしの上で泣き出す聖さん。
 …あの、お前ら本気で痴話喧嘩は他所でやってくれ。

 ああ、副会長の不機嫌ボルテージがぐんぐん上がっているのを感じる。
 魔王オーラにあたしの命運もここまでかと思った。
 うふふふ。逃れられたの思ったのにな。

「…学校では会えます」
「学校だけなんていや!」
「わがまま言わないでください。これでもかなり譲歩しているんですよ?」
「なにが譲歩よ!
 確かに誘拐事件から救ってくれたのは感謝するけど、わけもわからないまま、病院に閉じ込めといて、突然寮を移れ?
 あたしは、ただ環ちゃんと一緒にいたいだけなのに!」

 うわあ。
 なんか魔王オーラがあたしに向かってくるくる。
 ようやく熱が下がったというのに背中がぞくぞくする。
 やばい、このままヤンデレが発動したら、あたしどうなるんだろう?
 死ぬのは嫌だけど、バラバラ死体とか本気で勘弁なんですけど。
 いや、斧は止めましょうね?火かき棒も勘弁です

 副会長はおそらく内心で渦巻く黒い感情を必死で抑えているのだろう。
 平時より感情の起伏の平坦な声をさらに平坦にして、聖さんの肩を引っ張った。
 流石に人外の力か、聖さんはあたしのベッドから引き剥がされる。
 だが、予想以上に強い力で聖さんに服を掴まれていたあたしはその力についでに持って行かれた。

「わあっ!」
「っ!」
「環ちゃん!?」

 聖さんがしがみついていた薄手のパジャマを守ろうと前のめりになったのがいけなかった。聖さんの手が離れた寸前、ふんばろうと思ったのだが、五日も寝込んでいた病み上がりの筋肉は全く機能せず、あたしはそのままベッドから落ちた。
 いくらそんなに高さがないとはいえ、頭から落ちたら痛いだろうな、とどこか他人事のように思って痛みが来るのを待った。
 しかし、一向になんの痛みも来ない。硬い床の感触もない。
 …あれ?なんかむしろお腹のあたりがあったかくて柔らかいというか。

「…いつまで惚けているつもりですか?」

 いつの間にか閉じていた目を開いたら、お腹のあたりを支えている腕に気がついた。
 顔のすぐそばに聖さんをもう一方の腕に捕まえた、副会長のお美しい(かんばせ)
 その頬がうっすら紅色に染まっているのはなんだか珍しい。
 それにしても流石人外ですね。片腕で女性二人も支えるなんて人間の所業じゃございません。
 細身だと思っていた副会長の腕は案外しっかりとあたしを支えており、その筋肉の着き方はやはり男の子なのだと薄手のパジャマ越しに伝わる腕の感触でわかる。
 ん?パジャマ越し?その言葉に現状を思い出した。

「にゃあっ!」
「っ!ちょ、なんです突然」

 悲鳴をあげて慌ててその腕から逃れようと暴れるが、相変わらず力の入らない体では副会長の腕は外れない。
 頭上でため息を吐かれて、軽々と体を持ち上げられ引きずられる。
 あたしは恥ずかしいのと同時に先ほどの記憶に新しい魔王様バージョンを思いだし、恐怖と羞恥とで混乱した。

「にゃあああ、まだ死にたくないっすぅううう!」
「…なにがですか、まったく」

 訳が分からずパニックで叫ぶあたしを副会長様は軽々と持ち上げると、そのままあたしをベッドに戻した。
 いつの間にかその腕に聖さんはおらず、普段慇懃無礼な笑顔を貼り付けている顔が珍しく戸惑ったような顔をした。

「一体なんなんですか?貴方は?なんで死ぬなんて、物騒な…」

 あんたが言うな、と言いたい。 
 はっきり言ってあんたのルート、トラウマなんだからな!
 幸いというかあたしが彼に殺されるイベントは記憶にない。
 だからといって、先日の事件もイベントとして覚えていなかったことを考えても、必ずしもないとは言い切れないからな!
 あ、でも今のまだ正気タイプの副会長に言うのはちょっと違うか。

「…いいえ、なんでもないです。ありがとうございます」
「…なんで視線をそらすんですか?」


 そりゃ、恥ずかしいのと恐怖とだよ?
 そりゃ副会長様があたしのこと眼中にないだろうし、さっきの赤面は聖さん抱えていたからだろうし。
 あたしの貧相な体格に何も感じないのはわかるけど、こっちは死ぬほど恥ずかしい!
 穴があったら入りたい。

 なんか最近こんなのばっかりだ。会長といい会計といい副会長といい。
 美形とは言え、聖さんの攻略相手に不毛すぎるよ。
 あたしは心の中で、何度か深呼吸をして自分を落ち着かせる。 
 そしていくらか落ち着いてから、口を開いた。

「イエイエ、副会長サマノオ美シイ顔ガマトモに見ミラレナイダケデス」
「なんでカタコトなんですか?」

 …ええい、しつこい!ほっとけ!ちょっと、思い出してしまったからだよ。
 心を落ち着けようと思って深呼吸していたとき、ふと思い出してしまったのだ。
 副会長のヤンデレイベント。
 ぐるぐる回る彼が他の男性陣を惨殺するシーン。流石に死体のビジュアルはなかったから、死体の様子はわからないが、月夜を背景に赤い目の彼が血みどろの斧を容赦なく振り下ろすスチルは今思い出しても夢に出てきそう。
 ぐちゃぐちゃという音に画面越しでも吐きそうだったのに、目の前にいるなんて。
 怖くてやっぱり真面(マトモ)に見れるわけないじゃないですか。

「ソンナコトナイデスヨ?」
「なんだか、貴方見てると非常にイライラするんですが?」
「気ノセイデスヨ!」

 本当に気のせいです。極力こちらは無視してください。
 これからあたしは自分のために貴方の恋路を邪魔する邪魔者ですからね。
 できるだけ視界に入れないよう頑張れ。あたしも殺されないように頑張るから。
 ついでに存在ごと忘れてくれると嬉しいんですけど。
 あたしの態度に釈然としないようだったが、それ以上言っても仕方がないと思ったのだろう。副会長は視線を深々とため息を吐いた気配がした、

「もう、いいです。…それより申し訳ありませんでしたね。
 本意ではないとはいえ、病み上がりの病人をベッドから引きずり下ろすような形になってしまった」

 副会長の突然の謝罪に、あたしは思わず彼を見上げてしまった。

「なんです?そんなに驚かなくても。
 俺だって自分のせいで怪我をさせかけた女子生徒に謝罪位しますよ。」

 憮然とされれば、あたしは何も言えなくなった。
 だって、さっきのは副会長が悪いわけじゃない。
 副会長は聖さんを引き離しただけで、まさかあたしがついでに引っ張られてベッドから落ちそうになるなんて予想もつかなかっただろう。
 それを助けてくれたのだから、こちらからお礼を言うことはあっても、副会長が謝る必要はない。
 なんだか胸がモヤモヤして、あたしは再び俯いた。

「…あまり、優しくしないでください」

 心ならずつぶやいた言葉に副会長が鼻で笑った気配がした。

「は?優しくしたつもりはありませんが?勘違いしないでいただきたいですね。
 俺は別に貴方がどうなろうと知ったことではない。ただ、下手に怪我されて俺の責任にされるのが迷惑なだけです。
 どうして貴方などに。鏡見たことないんですか?
 自意識過剰すぎませんか?一度眼科に行くことをおすすめしますよ」

 氷点下の視線と丁寧でありながら無礼千万の言葉が一点の躊躇もなくスラスラと口から出てくる。
 あまりの内容にあたしは思わずつぶやいたことに後悔したが、不意にその怜悧な視線が一瞬だけ外れたのを感じた。
 そっと伺うと彼の視線の先に聖さんの姿があった。
 ああ、そうか。

「ただ、貴方が怪我をしたら泣くかもしれないから」

 そんな言葉が声優さんの声で脳裏に再生される。

「…よかった」
「え?」

 あたしはそっと顔をあげると、珍しく少し驚いたような顔の副会長の姿が目に入る。
 今だけは、彼のその気持ちわかる気がする。
 だって、ものすごく貶されたというのにあたしは笑っていた。
 副会長が見せた姿がゲーム中に登場した彼の言葉そのもので安堵した。

「よかった。副会長は魔王のままでいてください」

 そうすれば、あたしは思う存分貴方を邪魔できる。
 貴方はゲームの登場キャラクター、聖さんの攻略相手。
 でも絶対に聖さんに攻略させない。

 あたしは副会長の事情を全て知っている。
 彼の過去がどれだけ悲しいものか、彼の思いも全てわかっていてその幸せを邪魔する。副会長、あなたが救われないのをわかっていてあたしは邪魔をする。
 身勝手なのは重々承知。いつか地獄に落ちるかもしれないけれど。

 貴方はゲームのキャラクター。貴方はこの世界の魔王ならば。
 どうかゲームの記憶以外の面を見せないで。
 あたしはどうしたらいいのかわからなくなる。
 あたしはあなたに罪悪感を抱きたくない。あなたのことなんか知りたくない。

「は?魔王?」

 あ、しまった。なんか考えがそのまま口に出てた。
 やばいやばい。

「いえ、こちらの話です」
「まったく、貴方は。生意気なんだか何なんだか」

 珍しく副会長様が戸惑った顔をするが、その話はそれ以上続けられなかった。 

「た、環ちゃん、ご、ゴメンネ!引っ張って。ごめん」

 なぜか涙を貯めて、ベッドから離れている聖さんが見えた。
 もしかして、流石の聖さんもあたしが落ちかけたのが自分のせいだと気づいたのか?
 めっずらしいな!本気で! KY脱却か?

「聖さん、別にいいよ。気にしてないから」
「ほ、本当?」
「本当、聖さんのせいじゃないから。あたしも弱ってたのも悪いし。」

 弱っていたのが悪いかわからないが、あまりに気にする彼女の様子に変なフラグが立ちそうな気がする。だからあまり気にしないでくれ。
 あたしの言葉に安心したのか、聖さんが一瞬だけ顔をクシャリと歪ませたかと思うと、あたしに再び突進してきた。

「うわああん!やっぱり環ちゃんは優しい!大好き!」

 抱きつき様、再びベッドに押し倒される。げふっ!
 ひ、聖さん。ロープロープ!

「きゃあ!環ちゃん!ごめん!」

 勢いつけすぎて首にまともに入った腕で悶絶するあたしに聖さんは心配の声をあげても、体はどけなかった。重いってば。
 それにほら、副会長のどす黒いオーラがそこまで漂ってくるよ。
 やっぱり怖いよ。いくら罪悪感を覚えないとはいえ、彼の邪魔は命懸けだ。
 惨殺は本気で勘弁です。
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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