とある双子の吸血鬼の境遇
翔瑠視点。
「あー、もうつまんなーい!」
手にしていた最新型のゲームコントローラを放り出し、仰向けに寝転んだ双子の片割れに翔瑠はそっとため息を吐いた。
「……まだ五分だぞ」
仰向けに寝転んだまま「何が?」と聞く片割れに嘆息する。
「ゲーム始めたのと、『つまんない』と前に言ったの」
翔瑠の言葉に統瑠が口を尖らせる。
「仕方ないじゃなーい。つまんないんだもん!」
なにが「もん」なのか。
子供っぽい同じ日生まれの兄弟にイラっとする。
とはいえ、そう言いたい気持ちは理解できた。
「……まあ、そろそろ三日だものな」
誘拐事件から三日が経っていた。
現在双子は二人きりで本家の別棟で軟禁生活を送っていた。
先日学校でお気に入りの女子生徒である聖利音とデート中に企てたドッキリ企画を利用され、誘拐事件に発展した事件の責任を取らされてのことだ。
まさか、協力を頼んだ運転手が犯人と仲間だったとは思いもしなかった。
事件後知らされ、自分たちのやらかしたことの重大性に気づく。
もともと双子はいたずらを企画するが、その計画性は皆無で、彼らの悪戯がなんとか形をなすのは、サポートに美香が入るからだ。
だが、今回美香以外の女生徒とのデートだったため、流石に彼女のサポートを受けるわけにも行かず、二人で決めて、協力者をこっそり引き入れた。
たまに双子は美香以外の女子生徒をデートに誘った際、悪戯を仕掛ける。
その際は決して美香を協力者にしないのも常だった。普段は意識しないといえ許嫁である彼女に他の女に対する学外でのデートに巻き込むのは流石に不義理が過ぎる。
統瑠などは他の女を構うたびに美香がなんとも言えない顔をするのが好きらしく、好んで悪戯に巻き込もうとする。この辺だけは翔瑠は兄が理解できない。普段は兄と同一の行動を取ろうと頑張るが、この辺りの心情まで真似できなかった。
その上、この兄は美香に黙って眠っている彼女からこっそり血をもらっていることを翔瑠は知っていた。彼女が万年貧血に悩まされているのはそのせいだと知っている。血を採られている本人は気づいていないが、美香の好意を盾に勝手している割に意地悪をするという、不可解な兄の思考にたまに翔瑠はついていけなかった。
それでも自身の安全は彼の隣にある。
下手に指摘して機嫌を損ねても面倒なので、見て見ぬふりを貫き、統瑠の行動を真似ている。
ただそれでも、学内でのことはどうせ美香に筒抜けになるため気にしないが、せめて学外でのことくらいは彼女を煩わせたくなかったので、兄を説得した結果が現状だ。
これまでは双子だけで実行していたため些細な悪戯だったが、今回初めて他人を協力者として巻き込んだ。
兄の発案で組まれた計画を聞いたとき、正直翔瑠は気が進まなかった。
統瑠の計画では、誘拐事件を仕掛けて、危機的状況を演出し、利音を怯えさせたところで、登場した悪役を双子が倒して利音の好感度を上げようという、とてつもなく陳腐な計画だった。
だが、それを演出するために郊外の森の廃屋を借りるなど、明らかに悪戯の域を超えており、到底双子だけで処理できる内容ではない。
美香を巻き込んでも果たして、成功するかわからないようなもので、流石の翔瑠も渋ったが、手伝わなければ絶交するという兄の言葉に従わざるを得なかった。統瑠の絶交など子供が行うようなもので、せいぜい数日無視したり、一緒にいなかったりする程度のものだが、過去一度された時に幾度となく命の危険に晒されたトラウマのある翔瑠にとっては死活問題だった。
それでも、なんとか思いとどまらせようとしたが、なぜかこういう時の行動力だけはある兄はいつの間にか協力者を見つけ、気づいたときには計画実行の段取りが完成してしまっていた。あまりの段取りの良さに不安がさらに高まった。
統瑠の連れてきた協力者は、まだ入って間もない黄土家の下っ端運転手だった。
見慣れない相手に翔瑠は警戒するが、黄土家の使用人の身元はきっちり調べられた上で雇い入れるので、既に黄土の使用人といて働いているその男に危険なことはないだろうと、警戒を解いてしまった。
それが悪かった。
その男は吸血鬼ハンターだった。
まさか、堂々と吸血鬼ハンターが黄土家の使用人に化けて潜り込んでいるとは思いもしなかったのだ。
調べたところによると、どうやら本来雇い入れる予定だった男は直前に金を渡され、入れ替わったらしい。特別特徴のない男だったのと、雇い入れる面接官と教育をした使用人とが別人だっため、それに気付かなかったらしい。
とんでもない失態だが、その後半年以上真面目に働いていた男に誰も疑いの目を向けたりしなかった。
だが、半年隠れていた男は突然牙を向いた。
偽装誘拐計画が逆に利用されて本物の誘拐事件になった。
幸い、蒼矢と美香のおかげで未遂に終わったが、その後が散々だった。
今回の計画がバレて、一族から大目玉を喰らった。
流石に双子に甘い父親でも庇いきれず、学校に戻るまで謹慎生活を言い渡された。
一歩も離れから出られない状態が既に三日も続いている。
「つまんない!つまんない!」
駄々をこねるように寝転んだままジタバタと手足を動かす片割れにうんざりする。
「……そんなにつまんないんだったら、抜け出すか?」
「え?本気?」
こちらの言葉に反応して、統瑠が半身を起こす。
だがその顔に浮かぶのは期待ではなかった。それが分かっていたので肩をすくめた。
「嘘だよ。流石に今抜け出したりしたら美香ちゃんにとばっちりが行くだけだからね」
実のところを言えば、美香は許嫁とはいえ、黄土家での立場は常に微妙だった。
黄土の先代同士の約束で天城と黄土に歳の近い異性の子供が生まれた場合、許嫁として将来妻せるという約定が交わされていた。
だが、先代の子供はどちらも男のみで、約束は次代、翔瑠たちに持ち越された。
先代たちの勝手な約束ではあるのだが、反故するのも両家の絆にヒビを入れかねないので、当代の黄土の当主は渋々、天城家に産まれた娘を許嫁とした。
しかし、実は双子の父親は虎視眈々とそれを反故する機会を狙っているのである。
理由は様々だが、一番の理由は美香が不義の子であるという点だ。
当代天城の当主の子と戸籍上ではなっているが、天城の先代が使用人に産ませた子供、それが天城美香だ。
双子が選んだとは言え、そんな出自の子が自身の可愛い息子の許嫁であることが我慢ならないらしい。
黄土兄弟の父親はかなりの老齢で若い頃はなかなか子供に恵まれなかった。
そんな中で産まれた待望の後継を当主は目に入れても痛くないほど可愛がっている。
そんな可愛い我が子にはできれば女吸血鬼を妻せたいと思っているのだ。
女吸血鬼は貴重で、そんな彼女たちを妻に持つことは吸血鬼たちの中で一種のステータスだ。
現在、双子と妻せるに足りる年齢の女吸血鬼は二人だ。
その二人は今現在蒼矢家の跡取りの許嫁として裏戸学園に在学している。
いずれ、どちらかが蒼矢に嫁ぐとしても、どちらかの夫の位置は必ず宙に浮く。
その座に黄土の当主は自身の息子たちを座らせたがっているのだ。
当主としては可愛い双子を分家筋とは言え人間で、しかもその中でもあまり出自の良くない美香と妻せるのは面白く思っていない。
双子が双子であるからこそ、今のところ口を出していないだけだ。
つまり一方が美香を、一方が女吸血鬼を娶ることができると思っているからこそ、現在でも美香が許嫁としての立場を守れているに過ぎない。
本人の涙ぐましい努力で、吸血鬼の花嫁となってはいるが、その立場は吹けば飛ぶような脆いものだ。
まだ出会って間もない頃、美香を驚かせようと双子だけで仕掛けた花火が暴発して、やけどを負い、失明しかけたことがあった。
その際にその場にいながら双子に火傷を負わせたという理由で美香が罰を受けることになってしまった。
普通に考えれば、美香が悪いわけではない。
しかし、美香の存在が面白くない当主はこれを理由に彼女を許嫁から外そうとしたのだ。
その場はそれを美香と親しい使用人が知らせてくれて、慌てて入院先の病院を抜け出し双子が天城を擁護したため、お咎め無しとなったが、美香の立場というのはそういうものだ。
もし、この場で父親の言いつけを守らず双子が外に出れば、おそらく今いない美香の責任とされて、黄土から彼女は追い出されてしまう。
そう言うリスクがあるからこそ、双子もおとなしくここに収まっていた。
「ううう、でも本当に退屈。利音ちゃんにも会えないし、……美香ちゃんは一人で出かけちゃうし。早く帰ってこないかなあ?お菓子買ってきてくれるかな」
再びうだうだと寝転び始めた片割れに付き合っていられないとばかりに翔瑠はなんとはなしに、窓の外に目を向けた。
太陽が西に傾きやがて夕闇の帳が落ちようとしていた。
その光景に、翔瑠は一つの光景を思い出す。
それはあの事件の断片的な記憶だ。
薬を盛られて、ずっと意識を失っていたが、時折意識が浮上することがあった。
それは縛られ転がされていたときに見えた光景。
西日の指す室内、扉から僅かに見える廊下を走り去る一つの背中。
それは裏度学園の制服で襟章のカラーから二年のものと知れる。
長い黒髪が揺れながら遠ざかる光景に、翔瑠はぼんやりと見送った。
その後ろ姿が誰なのかわかっていた。
多岐環。
翔瑠が聖利音のお願いで、無理矢理同行させた聖利音の親友だ。
嫌がる彼女を脅した。一つ年上のほとんど高さの変わらない目線の瞳が恨みがましく睨んでくるが無視した。
彼女が嫌がっていたのはわかって、無理やり連れてきていたのだ。
おそらく一緒にさらわれたのだろう。彼女がどんな扱いを受けたのかわからないが、一人で逃げるその姿に翔瑠は特別詰る気持ちにはなれなかった。
ただ、その場は再び襲ってくる強烈な眠気に意識を奪われた。
次に目覚めたのは暗闇だった。
すっかり夜の帳が降りて、部屋も変わっており真っ暗だった。
時折降りてくる細い月明かり以外の光源はない。
ほぼ真っ暗闇の中だが、吸血鬼である翔瑠には見えるものがあった。
人間よりよほど夜目が聞く瞳で、ぼんやり見えた光景を翔瑠は信じられなかった。
環がいた。逃げたと思っていた彼女がなぜか蒼矢の背後からこちらを覗き込んでいた。
(……なんで戻ってきた?)
戻ってくる必要も義理もなかったはずだった。
だって翔瑠は彼女が嫌がっているのをわかっていながら、無理やり巻き込んだ。
恨まれているだけだったはずで、彼女は彼女一人で逃げ出して良かったはずだ。
それなのにどうしてあの場に蒼矢とともにいたのか。
だがその疑問もそう長くはしていられなかった。
次の瞬間に凄まじい電流を流されたような衝撃を感じて意識が途切れた。
次に目を覚ましたのは病院のベットの上だった。
翔瑠の目覚めたベットの横には看護士と医者、そして同じように隣のベットで横たわる統瑠がいた。
どうやら美香が双子の危機を感じ取り、救出への応援要請した黄土の隠密が彼らをここまで運んだということだった。
あの場で黄土の隠密に助けられたのは双子と聖利音、天城、蒼矢の五名と気絶しており捉えられた犯人らしき男二人だけだった。
環の姿はどこにもなかった。
美香に素知らぬ顔で調べてもらえば、どうやらあの時刻、既に寮に帰っていたという。熱をだして、寮の玄関に倒れているのを発見されたと寮母の証言だった。彼女に環を庇う理由はないので、おそらく真実なのだろう。
時間を考えればあの蒼矢と一緒に見た時刻に環があの場所にいた可能性はない。
後日親と一緒に謝りに行った時、蒼矢にこっそりと環の名前を確かめてみたが、全く反応はなかった。蒼矢にしては珍しく呆けておりちゃんと聞いていたか不安だったが、さすがに知っていれば何らかの反応を示すだろうと蒼矢は知らないと結論づけた。
だとすれば、あのあと環は一人で逃げ出し、そのまま寮に一人で戻ったという見方で矛盾はない。翔瑠の言葉に統瑠も同意したので、あの場には環はいなかったという証言で周囲の取り調べには一貫して環の実存を否定した。
別にひとり逃げた彼女をなじる気などまるでない。勝手に巻き込んだ手前それを言うのはお門違いだろう。
それに一人で逃げたことで、環にも負い目があるだろうからこのことを口外しないだろうという算段もある。見たところ義理堅い部分もあるし決して頭の悪いようには見えない。
これ以上被害者はいらないのだ。
今回、利音という一般生徒を吸血鬼関連の事件に巻き込んだ。
それだけでも双子に対する吸血鬼たちからの風当たりは強くなった。
下手に人間に吸血鬼の存在がバレでもしたら面倒なことになる。かつて迫害を受けた歴史がある限り、 吸血鬼たちはあくまでも人間にその存在を知られることを恐れている。
人間を巻き込めば吸血鬼全体のリスクにつながるため、今回のことはかなり吸血鬼の世界に大きな波紋を投げかけた。
もちろん双子は大目玉をくらった。その上もうひとり巻き込んだ人間がいるなど、謹慎どころか一生軟禁される可能性すらある。
利音にもあの場に環がいると彼女にとってまずい立場になると適当な嘘をつき、黙っているように念を押した。できれば力を使い暗示にかけたかったが、<古き日の花嫁>であるからか、彼女に暗示は効きにくく断念した。だが素直でお人好しの彼女のことだ。おそらく双子の言葉を素直に間に受けて口外しないだろう。
環があの場にいたことを知る人間は他にいないはずだ。美香に他に誰かいた人間を知らないかと聞かれたときは、少しヒヤリとしたが、誤魔化しきった。
唯一の不安材料は捕まえた犯人たちだ。今のところ一言も証言していないらしいが、いつ彼らの口から環の存在が明るみになるのかだけが心配だった。
だが、環の存在などそう重要な要素ではないし、いざとなったら誤魔化す方法はいくらでもあるので、翔瑠はそこまで深刻には考えていなかった。
それより気になることがあった。疑問と言い換えてもいいかもしれない。
兄と話し合って導き出した環の行動でなんら矛盾のない推理なのに、どうしても翔瑠にはあの蒼矢の後ろにいた環の姿が気になった。
びしょ濡れの上に泥だらけの彼女の姿は、必死に助けを呼び戻ってきたとでも言うようで、目に焼きついて離れない。なんの見返りもないのにそんな風に動く人間を翔瑠は知らない。
(……ある意味そう言う存在がいることを信じたいという願望なのかもしれないな)
自分に落ち度のない場所に無理やり連れてこられて、居合わせただけの彼女が自身の身も顧みず、助けを呼んでくるなど幻想もいいところだ。
だがそんな幻想を抱く相手がなぜ環なのかという点は気になった。
そもそもあんな幻想を見るほど翔瑠は環という存在を知らない。
ただ、統瑠が今一番お気に入りにしている少女である聖利音の親友(おそらく利音の一方的な思い込みだろうが)という認識しかない。
双子を正確に見抜いているのではないかという疑惑以外では記憶にも残らない存在だったはずだ。
悪戯に巻き込むことになろうと、それで彼女が迷惑そうにしようとどうでもよかったし、あまり気になる存在ではなかった。
なのになぜあんな幻を見るに至ったのか、翔瑠にはわからなかった。
彼女の存在が翔瑠にとってどのような意味を持つかなど考えたこともなかったし、調べようと思うにもこちらは謹慎中かつ相手は高熱で面会謝絶という。
なぜ彼女だったのか。
翔瑠にはその意味が一人では見つけられそうになかった。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。
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