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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

すれ違う意識1

蒼矢視点

いろいろシリアス気味。
「もう、ここで結構です。会長。」

 蒼矢家の玄関前。
 天城の報告を聴き終えた蒼矢は、帰るという後輩を見送りに玄関へ来ていた。
 洋風の玄関は母親の趣味で白に調度品が揃えられている。
 玄関の床にも白い大理石が敷き詰められて、外の光を受けて眩しく感じた。
 広い邸宅に引けをとらない広さのそこは、小柄な天城が立つとさらに小さく見えたが、しっかりとした教育を受けている天城はその自信からか決して景色に紛れず、天城は一部の隙も見られない礼をとった。

「本日は本当に突然訪問して、申し訳ありませんでした。
 暮先先輩にもよろしくお伝えください」

 その所作は完璧で、さすがは黄土の花嫁と言わせるものだった。
 それに比べて、応接室で一緒だった自らの許嫁を思いだし、蒼矢は苦いものを口にしたような気分になった。

「…すまなかったな。気分の悪い思いをさせて」
「いいえ、そんなことはありません。先輩が気分を害されるのも無理からぬことですから」

 先ほど事件の経過報告と共に天城が告げたあることに、愛理香はひどく怒り狂い、途中で部屋から出て行ってしまったのだ。
 あまりの子供っぽい行動に、さすがの天城も驚きを隠せておらず、それがそのまま許嫁の教育もできていない自身の評価を表しているようで蒼矢は頭が痛くなった。


「いや、流石にあの態度はないだろう?俺からちゃんと言っておく」

 げんなりして言うと、天城は恐縮した様子で肩をすぼめていた。
 その姿にふと思い出した。
 そういえば今、玄関先に天城と二人きりだ。
 周囲を伺えば、人の気配もない。

(もしかして、今がチャンスか?)

 内密の話をするには絶好の機会と言えた。
 だが、なんと話せば良いものか。
 幽霊を見なかったか、とは流石に聞けなかった。
 だが、あまり逡巡していると誰かが来るかもしれない。
 蒼矢は決意して口を開いた。

「…あの」
「…なあ」

 勇気を持って掛けた声に、だが二人分の声が重なった。
 驚いて天城を見ると、同じように驚いた顔があった。

「え?あ、あの、会長?何か?」
「…いや、天城こそなにか言いたいことがあるんじゃないのか?」
「いえ、私は…。会長からどうぞ」
「いや、天城からでいい」

 流石にまだ聞きたいことが固まっておらず、先に天城の話を聞いているうちに聞くことをまとめようと思ったのだ。
 そんな蒼矢に天城は何やら驚いていたが、何を考えたのか彼女には珍しくそわそわしだした。

(…?なんだ?珍しいな)

 天城は双子の保護者的な存在なためは常に冷静な印象が強い。
 そんな彼女が落ち着き無く視線をさまよわせ、ひどくためらうようにこちらの様子をチラチラと伺っている。
 その天城のいつにない様子に不安が呼び起こされる。
 一体何を聞かれるのかと身構えた蒼矢に数瞬のためらいの後、なにかひどく真剣な目をして天城はためらいがちに聞いてきた。

「ではお言葉に甘えまして。
 …会長は多岐、という名前に聞き覚えはありますか?」

 その言葉に正直蒼矢は拍子抜けした。
 一体何を聞かれるのかと思えば人の名前に聞き覚えがないか、だ。
 あまりにも予想外で、どうでもいい内容に蒼矢は脱力した。
 だが、天城は何か思いつめた様子で蒼矢の言葉を待っている。
 一体どういうつもりでそんなことを聞いてくるのかわからないが、聞かれたことには答えないわけにはいかない。
 一応知人に該当の名前がないか考えたあと、答えた。

「…いや、聞いたことないが…。」

 蒼矢の言葉に天城が目に見えて落胆する。
 なんだかその様子があまりにも残念そうに見えたため、悪くもないのに罪悪感を抱いてしまう。
 あまりに天城の落胆ぶりが激しいため、もう一度考えるが、やはり聞き覚えのない名前だった。

「もしかして、今回の犯人の関係者の名前か?」
「…いえ、本当に聞き覚えがないのなら良いのです」

 当てずっぽうで聞けば、さらにがっかりされた。
 一体なんだというのだろうか。
 そんな彼女の態度は気になったが、あまり時間をかけていると、自分のほうが聞く時間がなくなってしまう。
 蒼矢はわけのわからない天城に思わずイライラしながらも、口を開いた。

「じゃあ、こちらからの質問、いいか?」

 聞くと、落としていた肩をしゃんとし、いつもの天城に戻る。

「あ、はい。すみません。どうぞ」

 瞬間、いつもの冷静な様子に戻る天城の切り替えの早さに、何とも言えない思いがよぎるが、今は聞くべきことが先決だと、思い直した。

「じゃあ、聞くが。
 天城は、今回の事件のことどれほど覚えている?」

 流石に単刀直入に聞きにくかったため、そんな歪曲な聞き方になったが、内容が黄土に関わることなので天城も顔を引き締め真剣な眼差しになった。

「…それは、会長と別れたあとのことですか?」

 天城の問いに蒼矢は頷く。
 それから天城は目を伏せ、何かに耐えるかのように手を握り締めた。

「さきほども報告しましたが、お恥ずかしい話、あまり覚えていないのです。
 犯人を見つけたと思った瞬間に罠に引っかかってしまいましたので」

 思いつめた様子の天城の言葉に蒼矢は笑えなかった。
 蒼矢自身も同じだったからだ。
 人とは異なる力を有するがゆえのおごりだったとしか言えないが、失態は失態だ。
 幽霊の言葉に浮かれていたとは言え、人間相手に遅れをとった。
 しかも力を暴走させかけ、場合によっては天城やあの場にいた全てを消滅させていたかもしれない。

「…まさか、誘拐犯に吸血鬼ハンターがいたなんて…」

 言い訳にしか聞こえないだろうが、普通の人間相手、いや吸血鬼が相手でも、決して遅れを取らない自信は蒼矢にあった。ただ、天敵である吸血鬼ハンターだけは違う。
 彼らの道具は吸血鬼だけに特化したものだ。
 人間には全くの無害だが、吸血鬼の力が強ければ強いほど、その身に受ける力は強くなる。

 天城は人間だが、吸血鬼の血を受けている。
 ハンターの力は吸血鬼の血に作用する。
 彼女もまた吸血鬼ハンターの力の前になすすべもなかったらしい。
 だが、それは蒼矢とて同様だ。
 警戒もせず犯人のいる部屋に入った瞬間、ハンターの罠に引っかかり、あっけなく意識を飛ばして捕まった。

 先ほどの妙の小言が胸に突き刺さる。

『最近気が抜けすぎではありませんか?』

 蒼矢は自分ではそんな気はなかったが、確かに気を抜きすぎていたのかもしれない。
 自分には力があると思い、慢心して注意を怠った。
 少しでも警戒していれば防げた罠であったかもしれないのに。

(…そうすれば、あいつは今ここにいたのか…)

 後悔が胸を襲う。だが今何を言ったところで後の祭りだった。
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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