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ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトが生き残りをかけてあがいております(書籍版:ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます) 作者:夢月 なぞる

2章 帰郷

来訪

蒼矢視点。
続きます。
 コンコンコンコン。

 思考に沈んでいた蒼矢の耳にノック音が届いた。
 控えめに鳴らされるそれに蒼矢は動かなかった。
 人に会うのは億劫だった。

 コンコンコンコン。

 再度のノックに、それでも蒼矢は応じなかった。
 耳を塞ぐようにソファに突っ伏す。
 すると、ノック音はしなくなった。
 蒼屋がホッと息を吐いた時だった。

「…坊ちゃま。(たえ)相手に居留守とはいい度胸です」
「っぎゃ!」

 突然耳元で聞こえた声に驚き、蒼矢はソファから思わず転げ落ちそうになった。
 蒼矢の目の前に一部の隙もない身のこなしで立つ初老の女性の姿があった。
 白いものが混じり始めてはいたが、一部の乱れもなく結い上げた髪と定規でも当ててあるかのようにスッキリまっすぐに伸びた背筋の和服姿は年齢を感じさせなかった。
 長身の蒼矢に対して小柄なその女性だが、その体の大きさに反比例するかのような威圧感で蒼矢を見下ろす。
 確か、人間であるはずのその女性はうっすらと笑っていたが、蒼矢を背筋が凍る思いがした。
 蒼矢を幼少の頃より面倒を見てきた乳母の辛沼妙(からぬまたえ)だった。

「た、妙…。許しもなしに勝手に入ってくるなよ」

 せめてもの虚勢を張ったが、妙相手に通じるはずもない。
 なにせ、蒼矢の生まれる前から、人間でありながら吸血鬼である蒼矢家に仕えている女傑だ。
 仕事で忙しい両親に代わり、面倒をみてくれた。蒼矢は妙にまったく頭が上がらない。

「何度もノックいたしましたよ。
 それに気づいていなかったとは言わせませんよ?」
「それは…」

 確かにノックに気づいていたのに、出なかったこちらに非があるのはわかるが。

「勝手に入ってきていいものじゃないだろう」
「…そうですね。鍵が開いていたもので。
 もしこれが妙でなく刺客であれば坊ちゃまは今頃いらっしゃらないかもしれませんね」

 ほほほ、と手を口に当て笑う乳母の顔に蒼矢は顔が引き攣るのを感じた。
 権力を持つ家に生まれた宿命か、蒼矢は過去何度となく命を狙われている。
 会社に恨みを持つもの、跡取りが蒼矢であることが気に食わないものなど様々だった。数えるのも馬鹿らしい数の刺客が送られて来たが、蒼矢はそのどれもことごとく退けてきた。
 純血で強さには定評のある蒼矢だが、乳母には常に気を抜かず身辺に気をつけるように言い聞かされて育ってきた。
 常に慢心せず、もちろん常に自室に鍵を掛けるようにとも。

「…まったく、最近気を抜きすぎではありませんか?いくらあんな事件後とはいえ、昼間からいい若者がだらだらと…」

 落ちそうな体勢を整え、ソファから立ち上がる蒼矢に妙の小言が飛ぶ。
 長くなりそうな予感に蒼矢はげんなりした。
 本家の奥にある蒼矢の部屋のセキュリティは万全であり、刺客など現れるはずもないし、事実蒼矢にここで襲撃を受けた記憶はない。
 少しくらい気を抜いてもいいではないかと思ったが、言えば午後の時間を妙の小言で潰されることは目に見えていた。
 代わりに蒼矢は別の言葉で妙の言葉を遮った。

「…それより、何か用があったんじゃないのか?」

 蒼矢の言葉に妙は思い出したように目を瞬かせた。

「ああ、そうでした。
 まだ言い足りませんが、お客様がお待ちです。
 応接室までお越し下さい。」
「客?」

 事件以降、来客が続いており、入れ替わり立ち代り誰かしらが訪れていたが、その客足もそろそろ落ち着き、今日は誰の来訪の予定もなかったはずだ。
蒼矢もそれなりに忙しい身なので、約束を立てずに人に会うことは殆どない。
 唯一の例外は愛理香だが、言っても聞かないので放置した結果だった。

 それにしても約束(アポ)なしで来るとは誰だろうか。
 しかも、応接室とは。
 親しい友人であるならば、おそらく乳母は気をきかせて自室に直接案内するだろうから、蒼矢には見当もつかなかった。

「…誰だ?」
「黄土の花嫁様でございます」
「…天城だと?」

 乳母の答えに蒼矢は内心驚いた。
 天城とは双子を通じてしかほとんど交流がなく、しかも彼女は中途半端に力を持っているためか、桁違いの力を持つ蒼矢を恐れている節があり、あまり近寄っても来なかった。
 彼女が訪ねてくるなど初めてのことだった。

「…それじゃあ、統留たちも一緒か?」
「いいえ、お一人でございましたが?」

 妙の言葉にさらに驚く。
 先も考えたように天城と蒼矢の接点は双子だ。
 彼女単独で訪ねてくるなど初めてのことだった。
 蒼矢は渋面になった。

 天城の場合彼女自身はおとなしく真面目で問題はないが、つるんでいるのが双子なだけに、今回の来訪も厄介事である可能性は高い。
 正直気が滅入っている状況で会いたい人間ではない。
 しかし、乳母が呼びに来ている以上、会わない訳には行かない。
 思わずため息を吐きそうになったが、不意にある事実を思い出した。

(…そういえば)

 天城はあの事件の現場に居合わせた数少ない人間だ。
 あの事件の後、病院で天城を見かけたが、薬で深く眠っているらしい双子に心底心配そうに寄り添っていたので話かけることができなかった。
 先日親族に連れられ、不貞腐れた様子で訪ねてきた双子は事件の間の記憶がないと言っていた。薬を嗅がされたのか意識がなく何も覚えていないということだった。
 気を失う直前に見た二人の様子に、その言葉の矛盾点はないように思われた。
 だが、天城はどうだろう。
 双子が攫われたあと、蒼矢と別行動をとっていた彼女はあの場で何か見ていいないだろうか?
 もし彼女が幽霊を見ていたとしたら。
 その可能性に思い至り、蒼矢はすぐさま行動に移った。

「妙!天城の待っている部屋はどこだ?」
「え!?南棟の左奥ですが…、坊ちゃま!?突然なにか…」

 先程までの倦怠感丸出しのときと違う蒼矢に妙がひどく驚いているが、かまってはいられなかった。
 一刻も早く確かめたくて、蒼矢は事件後で一番機敏な動きで、教えられた応接室に向かって走り出した。
 だから、蒼矢の部屋に置き去りにされた乳母の言葉に気がつかなかった。

「他家の花嫁に会いにいくのをあんなに急いで…。
 そ、そういえば…事件のあとから、坊ちゃまの様子がいつもと違って…。
 も、もしや坊ちゃま、…他家の花嫁相手に!?
 こ、これは奥様たちに知らせたほうが…?」

 珍しく真っ青になった乳母のつぶやきは誰の耳に届くこともなく、ただ広い室内に消えていった。

 ******

「…で、どうなったと思います?結局ありませんでしたの。まったく無駄足ですわ」
「まあ、それはお気の毒に…」
「全くですわよ!アタクシの時間を無為にするなど言語道断、死んでもなお罪深いですわ!」

 妙に教えられた応接室の扉の前に来ると、なぜかそんな会話が蒼矢の耳に飛び込んできた。
 まだ若い少女二人の会話らしいが、片方があまりにも聞き覚えがありすぎて、蒼矢は頭が痛くなるのを感じた。
 それでも、客を通してある応接室に突然入るわけにもいかない。
 蒼矢はそっとノックした。
 すぐさま返事があって、入室の許可を得て扉を開く。

 すると、天城が立ちあがる姿が見えた。
 腰までの長い黒髪を背中に流し、細いリボンでサイドを止めた天城の服装は胸元に大きなリボンのついた白いドレスシャツに黒のロングスカートという少し古めかしい服装だったが、彼女には似合っていた。
 応接セットのソファの前に立ち、彼女らしい綺麗な所作でお辞儀をした。

「突然、ご連絡も入れずご無礼お許しください。そして応じて下さりありがとうございます、蒼矢会長」
「…ああ、驚いたが、問題はない。三日ぶりか?」
「そうですね。三日ぶりです。なんだかもっとご無沙汰していた気もしますけど」

 下げていた頭を上げて、天城が微笑んだ。
 長く艶のある黒い髪がさらりと揺れた。

「ああ、そうだな。」

 確かにここ三日の忙しさを考えれば、体感的に既に一ヶ月前のことだと言われても納得してしまいそうになる。
 それは天城も同様だったらしく、少し顔色が悪かった。

「…身体は大丈夫か?」

 最後に会った彼女は手当はしてあったが、細かい傷を多く負ったボロボロの状態だった。
 社交辞令も含めつつ聞くと、天城は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに背筋を伸ばした。

「はい、お陰さまで。しかし、もとより自分の失態が招いた怪我です。ご心配いただくわけには…。」
「いや、俺がお前を止めていれば、と思っていたからな。無事でよかった」
「…ありがとうございます。蒼矢会長」

 いちいち律儀に返す年下の少女に苦笑したとき。

「ちょっと、透!」

 突然、ばんっとテーブルが叩かれた。
 テーブルに乗った茶器ががしゃんと小さく音を立てた。
 蒼矢はうんざりした顔を隠せなかった。

「で?なんでお前はここにいる?愛理香」

 なぜか、先ほど帰ったはずの愛理香の姿がそこにあった。

「なんで、とはご挨拶ですわ。透のお客様を未来の女主人として、アタクシがお相手差し上げていたのですわ」

 胸を張っていう彼女だが、その少し後ろで天城が少しだけ苦笑したのが見えた。
 おそらく相手をしてくれていたのはこちらの少女のほうだろう。

「…すまない。天城」
「い、いえ。待っている間、暇でしたから」
「…なに二人でこそこそ話しているんです!」

 天城と話をすると、愛理香が不機嫌そうな顔を隠しもせず腕を組んだ。
 その姿に蒼矢は不快を感じた。

「…愛理香、お前はもう帰れ。俺は天城と話がある」
「いやですわ」

 蒼矢の言葉に愛理香は首を振った。
 蒼矢の不快感は増した。

「愛理香?わがままも大概にしろよ?」

 先ほどと同様、力で脅そうと思ったが、背後にある天城の気配に思いとどまる。
 さすがに病み上がりの後輩を怖がらせることは躊躇われた。
 そんな蒼矢の姿に愛理香は目尻を釣り上げた。

「透、アタクシには帰れと脅しておきながら、天城にはお優しいのですね?」

嫌味と嫉妬に彩られた愛理香の物言いに蒼矢は

「…天城は年下だろう?それに、天城は仕事できているんだぞ?」

 用件はまだ聞いていないが、様子からこの間の事件の報告だろうと思った。
 黄土兄弟の誘拐事件だけに、調査に主に動いているのが黄土の隠密だからだ。
 だが、愛理香はそっぽを向いたまま立ち上がろうとしなかった。

「わがままではありませんわ。これもアタクシの仕事です」
「なにをわけのわからないことを」
「男女七歳にして席を同じうせず、ですわ。よもやのことはないとは思いますけれども、二人きりなどおかしな噂が立っても困りますもの。同席しますわ」
「お前なあ…」
「では、アタクシも報告を聞きます。蒼矢のものとして知っておくべきでしょう?」
「…お前はまだ蒼矢ではないだろう?」

 愛理香の強情さに蒼矢の苛立ちが最高に達しようとした時だった。

「…私は構いません」

 静かな声が蒼矢と愛理香の間に入った。
 見れば、まっすぐにこちらを見ている天城の視線とぶつかった。

「報告もそうですが、実はお願いもあります。
 暮先先輩も無関係ではありませんので…」
「…アタクシも無関係でない?」

 天城の言葉は初耳だったようで、愛理香は目を大きく見開いた。

「どういうことだ?」

 天城の真意がわからず、問いただすが、すぐには答えなかった。

「まずは座りませんか?」

 少し困ったように微笑まれれば、否とは言えなかった。
妙さんは例のかつての演劇少女乳母様です。
蒼矢のあらゆるトラウマの元凶w
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7/20 新しいSS拍手公開。但し鬱系になりますのでご注意を。(7/27全五話アップ)拍手2回すると出ます。



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