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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

記憶

(それにしても…)

 思わず環と二人の吸血鬼の関係に興奮してしまったが、謎はまだ残ったままだ。
 三人の関係性はこの際置いておくとしても、今回の件は不可解な点が多すぎる。

 犯人が双子の正体について知っていたことはもちろんだが、なにより環だ。
 会長の話と自身の記憶を照らし合わせれば、彼女はあの場にいたことになる。

 しかし、あの場で黄土の隠密たちが助けたり、捕らえた者達の中に環の姿はなかった。
 蒼矢の暴走未遂の直後に黄土の隠密たちが突入した。

 環の存在を仮定するならば、環はどうやって彼らの目を掻い潜り、あの場から消えたのか。
 すでに一人犯人の女を取り逃しているので、黄土の隠密の警備網がザルだったのは天城も認めるところだが、それでもほぼ突入直前まであの場にいた環を見逃すとは思えなかった。

 事件後に環の所在を調べれば、風邪を引いたらしく寮で寝込んでいた。
 事件当日の彼女の所在を聞けば、ちょうどあの事件が終結した時間に寮の玄関に熱をだして倒れているのを寮母が保護したと聞いている。
 どんなに急いでもあの場所から寮まで半時間以上はかかる。
 瞬間移動でもできない限り、寮にあの時間に戻ることは不可能だった。

(…瞬間移動…) 

 その言葉の可能性に天城はじっとりとした汗が背中を伝うのを感じた。

 蒼矢に話を聞くまで天城は環のことはきっと自身が見た夢だと思っていた。
 薬のせいで現実と夢が混ざり合って見た幻だったのだと。
 そう考えなければ、環の所在や消失などいろいろなことの辻褄が合わなかった。
 そして環の存在を夢だと思った最大の理由は天城自身が目撃したからだ。
 環がフードの男に抱えられ、消えるその瞬間を。

 あまりに不可思議な光景だった。
 フードを被ったダウンコートの黒い影が環を横抱きにし、天城の目の前で中空に浮いた。
 それだけでもありえないのに、何もない空間を男の手がスライドするように動いた瞬間、まるで空間に突然現れたカーテンが二人の姿を覆うように、忽然と二人の姿がその場から消えたのだ。 

 初めて吸血鬼の存在を知った人間がよく勘違いしていることなのだが、吸血鬼の力は万能の魔法ではない。
 純粋な力そのものだ。気功などの力が最も近いもので、あれの桁違いの力だと考えて良い。
 ものを触れずに壊したり、素手で刃物を受けても傷がつかなかったり、人の心を惑わせ操ったりする。
 肉体強化や念動能力、精神干渉などが吸血鬼の主な力だ。
 天城が彼らの血を受けて、風の力を微力ながら操る。これは念動能力に当たり、空気に対し力を送ることで動かしているに過ぎない。
 純血であれば概ね使えるが、混血の場合は一つか二つ使える程度。
 そしてその力は決して万能ではないし、物理法則を無視した事象を起こせるものではない。
 例えば、人に対して精神干渉でその人を若返った気にさせることはできるが、実際にその体を若返らせることはできない。
 筋力を強化して高く飛ぶことはできるが、空を飛ぶことはできないし、速く走れるようにすることはできても瞬間移動のような空間を捻じ曲げることはできない。
 変わり者の吸血鬼が短距離であれば、瞬時にものの移動させる術を開発したという話は聞いたことがあるが、それもせいぜい数十メートルが限界ときいたことがある。
 あの場所と寮ほどの長距離は到底不可能だろう。
 神様でもない限り、そんなことをこの世の人間が行うのは不可能だった。

(……神様なら……)

 天城はあの場で見た環を連れ去った男を思い出して、額に汗がにじむのを感じた。

 あの神聖な吸血行為の後、二人は力尽きたように、倒れた。
 二人が倒れたと分かっても天城は薬のため動けなかった。
 なんとかしたいと思いつつ、動けない自分に腹を立てていたとき、二人の傍らにいつの間にか立った黒い影に気がついた。
 フードをかぶったその姿に最初、あの犯人の女だと思って、血の気が引いた。
 動けない二人にあの女が何をするとも限らなかったからだ。
 しかし、その杞憂もすぐに霧散する。

 その影の持つ異質な佇まいに、あの女でないとすぐさまわかったからだ。
 背格好から男だとわかるその影に、天城は蒼矢に感じるものとは別の恐怖を抱いた。
 例えるなら、蒼矢が純粋な力で敵わない相手に対するものであるなら、影に感じた恐怖は根源的な畏怖だった。
 次元の違う存在とでもいうのか、この世のものとは思えない違和感をその影に感じた。
 まるで神様に相対するような、思わずひれ伏してしまいそうな雰囲気を男は持っていた。

 天城の見ている前で、影は環に話しかけているようだった。
 断片的に聞こえた話はゲームの世界だとか、神様だとか要領は全く得ないが、男の話に驚いた様子の環がその話を理解しているのが雰囲気で伝わる。

 男はくるくると身軽にその場でステップを踏んでいたが、不意に環の手が男に伸びた。
 それに気づいた男の手が環の手に触れた瞬間、その腕の中に環の体があった。
 一体どのように彼女を抱えたのか、天城には全くわからなかった。
 瞬きのような短い時間で、人一人を予備動作もなしに抱え上げられるものだろうか?
 そして男と環は消えた。あらゆる物理法則を無視したまさに魔法と言える現象によって。

 未だに天城にはその目で見た光景が信じられなかった。
 しかし、蒼矢の話を考えれば、あの光景が現実であった可能性は高い。
 あらゆる現実を無視した黒いフードの不可解な人物、それを知っているらしい環。

 (…環お姉さま。…貴方は一体何者なのですか?)

 胸によぎるは灰色の疑念。
 確かに環は天城の命の恩人と言える人間だ。
 しかし、それを理由に見過ごすには、今回の彼女の行動は不可解すぎる。

 なぜ環があの場にいたのか、わからない。
 双子や利音に環のことを聞いたが、彼らは知らないと答えた。
 双子に関して何か隠している雰囲気があったが、それを追求出来るだけの材料を持っていなかったため、それ以上は追求できなかった。
 捉えられた犯人グループの人間に聞くことも考えたが、彼らは一様に口を閉ざしていると聞く。
 天城の当主自ら尋問をしているため、本家と仲の悪い天城は尋問の場に近づくこともできず、犯人に質問をぶつけることもできなかった。

 また、あの時見た環を中心に発生した光はなんだったのか。
 皆が動けない中、彼女が発した言葉と同時に広がった不思議な温かい光。
 あの光を浴びた瞬間、天城自身、体が楽になるのを感じた。
 吸血鬼ハンターの体を縛る術式があの光に触れた瞬間、解除されたのだ。
 薬を打たれていて動けなかったが、それだけは感じた。
 だが、なぜそんな力を環が持っている?
 あの時は危機的な状況もあり、すごいとしか思えなかったがよくよく考えればあんな非日常的な空間で彼女の行動は、あまりにも落ち着きすぎていないだろうか。
 あまりにも動きにムダがなさすぎる。まるで起こっている事件に関する裏の事情を全て知っていると言わんばかりの、達観した雰囲気の彼女に天城は疑念を深くする。
 天城には彼女がただの一般の女子生徒とは思えなくなっていた。紅原の花嫁だとしても行動がおかしすぎる。
 なにより、得体のしれない雰囲気を醸し出す黒いフードの男との関係も気になる。
 あんな得体のしれない人物と知り合いである彼女がただの普通の学生であるはずがなかった。
 彼女の正体も目的もわからないが、環の行動が怪しすぎることは確かだった。

 しかし疑念とは別に思い出すのは、フードの男に力なく抱えられた姿に胸がきゅっと締め付けられた。
 必死だったのだろう、彼女は全身ずぶ濡れの上に傷だらけで、その姿は血と埃にまみれてボロボロの状態だった。
 何もできずただ見ているだけしかできなかった自分と違い、犯人に立ち向かい、暴走した蒼矢を止めるべくその前に立ちふさがった。
 その姿を考えれば、きっと必死にあの状況を良い方に向かわせようと頑張ってくれていたのだろうことだけはわかった。
 あっさり罠に引っかかり何もできなかった自分とは対照的に肉体的にはただの人間でしかない彼女が必死に蒼矢を止め、双子たちを助けようとしてくれた。
 環は確かに行動が怪しすぎるが、それでも天城には彼女が悪い人間には思えなかった。

「あらあら、天城ちゃんって、やっぱりお人よしねえ」

 突然脳内(・・)で響いた声に天城はぎくりとした。
 気づけば、体が動かない。視線さえ動かせず、脳内で再生していた記憶は一時停止したかのようにストップしたまま、まるで映画のように脳裏に張り付く。
 ぐったりとした環をフードの男が抱え上げているその瞬間がまるで映画のワンシーンのように切り取られ、静止画のように目の前に展開され止まっている。
その前を黒い影が横切った。そのシルエットから女だと知れたが、顔は見えない。
妙齢の女性であることは知れたが、天城には見覚えはない。

「……まったく。中々話が進まないから変だと思ってたけど、まさかこんな事してたなんてね」

 腕を組み不機嫌そうな女の声にも聞き覚えはない。
 自分の名前を知っているようなのに、天城には誰なのかわからなかった。

「…しかも天城ちゃんに見られていることに気づいてないなんて、ほんと、馬鹿」

 顔は見えないのにはっきり視線を向けられているのを感じて背筋に冷たい汗が流れる。
 どこか愉快そうに声を揺らすその声に、侮蔑を含んだ薄ら寒い感情がこもっていることに気づき、天城は背筋が凍るのを感じた。
 だが天城の様子など気にも止めずに、女の声は思案げな声を漏らす。

「でも、そうね。……あはっ!いいこと思いついた!」

 きゃははは、と突然あげられた甲高い笑い声はお世辞にも心地のよいものではない。
 だが、なにか勝手に納得しているらしい声は、楽しそうに笑う。

「あいつもやってることだもの。許されるわよねえ。これくらい。……でもその前に。」

 不意に目の前の女の姿が消え、突然背後から冷たい何かが頬に触れる。細い女の指がだ。長い爪が天城の頬をかすかに引っ掻いた。
 天城は後部座席の車の背もたれに背を預けているはずだ。
 背後に、人の入る隙間などないはずだ。一体どこからこの手は伸びてきた?
 その生きている人間ではありえない手の冷たさに天城は血の気が引いた。
 恐怖に震える天城に女の声はさも楽しそうに笑う。

「ごめんねえ。天城ちゃん。貴方に罪はないけれど、これも規約なの。
 ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね。……恨むなら多岐環とあいつを恨んでね?」

 耳元で囁かれたような言葉の内容に天城は目を見開いた。

(……環お姉さまを?)

 突然出てきた憧れの先輩の名前に目を見開く。
 だが、考えられたのはそこまでだった。

 天城の耳に冷徹でどこか愉快そうな色を孕んだ声が遠く聞こえた。


 「F」-「o」-「r」-「g」-「e」-「t」

 頭を鈍器で殴られたかのような衝撃に天城の意識は急激に持って行かれた。
 吸い込まれるように闇に落ちる意識の最後に見えたのは、赤い唇の女の薄ら寒い笑みだけ。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・・
・・
・・








******


「…ま、…お嬢様?」

 不意にかけられた声に、思考を現実に取り戻す。
 運転手がバックミラー越しに視線を向けているのが見えた。
 運転しながらも心配そうにチラチラとこちらを伺っている。

「なんでしょう?」
「…いえ、なんだかお顔の色が悪いようでしたので。お加減が悪いのですか?でしたらこのまま病院に行きますか?」

 聞かれて、確かに体にだるさと頭痛があることに気がつく。
 寝すぎたあとのようなぼんやりとした中に、ずくずくとした鈍い痛みがある。
 だが、それもすぐに治まる。
 頭痛以外、特別体に問題があるわけでもなく、医者に見せるほどでもないと判断する。
 心配そうな黄土の古参の運転手に、鏡越しに微笑み返す。

「いいえ、大丈夫です。すみません、心配させてしまいまして」
「いえ、それなら良いのです。申し訳ありません。思考の邪魔をしてしまいましたね」

 どうぞ、お気になさらずお続けください、と再び運転手が沈黙する。
 だが、言われてすぐに思考に戻れず、天城は車の外に視線を移した。
 いつの間にか蒼矢家を抜け、一般道を走っていたらしい。
 両脇に立ち並ぶ店の明かりが目立ち始める。
 外はいよいよ薄暗くなっており、早く帰らなければと自然に心が急く。
 きっと双子は退屈しているだろう。
 今朝出てくる際も、そうとうストレスが溜まっているらしく、ひとつの笑顔も見せることなく完全に不貞腐れていた。

 今回の誘拐事件の原因は実は双子にあった。
 吸血鬼ハンターたちがどうして双子が吸血鬼であるか知ったかは、もちろん分かっていない。
 しかし、今回の誘拐事件のきっかけを作り、こうやすやすとさらわれた原因は双子にあることが事件後、発覚した。

 実は、双子は聖利音を驚かそうと、ドッキリを仕掛けていたのだ。
 デート中に誘拐されて、心細い中、双子が彼女を守り慰めて、犯人役の人間を双子が倒した時点でドッキリだと暴露する計画だったらしい。
 まったく、お粗末すぎるシナリオに天城すら頭が痛くなった。
 それと同時に天城は悲しくもなった。
 天城はそのことを全く教えてもらっていなかった。

 双子は狂言誘拐の犯人役に黄土家に最近勤めるようになった運転手にその計画を持ちかけて協力を仰いでいた。
 その運転手は実は犯人のひとりである吸血鬼ハンターだった。
 実はあの犯人一味が使っていたあの建物も、このドッキリのために双子が借りていたものだったのだ。
 その事実によって双子の浅はかな計略が全て明るみになったのだ。

 もともと狂言誘拐だったものが、それを利用され、本物の誘拐になってしまった今回の件で、流石の黄土の当主も双子を庇い切れなかった。

 黄土の当主はかなり高齢で、双子は彼にとって遅くにできた子供だった。
 その溺愛ぶりは目に入れても痛くないほどだ。
 その双子に甘すぎるくらい甘い当主でさえ、さすがに今回の双子の軽率な行動が招いた結果に何のお咎めなしという訳にはいかなかった。
 反省を促すため、屋敷内の離れに軟禁状態にし、一切の外出を禁止したのだ。

 事件後、双子が外出できたのは蒼矢に謝りに行った一日だけだ。
 遊びたい、一時もじっとしていたくない双子にはこれはかなりきついらしい。
 かなり鬱憤が溜まっているらしく、離れに出入りする使用人に悪戯を仕掛けるため、とうとう離れに誰も近づかなくなってしまっていた。

 今では、離れの双子の面倒は天城が見ていた。
 今日だけは蒼矢家に行くために、使用人に双子の面倒を託してきた。
 嫌そうな顔で引き受けてくれた彼女たちにあまり迷惑もかけられない。
 少しでも早く、帰らなければ彼女たちが黄土家を辞めてしまいかねない。

(そう言えば、彼女たちのお土産はどうしましょう?)

 使用人とは言え、流石に世話役を代わってもらってお土産もないというのは礼儀知らずだ。
 そういえば、家を出る際に双子が有名洋菓子店のケーキが食べたいと言っていたのを思い出した。
 天城が外を見ると、ケーキの売ってある店までさほど距離のない地名が見えた。
 頭の中で地図を思い浮かべ、運転手に声を掛けた。

 (彼女たちへのお土産もこれで大丈夫ですし。…双子も機嫌を直してくれるとよいのですけど)

 双子の機嫌を気にする天城は、その記憶から環を連れ去った影の姿が消えているのを最後まで気づくことはなかった。
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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