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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

とある双子の吸血鬼の境遇2

「ねえねえ、翔瑠ぅ~」

 いつの間にか背後から兄が肩に腕を回し伸し掛かってきていた。
 油圧式の椅子が二人分の体重に抗議を上げるようにぎしりと鳴った。
 考えを中断されて、軽く睨むが統瑠の顔はいつになく真剣だった。

「なんだよ。」
「なんか、臭くない?」

 その言葉に、いつの間にかうっすらと部屋に煙が充満しているのがわかった。
 それと同時に煙たい匂いが鼻を刺激した。

「……これって、火事?」

 すぐ真横にある片割れの顔に疑問を呈すと、肩を竦められた。

「わかんないけど、やばくない?」
「統瑠くん!翔瑠くん!」

 突然離れの襖が開いて、幼馴染の少女が顔を出す。美香だ。
 その姿を見るなり、統瑠が駆け寄り抱きつく。

「あ、美香ちゃん、お帰り~!お土産買ってきてくれた?」

 自身より背の高い統瑠の体に流石に小柄な美香は後ろに数歩よろける。

「ええ?は、はい買ってきましたけど。
 ……って二人共それどころじゃないです。はやく避難してください!火事です!」
「え、マジ?」
「マジです!こっちは風下ではないから、大丈夫だと思いますけど、スグに外へ出てください!」

 美香の誘導に従って、慌てて離れを出る。
 正面玄関の辺りには両親や使用人たちが集まっているのが見えた。

「おお!可愛いわが子よ!無事じゃったか!」

 双子の姿を見るやいなや大柄な老齢の男性が駆け寄りその両腕に翔瑠と統瑠を抱き込んだ。
 双子の父親の黄土光晴(おうどみつはる)だ。
 老齢ではあるが、大柄な体格で、衰えたところのひとつも見えない。
 そして双子に似通ったところもない男で、細身の美形の多い吸血鬼の中でも珍しいがっしりとした体躯の持ち主だった。

「おお、怖かっただろう?よしよし。まったく、お前たちの避難が一番最後などわしは胸が潰れる思いだったぞ」

 正門から一番奥にある離れであり、煙から最も遠い場所にいた双子の避難が一番最後など当たり前の話なのだが、黄土の当主はぎっと双子の隣にいる少女を睨みつけた。

「どういうつもりだ!統瑠と翔瑠が最優先なのはいつも言っておるだろう!
 職務怠慢じゃないか!恥を知れ、女郎の娘が!」

 明らかに言いがかりに近い物言いだった。
 それに美香の母親は使用人ではあったが女郎ではない。
 相手を貶めるためだけの蔑みの言葉に、一瞬だけ美香が唇を僅かに噛んだ。
 しかし、それに対し特別口答えはしない。
 美香は表情を動かさず神妙な面持ちで、深々と頭を下げた。

「……申し訳ございません。旦那様。以後気をつけますので、今は避難を優先ください。
 火元が確認できておりませんのでここも危険です」
「なんだと?お前、わしに命令する気か?いつからお前はそんな……」
「お父様。早く逃げよう。ここは危険だよ」
「そうだよ。早く行こうよ」

 父親の物言いに統瑠が言葉を遮る。
 おそらく聞いていられなかったのだろう。
 追随して言葉を重ね、翔瑠は父親の手を引っ張る。
 甘え上手な兄の仕草をまねたその仕草に光晴は明らかに美香に対するものと温度の違う視線を向けた。

「ああ、そうだな。可愛い我が子が怪我をしたら大変だ。すぐに避難しよう」

 もう既に高校生だというのにまるで幼稚園児にでもするかのように両手で双子の頭を撫でるその姿に嫌悪の感情がよぎる。
 正直その手を払い除けたいが、下手なことをすれば美香にとばっちりが行くことは目に見えているので我慢する。
 翔瑠は正直この父親が嫌いだった。
 この男が愛する息子というのは従順で彼の言うことを聞く人形のような存在だ。
 いつだって吸血鬼の世界は権力闘争に塗れていて、どの家も優秀な血を継ぐことに躍起になっている。
 いかに有能な血を残すか、いかに純血を生み出すか。
 そんなことにばかり気を取られ、血なまぐさい争いを繰り広げている。

 この父親が欲しいのは彼の血を引き継ぐ純血の吸血鬼だ。
 彼の言いつけ通りに、女吸血鬼との間に子をなすことが双子に常に突きつけられた父親からの要求だ。

 確かにこの父親は双子に甘い。
 度の過ぎる悪戯を仕掛けても叱らないし、むしろ周囲を怒るような存在だ。
 しかしそこには親としての愛などない。 
 あるのは結局双子に対する無関心だ。
 だから双子が何をやっても怒らないし、それによって将来どんなことになるのかも想像すらしない。
 彼にとって双子は純血に至る踏み台でしかない。
 それが分かっているから翔瑠は愛なんてものが信じられないし、無償で他人に何かをするなどという人種が信じられなかった。
 父親に連れられ、その場を去る寸前不意に浮かぶ顔があった。
 ドロに塗れたずぶ濡れの彼女は一体何を思ってあの場にいたのか。
 夢だと言い切ってしまうにはあまりに鮮明な彼女の姿に、苛立たしさを感じる。
 どうして、嫌がらせしかしていないはずの自分たちのために戻ってきた?
 彼女の思考が理解できず、イライラする。
 あれは幻だと自身に言い聞かせると同時に期待に似た何かが胸を掠めるのが、不快だった。
 翔瑠たちは使用人の案内で安全な場所に向かって歩きだした。


*********************


 その日の火事の火元は台所だった。
 コンロに紙くずが積み上げられ、それに引火したのが原因だった。
 火だけならすぐに消し止められたのだが、問題は煙だった。
 大量の発炎筒が使われたらしく、黄土家の母屋、離れに至るまで煙が充満した。
 結果火事ではなかったが、煙に巻かれいているあいだに一人の人物が姿を消していた。
 それは誘拐事件でバレットと呼ばれていた男だ。
 事件が事件だけに警察には届けず、黄土家の隠密直々に尋問中だった男は火事騒ぎでまさに煙のように姿を消した。
 すぐさま、それに気付いた隠密が、その行方を探すものの、既に彼の姿はどこにも見つけることができなかった。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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