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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

とある吸血鬼の花嫁の思考

天城視点。

 待たせていた黒塗りの車は天城を乗せると、静かに進みだした。
 窓の外を流れるのは蒼矢のお屋敷の庭園だ。
 広大な広さの前庭は歩くと結構な時間がかかるため、玄関からすぐのところにある車止めまで歩き、そこから車で邸宅の外に通じる門へと出るのだ。
 名門の庭らしく、綺麗に手入れされた美しい庭だが、今の天城にはそれを楽しむ気にはなれなかった。
 ただ、流れるだけの景色を横目に、天城は先ほどの蒼矢の母親とのやり取りを思い出していた。


***

「どうしてここに…?」

 どこかバツの悪そな顔の蒼矢に、小首をかしげたその母親はなんでもないことのようにさらりととんでもないことを言った。

「…どうして?…貴方が黄色の姫様に横恋慕していると妙に聞いてね。様子を見に来たのよ」
「は?」

 思わぬ藍子の言葉に天城は硬直し、蒼矢は目を見開く。
 一体なにがどうなってそんな誤解が生まれたのか。
 驚く二人の若者を前に、藍子は相変わらずの無表情でふっとため息を吐いた。

「…その様子だと妙の勘違いみたいね」
「あ、当たり前でしょう!なぜ妙もそんな勘違いを?」

 慌てる蒼矢とは対照的に藍子はぼんやりと、首をかしげてみせた。

「…ここのところ、貴方塞いでたのに、黄色の姫様の来訪を告げたら、突然元気になったから心配になったのですって」
「…そ、それは。最近気になることがあって、天城にそれを聞こうと思った故の行動で…」
「…で、それがどうして彼女を脅すようなことになっているのかしら?」

 突然流れた濃密な闇の気配に天城がぎくりとする。
 藍子は純血ではないが、純血でも桁違いの力を誇る紅原の当主の別腹の妹に当たる。
 その力は蒼矢の当主との婚姻前からも有名で、下手な純血より力があるとされていた。
 そのせいか表情の動きが乏しく、どこかミステリアスな感じのする女性だった。

「…いつも、女性には優しくしなさいと言っているわよね?しかも他家のお姫様相手に貴方は何をしているのかしら?」
「…それは」
「言い訳は良いわ。今日は一日部屋にいなさい。一歩も外に出てはダメよ?」

 その言葉に蒼矢会長は何か言いたそうに口をもごもごと動かしていたが、やがて諦めて館の奥に戻っていく。
 立ち去り際に、「すまなかった」と小さくつぶやく彼の背を呆然と見送っていると、突然話しかけられた。

「…ごめんなさいね。黄色の姫様。愚息が失礼して…」

 無表情に頬に手を当てる名門の奥方に天城は慌てて礼をとった。

「い、いえ、私も会長のお気に触るようなことを言ってしまったみたいなので」
「…どんな理由があっても女の子を脅すようなことはしてはいけないわ。
 後できちんと言い聞かせておくから、今日は勘弁してね?」

 そう言って笑の形に口が動けば、同性の天城さえ赤くなってしまう程妖艶だ。

「は、はい。こちらこそ申し訳ありませんでした。怒らせるような事を…。」
「それにしても珍しいこと。短気な子じゃないはずなのだけど、あんなふうに力の制御も忘れて怒るなんて。何の話を……」

 なぜ蒼矢があのように怒ったかは、天城にはわからない。
 答えようのない問いに思わず、天城が困った顔をしていたのに気づいたらしい。

「いえ…あまり若い人の話に首を突っ込むものではないわね。」

 興味のない風に目を伏せる、その姿に天城は流石だと思った。
 天城も学校を卒業し双子のどちらかと将来一緒になれば、社交の場にでなくてはならない。
 大企業を持つそれぞれ名家である吸血鬼の間に権力闘争はつきもので、その最中にいずれは天城も参戦せねばならない。
 情報戦はもとより、相手に対する礼儀が逸した場合も格好の攻撃材料になる。
 興味はあっても、ないフリ。余計な好奇心はすぐに破滅につながる恐ろしい場所だ。
 そんな場所で藍子は社交界の重鎮として、君臨している。
 天城など心理戦で足元にも及ばない。

「さあ、あまり遅くなると良くないわ?そろそろおかえりなさい。」

 言われて外を伺えば、思った以上に時間が経っていたようで太陽が橙色の染まっていた。
 あまり遅くなれば双子もうるさい。
 最近事件のせいで外出できずに、二人共不満が溜まっている。
 早く帰って、相手してやらなければ、これ以上不機嫌になられたら困る。
 双子はストレスの発散を悪戯で行うため、家で発散すれば家人が犠牲になる。
 天城は失礼にならない程度に急いで礼をとった。

「それでは、奥様。失礼いたします」
「…ええ、さようなら。黄色の旦那様にはくれぐれもよろしくね」

 女主人に見送られ、天城は蒼矢家を辞去した。


***

 帰宅の車の中で、天城は先ほど蒼矢が怒った理由について考えていた。

 どう考えても、おかしかった。
 あの蒼矢が犯人の女をかばうとは思えなかった。
 なにか大きな誤解があるとしか思えなかった。
 天城が犯人の女を見たのは双子が捕まっていた部屋へ侵入した時だった。

 その時にいたのは今回捉えた元傭兵という男と女の二人連れの犯人の姿だった。
 フードを目深にかぶり、外套に身を包んだ姿は性別不詳だったが、聞いた声は女のもの。
 女は言葉数は少ないが、常に男に命令を下すような態度で接しており、彼らの話からおそらく彼女こそがこの事件の黒幕と天城は考えている。

 しかし、あの館に天城家の隠密が乗り込んだ時には女の姿はどこにもなかった。
 あの時、天城は罠に掛かり捉えられたあと、薬を嗅がされ、夢か現かわからない状態にあった。しかし、そんな意識下でも確かに女はあの館にいたのだと断言できた。
 天城はそれを天城家に報告した。
 しかし、女のいた痕跡は見つけられず、もともと護衛としての失敗の上、犯人の一人を取り逃がしたなど、天城家にとって不名誉な事実でしかない。
 天城の報告は天城家の当主により握りつぶされてしまった。
 女の存在を証明し調査するにも、本家とは天城自身あまり仲が良くないため、天城家は当てにできない。訓練を受けているとは言え、所詮学生でしかない天城一人で女の調査をするのは難しかった。

 だが、天城にはこのままあの女を放置して置くのはとても危険に思えた。
 耳にした声は聞いたことがないものだ。
 天城は双子の護衛として、双子に恨みを抱きそうな人間や吸血鬼のあらゆる情報を頭に入れていた。
 その天城の脳内のデータベースに女の姿はない。
 双子のことを知り、その血を売ろうとした外道で、得体のしれない女が野放しになっている。
 その事実を天城は見逃すことはできなかった。
 しかし、あの女の存在を知るのはあの時かすかに意識のあった天城だけだ。
 ずっと眠らされていたらしく、統瑠や一緒に捕まっていた聖利音からはなんの証言も得られなかった。
 だから、天城は蒼矢に会いに来た。
 あの時あの場所にいた当事者であり、蒼矢の言葉であれば、天城の当主も動かざるを得ないだろう。
 それを期待して、謹慎中の双子を置いてここまで来たのだが。

 蘇るのは、いつになく感情的で、信じられないものでも見る蒼矢の姿。

『天城、お前にあいつの何がわかる!』

 思い出すだけでも震えが来るような威圧感にその言葉の真意を聞けなかった。

『あいつは、あいつは、双子たちを助けようとあんなに必死になっていたのに。お前はそんな奴を疑うのか?』

 なぜ、蒼矢はあんなことを言ったのだろう?
 犯人の女は決して双子を助けようなどという素振りも見せなかったし、黒幕であろう女がそんなことを思うはずもない。
 最初に思ったのは蒼矢が騙されているのではないかということ。
 だが、蒼矢ほどの吸血鬼が、あんな得体のしれない下劣な女に騙されるとは思えなかった。

 天城の知る蒼矢という吸血鬼はなんでもできる完璧な存在で、尊大な態度だがそれだけの実力も備えていた。
 常に悠然と構えており、その決断は常に冷静で大胆。それでいて確実だ。
 彼が判断を誤ったということは聞いたことはないし、見たこともなかった。
 そんな彼が犯人を庇い立てするとは思えない。

 何かがおかしい、蒼矢との意識の相違を感じた。
 もしかして、蒼矢の言う女と自分が聞いた犯人の女とは別なのではないだろうか?
 そのことを思いついたとき、ある光景を思いだし天城は思わず赤面した。

(ああ、なんてこと…)

 天城は自分の失態に気づいた。
 そう言えば、もう一人あの場には女がいたではないか。

 多岐環。
 紅原の未来の花嫁であり、天城の憧れの先輩だ。
 あの人であれば、蒼矢の言っている人物像と合致する。
 蒼矢の言っている女とは環であれば、その言葉の意味も納得できた。

 あの時、天城は薬によって眠らされていたが、訓練の賜物で毒物に対する耐性が強かったため、完全には眠っていなかった。
 しかし、それでも強い薬が使われていたらしく、意識が朦朧とし夢か現かわからない中にいた。

 そこで天城は環を見た。
 なぜか、蒼矢とともに天城たちが捉えられていた部屋に入ってきた。
 双子の安否を確認する蒼矢の後ろから不安げに様子を見せていたが、再び、対吸血鬼用の罠が発動したかと思うと、倒れた蒼矢に驚いたようにその体にすがっていた。
 天城は罠の範囲から僅かに外れていたようで、その痛みを受けずに済んだが所詮薬で動けない。
 その背後に犯人の女が近づく。声を発して警告したかったが、できなかった。
 だが、不思議なことに女は環に対し、すぐに暴力を訴えることはなかった。
 何事か話しかけるその姿はまるで知り合いに対するようにも見えたが、対する環には相手が誰だかわかっている様子はない。ただ意識のないらしい蒼矢の体を身を挺して庇う環に女の視線が強くなる。
 そのうち一方的に環に何事か話しかけていた女に対し、一瞬の隙をつき環が女の体を突き飛ばした。
 そのあいだに、逃げるのかと思いきや、環が向かったのは出口とは逆の聖利音にだった。
 その首元から何かを取り出し、不思議な言葉を彼女が発した瞬間、不思議な力があたりを照らした。
 その力で天城は自身の身が少しだけ軽くなるのを感じた。
 環の発した光が天城たちを縛っていた吸血鬼ハンターの力を解除したことがわかった。
 とはいえ、薬が聞いているので、まるで体は動かない。
 その間に犯人によって引き倒された環に犯人の女が棒状のモノを叩き落とそうとするのが見えた。
 その危機に思わず目を閉じそうになったが、それまで蹲っていた蒼矢の体が音もなく立ち上がったのが見えた。
 蒼矢は今にも振り下ろされそうになっていた女の凶器を軽く触れるようにして止めた。
 驚愕する犯人を他所に蒼矢はただなんとなくという風情で立ち尽くす。
 その悠然たる姿に犯人グループがどれだけ攻撃を仕掛けようとなんの効果もない。
 犯人の男の方が蒼矢の一撃で吹き飛ばされたのを目の当たりにした女が恐怖で尻餅をついた事で、完全に状況が逆転したことがわかった。
 蒼矢の人間ならざる力により犯人たちは何もすることもできず威圧され、動きを止めたのだ。
 そこまでは良かった。しかし、それで終わらなかった。

 今思い出してもゾッとする。
 先程の威圧された時も怖かったが、あの時はそれの比ではない。
 蒼矢の様子は、明らかに理性のあるそれではなかった。
 純血たる吸血鬼は暴走していた。

 力を抑えずに歩く吸血鬼の姿に純血への恐怖心が呼び起こされる。
 表情は抜け落ち、その瞳は怪しく赤く輝いていた。
 その姿はまさに化物だった。
 もちろん外見が変わったわけではない。
 しかし、天城は力を持つが故にわかった。
 蒼矢の体からは黒い瘴気のようなものを噴出し、歩く足音はまるでこの世の終りへのカウントダウンのように思えた。天城は恐ろしさにいつの間にか震えて泣いていた。
 蒼矢の姿はまるで世界の終わりを告げる死神のようだ。
 多少の力を持っていようと所詮人間でしかない天城に抗うことの無意味さを知らしめる。
 世界の終わりを告げる絶対的な存在に、もはや天城は生をあきらめかけたときだった。

 一人の少女の姿が、その前に立ちふさがった。

 環だった。
 天城ですら恐ろしくて泣くことしかできない蒼矢になぜただの人間でしかない彼女が立ち塞がれるのか。
 最初、あまりに非現実的な光景に、夢だと思った。
 だが、夢にしてはあまりに現実感(リアリティ)を感じたし、天城にはそれが本当に夢だったのか現実だったのかわからなかった。

 だから、今日、蒼矢に確かめたのだ。
 だが、蒼矢は環の名前に全く反応を示さなかった。嘘をついている様子ではなかった。

 しかし、蒼矢のその後の反応を見れば、環がいたことは確実だ。
 なぜ行動を共にしている相手の名前を蒼矢が知らないのだろうか。

 疑問は尽きないが、その場で天城は見てしまった。
 今思い出しても背徳的で官能的な光景に、ドキドキと心臓が高い音を立てる。

 蒼矢は進行方向を塞ぐ環のその身を攫うと、その額に一度だけ唇を押し付けた。
 恋人同士の睦事のような仕草のあと、おもむろにその首筋に唇を寄せ、牙を突き立てた。
 環はかすかに苦痛に呻きはしたが、その行為自体には嫌悪の様子はなく、受け入れていた。
 遠くて良くは見えなかったが、それは間違いない。

 現在の吸血鬼はほとんど血を必要としない。
 とはいえ、全く必要がないというわけではない。
 現代の吸血鬼にとって血は酒に近いと誰かが言っていたのを聞いたことがある。
 なくても困らないけれど、あれば楽しく酔える。
 純血は別として、混血の吸血鬼は特にその傾向が強い。

 そして血をもらう相手は誰でも良いわけではない。
 古より吸血鬼は必要な血を恋人や配偶者からもらうのが一般的だった。
 そのため吸血という行為自体、特別な相手に対する行為なのだ。
 特に生きるための行為として必要としなくなった現代において、その意味合いは強い。
 これは純血、混血の境なく共通の認識だ。

 天城は未だ双子に血を与えたことはない。
 双子に吸血衝動が薄いことや、天城がまだ幼いことと貧血体質であることを考慮に入れ、婚約するまでは禁止されている。
 吸血鬼における吸血の意義とも言えるべきそれを天城は幼い頃より言い聞かされていたため、ある種吸血という行為に憧れを持っていた。

 通常二人きりの場所のみで行われるそれを天城は初めて見た。
 廃墟に近い空間に、屋根から漏れる細い月光が空から幾筋も落ちていた。
 お互いを支え合うように抱き合うその姿はまるで一枚の絵のようだった。
 薄い光の中に浮かび上がる二人の重なりあった影が美しかった。

 想像していたよりずっと神聖なもののように思えた。
 そして、なおかつその二人が蒼矢と環という事実は天城を落ち着かなくさせた。

(…環お姉さまは、紅原様の花嫁候補ではなかったのかしら?)

 ドキドキと胸の音が大きくなる。
 以前出会ったときのことを思い出して、首をかしげる。
 天城の勘違いから放った術から環を救った紅原。
 彼女を見る彼の視線は決してただの友達を見る目ではなかった。
 熱っぽい執着の色の見える視線に天城は顔が赤くなるのを感じた。

(どういうことなのでしょう?)

 どうして正式でないとは言え、紅原の花嫁候補がこんな場所で蒼矢と恋人のように寄り添っていたのか。
 決まった人のいる名前も知らない男女が廃墟で抱き合うなど、背徳的な予感に天城は恐怖とは別の心が震えるのを感じた。

(どちらにしても選ぶのは環お姉さま。…私が口出しすることではありませんね。
 静観が一番でしょうけど…。)

 自身に言い聞かせるように心を落ち着けようとするが、三人の関係を考えると落ち着かない。
 はしたないことだということはわかっている。
 先ほどの藍子のように本来であれば、気にしてはいけない他人の事情というものだとは思うが、自然と考えてしまう。

 (………一体どちらが本命なのでしょう~~~!?)

 人の恋路に、いけないと分かっていても天城は想像することをやめられなかった。
 特に紅原と蒼矢は月下騎士会でも特に仲の良い親戚同士だ。
 そんな二人が同じ女性をなどと、思うだけで顔が赤くなるのを感じた。

(…さすがは環お姉さま。やっぱり憧れますぅ~)

 そんな気持ちになるなど天城には初めてだった。
 天城は新しい自分を発見した気分だった。
後部座席の天城を運転手が不気味なものでも見るように見ていたのは別の話。
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[拍手してやる]

7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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